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4.世界を形作るモノ

 再びサメ、ではなくジョズの背に乗って移動した。


「そうなのか。このように空を飛ぶ生物がいないのか……」


 どこか残念そうにリーヴァイが呟いた。

 彼は春斗と地球との違いについて話し合っている。

 このジョズという生き物は水陸空で生息できる優れもので、魔法を使って泳いでいるそうだ。


 世界のありようで大きな違いは魔法の存在だろう。

 魔法がいっさいない、という事にリーヴァイは愕然としていた。

 代わりに科学が発達しているという話を興味深そうに聞いていた。


「この世界にも似たように発展している国がある。とても便利だが私には向いていないな」


 緑豊かなこの島は世界の中心にあり、ここを取り囲むように四つの国がある。

 一つ一つの国は特徴的で、文明の進み方もばらばらだという。


「戦争は起きたりしないの?」

「多少の小競り合いはあるが、それだけだ」

「侵略行為とかは?」

「……略奪目的の侵攻はあっても侵略はない」


 意味が分からない。


「存在の在り方が違うのだ。魔法がないのなら、なおさら理解不能だろう」


 伊達に長生きをしていないリーヴァイは過去に二度、稀人と呼ばれる異世界人を知っていた。稀人とは召喚とは全く関係なしに次元の狭間に落ちてこちらへ来てしまった異世界人をさす。

 最初は二足歩行のドラゴンでとても陽気な性格で友好的だった。

 次は自分たちと同じ人型だが魚のうろこのような皮膚をしていた。

 どちらも世界の理が違っていてとても興味深かった。

 だから彼はとても柔軟な思考で四人のいた世界の理を理解し、違いを指摘する。

 頭の出来が違うのか、リーヴァイは春斗の話を聞いてすぐに理解を示した。


「お前たちの世界は物理が(ことわり)なのだな。この世界は心が理なのだ」


 まったく意味が分からない。


「われらは心で世界を動かし、お前たちは物で世界を動かすという事だ」


 ますますわからない。


「力が同じならお前たちは道具でそれを補助する。我らは心で補助する」

「それって根性で何とかするって事?」

「少し違うな。思いが力になる、というのはそのままの意味だ。お前たちの世界では心で思ったことを具現化するのに道具を使う。我らは心を使う」


 春斗はお手上げと言わんばかりに空を見上げた。


「もっと具体的な例はないのか?」

「そうだな……世界は人の心によって左右される。不安が高じればそれは魔素に干渉し、魔物を生み出す」


 何を言われたのかわからなかったが、その意味が分かった瞬間、四人は呆然とした。


「ちょっ、それってヤバくない?恐怖が魔物を生み出すって事?」


 悲鳴にも似た声をサラがあげた。

 カーテンやしだれ柳が幽霊に見えることがあってもそれはあくまでもカーテンであり柳でそれ以外の物ではない。

 しかしこの世界ではカーテンや柳を幽霊だと思い込めば、それは本物の幽霊に変わるということだ。


「そうだ。魔物の強さは生み出す者の心の強さに比例する。日常の小さな不安や恐怖程度では形が取れてもすぐに霧散するから問題はない」

「ちっとも安心できないよっ!」


 たまりかねたようにサラが声を上げた。

 大きな不安や恐怖は形をとって固定するという事だ。

 今この瞬間にもサラたちの不安を魔素が感じ取って魔物が生まれたかもしれない。

 そう考えると居ても立っても居られない。

 考えてはいけないとおもえばおもうほど固執していくのが人の性だ。

 紬もきょろきょろと辺りを見回してしまった。


「この世界は一人の人間と各地の王によって安定している」

「……逆に言えば、彼らに何かがあれば世界は揺らぐって事か」


 春斗の言葉にリーヴァイが頷いた。


「城が見えてきたぞ」


 はっとしたように彼らは周囲を見回した。

 前方の方にシンデレラ城のような、これぞ西洋のお城だと頷けるようなお城が見える。

 それを囲むように城壁が三重に取り囲み、その間には町があった。


「ファンタジーでよく見る欧州中世時代って感じ」

「巨人族は存在しているのでしょうか?」


 紬の素朴な疑問にリーヴァイは首を横に振った。


「じゃあエルフは?外見は人間みたいで耳がとがって平均寿命が千年くらい」

「千年とは限らぬが、いる」

「精霊とか妖精は?」

「妖精ならばいるが、めったに見ないな。魔族に分類され、知識を有する。魔族の中の妖精族と呼ばれる」

「魔族って……」

「人ならざるものだが、人と交わって子を成す種族もある」 

「私たちの感覚でいえば、妖怪みたいな存在でいいのかしら。九尾の狐と人間が結婚して生まれたのが安倍晴明だって説もあるし」

「ああ、なるほどね」


 紬の言葉にサラが納得する。


「着地する」


 ジョズは滑空するように城の中でも広いスペースに着陸した。

 競技場のような場所だ。


「ここは?」

「訓練場だ」

「にしては、人がいなくない?」


 閑散とした空気はどこか廃墟を思わせる。


「ああ、実際にいないからな」

「え?」


 四人の目がリーヴァイに向けられたが彼が視線を合わせることはなかった。


「謁見の間に案内する」






 訓練所から城の中に入っても、誰ともすれ違う事はなかった。

 人の気配もしない中、なぜか空気だけは綺麗だった。


「人がいないのに、城の中は綺麗ね」


 咲良の言葉にリーヴァイは眉を顰める。


「そういう魔法がかかっているからな」

「便利すぎるでしょう、魔法……」


 サラは呆れる。

 そして案内されたのは豪華なホールだった。

 三段ほど上がった上座には空の王座がある。


「ここは?」

「謁見の間だ。エスメラルダ!」


 リーヴァイが声を上げると、王座の後ろからいかにも仕事ができますという風体の女性が姿を見せた。金色の髪はまとめて結い上げ、こちらに向ける緑の眼差しは頭の良さを想像させた。


「これはリーヴァイ様。いかがされましたか?」

「客人だ。すまないがセッティングを頼む」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 それから彼女はふわりと微笑んだ。


「お客様は久しぶりです。腕によりをかけておもてなしさせていただきます」


 彼女が去ると、リーヴァイは四人に向き直った。


「疲れただろう。休憩がてらに、今何が起きているのかを説明しよう」






 エスメラルダが用意してくれた部屋に移動すると、そこはスイートルームのようにリビングと寝る部屋とにわかれていた。


「別々になるより同じ場所の方がよいかと判断いたしましたので、こちらをお使いください。奥が四つの寝室に分かれておりますので、そちらでお休みください。食事は私がこちらへお運びいたします」


 ホテルの従業員を思わせる淀みない説明にこくこくと四人は頷く。

 電気を使うか魔法を使うかの違いはあれど、日本とさほど変わらない施設の充実ぶりにあっけにとられた。


「好きなところに座るといい」

「俺、ソファー」


 そういって春斗は遠慮なく窓際に置いてあった一人用のソファーに腰を下ろす。

 サラと紬は仲良く並んで壁際に置いてあるソファーに腰を下ろした。

 咲良はテーブルとセットの椅子に腰を下ろし、リーヴァイはその向かい側に腰を下ろした。

 エスメラルダはお茶の準備を始める。


「まずは簡単にこの世界の事を話そう」


 リーヴァイは静かに話し始め、四人は声に耳を傾けた。


「この世界は選ばれし一人の人間と五人の王によって支えられている。一人の人間は神の権限……つまり神の力である創造の一端を担い、五人の王はそれを支え行きわたらせる」


 ゆったりとした口調は子供に読み聞かせをするかのようだ。


「一人の人間は神の代行者と呼ばれ、創造の力を神より与えられる。その者が安寧秩序を願えば世界はその通りになる。かの者が滅びを願えば有象無象の天変地異が起こって人類は滅びるだろう。つまり、その者の意思が世界の命運に影響を与えるのだ」

「何それ……怖すぎる」


 春斗がぼそりと呟いた。


「その意思を世界の隅々までいきわたらせるために五人の王がいる。逆を言えば、神の代行者が滅びを願っても王がある程度、その願いをそぐことは可能だ」

「可能なだけで阻止じゃないんだ」


 サラの呟きにリーヴァイは顔をしかめて頷いた。


「そこは願う強さによる。この世界はたった一人の人間によって左右される作りなのだよ」

「だから、神の権限、神の代行者なのね……」


 納得したと言わんばかりに紬が頷く。

 世界の事象に干渉できる存在と言えば神様しかいない。


「願うとは心の強さを示すこと。たいていの人間は追い詰められないかぎり、心の底から願う事などできない。むろん、王の願いで阻止はできるだろうが……それはたぶん、王が滅びを実感した時だろう」

「それって一歩間違えれば手遅れ状態じゃ……」

「健康な状態で死にたくないと思うのと、瀕死の状態で死にたくないと思うのでは、思いに込める願いが違う。現状では阻止は無理だろう」


 春斗の口元が引きつった。


「現在の状況だが……神の代行者が滅びを願った。緩やかに世界は崩壊に向かっている」

「……人がいないのは、死んだって事か?」


 おそるおそる春斗が問いかける。


「いいや。王の魔法によって眠りについている」

「意味が分からん」

「世界が滅ぶと知れば不安や恐怖が横行する」

「あっ、だから……」


 閃いた紬が声を上げた。


「パニックになって魔物がたくさん生まれたら困るから?」

「そういうことだ。それに神の代行者と呼ばれていても、しょせんは寿命を持つ人の身。いずれ死ぬ。それまで堅牢な場所で寝て待つ」

「随分と消極的なのね。地球だったら暗殺事案よ」


 サラが物騒な事を口にした。


「それはこの世界でも同じだ。神の代行者が世界の崩壊を願うようならば殺して次をたてたほうがいい。が、それを実行する機関の最高責任者が神の代行者についたと思われる」

「それと私たちの召喚者と、何がどう関係するのですか?」


 紬が質問をした。


「この世界で禁忌の召喚をできる者は少ない。そして我ら側でお前たちを召喚した人間はいない」


 消去法で彼らを召喚したのは敵側、滅びを願う神の代行者とその一派の中にいるという事だ。


「……私達、この世界を滅ぼすために呼び出されたの?」


 おそるおそるサラが尋ねる。


「さぁ。召喚者が何を考えていたのかはわからん。今、世界を滅ぼすためならわざわざお前たちを召喚する必要がないからな」


 神の代行者が本気で願うだけでいいのだから。


「じゃあ、世界を救うため?」

「それでは矛盾します。リーヴァイさんの説が正しければ、世界を滅ぼしたい神の代行者の味方が召喚主なんですよ」


 サラの希望を紬が冷静に打ち砕く。


「……敵対する人を、神の代行者を殺そうとする人を殺すためかもしれないぜ」


 春斗が慎重に口を開いた。


「神の代行者ってのは世界の事象に干渉で来ても、個人には干渉できないんだろう?」

「その通りだ」

「だったら神の代行者を狙う奴らを一掃する役目を俺たちに与えようとしたんじゃないか?」


 春斗の考えが一番わかりやすかった。

 世界最強の魔法使いを有する世界存続派を抹消するため。

 紬とサラは顔を青くする。


「だとしたら、私たちは帰れないわ」

「そうだよ。人殺しなんて嫌。できない、無理、やりたくない」


 世界を滅ぼす片棒を担ぐのはごめんだし、ましてや人殺しなんてもってのほかだ。

 それは帰還条件のクリアを放棄することに繋がる。


「まぁあまぁ。その可能性はあるけれど、それが確定したわけじゃないから」


 咲良はやんわりと否定した。


「でも、まぁあらゆる可能性を考えて、何があっても大丈夫って心構えはしておこうね」


 その可能性の一つには、リーヴァイの話したことがすべて本当とは限らない、という疑念もある。

 もちろんそれは口にしない。

 咲良がいざという時に備えておけばいいことだ。

 あらゆる可能性と対抗手段を考えておかねば、と咲良は気を引き締める。


「一つだけ確認しておきたいんだけど」


 咲良はリーヴァイと目を合わせた。


「神の代行者が世界を滅ぼしたいと願ったってなぜわかるの?脅されて願ったかもしれないじゃない」

「さっきも言ったが、世界は心が形作るものだ。口先だけで願っても、心から願わなければ叶わない」


 脅されていやいや願ったとしてもそれが本心でない限り祈りが現実になることはないのだ。

 心から祈り、願うからこそ神の力が働き、世界が動く。

 神の代行者の願う力とはそういうものなのだ。


「一点の曇りもない純粋なる願い。そういったものは脅されたからといってできるものではない」

「世界を滅ぼしたい神の代行者。それを守る人達ねぇ。その中に私たちを召喚した人物がいる可能性が高いというわけか」


 対象者が搾れるのはいいが、面倒くさい状況なのにかわりない。


「世界に戒厳令が出されている。何人であってもこの国に入ることはできないし出ていくことはできないと思って結構。お前たちを召喚した人物を知る可能性がある者は二人ぐらいか」

「誰なんだ?」

「最高神官ヴィンス。そして神の代行者サイラス」


 どちらも崩壊推奨派で、トップの人間だ。


「彼らに会うためにはどうしたらいいの?」

「私にはわからない。何しろ居場所すらわからない状況だ。まぁ、この国のどこかにはいるだろう」


 ただいま絶賛潜伏中の二人を見つけ出すのは不可能だ。

 春斗はそっとため息をついた。


「だが、お前達なら探し出せる可能性はある」

「それはどういう方法?」

「単純に、向こうが出てこずにはいられない状況と作ればいい」


 世界を滅ぼしたいと願う彼らが出てくるにはどうしたらいいか。

 答えは単純明快。

 世界を救う行動をとればいい。

 半眼になった咲良にリーヴァイは苦笑めいた笑みを浮かべた。


「私たちにとっては好都合な提案でもあるがな」


 咲良は憮然とした顔で天井を仰いだ。


「あなたの仲間になって神の代行者に敵対行為をとれってこと?」

「まぁ、そういう事だ」

「提案を受け入れなかったらどうなるの?」

「別にどうにもならん。お前たちは世界の崩壊に巻き込まれて死ぬ。それだけだ」


 リーヴァイにはもう得るものはない。

 ただ失うだけの時間を無為に長引かせて過ごしているだけなのだ。


「向こうは終焉の時が来るまで隠れていればいい。あるいは隠れたままその時を迎えるだけだ」


 どうしようもない。完全な手づまりなのだ。


「二人が本気で隠れたら私には見つけることなどできない」


 だから何もせずに日々を無為に過ごしていた。


「変革の騎士達よ。お前たちが世界を滅ぼすか救済するかはどうでもいい。私にとっては現状を打開する希望だ」


 大げさな事を言う、と四人は思った。

 過度に期待されても困る。


「条件は何?」

「そうだな……お前達には現状、出来るだけの協力はする。あと、奴らの居場所がわかったら教えてくれ。さすがにそこから先までお前達に託すわけにはいかない」


 神の代行者を殺して新たな神の代行者を選ぶ。

 それはこの世界の住人がすべきことで、異界人が関わることではない。


 自分の手を汚さずに、地球に帰れるかもしれない。

 ほんの少し後ろめたい希望の光に心がざわめいた。


「だから私の提案を受け入れろ。召喚者を探すのに、私を利用すればいい」

「……すぐには結論なんて出ない。考えさせて」


 リーヴァイは黙って立ち上がった。


「どのような結論でもかまわない。決まったら私を呼ぶがいい。エスメラルダが君たちの世話をしてくれるから、彼女に言えば私に伝わる。では失礼するよ、異界の者達よ」


 説明は終わったと言わんばかりにリーヴァイはさっさと出ていった。


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