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3.召喚と拉致と倫理

(なにこの不快感、誰かこっちを見ている?どこ?)


 不躾な視線を感じた咲良はそっちの方を見上げた。

 餌を狙う未確認生物の可能性も考えつつ、姿を探すが見当たらない。


「おい、どうかしたのか?」


 いきなり空中を睨みつけた咲良に気づいた春斗がそっと声をかけた。

 武道の達人ではないが、幼いころからその整った顔立ちのせいで衆目にさらされてきた咲良は自分を害そうとする視線には敏感だった。

 春斗も同様だが、男の子という事で咲良に比べてそういった視線は少ないので鈍感だ。


(春斗が気が付かないって事は敵意というより観察、かしら)


 鋭い眼差しで空を睨みあげていた咲良はすぐに物騒な気配を消して穏やかに微笑む。


「どうもしないよ。それよりこのサメちゃん、どこまで行くんだろうね」

「そうだね。魚が空を飛ぶなんて不思議な世界だ。おとぎ話みたいだな」

「じゃあジーニーとか妖精はどこにいるのさっ」


 なかば自棄になったような声でサラが叫ぶ。


「あんた、テンション高いね。よく持続する。感心するよ」

「そうですね。でも、元気な事はいいことです」


 春斗と紬の微妙に食い違う会話にサラはがっくりと肩を落とし、咲良はにこにこと紬に同意するように頷いていた。

 文字通り泳ぐように飛んでいたサメは急降下し始めたかと思うと、地面の近くでぽいっと四人を振り落とした。

 運動神経のよい春斗と咲良は体操選手のごとく見事に着地を決めたが、紬は春斗の横を憮然とした表情のままコロコロと転がっていく。


「うわっ!」


 驚いた春斗が慌てて転がる体を受け止めた。


「いったぁぁっ」


 サラはお尻から落ちたらしく、右手で腰を抑えながら地面に突っ伏している。


「こ、腰打った……」

「そっと立ち上がって。折れたりひねったりしていない?」


 咲良が手をかしてそっと立たせると、サラはほっとしたように大きく息をはいた。


「ありがとう。軽い打ち身だけで大丈夫みたい。ほっときゃ治るよ」

「よかった」


 咲良がにっこりと笑うと、サラはちょっと顔を赤くして挙動不審にきょろきょろと落ち着きなくあたりを見回した。

 芸能人と握手したような、ふわふわドキドキした気分を隠すように威勢よく背筋を伸ばして咲良を見る。


「こ、ここはいったいどこなの?」


 その問いかけに紬はふわりとほほ笑んだ。


「たくさんの緑に囲まれるなんて素敵です。マイナスイオンに心があらわれますね。風の谷のなんちゃらみたいです」

「だったら富士山ろくでオームが鳴いてるっての!」


 すかさずサラが突っ込みを入れる。


(面白い。漫才みたい)


 絶妙な呼吸の二人に咲良は心の中で拍手を送る。

 漫才のような二人の会話を春斗と一緒に聞いていると、咲良の前にいきなりサメがにゅっと自己主張するように顔を出した。


「ぎゃーっ、逃げて逃げて、食べられちゃう!」

「サメに見えますけど、きっとサメじゃありませんよ。魚は空を飛べませんもの」


 羽もないのになぜ宙を浮いているのかは考えても仕方ない。


「深く考えるだけ時間の無駄だよ。私たちのいた世界とは違う世界で間違いないでしょう」


 咲良が結論を告げると、サラは真っ青になった。


「異世界だっていうの?冗談じゃないっ、どうやって帰ったらいいのさっ。他のみんなはどこ?」

「私達四人しか見えませんでしたが」

「うわーっ、大きい!すっげぇ!」


 緊迫していた空気が呑気な声に霧散した。

 はしゃぐ声に振り向けば、サメに頬ずりしている春斗の姿があった。

 サメも撫でられて嬉しいのか、器用に体をくねらせている。

 残りの三匹もそれを見て自分も撫でてもらおうと腰辺りの高さで浮かびながらゆっくりと春斗の周りをぐるぐる回っていた。

 これが海の中なら餌を逃がさないためだと思うだろう。


「……こういうのをシュールな光景っていうのかな」


 ぼそりと呟く咲良の横で紬が苦笑した。


「あ、危ないよ!」

「大丈夫、この子達、おとなしいよ!」


 はらはらしているサラに向かって春斗は巨大魚を撫でて抱き着いた。


「つぶらな瞳が可愛いぜ」

「アレは放っておいていいから」


 サメ相手にきゃっきゃうふふの春斗から目をそらしながら咲良が言うと、紬とサラも何事もなかったかのように目をそらす。


「ではその間に自己紹介をしましょう。私は九条(くじょう)(つむぎ)。大久間猫高等学校の二年です。血液型はA型です」


 冷静な少女、紬は柔らかな笑みを浮かべた。

 言動は常に冷静だが、彼女を取り巻く空気はどこかのんびりとしている。


「自己紹介に血液型を入れるの?」


 女の子らしい自己紹介だと思いながら春斗が聞くと、紬は重々しく頷いた。


「輸血をよろしくお願いします」

「血液型占いとか性格判断なんて甘い考えじゃなかったっ!すげぇ現実的で怖ぇよ」

「そんな事態になっても困るけどね。道具がないし、やり方知らないしっ」


 ドン引く春斗とついうっかり突っ込みを入れてしまった咲良だった。

 献血が必要なほどの大けがをしても、今は何もできない。

 紬ののほほんとした雰囲気から繰り出される斜め上の発言に固まっていたサラは我に返ったように背筋をピンと伸ばした。


「松波サラ。小森熊(こもりくま)女子高の一年よ。……A型」


 血液型占いを信じているわけじゃないが、律儀に自分の血液型をいうあたり真面目なA型だと三人は思った。

 カラスの濡れ羽色という表現がぴったりな黒髪をゆるふわに巻いている。

 はちみつ色の肌にどこかエキゾチックな顔立ちから察するにハーフだろう。

 紬がアジア系美少女だとすれば、サラは中東系美少女だ。


「俺は坂木原(さかきばら)春斗(はると)。笹の葉大付属高校の二年。咲良は従姉。あ、俺はO型ね」

「えっ、先輩なのっ?!」

「同い年……」


 春斗は笑顔のまま固まった。


「ぜったい中学生だと思ったのに」

「見えない……」


 容赦ないサラと紬の感想に思わず咲良は吹き出してしまい、春斗は憮然とした。


「お前らより、背は高いだろ……」

「ほら、そういう顔をするから年下扱いされるのよ」

「うっせぇよ……」


 ちょっと涙目で、なんだか可愛いと母性本能をくすぐられたのは三人の秘密だ。


「私は坂木原咲良(さくら)。笹の葉大学の二年。B型」

「「二年!」」


 声をそろえて驚く二人。


(あれ、なんだろう、この不快感)


 咲良の口元が微かに引きつる。

 さっきのおかえしとばかりに春斗が笑った。


「咲良は黙っていれば大人っぽいからな」

「ほぅ、それは私が老けて見えると、そう言いたいのかな?」


 春斗のほっぺを軽くつまみながら上から目線で二人にも向けて言い放つと、なぜか二人も慌てて手を振った。

 咲良の視線から逃れるように紬はサラの方を向く。


「サラちゃんって呼んでいい?」

「うん!私もツムギって呼ぶ」


 紬は春斗に目を移す。


「貴方は?どう呼んでほしい?」

「俺はハルトでいいよ。咲良もいるし、坂木原だと紛らわしいだろ」

「私もサクラでいいよ」


 そういわれても、年上の人を呼び捨てにはできない。


「では、咲良さんで。私の事は紬と呼んでください」


 紬の提案に頷く。


「じゃあ私はサラね。サクラ先輩」

「わかった。ちゃんでもさんでも呼び捨てでも、好きな呼び方でどうぞ」


 ふわりと咲良がほほ笑むと、なぜか紬とサラの頬がうっすらと色づいた。

 二人とも姉がいないので綺麗なお姉さんに憧れがあり、それを体現したような咲良の存在にちょっと興奮気味だ。

 そんな二人を見ながら春斗は心の中で合掌する。

 あこがれのきれいなお姉さんは高校生男子にカブトムシをビニール袋いっぱいに集めてプレゼントしたりしないし、蛇を振り回して追いかけてきたりはしない。

 去年の夏休みと誕生日の事を思い出しながら、春斗は現実を知らない少女達を見る。


「俺はなんて呼べばいい?」

「紬と呼び捨てでかまいません」

「私も、サラでいい」


 二人ともあまり呼び名にこだわりはないようだ。

 呼び名も決まってとりあえずひと段落がついたと四人が思ったその時、そばにあった大きな岩の上に座っていた銀髪の青年が声をかけてきた。


「そろそろこちらにも気が付いて欲しいものだ」


 呆れを含んだ冷たい声に和やかな雰囲気は消し飛んだ。


「誰だっ!」


 春斗が警戒心丸出しの声をあげるその横で、咲良は思った。

 いつからそこにいたのだろうか。

 銀髪の青年はふわりと重力を感じさせない動きで地面に着地した。

 シャランと錫杖の先のいくつかの輪が音をたてた。


「マジか……」


 春斗の呟く声に三人は心の中で同意した。

 どう好意的に解釈してもコスプレにしか見えない。

 RPGに出てきそうな賢者や司祭を思わせる白くひらひらした服とティアラのような金の髪飾り、手には硬質的な光を反射させる錫杖。


「お前たちが変革の騎士か……。想像していた以上に子供だな」


 四人を見て不満そうにぶつぶつと呟いている。

 サラがむっとした顔で声を上げた。


「ちょっと、何が子供よ!あんただって私たちと変わらないじゃない!」

「私は749歳だ」


 淡々とした口調で告げる彼は大学生か新社会人で通じる外見だ。


「えええええっ!」


 春斗が素直に驚きを表現する。


「若作りにもほどがあるっ」


 美魔女と呼ばれ、姉に間違えられる母親の事を思い出したサラの魂の叫びに青年のこめかみがぴくりと動いた。

 春斗はサラの暴言に引き気味だが、紬がうんうんと頷いている。


「私は魔法使いだからな。他の者よりも時が遅いのだ」

「その外見で七百越えなら、老人の外見になるには三千年くらい生きないといけませんね。想像するだけで眩暈がしそうな年月です……」


 紬が冷静に指摘する。


「えっ、本物なの?私、てっきり悪魔閣下系の中二病的設定だとばかり……」

「あれは芸能人だから許されるんだよ。一般人がやったら普通に痛くて可哀そうな人だからね。絶対に真似しちゃだめだよ、咲良」


 違う意味でショックを受けている咲良に春斗が常識的な突っ込みを入れた。


「お前達には緊張感というものがないのかっ!」


 それぞれの素直な感想に青年は明らかに苛立っている。


(意外と気が短いな……)


 場違いな事を考えていると、青年は苦々しげに四人を睨みつける。


「この私が落ちてくるお前たちを助けてやったというのに、なんという無礼な態度だ」

「貴方が?」

「風の魔法で落ちるスピードを遅らせ、ジョズを召喚して受け止めてやった」

「ジョズ?」


 四人が揃って首をかしげると、青年が後ろの空飛ぶサメを指さす。

 空中で感じた視線を思い出し、咲良は少しだけ首を傾げて彼を見る。


(う~ん、ちょっと違う、かな)


 目の前の青年は面倒ごとにウンザリとした顔をしていて、値踏みするようなものではなかった。


「なるほど。出るタイミングを伺いつつ私達の様子を盗み見していたと、そういうわけ?」


 咲良がわざと淡々とした口調で嫌味を口にすると、魔法使いは嫌そうな顔をしてはいるが堂々と見返してきた。


「盗み見ではない。敵になるか味方になるかの判断に必要な観察だ」


 咲良と魔法使いの間に火花が散ったような気がして紬とサラは大人しく様子を見守っていたが、不穏な空気を破ったのは春斗だった。


「ならわかるだろ?ここはどこなんだ?俺たちはどうしてここに……というか、あんた誰?あ、俺は坂木原春斗。助けてくれてありがとうございます」


 春斗はぺこりと頭を下げて感謝の気持ちを表してみせた。

 魔法使いはその様子を見てふっと肩の力を抜いて口元だけ笑みを浮かべた。


「お前は礼儀をわきまえているようだな。我が名はリーヴァイ。魔法使いだ」


 リーヴァイは眉間にしわを寄せて四人を見る。


「ここは世界の中心であるケルン王国。何者かが禁忌の召喚を行い、お前たち変革の騎士をこの世界に召喚した」

「変革の騎士?」

「意図を持って異世界人を召喚した場合、召喚された異世界人は総じてそう呼ばれる」


 それはつまり、過去にも異世界人が召喚されたという事実がいくつもあるという事だ。

 目の前の魔法使いの口から出る変革の騎士という言葉だけ、どこか蔑むような厭うような響きがあって咲良は首をかしげた。

 魔法使いはどうやら変革の騎士が嫌いらしいという事だけはわかるが、それだけだ。


「帰れるのでしょうか?」


 紬が一番大事な事を聞いた。


「……召喚した者の意思か死。あるいは召喚の条件を満たした場合のみ戻ることが可能となる」


 召喚した者が、ただ呼んだだけなんで帰っていいよ、というはずがない。

 だから帰れる条件は召喚者の死か召喚者の願いを叶えるかの二択。

 考えれば考えるほど嫌な予感しか感じられない。


「誰が私たちを召喚したの?」


 サラの問いかけにリーヴァイは首を横に振った。


「私のあずかり知らぬことだ」


 禁忌とされる召喚には膨大な魔力が必要だ。

 それを可能とする人物は限られてくるが、リーヴァイは口にしなかった。

 誰が召喚したのかはわからないが、異世界人の召喚は彼にとっても都合のいいモノだったからだ。


「なぜ禁忌とされているの?」


 ずばり咲良が核心を迫ると、何言ってんだお前みたいなどこか拍子抜けした顔をした。


「……まず異世界人を召喚するという行為自体が問題だろう。お前たちの世界では誘拐は合法か?」

「犯罪」

「この世界に留めおくという行為はあるいみ監禁にあたるが?」

「犯罪」

「帰還をたてに召喚者の意のままに操る行為は?」

「犯罪」


 拉致監禁、恐喝強要、脅迫と犯罪のオンパレードだ。

 これを禁忌扱いにするという事は倫理観が高いし共感できる。

 咲良たちの感覚に近い国なのだろう。

 ほんの少しだけ、肩の力が抜けた。


「じゃあ、変革の騎士って呼び名はどこから来たの?」


 リーヴァイの眉間にくっきりと縦しわが一本刻まれた。


「……過去に異世界人を召喚した例はある。が、彼らは善きに悪しきに世界に影響を与えるため、変革の騎士と呼ばれるようになった」


 なるほど、と納得する。

 咲良はそれを眺めつつ、この状況を考えていた。

 元の世界に帰るには、まず召喚した人物を特定することが必要だ。

 呼び出された目的がわからなければ果たすべき使命もわからない。

 それがわからない以上、召喚した者を殺すという最悪の選択肢は後回しにできるという事は咲良の心を少しだけ軽くした。


「変革の騎士達よ。ひとまず私とともに城へ。そこでお前たちのなすべきことを探すがいい」


 リーヴァイの言葉に四人は戸惑いを隠せない。


「なんだかRPGの旅立ちを促す村長さんとか王様みたいです」


 紬は目を輝かせながら一人で興奮している。


「なすべきことって言われてもなぁ……」

「だよね。帰れる条件もイカれた話だし。女子高生に人殺しなんて無理だしやりたくないし」


 どうすればよいのかわからないのだ。

 自然と視線が年長者の咲良に集まる。


「虎穴に入らずんば虎子を得ずだよね。行こう、みんな」


 咲良の強い決意がみなぎるまなざしに三人は息をのむ。


「私たちは運命共同体、一蓮托生!目標は日本に帰還!」

「「「はいっ!」」」


 全国制覇を謳う監督と選手のような気合が入った声が空に響いて行った。

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