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2.現実逃避をしたい人たち

 光がピークに達した瞬間、咲良はとっさに春斗に抱き着いた。

 自分より背の高い春斗に抱き着いたはずなのに、胸に頭を抱えた感覚に慌てて離れようとしたが、風を切る音に驚いて逆にぎゅうぎゅうとしがみついた。


「……るし……さく……さくら、苦しい、目をあけろっ!」


 背中をタップされ、咲良はおそるおそる目をあけた。

 ちょうど胸のところに春斗の真っ赤な顔があり、目が合った。


「は?」


 眼下に海に囲まれた陸地が見えた。


「えっ?なんで……日本列島はどこだろう?」

「なんでお前はそうのんびりできんだよっ!いきなり大気圏突入っておかしいだろ!」


 春斗の突っ込みに咲良は首をひねる。


「空気があるから成層圏じゃない?あ、死ぬほど寒くないから対流圏とか」

「どっちにしろ落ちたら死ぬだろーっ!」

「海外ドラマで同じシチュエーションがあったけど、生還したよ」

「リアルの話をしてくれっ」

「リアルでそういう話があったからドラマで真似したんだけど」


 春斗は咲良の言葉に微かな希望を感じた。


「何がどうなって助かったんだ?」

「さぁ。そこはうろ覚えだけど、海中火山から出た気泡が緩衝材の役割を果たしたってことだけは確か」


 春斗は絶望的な顔で咲良を見る。

 そんな春斗をよそに、咲良は提案をする。


「とりあえず両手広げて空気抵抗をしてみようか」

「いやだっ、どうせ死ぬならこのままがいい……」


 春斗の耳に咲良の心音が届く。

 早く脈打つそのリズムに、すっとぼけた事を言っていても咲良も不安なのだと悟った。


「かわいいこと言ってくれるじゃないの」


 風を切る音の中で確かなものは互いの温もり。

 何が起きたのかわからない中で、確かに感じるそれを手放したくなかった。

 互いの腕に力がこもる。


 中央に島が一つあり、それを囲むように四つの島が見えた。

 ぐんぐんと近づいて来るうちに細かい部分も見えてくる。


「んん?」


 中央の島に注目すると、海に大きな影ができている。


(ん?なんで空中に岩とか島が浮いているの?)


 現実逃避したい脳みそが違う事をフル回転で思考した結果、浮遊する島の可能性をはじきだす。


「ラピュタは本当にあったんだっ!」

「何バカな事を言ってん……まじかーっ!」


 春斗も海に広がる影に気が付いた。

 さらにいえば、中央の島の周りにはふよふよと小さな塊が浮いている。

 しかし二人の体は落ちている。


「位置的に、陸じゃねぇかよ~」


 春斗が半泣きで呟いた。

 海ならば助かる可能性はゼロじゃないが、陸地で墜落すれば確実に死ぬだろう。


「女の子と付き合ったこともないのにぃ……」


 そんな残念な告白を聞きながら咲良は何とかして助かる方法や可能性を探す。

 が、やはり陸地に衝突して即死コースは間違いない。


「私も、素敵な彼氏とお付き合いしたかったなぁ……」


 はやり血のつながりは侮れない。

 黙っていれば美男美女、しかしその実態はヘタレと男勝りという残念な従姉弟であった。


 一瞬体がふわりと浮いたような感覚があった。

 それは一瞬の事で、またすぐに落下が始まる。

 気持ちいいと言うには強すぎる風に下から煽られる。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 声のした方をみれば、長い髪をなびかせた少女が叫びながら落ちていく姿があった。

 サラがとにかく悲鳴を上げまくった。


「すいません、いったい、何が起きたんでしょうか」


 咲良のすぐ横を、大の字で落ちるボブカットの少女が場違いなまでの冷静な声音で問いかけてきた。

 紬は思考に没頭することで現実から逃げた。


「何が、というより今を考えようよ」


 現実逃避している少女に声をかけつつ、咲良は抱き着いていた春斗から手を離した。


「えっ、ちょっと咲良、何してんのっ!」


 いきなり放り出された形になった春斗は慌てて咲良の腰にしがみつく。

 腰ぎんちゃくをくっつけたまま咲良は空中を泳ぐようにしながらゆっくりと紬に近づいて手を伸ばした。

 咲良の意図を察した紬も泳ぐようにしながら咲良に近づき、手を伸ばす。

 二人の手ががっしりとつかまれた。

 互いの視線が絡むと、どちらともなく口元がにやりと緩む。

 次にパニックを起こしているサラの方に移動する。


「あんたらなんなのさーっ!」


 叫ぶ元気があるなら大丈夫だろうと咲良はサラの腕をつかんで自分たちの方に引き寄せた。


「落ちると言えば、地獄に落ちる最中なのでしょうか?」


 すっとぼけた事を言い放つ紬にサラが据わったような目を向けた。


「馬鹿言わないでよっ、三途の川だってまだわたってないじゃんっ!」


(おや、意外と冷静?とゆーか突っ込み属性?)


 咲良は冷静に二人を観察する。


「なんだ?またスピードが緩んだぞ」


 春斗が声を上げ、三人はそのことに気が付く。


「変ですね。さっきから、少しずつですがスピードが緩んでいくような気がします」


 言われてみれば、声を張り上げなくても互いの声が聞こえることに咲良は気が付いた。


(さっきから何か変ね)


 夢にしてはリアルだし、光ったら違う場所にテレポートして落ちているという事実をどうとらえたらいいのだろうか。


「ちょっとぉ、ここはどこなのよーっ!ママはどこいっちゃったのよーっ」

「この場合、私達がどこかに行っちゃったというのが適切だと思うのです」

「こんな意味不明な迷子ってある?」

「迷子センターはありそうもないですよね」


 澄んだ空気、生き生きとした生命力にあふれる美しい緑の森、空中に浮かぶ岩の塊からなぜか水が落ちて滝になっている。

 日本どころか地球上にはありえない景色だ。


「湖だっ!」


 春斗が声を上げた。


「運が良ければ湖に落ちるかも」

「運任せですか?」


 咲良の言葉に紬がどこか驚いたように反応した。


「あいにくとスカイダイビングの経験はないんで」


 自嘲気味に咲良が答え、紬が頷いた。


「私もです」

「奇遇だね」

「大丈夫!俺も咲良も運はいい方だっ」


 皮肉っぽい咲良の返答に紬がのんびりと同調し、やけになった春斗が根拠のない自信を披露している。


「あんたら、この状況でどうしてそんなのんきでのんきなのさーっ!」


 サラは地団駄を踏みそうな勢いで叫んだ。


「ほら、あれだよあれ、誰かがパニックになったり怒ったりすると逆に冷静になるってパターン」

「わかります。怒るタイミングを外されてしまうんですよね」


 咲良と紬がうんうんと頷き合う。


「だーかーらー、なんでそんなに冷静なのよっ」

「会話がループしているぞ」


 春斗がどこか気の毒そうに突っ込んだ。

 なんだかんだ言いつつ現実逃避している四人だった。


「だめー、もう死んじゃうんだーっ!ママ助けてーっ!」


 サラの心からの叫びが風に飛ばされていくと、代わりに何かがやってきた。

 下からすくい上げられるような感覚に目が回りそうになる。

 視界が灰色に埋め尽くされたかと思うと、浮遊感が消えた。

 つかみあっていた手はいつの間にか離れて、両手でそれにしがみつく。

 混乱した頭で互いの姿を見て硬直した。

 いわゆる、映画でよく見るサメにしがみついていた。


「何これっ!」

「珍百景だねぇ」

「ちがーうっ!いえ、違わないけどそっちじゃないよっ!」


 咲良のボケにサラが突っ込みを入れるが、そのテンションの高さに脳の血管が切れないのか心配になってしまう。


「サメは空を飛んだりしないっ」

「シャーク・タイフーンでは宇宙まで行ってたよ」

「それ映画だよねっ、B級映画の話だよねっ!」


 陽キャに見えるサラなのによく知っていたなと咲良は感心する。


「まぁまぁ。とりあえず落下死は免れたんだからいいじゃん」


 背びれを抱え込むように座っている春斗がのほほんと声をかける。


「へぇ~。よく見れば可愛い生き物じゃない。つぶらな瞳だよ」

「瞳はつぶらでも歯はめっちゃ尖ってるじゃないっ!」

「噛まれなければ大丈夫」


 サラの言い分に朗らかに咲良が答えるのを聞いて、そういう問題なのだろうかと思いつつ春斗はサメの上でごろりと横になって空を見上げている咲良に視線を向けた。


「なんか、疲れた……」


 咲良はアンニュイな雰囲気で深いため息をついた。

 艶やかな声に少女たちは息をのみ、その様子を見ていた春斗はそっと目をそらす。

 守ってあげたくなるような綺麗なお姉さんが頼れる姉御になるまであと少し。

 どんなおかしな状況でも咲良は変わらない。

 一人じゃないから。








 何もない部屋の壁に、ホームシアターのように映像が映し出されていた。

 見慣れない服装の男女が落下している。


「せっかく召喚したのに、リーヴァイにとられたか。残念だったな」

「…………」

「ダンマリか。都合が悪くなるとすぐに黙るのはお前の悪い癖だな。エリー、消せ」


 白い服に金の縁取りが施された神官服を着た男は、隣にいた漆黒のメイド服を着た女に目を向ける。

 エリーと呼ばれた女は小さく頷くと、壁に映し出された映像を消した。


「あの者達はいかがいたしましょう?」

「放っておけ。いや、奴らに余計な事を吹き込まれては面倒だ。囲い込まれる前に追い立てるか」

「ではそのように。御前を失礼いたします」


 くるりと踵を返したメイドの服が瞬き一つの間に変わる。

 漆黒のマントに金色の髪をたなびかせるように軽快な足取りでメイドだった女は部屋を出ていった。


「……馬鹿な事をしたな」


 部屋の隅にうずくまっている藍色の髪の青年に声をかけた。


「…………」


 返事がないのはいつもの事なので、返事は期待していない。


「失礼する」


 神官の男は短く退出を告げると、恭しく一礼をしてから部屋を出ていった。

 誰もいなくなった部屋で、絶望に染まった朱金の瞳がそっと閉じられた。





プロには編集者さんや校閲さんがいますが、素人さんにはそんな人がいないので、誤字脱字は生ぬるい眼差しでお願いします。

ちなみに私の脳みそは優秀(笑)なので誤字脱字はかってに脳内変換で正しく読んでしまいますので、何度見直しても間違いがあるようです。

誤字脱字や感想は返信しませんが、受け付けています。

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