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16.待ち伏せ

 朝が来ると、四人と用心棒は元気に歩き出した。


「今日はちゃんと素材の場所に行きたいって考えようね」

「昨日はアンタのせいで考えられなかったんでしょーがっ!」


 マリスに突っ込みを入れるサラは朝から元気だ。


 生暖かな眼差しに囲まれながらサラは説教をかましていた。


「だいたい戦い方を教えるにしても、なんであの二人は放置で私が集中砲火を浴びなきゃいけないのよっ!絶対におかしいでしょ!普通は前衛が戦うのになんで護衛の私が一番戦わないといけないのよ!」

「うん、それは俺も意外だったよ。よっぽど君が魅力的(美味しそう)に見えたんだね」


 餌としての魅力をほめたたえられてもうれしくない。

 サラは他の三人の十倍は経験値をためただろう。


「春斗達は戦うための素地はあったから問題ない。でも君だけが素人だったから心配していたんだ。余計なお世話だったみたいだけど」

「違うわよっ、それ絶対違うからっ、余計どころか世話すらしてないじゃない!腹を減らした獣が餌を求めて次々と襲い掛かってきただけだよね」

「おかげさまで俺が教えるて……必要がなくなっちゃったよ。あははは」

「今、手間だって言おうとしなかった?」

「君たちは思ったよりも戦えるようだから、後は経験をつめばいい。あとは、勝てそうもないと思ったら一心不乱に逃げる事ぐらいかな」


 サラは信じられないというような顔でマリスを睨みつける。

 これ以上、サラのご機嫌が悪くなってパフォーマンスが落ちる前に空気を変えようと咲良が二人の会話に割り込んだ。


「ほらほらサラちゃん。頭を切り替えて。今日は私と春斗ががんばるから、サラちゃんは素材の事を考えてね」

「咲良先輩~。この男に咲良先輩ぐらいの優しさがあれば……」

「昨日で随分戦闘能力が上がったから、今度は私たちの番だよ。ね、春斗」

「だな。サラちゃんはがんばったから、今日は俺達ががんばる番だ」


 春斗もやる気満々だ。


「ふふ、今日は大人しく守られていなさい」


 咲良が笑顔で宣言する。


「……咲良さんって、男前です」

「うん。男だったら絶対に惚れてるよ……」






「素材っ、素材っ、そ・ざ・い!SOZAI!」


 ヘイッ!とつけたくなるようなリズムで咲良が歌いながら歩くので、全員が素材の事を考えずにはいられない状況だった。

 そのおかげか、親切な森を抜けることができたことには驚きだ。

 なぜ抜けたことが分かったかと言えば、簡単な事だ。後ろを振り向いて道があれば、そこは親切な森じゃない。

 咲良の歌のおかげで昼には親切な森を抜け出すことができた。


「すごいですね……」

「頭ン中でずっと咲良先輩の歌が回ってる……」


 うっかりすると口ずさんでしまうくらいに浸透している。


「ここから先は獣に襲われることも減るだろうから安心していいよ。でも油断はしないようにね」


 危険区域を抜けたせいなのか、マリスの表情が心なしか穏やかに見えて四人は張り詰めていた緊張感が抜けた。

 マリスは苦笑気味に忠告する。


「どこに素材があるのかしら?」

「もう少し先だ。親切な森はどうやら素材の近くに出口を作ってくれたみたいだよ」


 紬の疑問にマリスが答える。

 うまく使えばとても都合のいい森なのだ。


「この世界は変なところでファンタジックなのですね……」

「魚が空を飛んだり、森が意思を持っていたり?」

「そうです。しかも相手を思いやってなんて、考えられません」

「だけどさ、RPGだと木の化け物が出てくるじゃん。どっかの国のおとぎ話にも木の妖怪やら妖精がいるわけだから、ここの木は妖精に近いんじゃないのか?」

「ありえなくはないですね。我々の思考を読み取って親切に教えてあげているという感覚ならしょうがないです」

「有難迷惑だわ」


 異世界を満喫する二人をばっさりとサラが切り捨てた。


「森を抜けたからって気を抜いたらダメだよ。魔物も獣もその辺をうろついていることには変わりないからね」


 マリスがはしゃぐ子供達に再度注意を促す。

 そのやり取りはなんだか引率教員のようだ、と咲良は思った。


「そうだよね。ここからはサラちゃんじゃなくて春斗が主役なんだから頑張れ~」

「なにその他人事は?」

「だってこの中で魔法がちゃんと使えるのって春斗だけじゃない。マリス、森と違って戦い方も変わるのでしょ?」


 親切な森では魔法が使えなかったが、これからは魔法という攻撃手段が増える。そうなれば戦い方もおのずと変わってくる。


「春斗が初撃で魔法をぶち込んで咲良さんが切り込んで、取りこぼしを春斗と紬ちゃん、サラちゃんが護衛と周辺への警戒かな」


 大雑把にマリスが説明を入れる。


「まだ戦闘に不慣れな君たちは、不意打ちをつかれたらいったん引いて体勢を立て直したほうがいい。理想はサラちゃんが全体の指揮をとるのがいいかな」

「えっ、わ、私?無理無理無理無理―っ!」


 そんな怖いことはできないしやりたくない。


「だから、理想って話」

「うう~。そんな責任重大な事、できないよぉ。落ち着きのある紬か咲良先輩でいいじゃない」

「今後の成長にこうご期待ってところかな」


 サラはがっくりと肩を落として深くため息をついた。


「そんな心配しなくても大丈夫だよ。魔物を吹っ飛ばしちゃうサラちゃんなら大丈夫」


 あれはサラ以外の誰も真似できない。


「なにそれ。咲良先輩、私の事をどう思っているの?」

「そりゃぁもちろん、可愛い妹分だよ!」


 文句を言うサラをグイっと抱き寄せて頭をなでなでする。


「ちょっ、ちょっとやめてくださいよぉ」


 そういいながらもちょっと嬉しそうなサラを紬たちは生ぬるく見守っていた。


「雷槍!」


 ヒステリックな女の声に四人の足が止まる。


「立ち止まるなっ!」


 マリスが警戒するよう声を上げるが遅かった。

 稲光が真正面から襲い掛かってくる。

 咲良はサラから離れてかまわず前に出た。

 持っていた鎌を前方に放り上げる。

 すると、稲光は鎌に吸い寄せられるように集まり、光が膨れ上がると爆発したかのように四散した。


「うわぁっ!」


 女の子とは思えない悲鳴を上げて咲良は腕で顔をかばう。


「咲良さんっ!」


 マリスが慌てて咲良を自分の方に引き寄せて地面に臥せる。

 静電気にも似た衝撃が体を駆け抜けていったのがわかった。

 地面に伏せたおかげで電流が地面に抜けていったのだ。


「きゃあぁぁぁぁっ」


 女の子らしい悲鳴が上がり、咲良とマリスは痺れの残る体を叱咤しながら声の方を向くと、春斗が地面に膝をついて青い顔をしているサラに駆け寄ったところだった。


「つっ、紬、しっかりして!」

「何があったっ?」

「春斗、紬が私をかばって……」


 地面に、服がズタズタに裂かれて火傷だらけの紬が横たわっていた。

 サラが力尽きたようにぺたりと地面に座り込み、紬をゆする。


「ちょっ、乱暴にしちゃだめだよサラちゃん」

「春斗、くるっ!」


 咲良の声に春斗は二人の前に立ちはだかり、咲良がそうしたように剣を放り投げた。

 光は春斗たちではなく、空中に放り上げられた剣の切っ先に落ちた。


「危なかった……」


 春斗はほっと息を吐くが気は抜かない。

 こちらへ近づいてくる人影に気が付いたからだ。


「あら」


 女の拍子抜けした声が春斗たちの耳に届いた。

 見覚えのあるビキニアーマーに彼らの表情が凍り付いた。


「なぁに、一人しかヤレてないの?」


 心底驚いたようにエリザベートは春斗たちを見回した。


「咲良さん、動かないで」


 抱きしめていた咲良がぴくりと動いたので小声でマリスが注意する。


「でも……」

「落ち着いて。ここはもう森を抜けている」


 魔法が使える状態だ。


「お前、生きていたのか」


 城から逃げる際に襲ってきた女魔法使いだ。

 忌々し気に春斗は彼女を睨みつけた。


「あれぐらいの高さから落ちたくらいじゃ死ねないわ」


 ふふっ、と妖艶な笑みを浮かべる。


「そっちのボーヤ。私の肌に傷をつけたのは許せなくてよ」

「そっちこそ、俺の仲間を傷つけて何を言ってやがる」 


 威勢よく言い返すが、内心は冷や汗がだらだら流れている。

 春斗は剣道では負けなしだし、喧嘩も強い。

 だが、人を殺したことはない。


「リーヴァイはどうしたの?」


 飛び出さないようにマリスに抱きしめられたまま咲良は問いかけた。


「さぁ。死んではいないわ。でも、助けに来てくれるとは思わないほうがいいわね」

「あなたにやられるような人じゃないと思うけど」


 ちょっと驚いたように目をみはったエリザベートだが、すぐにくつくつと笑い出した。


「そうね。私にやられるような人じゃないけれど……諸事情で城から離れられないのよ」

「嘘言わないで。私たち、城から離れた場所で彼に助けてもらったのよ」

「あらあら。相変わらずのお人好しだこと」

「何がそんなにおかしいの?」

「おかしいわよ。笑えるわ。ねぇマリス、そうでしょう?」


 咲良の耳元で微かに舌打ちが聞こえた。

 暖かな空気が離れ、代わりに冷たい空気が背中を通っていく。


「相変わらず性格が悪いな、エリザベート」

「ふふ。リーヴァイはね、城を拠点にこの国に結界を張っているの。城を離れてなおかつ魔法を維持するってことは……余計な魔力を使うって事なのよ」


 楽し気にエリザベートは説明した。


「あんた達を助けるために、彼は何年分の命を削ったのかしらねぇ」

「えっ……?」


 咲良たちの表情がこわばるのを見てエリザベートは腹の底からおかしいと言わんばかりに笑い出した。


「馬鹿な人ねぇ。だからあんな襲撃程度に手こずるのよ」

「だとしても、私たちは助けてもらったから笑えないわ」


 咲良が言い返すと、エリザベートは笑うのをやめてぎろりと咲良を睨みつけた。


「お前たちごとき虫けらのために命を削るなんて、馬鹿でなくてなんなのかしら」


 なぜ彼女が怒っているのか咲良にはさっぱりわからなかった。


「あなたはどうして私たちを狙うの?」

「だってあなた達は変革の騎士なのでしょう?私は破滅に向かうこの現状を望んでいるの。それを変えてしまうあなた達の存在は許せないのよ」

「つまり、私たちの敵だって事ね?」

「違うわ。あなたたちが私の敵になっただけよ」


 そういって笑うエリザベートを咲良は綺麗だと思った。

 自分たちを殺そうとする敵なのに、なぜか憎めなかった。

 それでも自分たちの前に立ちはだかるのならば排除しなければならない。

 迷いは剣筋を鈍らせる。


「貴女は、この世界がなくなってほしいの?」

「ええ」


 迷いのない返答。


「排他的にも刹那主義でも破滅型でもないのに、なんで?」

「この世界が嫌いだからよ」


 堂々と言い放つその様はものすごい説得力があった。


「じゃあ、手加減はしない」

「何を馬鹿な事を言っているの?召喚されたばかりのお前たちがこの私に勝てるはずが……」

「春斗っ!」


 咲良の声を合図に春斗は魔法を放った。


「フレイムバレット!」

「氷壁っ」


 エリザベートは余裕で氷の壁を展開するが、フレイムバレットは高圧な火の塊なので瞬時に溶かして突き抜けた。

 その間にマリスは咲良を立たせて春斗とすれ違い、後方のサラと紬に合流する。


「紬、紬、紬!」

「サラちゃん、落ち着いて」


 咲良は横たわっている紬を揺さぶり続けるサラを後ろから抱えるように抱きしめた。

 サラの手が紬から離れると、マリスがすかさず紬の様態を診る。

 秀麗な眉をよせた。


「思ったより傷が深い。早く治療をしないと……」


 細かい裂傷が多いのか体中から血がにじみだし、ゆっくりと地面に滴り落ちている。


(くっ、予想はできていたのに……)


 もっときちんと彼女たちに警告するべきだったのだ。

 想像以上の具合の悪さにマリスは応急手当を始める。

 咲良はぎゅっとサラを抱きしめながら怒りに震える体をなんとか落ち着かせていく。


「咲良先輩?」


 怒っている事に気が付いたサラが不安そうに咲良を見上げた。


「大丈夫。やけになって飛び込んで行ったりしないから」


 怒りで自棄にならないように、冷静に理性の意図を手繰り寄せ、敵を倒すために考える。


「森では魔法を使えないから、外から見張っていたの。ふふふ、待っていたか

いがあったわ」


 エリザベートは楽し気に目を細める。


「咲良、マリス。紬ちゃんとサラちゃんを頼む」


 春斗はぎゅっとこぶしを握って決意を固める。

 目の前の人物を倒す決意を。


「任せて」

 咲良はあえて穏やかな口調で返した。

 ほんの少しだけ、気負っていた春斗の肩の力が抜けたように見えた。


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