15.親切な森 二日目
朝になるとマリスがどこからかふらりと現れ、ドアを叩く。
「準備できた?」
「はい。あとはキノコのおうちをしまうだけです」
旅の支度ができた順から外に出て、最後に咲良が出るとキノコのおうちを収納。
「それじゃあ素材を取りに行こうか。ちゃんと素材の事だけをかんがえるんだよ」
小さな子供に言い聞かせるように柔らかな口調でマリスが言った。
しかし案外これがなかなか難しい。
四六時中、素材の事なんて考えていられない。
しかも魔物やら獣やらが餌が来たよと喜んで襲い掛かってくる。
「なんなのよ、もうっ!」
メイスを振り回しながらサラが叫んだ。
「おお、ナイスホームラン!」
どんな力学が働いているのか、獣がきらぁんとアニメさながら星になる。
「すごいですね……」
「これって身体能力も思い込みで上昇ってことでいいのかしら?」
星になった獣を眺めながら紬が呟く横で咲良がマリスに聞くと、こくりと頷いた。
「意志の力と想像力が上手く組み合わさるとサラちゃんみたいになるんだけど……すごいね」
現地人の冒険者にすごいと評されるサラ。
「俺でもあそこまでは飛ばせないなぁ……」
メイスに魔法がかかっているのかと思い、貸してもらったマリスは驚愕のあまり目を見開いていた。
「普通のメイスだ……」
「サラちゃんがすごいって事が証明されたね」
「そうですわね」
「なんか怪力娘みたいでいやなんだけど?」
「怪力じゃないけど、君達、普通に身体能力は高いから」
メイスを借りて春斗や紬も試してみたがお星さまにはならなかった。
叩いた敵は普通に地面に倒れただけだ。
「この世界では、身体強化って魔法ではないということですわね」
紬は興味深そうにサラとメイスを見る。
「なんかものすごーく不本意難だけど」
「よかったじゃない。戦えないって落ち込んでいたのが一転、チームのエースだよ」
「咲良先輩、なにかが胸に突き刺さりました……」
「そういえばサラちゃんは何の部活に入っていたの?」
「水泳部で飛び込みやっていました」
意味が分からないマリス以外は全員、目をそらした。
「水泳部?飛び込み?」
「子供たちが集まってみんなでお勉強をするところに私たちは通っていたんです。そこには色々なスポーツ……遊びを極める人たちが集まった活動があるのです。サラちゃんは水泳を極めようとした人たちの中で、更に高いところから飛びこむことを極めようとしていたのです」
何やら壮大な物語のようだが、単なる学校の部活である。
学校、部活動をしらない異世界人に説明するとなるとこんな感じになるのだろう。
「なるほど……。飛びこみを極めるのか。異世界は面白い」
異世界の話を聞くマリスはとても楽しそうだが、現状はあまり楽しくない。
生きのいいえさを求めて魔物やら獣やら、わらわらと襲い掛かってくる。
一息つく暇もなく、次から次へと襲い掛かってくる。
この短時間で随分と戦闘能力が上がったような気がするし、連携もとれるようになってきた。
しかし弊害もある。
そろそろ四人は魔物や獣に遭遇したくないという気持ちが強くなってきたのだ。
森を抜けるというよりは、そっちに引きずられる。
結果、あっちにウロウロこっちにウロウロ。
「……やはり食の本能には勝てませんのね」
どんなに避けようと思っても、死活問題がかかっている彼らの方が強い気持ちを持っている。
「ああっ、もう魔物の鳴き声、超腹立つっ」
「サラちゃん、落ち着いて」
「もう、これで何匹めよっ。次から次へと沸いてきて、うっとうしいったらありゃしない」
キレ気味に叫びながらもメイスを構えるサラ。
「ほらほら、ちゃんと素材のある場所へって念じないといつまでたっても出られないよ」
マリスが宥めるような口調でサラに声をかけた。
「そんなのいやーっ!」
紬に襲い掛かろうとした獣をバットのようにメイスを振り回す。
鈍い打撃音と共に獣が空の彼方へ吹っ飛んでいく。
「……なんつーか、俺たちのパーティーってサラちゃんが最強?」
「そうね……」
剣と死神のような鎌をもって呆然と突っ立っている春斗と咲良。
最初の打ち合わせでは、二人が前衛職で紬が後衛、弓を構える後衛の紬を守るのがサラ。
現実は、一番生きがいいのか獣に狙われるサラが返り討ちにして三人はそれを見守るという連携も何もない状況だ。
「魔法が使えるようになったらまた戦い方も変わるんじゃない?」
「どうだか……」
魔法の使い方を知っているのは春斗だけだ。
「私も早く魔法を使ってみたいわ。やっぱり異世界と言えば魔法よね。どうな感じだった?」
「かめはめ波を撃つような感じ」
まったくわからない。
「アメコミに目からビームがあったけど」
「うん、全然違うから。日本人なら気を巡らせてバトルする漫画とか読んだことあるよね?俺の漫画、勝手に持ち帰って読んでたもんね?」
「はい、そーです、知っています」
少年忍者や海賊少年の成長物語とか、地球人最強生物はカモメ眉毛の警察官だったとか、色々と読んでいる。
「なら俺から言えることはない。数多の先人たちの言葉を思い出せばそれでOK」
「そんなんでいいの?」
「あながち間違っちゃいないし。俺の場合、リーヴァイに無理やり魔法の回路を動かされた感じだし」
「素材を取る場所って魔法が使えるんだよね。ちょっと試してみる」
「イメージができれば結構簡単かも」
アニメに漫画に小説とイメージしやすい環境は整っている世界にいたというのはけっこうなアドバンテージらしい。
「そこーっ!なにくっちゃべってんのーっ!キリキリ働きなさいよーっ!」
のんきにおしゃべりしている二人にサラが叫ぶ。
「と言ってもなぁ」
「本能で生きのいい餌がわかるみたいだよね」
さっきからみんなサラ狙いで、一緒にいる紬がいい迷惑である。
「マリスが付いているからだいじょうぶでしょう」
というか、紬をマリスが守っていてサラは野放し状態だ。
それでも危機的状況に陥るとマリスは石つぶてで目を狙ったり眉間を狙ったりとちゃんとフォローを入れている。
「いい人だね」
春斗がマリスの活躍に感じ入ったようにしみじみと呟いた。
「森の外に出たら、あれを魔法でやればいいんだろ?」
「フレイムバレットってなんかカッコいい響きだよね」
「……いっとくけど、中二病的なナニカじゃないぞ。なんてゆーか……」
春斗の話をまとめると、出現する魔法の形をイメージすると自然に自分の知識の中にある言葉がセレクトされて言葉になり、より魔法が強固な形となって存在するらしい。
「言霊みたいなもんだな。だいたい、この世界に銃なんて概念、ないし」
わざわざ鉄を鋳型で固めて部品から作るなんて面倒でしかない。
気合と根性で何とかなる世界なのだから。
「……葉っぱカッターとかできるのかしら」
「それ俺も思ったけど、無意識に身体強化とか付与魔法をかけているんじゃないかと思う」
気合と根性で何とかなるのなら、思い込みの激しい人間が世界統一くらいやっているはずだ。
「なるほど。それなら納得できるわ。あとはイメージの強さによってかかる魔法の威力が左右されるというわけね」
この世界における魔法の考察を二人でしていると、再びサラが爆発した。
「ちょっとは手伝いなさいよーっ!」
「気が付けばサラちゃんだけの修行だよね」
「なんだろね、あれ。たった半日で戦闘値がどれだけ上がったんだろう」
「勇者もびっくりな成長速度だよなぁ」
「そっちに行ったよ~」
マリスの声に春斗は剣を一閃させて飛びかかってきた魔物を一刀両断にした。
「すごいですね……」
鮮やかな手並みに紬がしみじみと感じ入ったように呟いた。
「ああ、俺んち、剣道場なんだ。居合切りとかも教えているから俺も嗜んでる。日本刀と西洋の剣って扱いが違うけど、少し慣れてきたかな」
「まぁ、ご実家が武道を。咲良さんも?」
「私は薙刀を少々。これが無かったら、剣じゃなくて槍を選んでいたと思う」
幼少のころ、咲良はお転婆で落ち着きがなかった。
よく竹刀をぶんぶんと振り回しては道場主である祖父に怒られていた。
しかも無双状態で圧倒的強者だった。
それを見かねた祖母が薙刀を教えてくれたというどうしようもない理由だ。
「だーかーらー、どうしてあんたたちの方に魔物がいかないのひょーっ!」
語尾がおかしなことになっているのでサラの方を見ると、茂みから飛びさしてきた魔物を四番バッターもびっくりなスイングで吹っ飛ばすところだった。
「……なんつーか、アイツ、色々とすげぇな。水泳部じゃなくて野球部の方が向いてるんじゃないか?」
「そうですね……」
「あはははは」
サラの成長に三人は唖然とするだけだった。
「……君達、ちゃんと素材の場所へって念じているのかな?」
キノコのおうちを眺めながらマリスが尋ねた。
「いくら何でもそんな暇なかったわよっ」
「あ~、うん。サラちゃんはそうだったね……」
ちょっと視線をそらしながらマリスが答えるのを見ながら認めるんだ、と三人は思った。
「今日、君が一番頑張っていたから、他の事を考える余裕がなかったのはしょうがないよ」
マリスの目が三人に向けられる。
「だけど、素材の場所から離れている気がする。ついでにニールの家からも」
「えっ、なんでわかるんですか?」
「星の位置でだいたいは」
「「「「おおおぉぉぉぉぉぉ~」」」
「なにその反応……」
「いえ、冒険者らしい発言でしたので」
ものすごく情けない顔でマリスはがっくりと肩を落とした。
「君たち、俺は最初に冒険者だって言ったよね?」
「そうは見えませんでしたの。まだ貴族ですと紹介いただいたほうが納得できますわ」
「なんていうか、君たちの思う冒険者ってどういう感じ?」
「筋骨隆々のむさくるしいおっさん?」
「端的に申せば粗野?」
「無茶と無謀に富んだ感じ?」
「上品な振る舞いとは縁がないような?」
「……まぁそういった人たちもいるけど、全部が全部そうじゃないんだけどな」
遠い目になるマリス。
「とにかく、君たちが偏見と独断に満ちた冒険者像で俺を見ていたのは分かった」
それも悪い方に。
「そういう冒険者もいるけれど、俺みたいな上品な冒険者も一定数いるから」
「自分で言っちゃってるよ。でも少数派なんだ」
「うっ……」
サラの突っ込みに言葉を失うマリス。
「ほらほら、もう今日は休みましょう。特にサラちゃんは一番頑張ったんだから、一番風呂にどうぞ。そうだ、ニールさんのところでもらった香油もためしてみましょう」
咲良がてきぱきと物事を進めていく。
「マリスは?」
「俺は外で」
咲良の眉間にしわが寄るのを見ながらマリスは困ったように頭をかいた。
「その家自体が魔物や動物が嫌がる成分を放出しているから、本当なら見張りの必要はないんだ」
「それなら、どうして?」
「人に襲撃された時、一人が外にいれば色々と臨機応変に対処しやすいだろ」
マリスが警戒しているのは人だ。
「何人の人間が起きているのかはわからない以上、そういった警戒は必要だ」
明確な目的があって起きているのだから、それにかける執念は侮れない。
世界を滅ぼすことを良しとしている者にとって、どう転がるかわからない変革の騎士は邪魔な存在だ。
「襲われると思いますか?」
「俺が敵側なら、万全を期すために変革の騎士は殺しておくよ」
笑顔で言われて咲良は返す言葉に詰まった。
「世界の崩壊を止められちゃうくらい変革の騎士ってすごい存在なの?」
「そうだね。手段はどうあれ、結果がそうなってもおかしくないのが変革の騎士だ。ひょっとしたら世界のありようだって変えちゃうかもよ」
マリスはくすりと笑った。
「ギャンブル好きにはたまらないカードだよね」
「一か八かって……どうせダメならとことんまでダメになってやるって意気込みがないと使えないカードって……」
「普通の人なら使おうなんて気は起きない。だから禁忌の魔法なんだ」
「変革の騎士って、何をやらかしたの?」
どれだけの武勇伝を残したら、未来の人々に恐れられる存在になるのだろうか。
「記録で残っていたのは、神の代行者になりたいと願った男が召喚したら、最終的にその国が滅びかけたとか」
「……無情だね。運命はどれだけその人に神の代行者になってほしくなかったんだろう」
「王様になりたいと願った男が召喚したら、神の代行者になったとか。ハーレムを作りたいと召喚したら、ハーレムはできたが寵を争ったあげく血で血を洗う争いに発展し、最後の一人がそいつと無理心中……」
マリスは遠い目をし、咲良もまた同じように遠い目をした。
ハーレム作りたいと願ってかなったのはいいが、最後は無理心中でこの世とさようならとは何とも切ない。
「……よい伝説は残っていないの?」
「戦時中、世界平和を願って召喚したらみんな死んで平和になった」
「それいい話なの?」
「平和という観点じゃ、いい話だよね……」
戦争する人間がいなければ確かに平和にはなるが、マリスのいうみんながどの程度なのか突っ込む気にはなれなかった。
敵味方関係なく戦意のあるなしに関わらず老若男女問わず本当にみんなだったら怖すぎる。
「えぇぇぇぇ~。微妙……。世界の崩壊を願った人が召喚したら、私たちは何してくれちゃうんでしょうかねぇ」
嫌な想像をしたのかサラが両腕をさする。
もはや想像もつかないが、自分たちの行動がいずれはとんでもない結末に結び付くことになるのだろう。
そう、自分たちが何もしていなくても、きっとネームバリューだけでバタフライ効果が起きるに違いない。
「誰も予想のつかない結末を迎え入れるからこそ変革の騎士なんだ」
いったいどこで何を変革しているのだろうか。
「歴史的に見て、変革の騎士に願いを託すと最終的にロクな事にならないのは確かだね」
「本当に、良い話は一つもないのでしょうか?」
「一つくらいはあるんじゃないのかな。不幸な話の方が有名になるのはしょうがないし」
他人の不幸は蜜の味とは言うが、その不幸が自分にも降りかかる可能性があるのが変革の騎士だ。
だいたいハーレム願望を叶えた変革の騎士はいったい何をしたのだろうか。何をどうやってハーレムを作ってあげたのだろうか。
変革の騎士についての考察はつきないので、後で紬に教えてあらゆる角度から妄想を膨らませてみようと咲良は考えた。
「それじゃあ、おやすみなさい、咲良さん」
「はい、おやすみなさい」
咲良はマリスと別れてキノコのおうちに入っていった。
その後姿を見送ったマリスは闇に紛れ込むように姿を消した。