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13.親切な森の歩き方


 冒険者マリスは護衛を任されるだけあって強かった。

 途中で狼のような魔物の集団に襲われたが、迷うことなく一刀両断で倒していく。

 四人が手助けをする間もない。


「すごいっ!そんな大きな剣を片手で扱えるなんてすごいな!ものすごく鍛錬したのか?」

「そうだねぇ……血反吐を吐くくらいにはがんばったかなぁ」


 春斗はマリスの剣技を見て感心したらしく、キラキラと目を輝かせて尊敬のまなざしを向けていた。

 邪気のない眼差しと素直な賞賛にマリスの顔も緩み、自然な笑みを浮かべていた。


「サイラスのためにね」


 神の代行者の名前に四人は息を止めた。

 マリスは味方だと言っていたが、本当に味方なのだろうか。

 そんな疑惑がちらりと脳裏をかすめた。

 二人の関係を紬が質問しようとしたその時、割と近くから魔物らしき嫌な鳴き声が聞こえた。


「ああ、ここにいたら何匹魔物を倒してもきりがない!どっちへいく?」

「ちょっとぉ、あなたが案内してくれるんじゃないの?」

「あはは、面白い事を言うね、サラちゃん。俺は護衛。目的地に行きたがっているのは君達だから、俺じゃダメなんだ。俺が行きたいところはそこじゃないからね」


 紬が眉をひそめた。

 別の事を考えていると言ったも同然な事にマリスは気が付いているだろうか。

 彼の行きたいところは、四人の行きたい場所ではない。


 咲良も小さくため息をついた。

 守ってくれる存在だが、ある意味、彼は足手まといにもなりうる存在なのだと。

 彼の行きたい場所への思い入れはどの程度なのだろうか。

 それは自分よりも低いのか、四人合わせた意識より大きなものなのか。

 四人の目的を知ってなお同行する意思を示したという事は、自分の行きたい場所よりこちらの意志を尊重するつもりはあるのだろう。

 

「それではこちらへまいりましょう」


 紬はあてもなく歩き出す。

 とにかく今はこの場を離れなくてはという意識が高かった。


「んん?思ったんだけどさあ」

「どうかしたの、咲良?」

「肉食獣ってえさを求めて森をうろついているわけだよね」


 その一言に、誰もがあっ、と小さなつぶやきをこぼしていた。

 本能に従ってえさを求めるという事は、親切な森はその思いを読み取って餌まで道を作ってくれるはずだ。

 つまり、どこにいようと関係なくまっしぐらに五人の元へ来られるということだ。


「……早く森を抜けるよう、がんばろうか」


 マリスが力なくみんなを励ました。






「いやぁ~、魔物が来たわよっ!」


 サラの叫びが森に響く。


「索敵能力が高いのですね」


 感心したように紬が褒めるが、サラは聞いちゃいない。


「あれだよあれ、いやなものほど目に入るってやつ」


 春斗がなぜかしたり顔で説明する。


「走れっ!」


 マリスが鋭い声を上げると二人は緩みかけた気持ちを引き締めなおし、全力で走りだした。


「戦わないの?」


 必死に走りながらも咲良が疑問を口にする。

 全力疾走に比べたら魔物と戦った方がマシだと思ったのだ。


「あれは硬くて剣が通じない。通常なら魔法で倒すけど、ここだと魔法は使えないからね」

「左―っ!」


 サラが注意を促す。


「いやーっ!来るなーっ」


 ぶんぶんとメイスを振り回すサラが意外と活躍していた。

 むやみやたらに振り回すのが功を奏しているのか、結果として倒している。

 切断は無理でも打撃は有効のようだ。


「なかなかやるじゃないか」


 マリオが素直に感心するが、本人は必至というかわけがわからず振り回しているだけである。


「安心、している暇、ないっ、追いつかれた!」


 背後に気配を感じた咲良が声を上げる。

 振り返る事をしなかったのは、自分の足が遅いのを自覚しているからだ。

 余計な動作をして追いつかれるのも置いていかれるのもごめんだ。


「咲良!」


 春斗がとって引き返し、咲良とすれ違って追いついた魔物の足を切りつけた。

 ぐらりと魔物が重心をくずすものの倒れることはない。


「いってぇ!痺れたーっ」

「だからいったよね!そいつに剣はきかないって」

「だったらどうするつもりですか?」

「頭を使うんだ」


 マリオは高く飛びあがって張り出していた大ぶりの枝に手をかけると、そのまま枝の上に立った。

 魔物をおびきよせるようにわざと音をたてながら枝から枝へと飛び移る。


「あぶない!」

「危ないのは春斗よ!」


 追いかけようとした春斗の腕をサラが捕まえる。


「でもマリスだけじゃあぶないよ!」

「あの方……自信たっぷりでした。なにか考えがあるんでしょう」

「彼の戦い方をよく見てごらん。参考になると思うよ」


 この世界の事を何も知らない自分たちより、この世界で戦い抜いてきた人間の方が効率的な戦術をとれる。

 咲良に言われて顔を上げれば、マリスがバラのとげみたいな木の枝をもって地面に着地するところだった。

 魔物が襲い掛かろうとしたところを狙って足払いをかける。

 すかさず体を回転させるようにかかと落としを決めると、魔物はそのまま倒れた。


「えっ、なんで?」

「結構な威力のかかと落としだっだよ、あれ」

「脳みそ、そうとう揺さぶられたんじゃねぇの?」


 咲良と春斗は感心したような驚いたような顔でマリスの動きを見ていた。


「やった!」


 サラと紬がはしゃいだように声を上げたが、違う方向から音が聞こえた咲良は声をあげる。


「気を付けてっ!」


 獣ならばいいが、魔物ならばまだ消滅していない。

 しかも地響きが徐々に近づいていた。


「えっ、なにっ」

「サラちゃん!」


 風を切る音に嫌な予感を感じた春斗がサラを自分の方にひっぱって地面を転がる。

 茂みの中から飛び出してきた魔物が大きく口を開けた。


「気をつけてっ!」


 マリスが注意を促す。

 ぱかっと開けられた口元の空気がゆがんだかと思うと、衝撃波のようなものが放たれた。

 向きからいってマリスの方角だ。


「マリスっ!」


 思わず咲良が叫ぶが、マリスは口元に淡い笑みを浮かべて小さく頷いてみせると上に軽くジャンプする。

 風の刃が倒れていた魔物に当たり、魔物は消滅した。


「一難去ってまた一難、だね」


 マリスはそう呟くと、持っていた枝を魔物の口に向かって投げた。

 野球やテニス観戦で動体視力が意外と高い現代人であってもそれは見えなかった。

 一瞬で消えたように見え、次の瞬間、枝は魔物の口の中にぐっさりと刺さっていた。


「うそでしょ……」


 魔物が消え、枝がカランと音を立てて地面を転がった。


「ケガは?」


 涼しい顔をしているマリスに問いかけると、彼はふわりと優しい笑顔を浮かべてこちらを見た。


「大丈夫。心配してくれてありがとう」


 イケメンの邪気のない笑顔というものは心臓に悪い。

 そんな事を思いつつ眩しくて見ていられなかった咲良は視線をそらしたが、その先で地面に転がりつつ顔を赤らめているサラと春斗がいた。

 彼らの視線はマリスに向けられている。


「おいおい」


 誰ともなしに突っ込みを入れた。


「春斗……残念過ぎる……」


 女の子をかばってなんて美味しいシチュエーションなのに全部マリスにいいところを持っていかれている。

 更に、なぜかマリスに見とれている春斗。


(確かに彼、かっこいいけど……春斗……違う、よね?)


 従弟の将来がちょっと不安になってきた咲良だった。


「日が暮れてきちゃったわね」






 半分ほど赤く染まった空を見上げながらサラが呟いた。


「今日はもう休もう。色々とあって疲れたし」

「そうだね、咲良。俺も疲れた」


 おなかがすいたのか、春斗はどこかしょぼんとしている。


「野営できる場所を探しましょう……もう見つかりました」


 全員の気持ちが一緒になったのか、数歩歩いただけで目の前が開けた。

 ちょっとした空き地に全員、虚ろな笑みを浮かべた。


「それじゃあ、キノコのおうち出すよ~」


 咲良は空き地のど真ん中にキノコのおうちを取り出した。

 その時に口ずさんでいたフレーズは猫型ロボットが道具を出すときの曲だ。


「あぁぁ~。ニールの奴……俺にはくれなかったのに……」


 ものすごく羨ましそうにキノコのおうちを見上げるマリス。

 サラが呆れたように見る。


「冒険者なんだから、テントでいいじゃない」

「そうなんだけどね、人間、楽な方に流れる生き物だからね」

「共感できるけど説得力はないですわね……」


 はは、と力なく笑いながらマリスはキノコのおうちから目をそらした。


「それじゃあ後は俺に任せて、君たちは朝までおうちの中でいい子にしてて」

「え?任せるってなにを?」

「何って、見張りだけど」


 春斗の質問に、逆に驚いたようにマリスが答えた。


「マリスも一緒に泊まればいい」

「馬鹿な事は言わないで。いくらキノコのおうちとはいえ、見張りは必要だ」


 やんわりとした口調だがきっぱりとマリスが断った。


「大丈夫。俺は外で寝るのも、魔物や獣を警戒するのも慣れている。心配しないで」


 なんてことないんだというような顔でマリスは春斗の頭をなでると、そのままどこかへ歩いて行った。

 この辺を見回っているのだろう。


「ふふ、男だね。カッコいい」


 咲良が笑みをこぼすと、三人は大きく頷いた。


「素敵な男性が私たちの事を気にかけてくれるんだから、女の子はご飯の差し入れをするくらいの気づかいはしてあげないと」


 咲良が茶目っ気たっぷりにいい、ウインクする。

 それを見て紬とサラはくすくすと笑いあった。



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