12.人生に迷走
咲良と春斗に影が差した。
雲でもかかったかとサラが何気なく空を見上げ、そこにいたものを見て声を上げた。
「危ないっ!」
サラの声に春斗は反射的に手甲の石から剣を取り出していた。
上空に魔物がいて、あきらかに敵意丸出しの目でこちらを見ている。
「これが、魔物……」
「ヤタガラスに似ているわね」
「ヤタガラスは8本も足はありませんわ」
「のんびり観察している場合じゃないでしょーがっ、どーすんのよっ!」
半分キレながらも冷静な意見をサラが叫ぶ
「降下してきたぞ、固まっていると危険だ!隠れろ!」
春斗の声に押される形で三人の少女はそれぞれ木陰に隠れる。
「春斗も避難して!」
いつのまにかメイスを握り締めているサラが春斗に注意を促す。
「無理、俺を狙ってる」
下手に避けたら他の三人の誰かのところへ行ってしまう。
「私、動く的に当てたことはありません!動きを止めていただければ攻撃に参加できます!」
紬の言葉に春斗は大きく頷く。
「……い、意外とでかいけど大丈夫?」
近づいてくる魔物の大きさがなにかおかしい。
どんどん大きくなってくることに恐れをなした咲良が不安そうに聞いた。
「おぉう、たぶんっ!」
春斗は自信たっぷりに不安な事を口にした。
落ち着いて言えるように見えても内心はパニック状態なのだろう。
「春斗、まずは魔法で距離をとるっ!」
「ままま魔法っ、そう、魔法があったんだっけ。ええっと、フレイムバレット(炎弾)!」
勇ましく力強い自信に満ちた声だけがあたりに響いた。
しぃん、と擬音が付きそうなくらい何も起きず、何が起きるかと思った魔物さえも拍子抜けしたようにこちらを見ている。
「嘘だろうっ、なんで魔法が使えないんだ?」
慌てる春斗に我に返った魔物が襲い掛かる。
「春斗、伏せっ!」
木の影から飛び出した咲良は武器を取り出して大きく振り回す。
カマは直線状に飛んできた魔物を綺麗に真っ二つに割いた。
地響きをたてて二つの塊が地面に落ちる。
「嘘っ、驚きのキレ味っ!」
「どこの通販だよ……」
伏せたままの状態で春斗が突っ込みを入れた。
「まだです、油断しないで!」
紬の声とともに矢が空に飛んでいく。
クエーという断末魔とともに一羽、落ちてきた。
どさりという音を残して魔物が煙となって消え失せる。
「紬、すごいっ!」
サラが飛び跳ねるようにしながら紬をほめたたえると、紬はようやく肩の力を抜いた。
「二人とも、大丈夫?」
サラが心配そうにこちらへ視線をよこす。
「ああ、大丈夫」
「私の方も何ともないわ」
四人は互いの無事を確認するとほっと胸をなでおろした。
歓びもつかの間、ガサガサと茂みをかき分ける音と重たい足音がはっきりと聞こえてきた。
四人は顔を見合わせる。
「なんか嫌な予感がいたします」
「私も……って、やっぱり~っ!」
紬とサラのフラグは見事に立った。
「また魔物ぉっ!」
涙目になりならもメイスを握り締めるサラは切れたらアブナイ行動派かもしれない。
そんなことを考えながら咲良は構える。
狼とクマを足して二で割ったような奇妙な生き物は禍々しい空気をまとって四人の前に姿を見せた。
「こりゃまた生物学者がよだれをたらしそうな逸品」
恐怖を紛らわせるために軽口を叩く咲良に、程よく力の抜けた春斗が肩を並べる。
「紬ちゃんは下がって援護。サラちゃんは紬ちゃんの護衛と周囲の警戒」
「「はいっ!」」
人間、やることがあると動けるものなのだ。
勤勉実直ワーカーホリックでノーと言えない日本人の体質とは関係ないはず。
ヒュン、と空気を切り裂く音が微かに聞こえた咲良が音の方角を探ろうとすると、目の前の魔物が断末魔の叫び声をあげて煙となって消えた。
カラン、とクナイにも似たナイフが地面に落ちる。
「ええっ、消えた……勝手に倒れたの?」
「いいや、誰かが攻撃した」
サラの問いかけに春斗が低い声で答える。
警戒を怠らずに四人は魔物が倒れた周辺に目を凝らしたが、何も見えない。
「君たちは何者なんだい?」
いぶかしげな男の声に四人はきょろきょろと声の主を探す。
「あそこだっ!」
春斗が指さす先に、太い木の枝に立っている男がいた。
彼が魔物を倒したのだと咲良と春斗は確信する。
春斗は武器を構えたまま、警戒心むき出しで男を睨みつけていた。
緑色の髪がいかにも森の住人といった風味を醸し出している。
「あの人、敵かしら」
「さぁ、どうでしょう。警戒することにはこしたことありませんわ」
偶然なのか必然なのか、見極める必要がある。
「……武器を依頼した者よ。貴方が待っていた人?」
あえて名乗らない咲良は彼がニールの言っていたマリスだった場合の事を考えてわざと名前を口にしない。
「武器を作る奴がニールで待っている人、というのがマリスという名前なら、ああ、そうだ」
彼は猫のように一回転すると綺麗に着地を決めた。
見た目はイケメン細マッチョ。
優しそうな濃い紫の瞳。
整った造作は武骨とも繊細とも縁遠く、人懐っこい印象を相手に与える。
サラと紬はぽかんと口を開けて男に見惚れていた。
「……緑の瞳じゃないのか」
ものすごく残念そうにつぶやかれた咲良の独り言を拾ったのは春斗だけだった。
昭和の時代から存在する某漫画の主人公、緑の髪の超能力者を思い出し、こんな時に何を考えているのかと従姉の残念な思考にがっかりしていた。
ゲームはしないが従兄弟達のおかげで少年漫画には詳しい。
がっかりついでに変な力も抜けた春斗は剣をしまった。
「助かった。ありがとう!」
「ちょっと。なに和んでいるのよっ!まだ敵か味方かわからないんだから剣は出しておきなさいよ!」
「大丈夫だよ、サラちゃん、俺たちを殺すつもりなら最初から助けないよ」
春斗はにっこりと微笑んだ。
「助けて油断させておいて殺す際に絶望と恐怖に歪む顔を見て悦に入るとか人としてどうかと思うような思考の持ち主ならいざ知らず」
青年とサラと笑みがひきつり、一気に言い切る春斗になぜか尊敬の目を向ける紬と苦笑いを浮かべる咲良。
ヘタレ気質な春斗だが、意外と毒舌なのだ。
一番健全でまともな思考の持ち主はサラかもしれない。
「うん、さすがにそれはないかな」
苦笑するさまも絵になる青年はちょっとだけ好奇心に満ちた瞳を春斗に向けた。
「僕はマリス。ニールとリーヴァイの知り合いの冒険者で、リーヴァイに君たちの案内を頼まれた」
やわらかい口調に柔らかな眼差し。
まるで懐かしい人にでも出会ったような顔。
「俺は坂木春斗。日本から来たんだ!」
「ニホン?それはどこにあるの?」
「俺たちはしょーっむむむ……」
サラがとっさに春斗の口を手でふさいだ。
「な、なにサラちゃん、どうしたの?」
サラの行動に咲良がびっくりすると、サラはきっ、と咲良を睨みつけた。
「なにのんきに信じちゃってんですかっ。あの人が本当にマリスさんなのか、私達には確かめられないんですよっ!」
「それもそうですね。あの方が敵の関係者だったら、あのおばさんの仲間という事ですものね。春斗さんのおっしゃっていたサイコパスの可能性もありますし」
「そうよっ、人は見かけじゃないんだし、気をつけないと」
サラと紬は疑っている。
「でも、助けてもらった」
サラの手をどかしながら春斗が反論する。
「それはこれから確認すればよいのです」
紬は背筋を伸ばして三人の前に出た。
(あれ、その役目って、本来は年長者の私の役目じゃないの?)
出遅れた感のある咲良は紬の背を見ながら苦笑する。
春斗はどっちに味方していいのかわからず一人でおたおたしていた。
サラは敵か味方かを見極めるかのように、警戒心丸出しでマリスを見ている。
「私は九条紬ですわ」
「私は松波サラ!」
毛を逆立てた猫のような二人の様子にマリスは戸惑ったように頷いた。
「よろしかったら、お名前とここにいる経緯をお聞かせいただけませんか?」
「ん?さっきも言った通り僕はマリス。冒険者。リーヴァイに変革の騎士の護衛を頼まれてニールのところで君たちを待っていたところ。ちなみに美味しいお肉が食べたくなったから狩りに出たんだけど、迷ったみたいだね」
よく見ると彼の腰に鳥がぶら下がっていた。
「君たちが変革の騎士、だよね?思ったより早く来たんだ」
「どういう意味ですの?」
「ここに来るのはもう少し先か、来ないんじゃないかと思っていたから」
だから森で彷徨っていたのだ、という副音声が聞こえた気がした。
「なぜ?」
「やれやれ。質問ばかりだね。……この世界の状況は、リーヴァイから聞いたかな?」
「おおよそは」
「うん、それなら話は早いね。この国で今、起きて動いているのって五十人くらいなんだよね」
「は?」
「そのうちの七人は知り合い。消去法でいけば君達が変革騎士だってわかる」
「起きているのが五十人くらい?」
咲良が思わずオウム返しに聞いた。
「うん。僕、ニール、リーヴァイ、城の管理を任されているエスメラルダ。敵側で確認できているのはサイラス、ヴィンス、エリザベート。後はサイラスの方に十人くらいはいるんじゃないかな。残りは世界の終わりをこの目で見たいっていう変わり者とか、死ぬならこの場所でって言う頑固者」
マリスの言葉に咲良は納得できるものがあった。
ニールが自分たちの名前も素性も問わなかった理由。
変革の騎士が来ると聞いていたからだけじゃない。
敵ならば殺そうとするし、味方側は顔見知りだけ。
「それにしてもよくこの森に入る気になれたね。ニールから説明はうけている……よね?」
「己の意思で行先が決まる、と」
「うん、そうなんだ。ここは魔法の類が使えないって事は?」
「マジかよっ、だからさっき使えなかったのか……」
自分の手のひらを見ながら春斗が愕然としていた。
咲良が助けてくれなければ死んでいたかもしれない。
「この森で使えるのは自分の頭と身体だけだ。そうとうの剣技がないと生きて出られないところだよ」
「そういう貴方はどうしてここにいるの?」
「だから狩りだってば」
腰にぶら下がって入りう鳥を指さすマリス。
紬は値踏みするような眼差しを隠さずに彼を見据えた。
「マリスさん」
「なんだい?」
「貴方が道案内をしてくださるとニールさんからお聞きしました。ですが、なぜ昨夜、戻ってこられなかったのですか?」
「ああ、さっきも言ったけど、君たちが来るのがまだ先だと思っていたから、迷っていたんだ」
「「「「は?」」」」
四人の声が綺麗にハモった。
「意味が分かりません」
「だって自分たちの人生がかかっている選択だよ。一日やそこらで決められるわけないじゃないか。それなら俺も少し迷ってみようかと思って」
ますます意味が分からない。
「はい、質問!」
咲良が声を上げると、マリスはどうぞ、という仕草で話を促す。
「それは人生に迷う?森に彷徨う?どちらの意味でしょうか」
「両方、かな」
マリスは笑みを張り付けたまま答えた。
「ここで出会えたのも何かの縁だから、一緒に行動させてもらうよ」
拒絶されてもついて行くという意思表明だ。
咲良はふと考える。
迷いの森は、迷いがなければ迷わない森でもある。
本人の望む場所へ導いてくれる親切な森。
この場に現れる前、彼は何を考えていたのだろうか。
「俺は坂木原春斗。こっちは従姉の咲良。春斗って呼んでくれ」
「私は咲良でいいわ」
名乗るタイミングを見計らっていた春斗が横から声をかけてきた。
咲良もそれに便乗する。
「わかった。ええっと、春斗君、咲良さん、サラちゃん、紬ちゃんだね」
「ちょっとぉ、なんで私と紬はちゃん呼ばわりなのよっ」
サラに抗議を受けたマリスはきょとんとしている。
なぜ彼女が怒っているのかよくわかっていないようだ。
マリスは真顔でじっとサラを見つめた。
サラも対抗して見つめ返す。
「サラさん。これでいいかな?……サラさん」
威勢よくメンチを切っていたサラだが、イケメンにじっと顔を見られて名前を呼ばれるという萌えに耐え切れず、顔を真っ赤にさせた。
「……………やっぱチャン付でいい」
顔を真っ赤にしながらサラは悔しそうに妥協した。
それを見ていた紬は何も言わない。
春斗と咲良は何やっているんだろうと首をかしげて二人を見ていた。
「いやぁ、女の子ばっかりで俺、肩身が狭かったんだ。マリスさんが加わってくれて俺、嬉しい!」
素直に喜びを表す春斗にマリスは穏やかにほほ笑んで見せる。
冒険者というと荒事のイメージなのだが、目の前の男はスタイリッシュでいいトコのおぼっちゃまといった雰囲気がある。
「ううっ、咲良先輩~」
涙目で隣に並んでくるサラはとてもかわいい。
(やばい、鼻血が出そう……ナニこのかわいい生き物はっ!)
勝気な美少女がちょっと顔を赤くさせ、目を潤ませてこちらを見ている。
男でもなくてもけっこうな破壊力だ。
「どうかしたの?」
「なんか、悔しいです~」
「……そんなに呼び方にこだわるほうだっけ?」
「子ども扱いされるの嫌……」
背伸びしようとして失敗した、と言ったところだろうか。
大人の女に向ける目に潜む何かを感じ取ったサラはそれに耐えられるほど成熟していなかった。
わかってはいてもいざ自分に降りかかると怯んでしまう、思春期特有の反応に初々しさを感じて咲良は内心で悶絶していた。
「そういえばサラちゃんは女子高だっけ」
「はい……」
「兄弟は?」
「従弟にいます」
身近にいる男性は親族と教師。
恋愛対象(性の対象)として見られることはそうそうないだろう。
「大人扱いは嫌だった?」
咲良の質問に、サラはちょっとためらった後にこくりと頷いた。
「視線が……違ったから……怖くなった」
「ふふ、サラちゃんは素直でかわいいね」
「か、咲良さん……」
頭をなでてあげると、サラは照れたように顔を赤くした。
恋に恋するお年頃には、まだ大人の恋は怖いモノとして映るらしい。
大人の恋といってもアバンチュール的な物ではなく、結婚を意識した恋という意味だ。
高校一年生に、相手の子供を産んでもいいっ!という決断が必要な恋は早すぎる。
「ちゃんと自分に合った振る舞いができるサラちゃんは将来、きっといい女になると思う」
真面目な顔でそういうと、なぜかサラは顔を真っ赤にして咲良から一歩離れた。
「うわぁ……」
紬が半眼でこちらを見ながら呟いた。
「男前な美女がいます……」
サラが違う階段を上がったらどうしようかと一抹の不安を覚えつつ、紬はマリスに視線を移した。
柔らかな雰囲気を一切崩さずに話す様子は笑顔を張り付けた仮面をかぶっているようで気に入らない。
アレは上流階級に所属する人間だ。
ご令嬢と呼ばれる紬だからこそわかる。
今一つ信じきれない。
偏見だと言われようとも、あのタイプは絶対に腹黒だ。
自分がそうであるように、彼もそうなのだ。
笑顔の下でロクな事を考えない、冷酷非情な計算ができる男。
彼がどんな思惑を抱えているのかがわからない以上、あの男からみんなを守ろうと紬は秘かに決意した。