11.人それぞれを個性と呼ぶ
キノコのおうちで一晩過ごした四人は朝日が昇り始めた森を窓から眺めた。
「マリスさん、帰ってきそうもないな」
「そうですね。待つか、進むか、どうしましょうか」
「私達だけでもなんとかなるんじゃないの?」
サラは待たない派だった。
彼氏が遅刻したら容赦なく帰るタイプだ。
「でも案内と食料調達係と肉壁がいれば旅が楽になるのでは?」
紬は待つ派だった。
彼氏が遅刻したら容赦なく貢がせるタイプだ。
そして何気に物騒な単語が混じっていることにみんなは気づいてはいたが誰も触れることはなかった。
「う~ん、俺はどっちでもいいよ」
春斗は優柔不断だった。
このままでは彼女の尻にしかれるヘタレになるだろう。
「私はサラちゃんに一票。時間が惜しい」
咲良はその時の状況で変わる派だった。
理由があれば待つし、面倒だったら帰るし、彼氏の態度によって自分の態度も決める。
臨機応変と言えば聞こえがいいが、単なる行き当たりばったりともいう。
「魔物が心配だけど……真剣に思い込めば三時間でしょ」
そして咲良はポジティブだった。
「とにかくはじめの一歩を踏み出さなければ旅は始まらないよ」
咲良の言葉に一同、外に出た。
「おう、おはよう」
外に出るとニールが朝食の準備をしていた。
意外と気づかいのできる男である。
バーベキューが好きなのか、外で食べるのが好きなのか、ちょっと大きめのテーブルの上には朝食がすでに乗っていた。
「おはようございます」
四人の元気な返事にニールは満足そうに頷いた。
「朝食。口に合うといいが……」
果実のジュースまで用意されている。
斜めに切ったフランスパンのような白いパンにスクランブルエッグ、ちぎった葉っぱのサラダ。
いたれりつくせりである。
「うまいっ!」
「意外といけるじゃん」
「ニールさん、嫁になりません?」
「美味しい……やばい、女子力が……」
春斗、サラ、紬、咲良は美味しそうに朝食を平らげた。
「マリスさん抜きでたどり着けると思いますか?」
咲良の質問にニールは緩んでいた表情を引き締めた。
「たどりつきたいと思えばいけんじゃねぇの?逆を言えばよ、この状況から逃げたいって思っていれば案内人がいようがいまいがたどりつけねぇんだよ」
そっけない言葉だが、それはこの世界の真理だ。
「確かに魔物は危険だがよ、真の強者には近づかねぇんだ。どっちかってぇと獣の方がヤバイかもな」
魔物は相手の戦力がわかるので、勝てないと感じた瞬間逃げだすが、獣は本能に従うので腹が減っていたら問答無用で襲い掛かってくる。
それはニールの体験談も含まれていた。
「ニールさん、強いの?」
春斗の素朴な疑問にニールはにかっと笑った。
「俺は鍛冶師だ。魔力と腕っぷしには自信がある」
やっぱり思い込みの激しい自信過剰なナルシストが一番強い世界らしい。
咲良は小さくため息をついた。
話し合いの結果、マリスを待たずに森に入ることになった。
ニールはあまりいい顔をしなかったが、先を急ぎたいというのが四人の総意だ。
案内人がいようがいまいが、思い込めば行ける、というのがきめてだ。
それに居場所がわからなくてもこの森ならばマリスが追い付いてこられるという点も大きい。
「それじゃあ行ってきますっ!」
「お世話になりました」
「ありがとうございました」
「絶対に材料を持って帰るからねっ!」
ニールさんに見送られながら咲良たちは森へ足を踏み入れる。
「がんばれよーっ!お前たちの帰りをまってるからなーっ!」
ぶんぶんと手を振りながら少年少女たちを見送ったニールは踵を返し、家の中に入ろうとしたところで足を止めた。
「……そういやアイツらの名前、ちゃんと聞いてなかったな」
がしがし頭を掻きながらニールは歩き出す。
「まぁ、いいか。戻ってから聞けばいい。それよりも準備をしとかねぇと……」
ニールは鍛冶師だ。
生きているのに伝説扱いされる鍛冶師だ。
正確には錬金鍛冶師。
彼らが戻ってきたとき、ふさわしい武器を作るための準備に入る。
ニールは迷うことなく日当たりのよいソファーに転がると心地よい眠りについた。
「咲良さん、どうかなさいましたか?」
森に入る直前、一度振り返った咲良に気が付いた紬が声をかけた。
「ん?」
「なんだか怒っています?」
「ん~どうかなぁ……怒っているというよりは……不満たらたら?」
自分の心境を言葉にしたのに、紬は納得しない。
「何が不満ですか?」
「現在の状況とそれに付随する面倒ごと」
咲良の返事に紬はますます首をかしげる。
「わかりません。ニールさんは親切でしたし……」
「だから余計に不満かな」
咲良はちょっと物騒な笑みを浮かべた。
「異世界人、変革の騎士。このワードだけで親切にしちゃうって、どんな裏があるのやら」
紬がちょっとだけ息をのんだ。
その様子を見て咲良は自分の見立てが間違っていないと確信した。
相手がサラや春斗だったらこんな話はしない。
紬だから話すのだ。
おっとりとし天然だが頭がよくて冷静で、理論的な考え方をする。
高等教育以上の教育を受けたか、または家がそういった家庭なのかはわからないが、紬は年齢の割に大人の、それも経営者などの視点を持っている。
よく言えば、機微に敏感、悪く言えば裏事情を常に念頭に置いて行動する。
「私たちがくるってあらかじめ知っていたけど、それはどんな通信手段かしら。電話に似たものがあるのかしら。鳥とか?魔法?それともマリスって人が話したから?」
「ですが咲良さん、私たちはマリスさんって人とは会っていません」
「そうなんだよね。あったのって、リーヴァイとエスメラルダさんとニールさんだけだし。変革の騎士って何なんだろうね」
この世界の成り立ちしか知らない状況では何とも言えない。
変革の騎士というのはどの程度の知名度なのかもわからない。
「私、思ったんですけど……そう呼ばれるって事は大勢の人に影響を与える、あるいは世界のありようを変える騎士ってことですよね。それって召喚者が何を考えて命令しようとしたのか、とは話が別なんじゃないでしょうか」
こてんと首をかしげながら紬は考えていたことを口にした。
「話しが別?」
「はい。召喚者の意図とは別に世界に影響を与える存在だと私は考えています。ただ異世界人を召喚して自分の言う事を聞かせるだけなら禁忌指定されないと思うんですよね。ジョズと同じ扱いになると思うんです」
「なるほどねぇ……。それって、召喚者がそこのごみを拾って捨てておけって命令したら世界が戦争に突入しちゃったみたいな?」
「バタフライ効果を起こすのが変革の騎士だと私は思うのです。禁忌とされる一番の理由を考えれば、それが妥当かと。自分の思惑と違う方向へ吹っ切れてしまう存在なんて意味ありませんし」
「ああ……それは確かに微妙な存在だよねぇ。敵側にいたとしても排除しにくい存在かぁ。リーヴァイも私たちが召喚されて都合がいいみたいなことを言っていたし」
ひょっとしたら相手側の陣営に有利な影響を与える存在かもしれないと思ったら、どちらも手を出すには躊躇する。
咲良と紬はそんなことを話しながら歩いていた。
「ピタゴラスイッチ程度の影響力なら放置されてたってことか。でも命を張ってくれたところは評価すると……お人好しか、死なれたら困るってところかしら」
「私たちがさらわる可能性もあったんですよね?」
「すくなくともあの露出狂の悪役幹部は殺す気満々だったから、敵側も一枚岩じゃないってことか」
「露出狂……あれはビキニアーマーといって女性専用の鎧ですのよ」
呆れたようにいわれても、咲良の美的感覚では到底理解できる代物ではない。
戦闘服と言えば迷彩服、というゲームとは無縁の現実的な考え方なのだ。
「ビキニにする意味はあるの?」
「自分の強さとスタイルを誇示して周りに舐められないためです」
より裸に近い恰好は、防御力に自信があり、お前の攻撃で傷つけることなどできないんだよという煽りもある。
「その理屈で行くと、海パンだけはいた刑事と芸人は最強って事だよね」
「そ、それは男と女では違います!」
「しかもずっとおなかを出してたら冷えるじゃないの。近所のおばちゃんが言ってたわ。へそ出し足だしファッションは二十後半から腰に来るって。その方も当時はへそピアスをして粋がっていたけど今は後悔しているって話してくれた」
「そ、そうですの……」
咲良の友人関係が非常に気になるが、聞いてはいけないと頭の隅で警戒する。
「ああ、でもこの世界だと気合で美魔女になれるんだから大丈夫、なのかしら?」
紬はなぜか残念な物を見る目で咲良を見ていた。
咲良は思う。
どうして自分の周りの人達は時々こういう目をするのだろうかと。
気が付けば前を歩いていた春斗とサラも憐れむような眼差しをこちらへ向けていた。
「くだらないことを話してないで、行くぞ」
「そうよ!あのおばさんのこと考えたらおばさんのいる場所に出ちゃうじゃない」
サラの言い分はもっともだったので、咲良はビキニアーマーの存在意義について考えるのをやめた。
「咲良さんって……天然さんですのね」
「ああ……うん……そうなんだ」
紬に話しかけられた春斗は遠い目をして頷いた。
「異世界と言っても、植物は普通なのね」
サラは木漏れ日を見つめながら感慨深げにつぶやいた。
「見たことのない植物ですけれど、なんとなく形は似ていますものね」
目の前の風景は地球のどこかにあると言われれば頷けるくらいに普通の森だった。
「赤や黄色の幹で葉っぱも色とりどりって、目に悪そうな世界だな。普通でよかった」
思いつく異世界の風景を口にする春斗だが、想像力のなさに咲良はがっかりだ。
「メルヘンちっくな世界を考えていたの?」
「だってニールの家がキノコのおうちだぜ。他もそうじゃないかって思うだろ」
「でも空から落ちる時は普通に地球の空から見る風景に似てたけど」
「怖くて目を閉じてたから」
きっぱりと何をカミングアウトしているのだろうか。
「情けなさ具合を自信満々に言われても困る」
「胆力は女の方が強いんだぞ」
「黙れヘタレ」
「あ、耳を澄ますと動物の鳴き声が聞こえる」
春斗は話をそらすように耳に手を当てた。
「西洋風の森って感じたけど、聞こえてくる鳴き声は南国チックだな……」
チチチチチチ、グワー、ギャッギャッ、と某ジャングルツアーのような鳴き声が聞こえてくる。
「本当ね。何か鳴いているけど……大丈夫かしら」
森には獣と魔物が出るとニールが言っていたことを思い出し、サラが不安そうにあたりを見回した。
「あ、あれ?」
後ろを振り向いたサラが素っ頓狂な声を上げた。
「どうかしましたか?」
「道がない……」
言われてみれば、通ってきた道が途中で途切れている。
「えっ、うそ、なんで道がないの?」
前を見れば道はあるが、後ろは道が途切れて行き止まりになっている。
「これがニールさんの言っていた、自分の思い描く場所にたどり着くという意味ですね」
通り過ぎた場所には意味がないので道が消える仕組みなのだろう。
「森が意思を持っていて、俺たちの考えをテレパシーで読み取って、わざわざ道を作ってくれるってことか。親切なのか不親切なのかわからんな」
春斗は変な感心の仕方をしているが、誰も突っ込み入れない。
ここはそういう世界なのだ。
目の前で起こったことを、あるがままに受け入れなければやっていけない。
「地球の常識さん、家出した、だね。戻ってくるときにはこの世界の常識さんが一緒かなぁ」
咲良の言葉が三人の心に突き刺さった。
ここは異世界なのだ。
自分たちのいた世界ではないのだと、改めて突き付けられた気がした。
「今、向こうで何か光った!」
「マジかっ!出口かもしれないぞ!」
サラと春斗が前方に何かを見つけて騒ぎたてた。
「よしっ、行くぞっ!」
意気揚々と声をあげた春斗をサラが速足で追い抜く。
むっとした春斗がサラを追い抜き……そして二人は走り出した。
「えっ、ちょっ、待てよオイ!」
物まねを取り入れて二人に待ったをかけた咲良だが、綺麗にスルーされた。
「咲良さん、このままだと置いて行かれますわよっ」
紬も走り出し、しぶしぶ咲良も走り出した。
運動神経はいいが持久力がない咲良は必死で三人を追いかける。
見失わないように必死で走る。
一キロは走っただろうか。
ようやく立ち止まってくれた三人に咲良はぜいぜいと肩で息をしながら合流できた。
「つ……疲れた……」
ゼイゼイ言いながらも呟いてからはっと気が付く。
部活で鍛えている春斗はもちろんサラもさほど疲れた様子はない。
紬も口で息を整えているが、まだまだいけそうだ。
(……これが若さの違いってヤツ?二歳しかはなれていないのに?咲良ちゃんショーック!でゆーか運動不足なだけだっつーの)
自分でぼけて突っ込んでみたものの、呼吸が辛いのは変わらない。
喉というよりは気管支の方が痛い。
「大丈夫?咲良ちゃん」
「あんま、大丈夫、じゃない。走り込み、は、昔から、苦手なの」
呼吸を整えてから立ち上がると、心配そうに見ているサラと紬にちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
なぜか二人とも顔を赤くする。
無駄に艶やかな色気が駄々洩れしていた。
咲良が不思議そうな顔をすると、二人ははっとしたように我に返って誤魔化すように笑った。
「それにしても春斗、もうちょっと加減してくれないと私だけ置いてきぼりになっちゃうよ」
「ごめん、調子に乗った」
「あのっ、咲良先輩、私もごめんなさいっ」
反省してうなだれるように肩を落とすサラの頭を咲良は優しくなでた。
「うん、これから気を付けてくれればいいよ。でもサラちゃんって足が速いのね。いいなぁ、憧れるなぁ……」
ふわりと優しい笑みを浮かべながら目をキラキラさせる咲良。
「咲良先輩って……」
「そうですね……」
サラと紬は咲良を見てから顔を見合わせた。
「「天然」」
思わず声がハモる。
「あの人、自分がどれだけ魅力的なのか絶対に自覚していない」
「お友達の苦労がしのばれますねぇ……」
同性相手だと言うのに危うくトキメキそうになった二人はふうっと大きく息を吐いた。