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1.日常から非日常へ

春斗(はると)、朝だ。起きろ」


 ぶっきらぼうな低い声と共に、カーテンがいっきに開いて朝日が顔にかかった。


「眠い……」

「今日は試合の日だろ」

「……っ、そうだった!しゅーにぃ、サンキュ」


 ベッドから飛び起きた春斗は呆れたまなざしをこちらへ向ける兄をよそに顔を洗うために部屋を飛び出した。

 精悍な顔立ちのしゅうにぃと呼ばれた青年はやれやれと言わんばかりにため息をつくと台所へ向かう。

 定位置に座り、テーブルの上に置いてあった新聞を手に取って広げると、春斗がバタバタと慌ただしく部屋に入ってきた。


「おはよう、冬にぃ」


 カウンター越しのキッチンにいる優し気な顔立ちの青年が顔を上げ、春斗の顔を見てふんわりと笑みを浮かべた。


「時間はまだ余裕があるから、ちゃんと朝ご飯は食べなさい」


 柔らかな声とともに、目玉焼きとウインナーが乗った皿が食卓に置かれた。


「わかってるって」

「冬樹、俺の分も頼む」

「できているよ。秋矢兄さん、珈琲でいい?」

「おう、頼む」


 精悍な顔立ちで体も大きい長男、秋矢。

 柔和な顔立ちだが脱ぐと何気にすごい冬樹。

 まだ幼さが抜けきらない三男の春斗は朝からコンプレックスを刺激してくれる二人の兄から視線をそらすように目玉焼きにケチャップをかけた。


「そういや、市の体育館は使えないんだろ。どこで試合だ?」

「大学の体育館を借りてやるんだよ」

「ああ、確か咲良のいる大学だよね。咲良、見に来るかもよ」

「なら俺も行くかな。あいつ、ちっとも顔をださねぇからちょっと説教しねぇと」


 秋矢の言葉に春斗は反射的に声を上げた。


「しゅう兄貴は絶対にくんなっ!」

「じゃあ俺は?」

「冬にぃも!来たら二度としゃべんないっ!」


 なんとも子供らしい脅しに秋矢と冬樹は目だけを交わし、口角を上げる。


「お前らが来ると女どもがうっせーんだよっ、俺が目立たなくなるだろ!」


 思春期真っ盛りの男の子らしい率直な言い分だ。


「はいはい、わかったよ。試合、頑張れよ。咲良にあったら顔だせって言っとけ」

「わかったよ」

 







「おはようございます、(つむぎ)お嬢様」


 食堂に入ると、部屋の両脇に控えているメイド達が一斉にお辞儀をする。

 一糸乱れぬその動きに、実は全員ロボットじゃないかと期待をこめて疑っているのは秘密だ。


「おはよう、紬」

「おはようございます、お父様、お母様」

「おはよう、紬」


 両親に挨拶をし、椅子を引いてくれたメイドに目で会釈して腰を下ろす。


「おや、髪を切ったのか。似合っているぞ」


 昨日の朝は腰まであるながさだったのに、今は肩より上のボブカットだ。


「寄付できる長さになったから、昨日、切ってきたの」

「そうだったのか。おめでとう」

「ありがとう」


 九条財閥のトップである父親とあえるのは朝食の席だけなので、貴重な親子の時間でもある。

 紬は大好きな父と母が揃っているこの時間が何よりも好きだった。


「紬、今日の予定は?」

「友達に付き合って、バスケ部の応援に行くの」


 母親の問いかけに、紬は穏やかな笑みを浮かべて答える。


「そう。気をつけていってらっしゃい」

「はい」








「あ~、かったるぅ~」

「サラちゃん、そう言わない」

「面倒」

「お兄ちゃんとの久しぶりの対面でしょ」


 電車に揺られながら、バリバリのキャリアウーマンとゆるふあヘアの高校生が話していた。


「兄っていっても、誰の子よ」

「またまた~。第四夫人のお子さんよ。小さい頃はよく遊んでもらったじゃない」


 サラは鼻で笑った。


「一歳の頃の記憶なんてないっての。だいたい、なんで日本の大学に通いたいのさ」

「アニメと漫画は世界共通語だしね」


 うんざりしたようにサラは窓の外に目を向けた。

 はちみつ色の肌にやや堀の深い整った顔立ちは人目をひく。

 ちらちらと向けられる視線は慣れっこなのでスルーだ。


「だからってなんでお母さんが面倒をみるのよ」

「だって私、第八夫人だし。序列は向こうが上だし。血の繋がりのないイケメンの息子って背徳感があってなんかいいわよね。細胞が若返るわ~」

「魔女みたいな発言、やめてよ。怖い」


 いい年をした母親だが、こうして並ぶと姉妹にしか見えない。

 東洋の神秘だと国王でもある父がよく言っていた事を思い出す。


「だいたいさぁ、通訳だってついているんだから、私たちが付きあう義理はないじゃん」

「サラちゃんだって大学は行きたいでしょ。今ならVIP扱いで校内を案内してもらえるじゃない。いっそのことサラちゃんも留学生枠で入学する?」


 石油産出国の王子が留学となれば、寄付目当てに大学側のもてなしにも期待が持てると鼻息荒く言い放つ母親の横でサラは呆れる。


「お姫様ってがらじゃないし、日本人でいいよ」


 サラはあくびを噛み殺し、人差し指で髪の先をくるりとさせた。








 坂木原咲良(さかきば らさくら)は物憂げにファイルをテーブルの上に置いた。

 真っ直ぐな黒髪が一房、さらりと肩から胸の前に流れ落ちる。

 整った顔立ちはともすれば冷ややかに見えるが、アンニュイに目を伏せる彼女の姿にほうっ、と周りが見惚れる。


「おなかすいた……」


 形の良い唇からこぼれた言葉と盛大な腹の音に周りはがっくりと肩を落とす。

 彼女にふさわしい言葉は高嶺の花ではなく残念な花だ。


「チョコバー、食べる?」

「いるいるいるーっ!」


 差し出されたチョコバーをひったくるように取って包装紙を引きちぎるようにはがし、大口でかぶりつく。

 男子高生ならばワイルドですむが、美女にそれをやられると見ている方はもやっとする。


「うっわ!ナニコレ美味しいっ!」


 チョコバーを片手に置いてあったペットボトルを豪快に煽った。


「ゴホゴホゴホゴホ、気管に入ったっ、ゴホッ、苦しぃ~」

「……何やってんのよ。ほら。落ち着いて」


 チョコバーを上げた友人がそっと背中をさする。

 残念過ぎる美女の行動に周りはそっと目をそらした。


「あー、苦しかったぁ」

「咲良……あんたってどうしてそう残念なの?」

「なによ、たまたまむせただけじゃない」


 周りはそっとため息をついた。


「おい、坂木原。そろそろ時間じゃないのか?」

「時間って、何?」

「ん、今日、体育館で従弟の試合があるから見に行こうと思って」


 咲良は時計を見上げると、残りのチョコバーを口に突っ込んだ。

 リスのように頬が膨らむ美女から友人は目をそらす。


「試合?そんなのあったっけ?」

「もふもっふぉ……バスケット。今日は県大会の決勝。ほら、市の体育館の水道が壊れたってんで急遽ウチの体育館を使う事になったの」


 ああ、と全員が納得した。


「んじゃ行ってきます」

「おう、いってらっしゃい」


 友人に見送られながら咲良は部室を後にした。

 試合までにはまだ時間があるらしく、体育館の外で時間をつぶしている高校生たちが大勢いた。


「なかなか盛況ね……」


 思ったより人が多い事に咲良は驚いていた。

 大学の体育館に場所が変更になったことで、試合の応援を兼ねて大学をちょっと見学しようという高校生がたくさん来ていたのだ。

 大きなボストンバックを持った団体を見つけた咲良はそちらへ足を向けた。


「春斗!」


 突如現れた美女に男子高校生の集団は色めきたつ。

 その中で、声をかけられた背の高い少年はきょとんとした顔で振り返った。


「あれ、なんでいんの?」

「こらこら、応援に駆け付けた後輩思いの優しい先輩に向かってそれはないでしょ」

「誰が優しいって?」

「このわ・た・し」

「……従姉が来たんでちょっと離れま~す」


 バックを友達に押し付けた春斗は咲良の手を引っ張って集団から離れた。

 ちょっと離れたところで足を止め、うざいと言わんばかりの顔で向き直る。


「いきなり来るなよ……」

「まーたまた照れちゃって」

「ちげぇよっ!お前が来ると周りがうるせぇんだよ……」


 黙って立っていれば芸能人かモデルに間違えられる美貌の持ち主な従姉は不思議そうに首をかしげる。


「別に大道芸なんかしてないんだけど……はっ、もしや存在自体がお笑い芸人っ!」

「俺はお前の思考について行けないよっ」


 絶対につっこまねぇぞと言わんばかりに春斗が言い返すが、ペースに飲み込まれかけていることに気が付いて一呼吸する。


「まぁなんだ、来てくれてサンキュ。がんばるよ」

「試合、楽しみにしているね」

「おう」


 互いに右手の拳を突き合わせる。

 その時、何かが弾けるような音がした。


「なに?閃光弾?」


 瞬時に様々な可能性を考えつつ咲良は春斗の前に立ってきょろきょろと辺りを見回す。


「大学でんなモン使うわけねぇよっ!普通は花火とかだろーがっ!って、なんだこれ?」


 突如として二人の目の前に卓球の球ぐらいの光の塊が出現したかと思うと、それは輝きを増していく。


「うおぉぉっ、目が、目がーっ!」


 某有名アニメ映画に出てくる眼鏡の少佐の真似をする咲良を見ながら余裕があるじゃないかと春斗は目を細めた。


「まぶしぃ……」


 増していく光の強さに目を閉じる寸前、長い髪の女の子と短めの髪の女の子が見えた。

 同じように驚き、まぶしさから逃げるように腕で顔を覆っている。

 まぶしさに耐え切れず目を閉じた次の瞬間、フリーフォールのように空中に放り出された。








 銀の髪の魔法使いは強大な魔力の塊を感じ取り、持っていたティーカップを投げ捨てて横に置いてあった背より頭一つ分長い錫杖を手に取った。


「リーヴァイ様、どうされたのですか?」


 美しい顔をしかめながら錫杖に額をよせる魔法使いに、一緒にテーブルを囲んでいた女性がおそるおそる声をかける。

 先ほどまでは和やかだった空気が緊迫したものに変わり、緊張した空気がピリピリと肌を突き刺した。


「……強大な魔力、これは……召喚?まさかっ!」


 彼は空を見上げた。

 美しい青空が広がっている。

 しかし魔法使いの青年は忌々し気に顔をしかめていた。


「どこかの馬鹿が大掛かりな召喚魔法を使った」

「召喚?大がかり?」

「空の向こうに強大な魔力を感知した。これはたぶん、異世界人の召喚だ」


 異世界人と聞いた瞬間、女性の顔が驚愕に染まり、緑の瞳が大きく見開かれた。


「まさか、変革の騎士を召喚したと?禁忌を犯したの?」

「わからん。私は回収に行く。エスメラルダ、お前はマリスに伝えろ。どこかの馬鹿がやらかしたとな」


 そういって魔法使いは地を蹴ると空を翔けていった。

 残された女性もあたふたと自分のなすべきことをすべく、立ち上がった。





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