あの日の約束
もう何年も前のこと。
幼い僕は身体が弱く何事にも内気だった。
あの年。
君と過ごした1年間。
とても幸せで
生きていることを実感できた。
今でも感謝している。
君と別れてから僕の身体はみるみる元気になった。
でも
君がいない世界はモノクロで。
つまらない。
辛い。
寂しい。
僕は何のために生きているの?
君に会いたいよ。
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『ねぇ。---- もう1度2人で------約束。』
(また、同じ夢。)
いつも夢に出てくる男の子。
夢の中の君と僕は仲が良くていつも笑いあっていた。
でも、いつも君の顔が見えない。
きっと夢では見えているはずなんだ。
でも起きて思い出そうとすると白く霧がかかったようになる。
そして毎回最後に君が言う約束も・・・。
「君は誰なの・・・?」
この夢の見た日は決まってあの丘に行く。
僕の秘密の場所。
「はぁ…はぁ…はぁ……。ふぅ。」
息を切らしながら丘からの景色を眺める。
(最近、また体力が減ったな)
そう思いながら横にそびえたつ桜の木に触れる。
もう何年も咲かない桜の木。
昔、まだこの桜が毎年花を咲かせていた頃は
沢山のお花見客で賑わっていたそうだ。
入院したての頃看護師さんが教えてくれた。
今は全く人が寄り付かない僕だけの場所。
ここには陰口を言うクラスメイトも
意地悪をする近所の子供も
僕を見て悲しそうな顔をするお母さんも
誰もいない。僕しかいない。
唯一の憩いの場所。
でも
(あと何回ここに来られるのかな。)
僕は生まれつき心臓が悪い。
走ったり運動したり
学校に行くことすらままならない。
僕は何の為に生まれてきたんだろう。
もう…いっそ…
「…死にたいなぁ」
「どうして?」
僕しかいない筈の丘に僕以外の声がした。
驚いて振り向くと
いつの間にか知らない少年が立っていた。
「…ぇ」
僕が少年を見て戸惑っていると
「あれ?君もしかして僕が見えるの?」
と聞いてきた。
「み…見える…けど…?」
困惑しながら返事を返すが次第に冷静になる
(え、この人もしかして変な人?)
「え、この人もしかして変な人?って思ってるでしょ」
頭の中を読まれまた困惑した。
「でも。そっか。君、僕の事見えるんだ!」
そして少年は嬉しそうに笑った。
暫く僕は少年と会話をした。
少年の名前は小太郎。
なんだか古臭い名前だ。と、そう思っていたらまた心を読まれた。
小太郎は名前だけじゃなく服装も古臭く薄く汚れた着物にボロボロの草履を履いていた。
僕と小太郎は歳も同じで
僕の病気の事を聞いても小太郎は僕を笑ったりしなかった。
だからか
僕は直ぐに小太郎に心を開いた。
「やぁ、藍。体調はどう?」
「相変わらずだよ」
小太郎と出会って半年が過ぎた。
僕だけの秘密の場所が
あの日から僕達の秘密の場所になった。
不思議な事に小太郎と出会ってからあの夢を見なくなった。
今は体調が良い日に丘に行き小太郎と他愛ない話をする。
その日々が楽しくて幸せで
毎日体調が良くなるよう願った。
小太郎は昔の話をよく聞かせてくれる。
歴史が得意なのかな?
でも小太郎については話してくれたことがなかった。
出会った時も変な事言っていたし
なんだか謎が多い不思議な奴だ。
「はぁ。もうこんな時間か。小太郎と話していると時間があっと言う間だよ」
「そうだね。僕もこの時間が楽しい。
次はいつ会えるんだい?」
「いつだろ。最近は調子良いけれどその日になってみないと分からないや」
「そっか。まぁ、いつでも待っているよ。」
「うん。またね」
小太郎少し寂しそうだったな。
そういえば僕が行くといつもいるけど
毎日通っているのかな。
僕が行けない日は何しているんだろう。
今度聞いてみようかな。
帰り道そんな事を思った。
しかしその夜。
僕の症状は悪化した。
心臓が苦しい。痛い。
「大丈夫?藍君?聞こえる?」
ナースコールで駆けつけて来た看護師さんが僕に声を掛ける。
視界がぼやける。
怖い。
死にたくない。
「こ…た…ろぅ…」
そのまま僕は意識を手放した。
夢を見た。
いつもの君の夢。でもどこか違う夢。
いつも君の顔が見えないのに。
思い出せないのに。
「…こたろう?」
『どうしたの?あい』
「君だったんだね。」
『寝ぼけてる?』
いつもの優しい笑顔。
『あい。もう一度2人で桜を見よう』
あぁ。早く会いたいよ。小太郎。
目が覚めると真っ白い部屋にいた。
窓の外には雪景色が広がっている。
「…っ」
僕の頬に涙が流れた。
全部思い出した。
夢の事も
君との約束も
そして小太郎の事も。
僕は小太郎の恋人の生まれ変わり。
夢の中で小太郎と笑いあっていたのは僕じゃない。
手を繋いでいたのも
あの優しい笑顔を向けられていたのも
ぜんぶ全部
「…僕じゃなかったんだ」
どうしてこんなに悲しいのか。
ただの友達だったらきっとここまで悲しくならなかったのかな。
こんな形で気が付くなんて。
知らない間にこんなにも君を好きになっていたなんて。
「知りたくなかった。」
いつも僕に優しくしてくれた小太郎。
でも全部僕に重ねて昔の恋人への対応。
でもそれ以上に
僕の小太郎に対する気持ちが生まれ変わりによる影響かもしれない事。
この気持ちは僕のなのか。
それともあいのものなのか。
悲しかった。
ただただ涙が溢れた。
気が付いたら走り出していた。
あの丘に。
寒い。苦しい。クラクラする。
それでも僕は走るしかなかった。
「小太郎!!」
ゆくりと振り向く。
今なら分かる。
君が昔の話を沢山知っているのも
いつも着物姿なのも
大好きな笑顔。
でも今は…
「…僕は。…君のなに?」
笑顔が固まる。
少しずつ目を見開く。
「やっと…思い出したんだ」
あい」
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僕の幼少期は戦争時代だった。
あいとは幼馴染でいつも一緒にいた。
この丘は毎年あいと桜を見ていた丘だ。
今はもう咲いていないけどとても立派な桜の木だった。
戦争時代。男児は戦地に駆り出された。
僕も例外じゃない。
あいに告げると泣きそうな顔をしていた。
『ねぇ。僕が帰ったら、もう1度2人で桜を見よう。約束。』
そう言ったらあいは笑って
そして泣いた。
あいと別れて1年が経ち、僕はこの丘に帰ってきた。
でも
あいは居なかった。
感染病で僕が発った半年後亡くなった。
桜の木も感染病の影響で咲かなくなった。
あいとまた会う事も
桜を見る事も叶わなくなった。
きっとあの瞬間僕の時間は止まってしまった。
だから未練がましくこの丘に
そしてあの約束した頃の姿で僕は縛られているのだろう。
藍はきっとあいの生まれ変わりだ。
初めて会った時にそう思った。感じた。
凄く会いたかった。
でもあいは僕を覚えていなかった。
とても悲しかった。
けれど何度も藍と会話をし
笑いあって過ごしていく内に
藍に惹かれていく自分がいて
それで良かったのかもしれないと思った。
あいはもう居ない。
あの子は藍で僕の大切な…。
瞼の裏にあいが浮かぶ。
「藍を好きになってもいい?」
彼女は悲しそうな表情をして静かに頷いた。
「僕は酷い奴だよな」
首を横にふる。
「あい。ずっと君が好きだった。」
優しく笑う。
『小太郎。私はあなたを一人置いて行った。でもあの子は違う。』
「藍。会いたいなぁ」
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「小太郎。僕全部思い出したんだ」
小太郎は何も言わない。
「小太郎はもうこの世にいなくて。僕は君の恋人の生まれ変わりで…」
「君は僕を恋人と重ねて今まで接してきたんだろ?」
「それは違う。」
「でも…」
「確かに最初はあいにまた会えて嬉しかった。」
分かっていても心がざわつく。
「でも僕は少しずつ君に。君自身に惹かれていった」
「…ぇ」
「僕はね。藍。君が好きなんだ」
小太郎の顔を見ると
いつもの優しい笑顔だった。
「きっと君に会う為に僕はここに何年もいたんだ」
頭が付いていかない。
「でも…僕は…男で…」
「言っただろ?君自身に惚れたって。それにきっと僕はもうじき消える」
「…どうして?」
「君と会ったから。きっと未練がなくなったんだ。」
「いやだ!小太郎!僕を一人にしないで!」
僕は小太郎の腕の中で泣いた。
声をあげて。力いっぱい小太郎を抱きしめた。
「まだ沢山話したい事あるのに!桜だって!一緒に見てないだろ!」
「うん。そうだね。僕もまだ君といたいよ」
「じゃぁ!だったら!!」
小太郎の体がどんどん薄くなっていく。
綺麗な光の粒が小太郎の体から空に飛んでいく。
「いやだ!消えないで!小太郎!!」
「ごめんね…、大好きだよ、藍」
腕から手から
光が離れていく。
小太郎が消えていく。
「こたろう…」
「いやだよ…」
あれから数年が経った。
心臓の手術が無事に成功し
僕の体は健康に動いている。
それでも隣に君がいないから。
僕の心は幸せだったあの頃に置き去りになっている。
君の事が忘れられなくて
僕は相も変わらずこの丘に足を運ぶ。
暖かい春。
いつもの様に丘に行くと
珍しく先客がいた。
長いワンピースの裾が揺れる。
帽子を被った女性がゆっくりと振り返って
「藍。また、会えたね」
そう言って笑った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――end
最後まで読んで頂きありがとうございます。
今回の作品は前から携帯のメモに書き綴っていたものです。
無事完成しました。
素人作品の為おかしな点も多々あると思いますが広い心で受け止めてくださると幸いです。
私自身ボーイズラブが大好物なのですがこの話も男の子同士になってしまい途中で
「あれ?どうしよう??」と凄く悩んだ結果の結末です(笑)
メモの中では本当は小太郎が消えて数年後一人歩みだしていく藍で完結していました。そうです。藍と小太郎の生まれ変わりの再会はなかったのです。
ですが話を綴りながら「ハッピーエンドにしたいな」と思い、最後小太郎との再会が叶ったのです。
前世とか生まれ変わりとか私自身あまり信じてはいませんが
実際にそんな運命的な何かで惹かれあったりしたらロマンチックだなぁ、なんて思います(笑)