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僕の知らない僕の思い出  作者: 三木小鉄
8/12

第七話 姉

翌朝、荷物を持ってロビーまで降りる。


今日の美咲の服装は軽めのツーピースで、清楚系のアイドルといった感じ。昨日はラフな格好だったから、ずいぶんとイメージが変わった。


売店で買い物をしようと中を覗いてみると、お菓子から雑貨までいろいろなものが見やすいように配置されている。

美咲は可愛いグッズを真剣に選んでいる。両親か美波ちゃんへのお土産か、それとも吉岡さんの分だろうか。ここへくる途中のサービスエリアでもいろいろ見ていたが、こういう買い物が楽しいらしい。


僕は姉へのお土産にお菓子を選んでいたが、ふと酒コーナーにある地酒が気になり手を伸ばした。



「昨日はありがとうございました。これはほんのお気持ちです」


チェックアウトを済ませ、旅館を出る間際、女将さんが小さな紙袋を渡してきた。昨日のお心付けのお返しのようだ。女将さんをはじめ、従業員の人たちに気持ちよく見送られ、僕たちは旅館を後にした。



今日も天気はよく、道もそれほど混んでいない。順調に僕の実家に向けて車を走らせる。


「たっくんのご両親って、どんな人だったの?」


ふと美咲が聞いてきた。


昨日は吊り橋へ向かう途中で少し話をしたが、そういえば今まであまり話したことがなかったな。なんとなく、僕の中で無意識に両親や故郷の話題は避けてきていたのかもしれない。


「僕の生まれた所...今から行く所は、名古屋から少し離れた小さな町なんだ。父さんはその町の役場に勤めていてね。小さな町だからみんな顔見知りみたいなもので、役場に勤めているっていうだけで、みんなにいろんなことを頼まれたりお願いされたりして、なんでも屋みたいな感じだったな」


「みんなから頼られていたのね」

「そうだね、お人好しの面があったな。それとポジティブだったな」


「よく、『乗り越えられない試練はない』って言うだろ」

「よく聞く言葉ね」

「あれさ、父さんに言わせると試練を試練と思わなければいいって」

「え、どういうこと?」

「試練だと思うと辛くなる。試練じゃないと思えば気が楽になる。なんなら、試練をどうやって無くすかを考えたほうがいいって。例えば、高い壁があるとするだろ。それを超えるために自分が筋力を鍛えるんじゃなくて、その壁を壊す方法を考えるってことさ」

「面白いわね」

「その壁が無くなれば、自分だけじゃなくて、後から来る人も楽に通れる。そんな考え方だね」

「すごい! 素敵じゃない」


美咲は父の話にだいぶ興味を持ってきたようだ。僕もなんだか嬉しくなり、小さい頃から言われた『なんでも断らない』話をすると、さらに嬉しそうに聞いていた。


「母さんは、『お父さんがこう言っているのなら』とか『お父さんが決めたことだから』とか、父さんのことを誰よりも信頼していたね。かと言って、イエスマンとかじゃなくて、芯が通っていていつも明るい人だった。あの人もポジティブだったな」



旅館の朝食が美味しく、ついつい食べ過ぎてしまったので空腹というわけでもないが、途中の喫茶店に寄って時間を調整し、それから実家へ向かう。


実家に近づくにつれて道幅が狭くなってきたので、車のスピードを落として周りの景色に目をやる。美咲もキョロキョロしながら景色を観ているが、緊張しているせいか少し無口になる。


(ここ数年、葬儀とか法事で何回も戻ってきたけど、いつもバタバタしていてトンボ帰りだったし、ゆっくり故郷の景色を見ることもなかった)



実家に到着し、『三好』と『松岡』の表札が並んで出されているのを複雑な心境で見た。


『松岡』とは今の姉の苗字。姉の家族が父と同居するようになり、それまで『三好』だけだったところに『松岡』を並べた。昨年の三回忌にここへ来た時に、僕はもう『三好』の表札を外したほうがいいのではないかと姉に提案した。


「拓海、いい。ここはお父さんとお母さんの家なの。私たちはここに住まわせてもらっていると思っているの。ここはあなたの実家なのよ!」


姉はいつになく強い口調で言った。その時は義兄も姉の隣にいたが、大きく頷いていた。結局、『三好』の表札もそのままになっている。



「いらっしゃい! あっ、お帰りなさいかな」


車の音に気付いた姉が玄関を開けて、笑いながら家に入るように促してくれる。


「すぐに冷たいものを持ってくるから、楽にしてくつろいでね」


そう言って姉は部屋を出ていき、先に美咲と一緒に仏壇に手を合わせる。


自分が生まれ育った家なのに、どこに座っていいのか少し迷ってしまう。とは言え、気をつかう相手でもないので、奥の席にどっかりと腰を降ろすと、美咲が畏まったまま隣に座る。


「ごめんね、今日は子供たちがサッカーの大会で、うちの人も付き添いで出かけちゃったの。まだ子供たちが小さいから、お世話係になっていて、他の子の面倒も見ないとならないの。拓海に会いたがっていたけど、悪いわね」


姉は飲み物を僕たちの前に置きながら、向かいに座る。


「いやいや、昨日いきなり電話して、姉さんだけでもいてくれてよかったよ」

「拓海が女の子を連れてくるなんて珍しいね。で、決めたの?」」


いたづらっ子のような目をして、僕たちに聞いてきた。


「うん」

「渋谷美咲です。よろしくお願いします」


僕が返事をすると、美咲もそれに合わせて背筋を伸ばしと深々と顔を下げた。


松岡柚希(まつおかゆづき)です。よろしくね」


姉も対面で頭を下げる。


「美咲さん、そんなに畏まらなくていいわよ」


そう言ってから僕のほうを見てくる。


「拓海、いい子を捕まえたわね。でもさ、なんとなく雰囲気が母さんに似ている。片えくぼのせいかな。でも母さんよりずっと美人だけど」


やっぱり姉もそう思うのか。僕も時々、顔つきが似てるというのではなく、雰囲気が似てると感じることがあった。


「うちの人もよく見ると父さんに感じが似てるのよ。最初はそんなこと思わなかったけれど、子どもたちの相手をしているのを見ると、ふと感じることがあるの。私たち、ファザコンとマザコンだったりして」


楽しそうに笑う姉に、美咲はどうリアクションしていいのか分からない様子だったが、さほど悪い気がしているようでもない。


「今回、岐阜県のほうに行ってきたんだけど、我が家で岐阜方面に出かけたことはなかったよね?」

「岐阜県? そう言えば行ったことはなかったわね。通り越して母さんの実家の長野県はよく行ったけどね。東方面は静岡県、西方面なら三重県や関西といろいろ連れていってもらったわね」


姉は、僕たちが子どもの頃を想い出すように言うが、やはり僕は岐阜県へは行ったことがなかった。さりげなく話を進める。


「テレビで見ていいなと思って。吊り橋と滝のある所だったんだけど、姉さんはそういう所は?」

「吊り橋ね...行ったことないな。一度くらいは行ってみたいけど、怖くない?」

「すごく自然が綺麗で素敵だったですよ。怖くはなかったです」


姉に目を向けられ、昨日の楽しい時間を思い出すように美咲が答える。



「そうそう、滝と言えば面白い話があってね。ここだけの話。誰にも言ってないけど」


あるあるの『ここだけの話』に、姉が話題を変えようとする。


「私たち結婚する前に、車で日光のほうへ行ったことがあったの。今のあなたたちみたいにね」

「知らなかったな。当時、僕は東京で働いていたし」

「東照宮を観たりしてから華厳の滝に行ったんだけれど、滝を見ていたら、なんかこみ上げてきたの。胸の中からモヤモヤって感じ」


姉はどう表現したらいいのかわからない感じで、胸のあたりに手をあてた。


「で、『言いなさいよ!』って迫っちゃったの」

「え?」


僕たちはどんな顔をしていたんだろうか。姉が何を言っているのかわからない。


「そうそう、あの人もそんな感じでポカーンとしていたから、将来どうするのって聞いたの。そしたら、慌てた顔をして、『これからも一緒にいてください』って言ってきたの」


つまり、姉は当時の彼氏...今の義兄にプロポーズを迫ったということだ。


僕が知りたいことから話が逸れたかと思っていたが、姉のカミングアウトに驚いた。偶然なのか、僕も姉も滝を見ながらプロポーズをしている。しかも衝動的に、なにかに急かされるように。まぁ、姉の場合は正確にはプロポーズさせたのだろうけれど。


僕は誰かの転生だから、前世の人の想いを引き継いでいると考えた。でも、姉の話を聞く限り、僕の考えが違っていたことになる。

いろいろ考えそうになったが、昨日から何度もやっているように、答えの出ない想像は一旦止めた。



「ところで、光一おじさんは元気にしてる?」


話題を変えて、近所に住んでいる伯父のことを聞いてみる。


「父さんが亡くなってだいぶ落ち込んでいたけれど、なんとか元気が出てきたみたいね」

「仲のいい兄弟だったからね」

「相変わらず庭の畑で野菜を作っていて、最近では道の駅で売り始めてずいぶん評判がいいみたい。店に出せば完売するんだって」

「おじさんの野菜は美味しいものね」

「うちにも形の悪い(はぶ)きものだって言って持ってきてくれるんだけど、どこも悪くないの。だぶん、うちに持ってくるために省いているんじゃないのかな」

「父さんと同じで不器用なところあるから」

「そうそう。今日も家にいると思うから顔を出してみれば?」


元々、そのつもりだったから、この後で行ってみよう。


「美咲さん、拓海のことをよろしくね」


今度は姉が美咲に向かって頭を下げた。


「私、ずっと妹が欲しかったの。この歳で念願が叶ったわ」

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。私は妹しかいなかったので、ずっとお姉さんが欲しいと思っていました」


美咲も上手く話を合わせるが、半分本心だろう。


「ずっと田舎暮らしで、時々名古屋に出る程度なの。たまには東京にも行ってみたいし。今度行ったら案内してね」

「はい! 食べ物でも洋服でも、お姉さんの好みとか教えていただければ、お店も探しておきますね」



女子トークが盛り上がりそうになったので、連絡先の交換をして打ち切り。僕たちは歩いて五分ほどの伯父の家へ向かった。



今日も読んでいただきありがとうございます。

少しでも続きが気になる方はブックマーク、★★★★★の評価など、是非よろしくお願いします。


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