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僕の知らない僕の思い出  作者: 三木小鉄
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第四話 出発

三年前に初めて僕の部屋に来た時のことを思い出しながら、隣にいる美咲を見る。


誰もが美咲のことを『可愛い子』と言う。もちろん僕もそう思う。でも、美咲は『みんなにとって可愛い子』ではなく、『僕にとって大切な人』なんだと改めて思う。


「週末行ってもいい?」

「うん、もちろん」


駅に着き、別れ際に聞いてきたので即答した。


美咲と付き合うようになってからデートを重ねてきた。そしていつの間にか週末に僕の部屋に泊まることも増えた。両親も公認だという。


付き合い始めてから間もなく美咲の家に行ったが、驚くほど暖かく迎え入れてくれた。


「美咲からいろいろ話を聞いているよ。美咲のことをよろしく頼むよ」


さすがにお父さんには煙たがられると覚悟していたが、まったくの逆。頼まれてしまった。


平日の夜に会ったり週末に泊まる時は、美咲は家族にもオープンに話しているようだ。聞けば、『嘘をついたり、隠し事をしない』のが渋谷家の決まり事らしい。美咲の明るい純粋な性格に、なるほどなと思う。


ただ、『一度だけ家族に嘘をついた』と言う。あの夜、初めて僕の部屋に来た時のこと。さすがに男の人のところに行くとは言えず、吉岡さんの名前を借りたらしい。


「家族に小さな嘘はついたけれど、自分の気持ちに嘘はつかなかった」


その話をした時の美咲の答え。その時、僕も、この人には嘘も隠し事もしないようにしようと心に誓った。




駅で美咲と別れ一人電車に乗ると、また昼のテレビのことを思い出す。あの妙な感覚のことは、原因がはっきりしてから美咲に話そうと思う。これは隠し事じゃないと自分を納得させる。


部屋に帰り、パソコンを立ち上げた。途中のコンビニで買ってきたサンドイッチを片手に、昼間と同じように『夕月橋』と『朝日滝』をキーワードに検索をしてみるが、ヒットするページに変わりはない。手を止め、ふと考えた。


(もう一度あの番組を見れないだろうか)


あの時は動揺していたせいか、番組の後半はあまり頭に残っていない。しばらく検索してみたが、奥美濃放送のホームページで、あのコーナーだけを切り取った動画を公開していることを発見した。缶コーヒーを一口飲み、今度は冷静に見返す。


最初はレポーターの浜辺さんをズームで映している。頭の紹介で軽くスベった後、引き気味でだんだんと浜辺さんの姿が小さくなり、吊り橋の全景を映す。


(ここだ!!)


ここで昼間と同じようにあの感覚が蘇る。そして映像は滝を映すと、さらにその感覚が強まる。確かに懐かしい。行ったことがある場所に抱く感覚だ。映像を一時停止して目を閉じると、山の新鮮な空気や鳥のさえずりさえも思い出せそうだ。


(いつ行った? 誰か一緒だったか?)


自問するが答えはない。



そのままネットで思いついた言葉を調べてみた。


 既視感..憑依..転生



もしかして、今の僕は誰かの転生なのか。そして懐かしいと思う気持ちは前世の人の記憶なんだろうか。


ラノベでは転生ものが大流行だが、現実の世界でも『転生』したとしか表現できない事象が多数紹介されている。前世の名前で、本人しか知り得ないエピソードを口にするという。しかも、その事実確認をすると確かに本当の事だという。



(ここへ行ってみようか)


あの景色を見て懐かしいと思うだけで、マイナスなイメージはない。冷静になって考えると好奇心のほうが強くなってきていた。


ネットを見ながら想像するだけより、その場所に行けば何かわかりそうな気がする。もし、何もわからなければそれはそれでもいい。その時には美咲に笑いながら話せばいい。


(岐阜県に日帰りは厳しいか)


テレビレポートの中で、近くに旅館があると言っていた。今度はその旅館の情報を探してみると、こちらもすぐに見つかった。予約サイトを見ると部屋は空いている。旅館は決して新しいとは言えないが綺麗な感じで、口コミは意外と評価が高い。


思い立って美咲に電話をするとすぐ出てくれた。


「今日はお父さんの帰りが遅いって言うから、三人で女子会をしていたの」

『だれだれ? えっ、三好さん?』


後ろから声がする。三人というのは美咲とお母さん、妹の美波ちゃんのことだ。この三人はいつも仲がいい。


「土日、旅行に行かないか?」

「え? 行く行く!! ちょっと待って、外野がうるさいから」


電話のマイクを手で塞いだようだが、声が漏れてくる。


「週末、たっくんと泊りで行ってきてもいい?」

「だって、さっき泊りに行くって言ってたじゃない」

「違う、どこか旅行に行くんだって」

「もちろん、いいわよ」「いいな~」


「元々土日は泊りでたっくんの所に行くつもりだったから、大丈夫よ」


美咲からの返事が返ってきたので、詳しくはまた連絡することにして電話を切った。おそらく、この後は女子三人でまた盛り上がるのだろう。旅館と、美咲の家の近くのレンタカーの予約をして一息つく。


()()()()に行こうとしたきっかけはきっかけとして、せっかく美咲と一緒に行くのだから旅行を楽しもう。そう自分に言い聞かせてパソコンの電源を切った。




土曜日、美咲の家の最寄り駅まで電車で行き、予約してあったレンタカー店に寄る。今までもここで車を借りて美咲とドライブに出かけたこともあったが、一泊二日というのは初めてだ。


車を運転するのは好きなので、いつかは自分の車も所有したいと思っているが、今のライフスタイルでは難しいかもしれない。『いつか』のための願掛けでETCカードだけは持っているが、人に言ったら笑われるだろうか。


ほぼ時間通りに美咲の家に着くと、家族みんなが玄関から出て外で待っている。


「おはようございます。すみません。美咲さんをお借りします」

「いいよ、いいよ。貸してあげるし、なんなら返してくれなくてもいいし」


お父さんは笑いながら言う。そんな様子を見た美咲はなんだか嬉しそうで、妹の美波ちゃんは羨ましそうだ。


この家に初めて来たときに暖かく迎え入れてもらい、それから何回も来て両親とも一緒に食事をして楽しい時間を過ごしたこともある。

だからと言って、娘を泊りで連れ出すのに『どうぞ、どうぞ』的な対応はいいのだろうか。僕のことが過大評価されているのではないかと心配になる。


美咲は付き合う前から僕のことは家で話していたらしい。美波ちゃんも僕に対しては当たりもいいが、きっと美咲のロビー活動のおかげなんだろう。


美咲の荷物を車に積んで、見送ってくれる家族に手を振りながら僕たちの旅行はスタートした。



美咲には岐阜県の旅館に泊まるということだけで、具体的な行き先は言っていなかった。ただ、『少し歩くかもしれないからラフな格好で』と伝えてあったので、今日はスポーティーな服装だ。


「今日は奥美濃のほうまで行くね。この前テレビで紹介していて、とても景色がよさそうなところだったから、ぜひ美咲と行きたくなったんだ」

「いきなりだったからびっくりしちゃったけど。岐阜県って行ったことないし、人がごちゃごちゃしていなければいいわね」


そういえば、以前テーマパークに行ったときはイベント中ということもあり、人がごった返していたっけ。帰りは電車に乗るのにも一苦労するくらいだった。


「自然の中でまったり過ごすのも必要かなって思ってね。距離はそれなりにあるけれど、ほとんど高速道路だから困ることはないと思う。サービスエリアに寄りながらのんびり行こう」


美咲は朝から機嫌がよく僕の心も和む。首都高に入り気持ちも落ち着いてきた頃、後部座席に積んであった袋をもぞもぞと探り、チョコレートを取り出した。


「美波がお菓子セットを持たせてくれたの。二日間も好きな人と一緒だから、たくさん楽しんでねって」


一粒を僕の口に入れてくれる。


「なんか、いいね」


付き合うようになってから気づいた美咲の口癖。僕もそう思うから相槌だけうつ。自分たちだけしかいないのだから、何がいいかなんて詳しい説明はいらない。この空間が、この時間が心地よい。


ゴールデンウィークが終わったばかりだからか、中央自動車道に入っても車の数は少ない。もう少しすれば梅雨入りするのだろうが、天気予報では今日・明日は晴れで、絶好のドライブ日和だ。



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