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僕の知らない僕の思い出  作者: 三木小鉄
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第二話 別離

駅への道を歩きながら、やはりあの吊り橋と滝のことを考えてしまう。


「っくん..」「たっくん..」「たっくん!!」


振り向く間もなく美咲が横に並び、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。


「ちょっと、待て。ここでは」

「だね、でも私は構わないんだけど」


そう言いながら絡めた腕をゆっくりほどき、そのまま並んで話しかけてくる。


「真帆から、たっくんの様子がなんだかおかしいって連絡があったんで、慌てて追いかけてきたの。後ろから見ていてもぼーとしていたし、なにかあった?」

「いや、少し考え事をしていただけ。心配させてごめん」


美咲の顔を見ると、さっきの鬱々とした気分も忘れてしまう。

美咲と付き合うようになって、もうすぐ三年になる。きっかけは僕の両親の死だった。




僕が入社して四年目のとき、「渋谷美咲(しぶやみさき)」「吉岡真帆(よしおかみほ)」を含む十数名が入社してきた。


『若い人材は会社の宝。内定辞退と入社後の早期退職をなくす』


社長からの至上命令もあり、人事部は、入社内定の時から新入社員と会社を繋ぐために、定期的に会食を開催してきた。ただ、会社側から年配の者ばかりが参加してもコミュニケーションが取り辛いだろうということで、若手の僕にも参加要請があった。それが功を奏したのか、四月の入社時には内定者全員が揃った。


入社後に新入社員向けの研修が始まったが、ここにも僕は講師として任命された。

もちろん専門的な知識などはもっと上職の人が教えたが、僕は少し上の先輩として社会人としての知識を教えたり、あとは相談役的な立場だった。


約一ヶ月ほどの研修期間が終了。美咲は管理部門に、吉岡さんは僕のいる企画部に配属され、彼女たち以外のほとんどが支店へ配属となった。


『成績優秀、容姿端麗、女の子が実家から通っているのに地方への配属はない』


彼女たちが本社配属になったのは、ある役員のおじさん的発言が理由だったとか。入社後間もない彼女たちからしてみれば僕は接しやすい立場だったようで、僕たち三人は他の社員より少し距離が近めで、友人のような関係が続いていた。



それから二年ほど経ち、僕は中堅の仲間入りをし始め、彼女たちも後輩を迎えながら一人前になりつつあった。


その頃、大型案件の受注に向けて、営業の北見部長をリーダーに十名ほどのプロジェクトチームが新設され、企画部からは僕と吉岡さんが招集された。本業との兼務のため忙しいが、それでもやりがいのある仕事に僕は張り切っていた。



そんな時、実家の近くに住む姉から悪い報せが入った。

母に悪性の腫瘍が見つかったというのだ。


離れて暮らしている僕や嫁いだ姉を心配させないように、そして二人で暮らしている父に、自分が入院などすれば不便をかけてしまうかもしれないと、痛みを堪えて隠していたのだという。緊急入院したときには既に手遅れだった。


残業や休日出勤が続いている中、入院中の母の見舞いに行けたのは三回だけだった。


会うたびに痩せていく母は

涙を堪える僕に優しく微笑む。

気遣わなければならない僕に「無理するな」と気遣う。

詫びなければならない僕に「ごめんね」と謝る。



四回目に会った母は、もう何も言わず、写真の中でふっくらとして笑っていた。



母がいなくなり、父は、なぜもっと早く気がつかなかったのかと、ずいぶん自分を責めたようだ。

姉からそんな父の様子を聞いた僕は、姉の家族に父との同居を頼んだ。姉も僕以上に心配していたらしく、時間があれば父の様子を見にいってくれていたが、同居するのならお互いにとって良いことだと気持ちよく引き受けてくれた。


娘夫婦や孫と同居することになって、父も少し気持ちが穏やかになったようだと聞いて、僕も少し安心していた。

プロジェクトは一時選考を通過し、いよいよ二次選考にむかってラストスパートを迎えていた。二次選考を通過すれば受注は確定となる。


そんな時、姉からの連絡はまた悪い報せだった。

休日に、外で畑いじりをしていた父が血栓で倒れたという。


「プロジェクトは、提案資料をまとめて提出するところまできたからもう大丈夫。仕事のことは気にしないですぐ帰ってやれ」


プロジェクトリーダーの北見部長に背中を押されるように帰省したが、父は誰とも会話もできないまま、意識が戻ることもなく翌日には息を引き取った。



父の葬儀の間、その後東京へ戻ってきてからも僕は自分を責め続けた。


母は僕たちに心配をかけないようにと自分の命を削り、父だってそうだ。大事な人を失ってどれだけ辛い思いをしていたのか。そんな二人に僕はいったい何をしてあげることができたのだろう。一人で東京へ出てきて、まるで故郷を捨てたような生活をしている。それに、両親が住んでいたあの家は、今は姉の家族が住み、僕が帰る場所はもうない。



わかってる、わかってる

誰も悪くない。僕を責める人なんて誰もいない。

わかってる、わかってる



それでも僕は自分を許せなく、大きな親不孝をしてしまったかのように自分を責めた。会社では、仕事以外で誰かと会話することも億劫になり、笑うことさえ憚られた。



そんな僕の気持ちとは関係なく、プロジェクトの提案はは二次選考を通過した。

十社ほどのコンペだったが、二次選考を通過できる会社は二社。一社が独占するリスクを避けるため、採用は二社となる。この後、その二社の最終選考でメインとサブが決まる。二社の割合が7対3になるか6対4になるかはこの後の提案次第だが、現時点で受注は確定したことになる。


プロジェクトのメンバーは喜び、祝賀会と最終選考に向けての決起会を兼ねての食事会を催すことになった。二次選考を通過したらメンバーで集まろうという話は以前からあり、食事会は予定通りのものだった。


「三好さん、今度の金曜日、少しだけでもいいから参加しませんか。もちろん私も出席させてもらいますから」


参加確認のメールを見ながら手を止めていた僕に、吉岡さんが声をかけてくれた。

もちろん、自分の気分次第で断るつもりもなく、とりあえず参加することにした。



食事会が始まり、みんなが饒舌になり声も大きくなっていくに連れ、僕はどんどん憂鬱になってきた。


(いつもなら僕もその中のひとりだったのに)


結局、一時間程度で退座させてもらうことにしたが、僕が帰ろうとしたとき北見部長が玄関まできてくれた。


「三好、このプレゼンはお前がいなかったらダメだった。みんな感謝しているよ。もちろん俺も。大変なときに頑張ってくれてありがとう」


早々に帰ってしまう僕に、気遣って言葉をかけてくれる。


「しかし...まだ早かったよな、すまなかった」


北見部長は少し息をとめ、言葉を選ぶようにして、それから頭を下げた。

ここ半年間、この人の強さと優しさにどれだけ救われたのだろう。そんな人に向かって当たり前に笑顔を返せない自分がまた嫌になった。



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