北海道警の「表現の自由」の侵害裁判の今後について、あれこれ考えてみた件
私は原告、被告どちらの立場でもありませんが、国会でも、選挙演説でもヤジは好きではありません。
選挙なら投票しなければ良いし、国会なら、代案を用意して議論すべきだと思います。
しかし、この裁判では「表現の自由」に隠れて、警察官の権限について、明確な線引きをしているものなので、興味深いです。
ニュースにもなっていますが、この裁判、地裁判決が出て、原告側が上告の辞退を会見で要請していましたが、道警は上告を決めましたね。
この裁判について、色々と考えてみようと思います。
まず、大雑把なおさらいをするなら、この裁判は2019年の参院選において、自民党候補の応援演説に北海道に訪れた安倍晋三首相(当時)の街頭演説のさいにヤジを飛ばした原告の男女二人が道警によって退去を命じられ、実際に排除されたことにたいして、「表現の自由」の侵害であることなどを理由に660万円の損害賠償をもとめた裁判ですね。
地裁判決では原告側の勝訴となり、88万円の支払いが道警に命じられました。
さて、上告審なんですが、筆者としては道警がかなり不利だと思いますね。筆者はどちらの立場の人間でもありませんが、地裁公判の流れと判決を見るに道警側の法廷戦術の悪さが目立っているように思えます。
まず、原告側はヤジを飛ばしていたら、あっという間に警察に連行されて強制的に排除されたこと、また、原告女性が元の場所に戻らないようにと警官につきまとわれ、行動を制限されたことを主張しました。
これに対して、道警側は警察官職務執行法に基づいて適法な判断で立ち退きを求めたもので、周辺の傍聴者への妨害行為、及びトラブルの防止のためだったと主張しました。
地裁判決ではこの被告側である道警の主張はほぼ全て棄却されていますね。
その理由としては、当時の状況を撮影していた人物から提供された動画を確認しても、選挙演説を妨害しているというレベルとは呼べず、また周辺とトラブルになっている様子も確認出来ないとされたこと。
原告側の男女二人が凡そ違法性や危険性がないと判断できる状況では道警の主張する「警察官職務執行法」の要件を満たしていたとは言い難く、道警の対応が適法とは言えないとされたこと。
そして、判決にさいして、過去の最高裁判例にてらして、「拡声器などを使わない、肉声主体のヤジは妨害行為にあたらない」という解釈のもと、今回の件でもそれが適用されるものとして、妨害行為と認定する事は出来ず、また、政治活動において、その言論が規制され侵害されてはならないと、ほぼ原告の主張を認め、さらにつきまといについても、プライバシーの侵害、移動、行動の自由の制限であるとこちらも主張を全面的に認めるかたちだったこと。
まあ、要求額が大幅に減額していることを除けば、完全敗訴の状態ですから、道警側はかなり厳しいと思います。
上告審では、「警察官職務執行法」に基づいて適法であったと証明しなくては逆転は難しいところですが、そのためには原告側の二人が「明確な妨害の意思を持っていた」こと。「実際に周辺傍聴者とトラブルに発展する、ないし発展する前兆があった」ことを証明しなくてはなりませんが、はたして、数年前の選挙演説のさいの証人や現場の動画などを新たに用意出来るかとなると、やっぱり厳しい気もしますね。
道警側としては要人警護や街頭演説に集まる聴衆の統制は当然の職務であるという前提のもと、指示に従わない人物を危険とみなして排除するのもトラブルの事前回避のために必要な措置であるという認識があったと思います。
しかし、そのために「自分たちは職務上必要な措置を講じただけなのだから、主張は当然認められる」という考えでしっかりとした法廷戦術を練らなかったことで、一貫性のない後だしの主張に終始してしまい、結果として、しっかりと準備した原告側に都度、その論拠を崩される流れを作ってしまったようです。
もう一度、上告審のポイントを整理してみます。
1 ヤジは妨害行為だったのか
2 原告二人に明確な妨害の意思はあったか
3 周辺の傍聴者との間でトラブルがあったか
4 トラブルに発展する前兆はあったか
5 道警の対応は適法の範囲内だったのか
地裁でも争点となった点を再度争うなら、上記のようになりますね。VIPである首相(当時)の警護のためという主張をするとしても、2と3が否定されている地裁の判断を採用されると厳しいですし、程度論になりますが1についても、地裁が最高裁判例にそって「妨害にあたらない」としたことを考えると、高裁もこの判断になる可能性が高いと思いますね。
ただ、原告側としても公判の継続でかかってくる経済的な負担や時間的制約を考えると一審判決の88万円の賠償額から増額がなければ赤字が必至ですからね。
いまのところ原告有利でも公判を継続したくは無いんでしょうね。
まとめると今回の件では「表現の自由」以上に「警察官職務執行法」が重要な争点だと思います。
警察官職務執行法において行政側である警察官が強制力を持つのは令状がある時以外では現行犯か、それをすると明確に疑われる場合に限定されます。
今回の場合では、地裁裁判官から見て原告二人は「異常な行動」は見られず「周囲に実害」を生じておらず、「違法な行動の前兆」も見られなかったとされたわけです。この地裁判断に基づくならば、「警察官職務執行法」で強制力をもって退去させる要件を満たしていないとされるのは仕方ないんです。
道警側は「警察官職務執行法に基づいて適法」だったと主張するならば、原告側の行動が「異常で不審」であったこと、「周囲から罵声を浴びせられる」または「周囲に罵声を浴びせる」など、トラブルの予兆があったことを証明しなくてはなりませんが、任意の同行を求め、断られれば退かなくてはならない筈を押し通した所以であれば、これは越権行為の末の暴走と非難されても仕方ない訳です。
高裁では新たな証拠や主張の変化があるかも知れませんし、地裁とは反対に道警側の主張が受け入れられる可能性もありますが、地裁の流れを見る限りでは、高裁でも道警は負けるような気がします。
今現在、裁判ものを書いている私ですが、実際の裁判では「異議あり」なんてディベートが展開されることはほぼありませんよね。
事前に提出した証拠を裁判官が精査して、証人尋問などはその補完的な役割であり、ほぼ書類上のやり取りで裁判は結審すると思いますので、客観的に見て原告二人が「犯罪行為を犯す可能性があった」と立証出来るだけの証拠を用意出来るのか。
そんな風に思っています。
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