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失われし真実を求めにつき③

「……ん?どうしたの、ユーちゃん?」


「いんや、なんでも。でも、ここまで否定してくるとなると嫌でも違和感を感じるよな。」


「んー……。たぶん、天使の誰かがやったのかも。」



ポツリと、零れた言葉にその場の全員がピタリと動きを止める。


皆の視線を一身に浴びて、天使ウリエスは少したじろぐが、すぐに頭を振ると、奥様の前に出て手を差し出した。



「ごめんね?少し、眠ってくれるかな?」


「え?なにを……ふぁ。」


「おっ、おぉ!?……危なかった。これは、睡眠魔法か?急に眠らせると危ないぞ?」



奥様は急に眠気に襲われたのか、フラリとその場に倒れそうになる。

隣にいたハロルド様は倒れそうになる奥様を抱きとめると、天使を訝しげに見つめた。



「ハロルドさん。奥様はもしかしたら、天使に暗示を掛けられたかもしれません。」


「暗示?」


「暗示というより、催眠術というべきかもしれません。奥様はこのとおり、“精神干渉系の魔法”に耐性がないようだし、恐らくは“ハロルドさんとキスをしろ”と命令されたのかもしれません。」


「そ、そんなことできるのか?」


「試してみましょう。ソファに寝かせてください。」


「あ、あぁ。アーシャ、少し動かすぞ?」



奥様を抱き抱えると、ハロルド様はソファに寝かせる。


皆の見守る中、ウリエスは奥様の頭に手を置くと、囁くような、それでていて頭に響くような不思議な声で奥様に語りかける。



「《 貴方は目が覚めると、ハロルドにキスがしたくなる。キスがしたくなる。キスがしたくナール。ハロルド、スキスキ。ダイスキ。 》」


「え?あ、ちょ!?えぇ!?なんだね、それは!?」


「簡単な単語の方が効果が高いんですよ。それじゃ、目を覚まさせますね?ハロルド様……準備はいいですか?しっかり抵抗しないと、秒で奪われますよ?」


「は、はは……まさか、そんな。催眠術なんてそんなもの……。」



冗談だと思ったハロルド様は苦笑を浮かべると手を振る。



「あー……フラグだな。」

「フラグだねぇ……。」



そう瞬時に悟った俺と観月は、巻き込まれないように、スーッと下がって傍観を決め込む。



「え?あれ?サカエくん!?ミツキくん!?」


「いきますよ?三、二、一……。」



ーパチン!



天使が指を鳴らした瞬間。



夢から覚めるように、ゆっくりと起き上がった奥様はキョロキョロと周りを見渡し状況を確認する。

やがて目の合ったハロルド様に、奥様は小首を傾げるとゆっくりと立ち上がる。



「あれ……?私、寝てました?ハロルド様?どうしたんです?私の顔をじっと見て……。」


「なんともない、のか……?あはは!ほら見ろ!やっぱり、催眠術なんてこの世に存在しないんだ。」



いつもと変わらない奥様の様子に、安堵したハロルド様はそれ見た事かと、天使を指さし笑う。



「……ふふ。」



それでも、笑顔を絶やさない天使はスーッと奥様の前から身を引くと、滑るように俺の隣に並ぶ。


ハロルド様……フラグ立てまくりですね。


「まったく、ヒヤヒヤさせてくれるなぁ。」


「あら、体調が優れませんか?もしかしたら、お風邪かも……それは大変ですわ。さぁ、こちらへ。」


「ん?むむむぐっ!?」



心配そうに歩み寄った奥様はハロルド様を引き寄せると、その豊満な胸で抱きとめる。

抱きしめられたハロルド様は、慌てて離れようとするも、がっちりと頭を抱きしめられ逃げることができない。


アワアワ……!あんな巨大マシュマロでトランポリンなんて……なんて幸せな!うらやまけしからん!もっとやれ!



「く、苦し……ぷはぁ!」


「あん!」



幸せパンチで息ができなくなり、苦しさで抜け出そうともがいた結果、ハロルド様の手はその胸を鷲掴みにしてしまう。しかも、変に力が入ってしまったのか、先の突起を指で挟むというミラクルまで起こしてしまう。


実はハロルド様って、ラッキースケベのスキルがあるんじゃないか?と思うほど、その後も、逃げようとする度に、奥様の敏感な場所を触れ続けてしまっていた。


もう……ハレンチだなー。

(アンタが言うな!と観月にツッコまれたのはこの際、スルーしておこう。)



「んんっ!ハロルド様ってば……大胆。皆様も見ているのに、こんなところで……。」


「ぷはぁ!待て、アーシャ!?何か誤解している!私はただ、お前が心配で!」


「まぁ、お優しい……。さすが、私が愛したお方。ハロルド様……。もう、私……ムラムラが抑えきれなくなってきました。」


「ムラムラ!?はぁっ!?アーシャ!?どうしたんだ!?」


「ハァハァハァ……!ハロルド様ぁ!好きです、ハロルド様!愛してます!キスをしてください!たくさん、たくさん、キスをして……子供を作りましょう!私とハロルド様の二人の赤ちゃん!」


「え、えぇー……!?ちょ、まっ、あ、あぁーーー!」


「んー!」


「うぉー!?た、助け、助けてー!分かった!悪かった!天使くん!私が、私が悪かったから!」


「んーーー!」


「うぉー!?た、助けてくれえぇー!」



がっちりと拘束されたままのハロルド様は、いつの間にか床に押し倒されると、そのまま馬乗りにされてしまう 。

顔面を両手で抑えると、奥様はそのまま熱い口付け(バージン)を惜しみなく差し出そうと口を寄せ……そして!



ーパン!


「はい!ストップ!奥様、ストップ!そのまま、そのまま……。」


「っ…………。」


「え?と、止まった……?」



ハロルド様人生最大の絶体絶命の大ピンチ!というところで、部屋に響き渡るほどの乾いた音と共に奥様はピタリと動きを止める。



「ハァ!ハァ!ハァ!」



息荒く、ハロルド様を見つめる目は、まるで獲物を目の前に爪を研ぐ虎のようであった……。


隣を見ると、ふふん!と鼻を鳴らした天使が得意気に手を合わせていた。



「どうする?まお……サカエくん。今、彼女は半分眠ってる状態で、今までの記憶は残ってない。このまま元の状態に戻すこともできるし、意識を完全に覚醒させて現実を見せることもできるよ?」


「んー……。確かに、全てを白日のもとに晒すというなら、奥様を起こすべきだろうが、奥様の尊厳を考えるとなぁ。このまま、俺たちの胸にそっとしまっておく方がいいのかもしれない……。」


「……それなら、迷うことはありませんよ。サカエ様、天使様。」



少し考えを巡らせていると、意外にも声をあげたのは、アンリ様だった。


アンリ様は奥様の頬に触れると、小さく笑みを浮かべて馬乗りにされているハロルド様に目を向ける。



「お母様が暗示にかかりやすいという事実は、今後のためにも本人が一番知っておくべきことです。」



そうですよね?とアンリ様の同意を求める声に、ハロルド様は頷き返すと目の前の奥様の肩に手を置く。



「アンリ。あぁ……。そうだな。彼女は知るべきだ。催眠を掛けられていたこと。誰かに利用されようとしていたことを。確かに必要なことだな。」


「知っているのと、知らないのでは今後の人生に大きな違いが出る。詐欺にも注意できる人になってもらわないと。」



天使は頷くともう一度、気合いを入れるようにハロルド様に告げる。



「それじゃあ、再開します。一分してから、徐々に意識を覚醒させていきましょう。その分、抵抗は弱くなっていくと思うから踏ん張って!理性が本能を凌駕した時、奥様は完全に覚醒し、自分の行いと記憶を残したまま目を覚ますでしょう。あとのフォローは任せますね?ハロルドさん。」


「分かった!よし来い!」


ーパチン!



再び、手を鳴らすとそれを合図に奥様はハロルド様へ強襲を再開し始めた。



「っ……!ハロルド!スキスキスキスキスキスキスうぅ〜〜!」


「くっ!?さっきより力強い!?」


「私も抑えます。ハロルド様。何としても、唇を守ってください!」


「あ、あぁ!」



襲いかかる奥様と、抵抗するハロルド様。

そして奥様の背中を後ろから押す奥様。


……『背中を押す』!?



周りで見ていた俺たちはその光景を見て、目を丸めた。

奥様とアンリ様が協力して、ハロルド様のバージン(口付け)を奪いに行っているのだ。


それも、全力で!


思わず声をあげそうになると、アンリ様はこちらにイタズラっぽい笑顔を浮かべて、シーっと口元に指を添えた。



「(あ、あぁ……!そういうこと。アンリ様は奥様とハロルド様をくっつけたいのか……!)」



目の前の奥様に注意を払うハロルド様には、アンリ様の姿は見えていなかった。

アンリ様もきっと協力してくれている、そう信じてハロルド様は奥様の肩を抑え、必死に耐えている。

背後でアンリ様が押しているとも知らずに……。



「アンリ!頑張れ!耐えろ!私たちの未来のために!」


「分かってます!お母様!目を覚ましてぇ~!(ぐい!ぐい!ぐい〜〜!)」


「ハロルド!スキ!ダイスキ!キスして!」



やがて一分経つ頃だろうか。ここから、奥様の意識が覚醒を始める頃だ。


周りの皆は、この“茶番”を固唾を飲んで見守るしかなかった。


「ハロルド!ハロルド!キスしましょう!キスを!誰よりも熱く!情熱的なキスで……私を……あっ……あれ?」


「ん?少し力が、弱まったか?」



襲いかかる力が少し弱まったことを察したハロルド様は、奥様の顔を覗き込む。



「意識が戻ったのか?」


「キス……キスをしてなんて……ハレンチな……。なんて浅ましいことを……私は願って……。」



両手で顔を隠した奥様は、耳まで真っ赤になり俯いてしまう。



「ハロルド様……ごめんなさい。わ、私……。」


「いいんだ、アーシャ。君は悪くない……。」


「それでも、私は……。」



ハロルド様はゆっくりと上体を起こすと、奥様を抱きしめる。


落ち着くように背中を撫でると、奥様はハロルド様の首に手を回し、そのまま……。


ーちゅ!


唇を奪ってしまった。



「んちゅ……!はぁ……!」


「んん!?んはっ!し、しまった!まだ、催眠が解け切ってなかったのか!?す、すまない!アーシャ!嫌だったろ!?すぐに濯ぐための水を持ってこさせるから!」



慌てるハロルド様と唇に手を添え俯いた奥様。


その様子を離れて見ていたアンリ様は小さくガッツポーズをすると、奥様の肩に手を置いて立ち上がらせる。



「お母様……。」


「アンリ……!わ、私……!」


「えぇ……ふふ!うんうん!しちゃいましたね、キス……。」


「っう〜〜///」



アンリ様は真っ赤になって狼狽する奥様に微笑む。

その時、周りの皆は気付いた。


そういう事か、と。



「あぁ!すまない、アーシャ!サカエくん!み、水を持ってきてくれないか!?」


「いやー、いらんでしょ……。」



当事者には分かりづらいかもしれないが、周りから見れば一目瞭然だ。


俺は苦笑を浮かべると、観月と天使の背中を押して部屋の外に出ようと促す。

そうと分かれば、この場にいるのは無粋というものだろう。



「さ、サカエくん!?」


「今、必要なのは水でもなんでもなく、二人が素直な気持ちで話し合う時間でしょう。真実は明るみに出ました。あとは、その裏で揺れ動いていた気持ちを確認し合ってください。」


「それはどういう……。」


「多くを語るより、まずは真っ直ぐに見つめてくる目の前の女性の手を取ってあげてはどうでしょう。言葉を交え、キスもいいでしょう。貴方をどう思っているのか、それくらいは確認してもいいと思いますけどね?」


「っ……!」



目の前を見れば、真っ赤な顔で潤んだ瞳を向けてハロルド様を見つめる奥様の顔があった。まるで、恋をする乙女のような姿に思わずハロルド様も顔を顔を赤らめ俯く。



「ハロルド様……。」


「アーシャ……。えーっと、なんだ。少し、話さないか?」


「は、はい!」



ハロルド様と奥様が並んでソファに座る姿を確認した俺たちは、そっと部屋をあとにするのだった……。



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