失われし真実を求めにつき②
ー それは奥様がまだ、王都にいた頃まで話は遡る。
天真爛漫が服を着て駆け回るように元気で“ちょっぴり”ハチャメチャな性格だったお嬢様は、王都で少し浮いた存在だった。
貴族の娘でありながら、何にでも興味を示したお嬢様はそれはそれは大層な……まるで冒険家並の探究心をお持ちだったようで、ロングソードを手にあっちらこちらの遺跡に入ってはザクザクとモンスターを討伐していたそうだ。
周りに黙って登録した王都のギルドでは、ちょっとした有名人になり【レッドクラウン】なんて“あだ名”まで着けられていた程だったらしい。
リアさんみたいな感じなのかな?
強い女性……まぁ、なんて素敵なんでしょ。
だが、そう思えるのも俺たちみたいに荒事に慣れている人間だけだ。
王都貴族なんて超上流階級の集まりの中では、当然、鼻つまみ者のような存在だったそうだ。
嫁入りにもいい頃だったのだが、両親も広まった最凶最悪の評判と及び腰になる婚約者たちに頭を抱えていた。
しかし、そんなある日、王都の貴族から地方でメキメキと力をつけているという貴族がいるという噂が流れてきた。
遠く離れた王都でも一目置かれる存在。
そんな人物と縁を結ぶことが、王都でも箔が付くというもの。
これは、まさに千載一遇のチャンス!とばかりに、奥様のご両親は目の色を変えて奥様を推薦したそうだ。
当然ながら、そんな政略目的の傀儡になるなど冗談ではないと感じていた奥様だったが、いざ会ってみるとハロルド様の人柄と周囲の温かさに惹かれて婚姻を結ぶことにしたそうだ。
何よりも、王都の窮屈な暮らしより、比較的自由の許される地方の生活は肌に合っていた。
婚姻を結んでからというもの、確実な両家の繋がりとして両親は子供を欲しがった。
毎週毎週、送られてくる手紙には狂ったように子供の文字が羅列していた。
正直、呆れ返っていた奥様は、段々とハロルド様と一緒にいることに申し訳なさを感じてしまうようになっていた。
才気に溢れ、人徳もあるとても素晴らしい男性なのに、自分の両親は見栄や体裁ばかり気にして、本当に情けないとしか言いようがない。
こんな自分ならいっそ、離れてしまった方がハロルド様のためなのではないか?と、悩むようになっていた。
そんな時に、奥様は出会うことになる。
彼女にとって第二の運命の人……。
ハロルド様の兄、マユルド様との出会いだ。
病弱だったマユルド様の看病する内に、奥様はポツリポツリと自身の胸の内をさらけ出すようになっていた。
マユルド様も自身のこと、家庭のことなど悩みは多かったようで、互いに互いを哀れみ励まし合うようになっていった。
そうして二人は打ち解けあった二人は、二人の愛の証として初めて関係を持つことになった。
当時は、そうした行為が妊娠に繋がると知らなかった奥様は行為の意味自体が分からず、マユルド様に完全に身を任せる形になったらしい。
その一回で、アンリ様をご懐妊したのはむしろ奇跡的といえるだろう。
やがて、自身が妊娠したことで、奥様は自身の知識と現実に大きな乖離があることを知る。
奥様は……ハロルド様へ愛情を確かに持っていた。だから、『ある一点』だけは守っていた。
『くちづけ』だけは……絶対にしていなかった。
マユルド様がいくら口付けをしようとしてきても、それだけは絶対に守ると決めていたのだ。
結果、口付けをすることなく、妊娠してしまった。
明らかな異常だった。
それとなく、周りに聞いたり図書館で調べたりして行為の意味を知り絶望した……。
自分は計らずも、不貞を働いてしまったのだと、気付かされてしまった。
物心ついた時から教えられてきた美神教の教えは間違いだったのだと、その時になって初めて気付かされたのだ。
その時も、両親からは絶えず、子供をせびる内容の手紙が届いていた。
彼女は考えた。たとえ間違った知識だとしても、自分が妊娠したことは事実。
このまま、両親に妊娠したことを告げるべきか。
黙っておくべきか。
よく考え、自身が不貞を働いたことが世間にバレれば、結婚後に妻を盗られた弟だとハロルド様の顔に泥を塗ることになる。
でも、せっかく宿った命。
見殺しなどしたくなかった。
ならばと、一度キスをして事実を前後不覚にすることはどうだろうとも思った。
だが、そんなご兄弟にとって不誠実なこと、できるわけもない。絶対にできない。
二つの心の間で揺れ動き悩んでいた時、ハロルド様はいつから気付いたのか、自分たちの関係を認めてくれた。
少し寂しげな表情ではあったが、それでも、嘘偽りのない笑みで自分たちを祝福してくれた。
その顔を見た時、心からの感謝と共に、いつまでも目の前の『旦那様』を支えて行こうと決めた。何者にも、ハロルド様は害させない。自身とマユルド様は、心から愛する旦那様、誇らしいご兄弟としてハロルド様を守り続けることを誓い合った。
二人の想いを託され、ハロルド様を見守る存在として、アンリ様はこの世に生を受けたのだ。
この時、マルフォイ家に訪れた司教はアンリ様の姿を見て、目を丸めると歯軋りをして大層悔しがっていた。
どうゆうことかと詰め寄るも、逆に大変に憤慨されて叱責されてしまった。
こちらも、さすがに嘘を教えてきた相手に臆するのも腹立たしかったので、めいいっぱい、ドスを効かせて問い詰め返した。
最後は美神教への重大な裏切りだとも言われ、半ば強制的に除名を言い渡されてしまった。
結局、洗礼も受けられぬまま、美神教との繋がりは絶たれてしまったが、その後は特に何かある訳でもなく、平穏な日々を送っているという。
なるほど、大体の流れは分かった。
敢えて言わんとしているのか、何点か伏せられたことがあるようだが、今、ハロルド様が特に知りたいのは二つ。
『キスをせがんだ理由』そして、『家を飛び出そうとした理由』だ。
それを聞いていこうとすると、俺の肩に優しく手を置かれた。
ハロルド様だ。
俺を見つめ、優しく微笑む。
ーここらからは自分の口で聞きたい。
そう目が伝えてきたことを悟った俺は、頷くと一歩身を引いて二人の話に耳を傾けることにした。
「うん。君の話は分かった。だが、私もこの話で気になる点があるのだ。まず、君はマユルド、兄を愛してくれていたのかという点は間違いないな?」
「それはもちろんです。私はマユルド様を心からお慕いしております。今も昔も、それは変わりません。」
「そうか……。では何故、妊娠が分かってから私の元にフラリと現れ、キスをせがんで来たのか聞いてもいいかな?」
「え…………?」
「「え?」」
その言葉に、奥様は首を傾げると目を細めてハロルド様を半ば睨むように見つめていた。
思わぬ反応に、その場のハロルド様はもちろん、隣にいた俺も思わず背中に冷たいものが走る。
「お母様。殺気が漏れ出てます。」
「え?あ!ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃ!急にわけの分からないことを言うものですから、どこか、頭を打ったのかと心配になって……。」
「それで、殺気は出さないでしょう。その目を細める癖、直した方がいいですよ?」
「あ、あはは……ごめんなさい、王都で暴れてた時の名残りなのよ。つい、目に力が篭ってしまうと、反射的に殺気を込めてしまうわ。」
可笑しそうに笑う奥様は、お上品に笑うがどこか子供っぽさも感じる。
どうやら、『レッドクラウン』は健在のようだ……。
呆気に取られている俺たちを他所に、一頻り笑った奥様は、真っ直ぐにハロルド様を見つめ首を振った。
「亡きマユルド様に誓って、そのような行いはしていません。私は確かに貴方を愛していますが、“口付け”の押し売りなど……そんなハシタナイ真似したことは産まれてこの方一度たりともありませんわ。」
「……いや、いやいやいや。だが、確かに君は私にキスをせがんだ。それは間違いない事実だ。」
「だから、していないと言っているでしょう?分からない人ですね。ハロルド様の話でいえば、私のお腹にはアンリがいる時でしょう?なら、キスをしたところで、懐妊するわけないじゃないですか。」
「いや!した!こう、私の頬に手をよせ、甘えるような猫なで声で……。」
「……分かりました。表に出なさい、ハロルド。決闘です。私が勝ったら二度と私の前でそんなことを言わないでくださいね。」
奥様は立ち上がると、ソファの下から身の丈程もある剣を抜き出し軽々と肩に担いで、ハロルド様に表に出るように促す。
威風堂々とした立ち振る舞いに、ハロルド様も俺も思わず美しさを感じて息をのんだ。
ドレスと武器って……似合うなぁ……。なんて場違いなことを思っていると、奥様はズンズンと歩みを進め、ハロルド様の腕を掴むとズルズルと引き摺っていく。
「ま、待ちたまえ!?私は闘うなど一言も!というか思いの外、力が強いな!?そんな、怪力だったのか!?」
「諸々うるさいですわ!誰が、ゴリラウンダー*ですの!?私とマユルド様の誓いを軽んじる貴方に、骨の髄まで解らせてあげます。いかに私が貴方を愛し、いかにマユルド様が貴方を愛していたのか!」
(ゴリラウンダー = ゴリラによく似たモンスター。実は恐妻家。)
「愛しているのなら、この手はなんだ!?その手のモノはなんだ!?」
「一発斬ったら、貴方も身に染みて分かってくれるでしょ!?」
「分かる前に死ぬからな!?バスターソードで斬られたら、頭から股まで真っ二つだから!」
「うるさいですわ!一度死んで、考え直しなさい!」
「死んだら考えられないと言ってるんだよ!アーシャ!」
チラリと隣に並ぶ観月を見る。
んー、なんかこのやり取り、観月と俺のやり取りに似てる気がする……。
俺達も将来、こうなるのだろうか?




