失われた真実を求めにつき①
ーーーー
ーーー
ーー
「さーて!最後だ!あの人に報告して、君たちの今後をお願いしないとな!」
「魔王……ありがとう。」
天使たちを連れて、ワルフォイ邸へと向かい報告を行う。
報告と共に、天使たちの処遇をお願いするとハロルド様は二つ返事で頷いてくれた。
「分かった。天使たちと子供たちはこちらで預かろう。私と兄で作った孤児院がある。そちらに入れるように手配しておくよ。」
「ありがとうございます、ハロルド様。お手数をお掛けして申し訳ございません。」
「構わない。将来、息子になるんだ。これからも、いくらでも頼ってくれて構わないよ。」
「ありがとうございます。……実はもう一つ、ハロルド様にお願いしたいことがあるのですが。」
微笑みを浮かべて頷くハロルド様に、俺は再度、感謝の意を示すとそのままもう一つのお願いを申し出る。
「ん?なんだい?」
「奥様にお会いすることはできませんか?」
「…………妻か。なるほど、ついに答え合わせの時が来たのか。」
「はい。恐らく、ここにいる天使達がいれば、奥様も重い口を開いてくれると思うんです。」
「ボクからもお願いします。ボクたちのやってきた行いに対する贖罪になるか分かりませんが、できる限りのことはやりたいと思うんです。」
「……ふふ。分かった。こちらこそお願いしよう。ただ、贖罪などと君が気負うことはしなくていい。悪いのは、美神教であり、そこに所属する君たちが悪いわけではないのだからね。君たちは君たちの人生がある。これから住む場所で多くのことをよく学び、よく考えて、新しい天使の在り方を模索してほしい。こうして、陽の下で共に笑い手を取り合える日を心から楽しみにしているよ。」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
頭を下げる天使たちに、手を差し出すハロルド様。
差し出された手を見て、天使ウリエスは少し驚いた顔を見せると、すぐに強く頷き返しその手を握り返した。
「では、妻の元に向かうとしよう。妻は今、同じ屋敷にいるが、離れと言ってもいい建物で生活している。」
「なんでしょう、家庭内別居ですか?」
「ふふ。言い得て妙だな。」
俺の言葉に苦笑混じりに頷いたハロルド様は、俺と観月と天使ウリエスを連れて廊下を歩く。
やがて、1つの扉を潜ると屋敷の外に出て、小さな小屋が現れた。
「ここだ。」
「「…………え?」」
ここだと伝えられ、その場にいた皆が目を丸めた。
別宅どころか倉庫なんてもんじゃない。
ただ、素人が木を打ち付けて作ったぼっ建て小屋が、そこにはあった。
今にも崩れそうな小屋を見て、俺たちは顔を見合せると、理解の追いつかない頭で何とか言葉を絞り出した。
「……ステキな……お家ですね。」
ようやく絞り出した言葉だったが、口にすれば皮肉と捉えかねない内容に自分自身、思わず頭を抱える。
「はは……。言いたいことは分かるよ、うん。」
気持ちを汲んでか、ハロルド様も苦笑を浮かべるとここに至るまでに何があったのか、一から懇切丁寧に説明してくれるのだった……。
「な、なるほど。この“今にも崩れそうなぼっ建て小屋”は、負い目を感じて屋敷を飛び出そうとした奥様を何とか食い止めた結果なんですか……。」
「あぁ。私や周囲の者たちの説得により、何とかこの屋敷に残ってくれることにはなってくれたんだが……どうしても屋敷の中で過ごすことは負い目があるらしく、頑なに譲らなかった。結局、屋敷内ではないが、敷地内であるこの場所にあった納屋に住むことで手打ちとなったんだが……。」
「あまりにひどいので、別宅を作ろうとしたら、それも断られたと……。」
「そうなんだ。妻を納屋に住まわせているなど、もしも周囲や王都貴族に知られてしまえば、貴族として……いや、人としての品格を疑われかねない。彼女が納屋に荷物を移す前に納屋を撤去したのだが、逆にそれが彼女の逆鱗に触れてしまったんだ。あの時の彼女の鬼のような雰囲気といったらもう……恐ろしかったよ……。」
「それから、木材を調達して自分で作り始めたと……。このボロ屋を。奥様はあれですか?残念な方なんですか?」
「ふふ!ついに、はにもの着せ無くなってきたな。だが、その通り。妻はそれはそれは美しい人なのだが、とにかく頑固なところがあってね。日頃は物腰も柔らかく、素直ないい人なのだが、譲らないと決めたことには関してはトコトン……うん、残念なのだ。」
頭を抱えて、苦笑混じりに小さく笑うと、ボロ屋を眺めて遠い目をしていた。
この様子だと、他にも色んな苦労してそうだな。
「まぁ、とりあえず、話してみないと分からないだろう。是非、会ってやってくれ。私は執務室に戻っているから、何か分かったら教えて欲しい。」
「……いや、なに自分だけ逃げようとしてるんですか?ここに居てくださいよ。」
「うぉ!?なんて力だ!?」
じゃッ!と手を挙げて颯爽と帰ろうとするハロルド様の襟を掴んで、引き留める。
ジタバタと逃げようとするハロルド様だが、一歩として動くこともできなかった。
「これでも、ギルドで一番の力持ちなんで。リアさんにも負けませんよ。」
「あの、リア=フレイムよりも強いのか!?」
素っ頓狂な声をあげるハロルド様をそのままズルズルと引き摺ってボロ屋の前までくると戸を叩く。
中から、明るい女の子の声が聞こえた。
この声は……。
「はーい!」
「あ、アンリ様。こんにちは。」
「っ!?ささささ、サカエ様!!?何故、こんな場所に!?」
ここ数日とは違った格好のアンリ様が扉を開けた瞬間、目を丸めて立っていた。
使用人の私服のように軽いドレスを着たアンリ様だが、普通にしていても美しい人なので、こんな軽装でもとても映えていた。
……なんでこうも、ドレスって胸を強調してるんだろう。
「んん゛!!ユースケー……?」
「……ハッ!どどどどどどど!?どどどどど!?」
「パニックになりすぎて、『どうした?』も言えなくなってるじゃん。うら若き乙女の谷間を見すぎだよ、変態くん。」
俺の視線に気付いた観月が咳払いをしつつ、脇腹を軽く殴リつける。慌てた俺は何とかその場を取り繕うと頑張るも視線は、ドレスの胸元から覗く谷間に釘付けだった。
「あ、あはは……。ごめんなさい、こんな格好で。」
恥ずかしそうに胸元を手で隠しつつ、アンリ様は少し頬を染めて俺を微笑む。
笑顔ステキだぁー!
「コチラこそすみません!アンリ様!実は前に話していた疑問の“答え”にたどり着きそうだったので、お伺いしたんです。」
「まぁ!そうなんですか!?」
「つきましては、答え合わせをしたいので、アンリ様のお部屋で二人で話しませんか?」
「……え?そ、それって、二人きりでですか?あ、あの、ソファーじゃないですよね?」
「えぇ。ベッドで!」
「まぁ!ベッドで……!は、はい……喜んで……///」
俺たちは手を取り合うと楽しく談笑しながら、真実を解き明かすべく秘密の楽園へと向かうのだった……。
「向かうのだった……じゃねぇーわ!エロザル!!なに、ナチュラルに浮気しようとしてんだ!」
「グエッ!?」
「きゃ!」
流れるようにベッドへと向かう俺たちに呆気に取られていた観月だったが、少しの間の後に思考が追いついたのか、全力で飛び蹴りをぶちかます!
吹っ飛ばされた俺は三メートルばかり宙を舞うと屋敷の壁へと激突。
ちゃっかり、アンリ様は横に避けていた。
吹っ飛ばされた俺を心配げに覗き込むアンリ様。
下から見ても、えっろいなーこの人。
「もう!バカやってないで、ほら!早く、奥様に会うんでしょ!?」
「あー、そうでした、そうでした。それじゃ、アンリ様。また、今度の機会に。」
「はい♡」
起き上がった俺の腕に、アンリ様は抱き着くと嬉しそうに満面の笑みで答えて豊満な胸を押し当てる。
くぅ!?今行きたい、本当に……!
「うふふ!なんなら、私が連れて行ってやろうか?エロスケ。行先は地獄だけどな?」
「……いえ。結構です。」
いつの間に取り出したのか、槍を構えた観月は軽く振って笑顔で俺を見る。
目が……まったく笑ってなかった……。
これ以上のおふざけは命取りと悟った俺は、真面目にアンリ様に向き直る。
「というわけで、答え合わせといきましょう、アンリ様。奥様と会うことは出来ますか?」
「お母様ですね?分かりました。中に居ますので、ご案内しますね!」
アンリ様は頷くと、腕から離れてボロ屋の扉を潜る。
少しの待ち時間の後に、アンリ様の呼び声と共に俺たちは中へと迎えられた。
少しの話し声の後に、中へと迎えられた俺たちは言葉を失った。
ぼっ建て小屋の見た目以上に、その中も最低限の生活ができる程度のものしか揃えられていなかったからだ。
本当にこんなところに貴族の奥様が住んでいるのだろうか?実はドッキリを仕掛けられてるんじゃないだろうかという疑念すら生まれてくる。
それほどまでに、外同様に中もボロボロだったのだ……。
ギシギシと軋む床に注意を払いながら、入口から慎重にリビングと思しき場所に向かうと、簡易のソファーとテーブルが置かれていた。
ソファーの上に手を組んだ女性が柔らかな笑みを浮かべて座っている。
服装も貴族とは思えないほど簡素なもの。
街の娘たちが着ている服に、申し訳程度の刺繍が入っている程度だった。
美しさと共にどこか儚さの漂う雰囲気を纏った女性は、部屋に入ってきた俺たちに向けて小さく目礼を済ませるとゆっくり立ち上がり口を開いた。
「兼ねてよりお噂はお伺いしております。貴方がサカエ様ですね?」
「はい。サカエです。今回はお話の機会を頂き誠にありがとうございます。」
「いえいえ……。娘がご執心の相手と聞いて、私も興味がありましたから。むしろ、私こそ貴方様とお話ができて嬉しく思っていますわ。」
口元に手を当て、クスクと上品に笑う姿はとても好感が持てる。
部屋の内装や衣類には度肝を抜かれたが、その容姿も所作も紛うことなき“ホンモノ”だった。
「それで……今日はどういったご要件でしょうか?」
「少し、奥様にお伺いしたいことがありまして。」
「あらまぁ。なんでしょう?私に協力できることでしたら、なんでもご協力させて頂きますけど?」
真っ直ぐに奥様を見つめ、協力をお願いすると意外にも奥様は二つ返事で了承してくれる。
だが、簡単に答えることはしないことも分かっている。
彼女が家を飛び出そうとした理由、ハロルド様にキスをしようとした理由、そして、美神教を追い出された理由。
全ての謎を抱えたまま、奥様はこのまま墓に入るつもりだろう。
「では、私の目的から。私は今、美神教を壊滅させることを目的に活動しています。」
「……あらまぁ。美神教を壊滅ですか。」
頬に手を当て、奥様は驚いたように目を丸めると静かに息を吐いて、俺の背後に目を向けた。
そこには、ハロルド様が立っていたはずだ。
チラリと振り返ると、ハロルド様は優しげな目で奥様を見つめて強く頷いていた。
「なるほど……。冗談でもなく、本気で言っていることは分かりました。ですが、私は美神教を追放された身です。サカエ様が集められた情報以上に話せることは、ほぼ無いと思いますが……。」
「いいえ。」
頬に手を当てた奥様は首を傾げつつ、自身の持ち得る情報を思い返す。
しかし、それは杞憂に過ぎないだろう。
俺が知りたいのは、むしろ、目の前の彼女しか知り得ない情報なのだから。
「私が知りたいのは一つ。アンリ様が産まれる前に、奥様の身に何が起きたのか。それだけです。」
「……ごめんなさい。何のことを言っているのか、さっぱりなのだけど?」
困ったように眉を寄せると、奥様は小首を傾げて俺を見詰め返す。
あくまでも、話すつもりはないらしい。
まぁ、当然だろう。
だからこそ、まずは俺は示さなきゃいけない。
彼女の胸中にだけ秘められた過去に触れられる資格があるのかを。
「まずはご紹介させてください。こっちへ来てくれ。」
「うん……。」
「っ……!?」
後ろにいる天使ウリエスを呼び寄せ、隣に並ばせると奥様は目をみるみる丸めて少し困惑した顔を見せる。
その表情は同時に、問題の根底に天使の存在が関わっていることを示唆していた。
「て、天使様が何故ここに……?」
ようやく出てきた言葉は先程までの柔らかなものではなく、明らかな警戒が見られた。
「奥様。ボクの名前はウリエスっていうんだ。あの教会から来たんだ。今日来たのは他でもない、仲間の……美神教の非道な行いで貴女の人生を滅茶苦茶にした詫びに来たんだ。本当に、本当にごめんなさい!!」
ウリエスは音がならんばかりに床に跪くと、深々と頭を下げる。
その床に頭を擦り付ける程に謝罪する姿を見て、奥様は……
「い、いま、さら……謝られも……うぅ……!もう……うああぁーん!!」
沢山の悔しさと沢山の怒り。そして、まだ見えない彼女の“過去の記憶”が溢れ出てきたのか、奥様は声を上げて大きく泣き出すのだった……。
隣にアンリ様が寄り添い、優しく背中を撫でることで少しづつ落ち着きを取り戻してきた奥様は涙に腫れた目を擦りながら、ぐすぐすと鼻を鳴らしてハロルド様を見る。
「ハロルド様ぁ……ごめんなさい。ごめんなさい……。」
「大方の予想は、ここにいる彼らの協力で分かった。ただ、詳細な部分はどうしても分からないんだ。何があったか、君の口から聞かせてくれないか?」
「はい……。」
アンリ様に手渡されたハンカチを手に、涙を拭いながら奥様はぽつりぽつりと語り始める。
奥様が苦しんだこの十数年の想いは、ようやくその胸中から解き放たれようとしていた。




