女神に代わってお仕置よん!につき①
ユースケたちが一時撤退している間、施設内は突如として起きた異常事態に大混乱となっていた。
あちこちでシスターや神父が走り回り、施設内に侵入した賊の痕跡を探し回っている。
部屋で見つかった“繭”より、ようやく開放された司教は見るからに苛立ちの表情を浮かべながら周囲へ当たり散らしていた。
「簡単に侵入者を許して一体、貴方たちは何をしているんですか!誰か怪しい者を見た者はいないのですか!?」
日頃は温厚そうに見えた司教の変貌ぶりに、皆は戸惑いながらも指示に従い敷地内を探し回る。
教会の中から消えた書物の量を考えれば、そう遠くへは行っていないはずだ。
「何としても見つけ出しなさい!書物を奪っていった犯人は必ずこの近くにいるはずです!」
迅速に犯人を見つけださなくてはならない。
神父やシスター達は礼拝で使用する聖書の心配をしているが、そんなものは二の次、三の次でいい。
真に見つけださなくてはいけなのは、《裏帳簿と取引契約書》だ。
「あれが世に出れば、この教会はおしまいだ……。」
いやそれこそ、教会どころの話では無い。
裏で協力していた貴族たちの名前まで出でしまう。さらには自分が作った“特別な卸しルート”を辿られれば、もっと最悪の道も……美神教すらも裏切っていたことがバレてしまう。
「そうなれば、私は終わりだ……。くそ!くそ!何とかならないのか!」
司教は怒りと焦りから強く机を殴りつけると頭を抱えた。
「随分と騒がしいね?顔色も悪いじゃない。何かあったの?」
「……あっ!?ラファ。」
突如かけられた声に飛び上がるほど驚くと、いつの間に部屋の扉にもたれかかっている青年に目を向ける。
「やぁ!上があまりに騒がしいから、“下”から出てきちゃったよ。」
「と、特に問題はありません。そっちは大丈夫ですか?」
「あぁ、順調だよ。しっかりと、“教育”は進んでる。いい感じで、目覚め始めてるね 。いい《雄》になるよ、彼らは。」
「それはよかった……。最近、天使から“祝福”の連絡が少なくなっているから調査しろと上が煩いのですよ。こんな王都から離れた街には関係ない話でしょうに。」
「こらこら。聞き捨てならないよー?君たち、司教の使命はオレたち天使の数を増やすことでしょう?ちゃーんと、お仕事してよね?でないと、キミがサボってるって、上に報告しちゃうよ?」
「わ、分かってますよ。この街の布教はちゃんと進んでます。そろそろ、下の子達を解放して“祝福”をばら蒔いてもいいでしょう。」
「頼むよ?オレも久々に祝福をばら撒きたいんだ。もう、種が溜まってしょうがない。発散しないと、気がおかしくなっちゃうよ。フフ……!でも、十何年前みたいに、ずーっと手を出しあぐねるのは嫌だからね?オレが祝福を授けようとしたのに、中々、男の方が美神教に入信しないから、そのせいで最後まで祝福を与えられなかったんだ……。目の前で獲物を捕られた瞬間を目にした時の……あの時の歯痒さは今でも覚えてるよ。いい声で……彼女は鳴いていたなぁ……。本当は……オレノ……モノニ……ナルハズダッタニ!!」
自身の羽根を抱きしめ、ラファは自身の気持ちを慰めるように数回撫でるとジロリと司教を睨みつける。
その圧力に司教は思わず息を呑むと、額に浮かぶ冷や汗を拭い苦笑を浮かべた。
「十何年前というと……ワルフォイ家の夫人でしたね?」
「そうだよ。あの女だ。いい女だったのに……。キミの導きが下手だったから、捕り逃したんだ……。オレはまだ、あの時のことを許してないからね?」
「っ!……だ、大丈夫ですよ。今回は沢山、男も女も入信させて、“苗床”は完成しています。好きにしてもらっていいですよ。いい女も沢山いますから……。この街だけでも、百組以上はいますから、十分でしょう?」
「……百組かぁ。下の子たちと合わせれば、少し少ないけどまぁ、オレはちゃーんと、みんなの子孫が増やせればそれでいいよ。」
「ほどほどにお願いしますよ。一気に祝福が増えると、逆に怪しいですからね?」
「ふふ、分かってるよ。ゆっくり着実に種を撒いて、増やして行くさ。互いに利になる関係でいようじゃないか。」
「えぇ!もちろんですよ。」
ラファは、よろしくと微笑を残して部屋を後にする。
ラファの背中を微笑みを浮かべて見送る司教は、扉が閉まると深く息を吐いて椅子に腰を下ろす。
「(……何が、利になる関係だ。大した給与も出ないし、汚れ仕事ばかりでこっちには何のメリットもない。私こそ鬱憤が溜まってるっていうのに……何を勝手なことを。)はぁ……。とにかく、今は帳簿だ。何としても、取り戻さないと。天使の繁栄云々の前に、教会が終わってしまう。」
司教は天井を見上げると、深く息を吐いて解決策を模索するのだった。
部屋を後にしたラファは、慌ただしく走り回るシスターたちを横目に見る。
天使特有の金色の髪をかき揚げ、青い瞳で通り過ぎたシスターの背中を眺めて小首を傾げる。
「本当に騒がしいな。何かあったのかな?」
ラファは何かを探している様子のシスターに近付く。
気配遮断のオートスキルのおかげで、こちらから相手に接触しない限り“見つかる”ことはないが、逆に言えば、実はかなり不便な能力といえる。
一般人では、露骨に声をかけたり触れたりしないと、会話を始めることもできないのだ。
冒険者A級レベルの察知能力があれば、空間に起こる僅かな違和感に気付き、それを取っ掛りに気付くこともできるが一般人にはそれは酷と言えるだろう。
故に事情を聞くにも、天使から行動するしかない。
仕方なく、ラファはシスターの背中に声をかけつつ肩に触れた。
「やぁ、シスター。」
「きゃっ!?」
「はは……。そんな、驚かないくても……。」
「もう、ラファ様ぁ……。脅かさないでくださいよ……。」
「ごめん、ごめん。」
本当に驚いたのだろう。胸を抑えて、息を整えるシスターにラファは苦笑を浮かべると詫びを入れつつ疑問を投げかける。
「何かあったの?みんな、慌ててる様子だけど。」
「実は聖書やその他の書類等、書という書が全て、この教会から消えてしまったんです。朝の礼拝まではあったんです。でも気付いたら何もかも無くなっていて……。」
「聖書や書類……か。誰か盗んで行ったのかな……。わかった、オレも探して見るよ。」
「わぁ!ありがとうございます!大天使様にお手伝い頂けるなんて、これ以上の幸運はありませんね!」
「はは!買いかぶり過ぎだよ。」
跳びはねるように喜ぶシスターに、満更でもない様子でラファは笑みを浮かべるとシスターのその細い腰に手を回した。
「でも、無事に全部見つけたら、ご褒美……欲しいな?」
「ご、ご褒美ですか……?」
「うん……。シスター、よかったら今夜、部屋に行ってもいい?」
「あ……それは、その……はい。嬉しいです……。お待ちしてます。」
「うん!それじゃ、約束だよ?しっかり、見つけてあげる!君のためにね。だから、君もしっかり準備しておいてね?いっぱい、キスしようね?」
※美神教では、キスは性交と同義。
「あ……はぁ……。ラファ様ぁ……///」
シスターの頬にキスをすると、ラファは小さく笑って歩き出す。
シスターは目眩からか、その場に崩れ落ちた。その頬は紅く染まり、去りゆく背中を見つめる瞳は潤んでいる。
夜といわず、今からでもシスターはキスに臨みそうな様子であった。
この大天使……生粋のタラシである!
まこと、けしからん!
大天使ラファは、一室に入ると本棚を眺める。何か痕跡はないかと探るが、特に何かある様子もない。
とても綺麗にされており、埃一つなかった……。
「随分と綺麗だな……。まるで、さっき拭き掃除したみたい。」
ツーっと棚の上を指先でなぞるが、数個あるどの棚を見ても、埃一つない。
「綺麗すぎる……。おかしいな。棚の上の備品やライトの傘にはうっすらと埃があるのに、棚の中だけは掃除したみたいに綺麗だ。もしかして、何か魔法が使われたのか?それとも、スライム系モンスターが動き回ったりしたのかな?とりあえず、尻尾を掴んでみるか。」
ラファは指で望遠鏡の真似をするように輪っかを作ると、祝詞と共に中を覗く。
「【索敵魔法:エンジェルアイズ】」
そう呟いた瞬間、本棚に淡い紫の光がジワリト浮き上がる。
「ビンゴ。魔力残滓だ。しかも紫ってことは、使い魔だな?テイマーか。誰か、使い魔を寄越して本や資料を持ち出したんだ。オマケに触れた本棚が異常に綺麗ってことは……綺麗好きのモンスターだから、スライムしかいないね。てことは、少なくとも十体くらい居ないと、こんなに一気に片付けられないはずだ。それだけ多いと痕跡は嫌でも残っちゃうよね。ふふ……。」
本棚から視線を下ろすと、床に降りた残滓は部屋の外へと続いている……。
どうやら、堂々と中を動き回ったようだ。
となると、擬態をしながら潜伏していたことになる。
スライムの擬態能力はかなり高い。
一般人に見分けることはほぼ不可能と言っていいだろう。
シスターたちには悪いが、スライムが関わっている以上、彼女たちにはほぼ間違いなく、この件は解説は不可能だろう。
「というわけで、オレが解決するしかないってわけで……。シスターちゃん?悪いけど、今夜は寝かさないからね♪」
今日の夜のことを想い、ラファは思わずニヤリと笑う。
羽から“触手に戻った”背中のうねる物体は、主の興奮を表すように、ぬらぬらと光ながらそれでも雄々しく反り立つ。
早く、シスターを愛でたくて仕方がない様子だ。
「あのシスター、入ったばかりの子だったな。比較的若いし、楽しめそうだ。どんな声で鳴くんだろうな……。ふふ……!楽しみだ。」
ラファは残滓を追いながら、部屋を後にする。
スライムの通った後を追い、ラファは僅かな変化も見落とさないようにゆっくりと歩みを進めていった。
魔力残滓を追っているうちに、ラファはあることに気付いた。
侵入した十体ほどのモンスターが、“往復”をした痕跡があることに。
これが間違いでないとすればかなりリスクのある動きだ。
一度目の回収で、撤収するなら分かるが二度目は理解ができない。
全ての資料が無くなったら、どんなに鈍い奴でも気付くというものだ。見つかるリスクもあがるというもの。
そんな危険を冒してまで、戻って来る必要があるのか?
「逆か。危険を冒してまで戻らなければならなかったんだ。つまり、どうしてもまだ欲しいものがあったんだ。何か、探してたんだな?行き当たりばったりではなく、ちゃんと目的の物があったんだね。だとすると……あー、間違いない。カリテスのことを調べてる奴がいるのか……。下手したら、“教育”のことも知られてる?まずいな……。天使の教育はあと少しのところなんだ。もう少しで、優秀な“雄”たちが目覚めようとしてるのに……。」
ラファは苦虫を噛み潰したような顔で、残滓を眺めるとその先に目を向ける。
「邪魔はさせない。オレの可愛い弟たちの目覚めは誰にも。」
残滓を再び辿り始めるラファ。その足は先程よりも幾分か早くなっているようだった……。
まるで、なにかに急かされるように。
天使の危機を察したように、ラファは半ば駆け足で長い廊下を進んでいく。
やがて、ラファはたどり着いた。
《ゆりかご》から教会へと続く扉を抜け、残滓を辿ると礼拝用の長椅子の前で忽然と残滓が消えた。
ここで、モンスターの使役が終わったことを示していた。
後には風に飛びそうなほど、薄く掠れた魔力の流れ……。
使役を解かれたスライムが教会から出ていったことが分かった。
「くっ!ここまでか。だけど、大丈夫。次は使役していた者の魔力を追えば……。【索敵魔法:エンジェルアイズ】!」
再び見えた残滓は……黒かった……。どこまでも黒く。どこまでも深い黒がそこには見えた。
「っ!?な、なんだこの魔力は……。テイマーなんかじゃない……。魔族みたいだ。それも魔王レベルの魔力がここには充満している。こんなのありえない……。魔王がここに来ていたとでもいうのか?そんな、馬鹿な……。」
ラファは輪っかの向こうで揺らめくドス黒い魔力を見て、思わず息を呑む。
背筋に冷たい物が流れるのを感じた。
思わず、膝の力が抜けそうになる……。
「ラファ様?どうしたんです?顔が真っ青ですよ?」
「っ……!?や、やぁ。ウリウスくんじゃないか。なんでここに?」
突如、かけられた声に思わず身構えたラファだったが、声の主が天使であると分かると警戒を解いて歩み寄る。
自身より頭一つ分ほど小さい子供天使を見下ろして、ラファは気遣わせないように笑顔に努めた。
「ボクは昨日、司教様から外出許可を得て外を見てきたんですが、色々とあり過ぎて疲れちゃって……。ここで女神様に祈りを捧げていたんです。」
「それは、良い心掛けだ。あぁ、そうか。キミは外を見てきたんだね。どうだった?初めての外は。」
「新鮮でした。人間の街は深夜も明るいんですね。」
「そうだね。最近は遅くに寝る人も多い。もっと早くに寝てくれれば、祝福も与えやすいというのに……。本当、早く寝て欲しいものだよ。」
苦笑混じりに天使に答えると、天使の肩に手を置いた。
ところで……とラファは天使の前にしゃがみこむと魔王を感じた椅子を見て眉をしかめる。
「キミはいつからここにいたかな?」
「先程、下から上がって来ました。なんだか、みんなソワソワしてるし落ち着かなくて。それに上はバタバタ走り回ってますし。何かあったんですか?」
「みんながソワソワしてるのは、キミと同じさ。上で色んな物を見て、感じ入るものがあったんだろうね。そうそう。夜、キミは信者の家は覗いたかい?」
「……いえ。ただ、飛び回ってただけです。」
「そっか……。初めての外だもね。嬉しくて羽根を伸ばしたくなる気持ちも分かるよ。初日はそんなもんでいいんじゃないかな。今夜は誰かの家を見守ってみるといい。きっと、新しい発見があるよ。」
「新しい発見ですか?」
「あぁ。例えば……“人間の美しさ”とか。」
「は、はぁ……。」
そういったラファの顔は恍惚とした表情を浮かべていた。人間の美しさ……と告げながらも、まるで獲物を目の前にした獣ようにじゅるりと舌なめずりをする姿に、天使は思わず一歩下がる。
「キミも近く知ることになるよ。あと何回か他の子たちのように飛び回って、祝福を与えて、じっくりと人間を観察すれば、自ずと祝福の意味が分かってくる。如何に自分たちが特別か。如何に自分たちが人間と違う存在か。人間とはなんなのか。それを知った時、オレが教えてあげるよ……。《本当の祝福の与え方》を。」
「な、なるほど……。その時はお願いします。」
「あぁ!任せてよ。」
ラファはにっこりと微笑むと、踵を返して《ゆりかご》へ続く扉へと戻って行った。
後に残された天使ウリウスは自身の腕輪をギュッと握り、閉まった扉を見つめて一言……『気持ち悪い……。』と吐き捨てるように呟いたのだった。




