闇に紛れし真実を暴きにつき!①
ー 隠された真実は何故隠されたのか。
それを知る者は当人しかおらず、隠された真実の在処を示すのもまた当人しかいない。
しかし、当人こそ知らない真実は、時に隠した真実すらも無意味にしてしまうことがある ー
魔王の甲冑を身に纏い俺は街でも高い屋根から街中を見回す。
夜も深まり空気もよく澄んでいる……。
ー ギリギリ……ヒュン!
よく澄む夜空に放たれた矢は、一段と輝いて見えた。
まるで、その矢に月明かりが宿ったように……。
ー ドス!
「っああぁ……!!?」
『飽きもせず、毎日毎日、お前たちはよく来るな。一体何処から湧いてくるんだか。』
腕に矢を差した天使が驚いて屋根から落ちる姿を確認した俺はあとを追いかける。
「あ、あぁ……!その姿は……!?マモン!?何故ここに!?いつ復活したんだ!?」
『我は魔王アスモデウス!……ってこのくだりも、今月に入って何回目だ?昨日のヤツも言ってたぞ。その前のヤツも、その前の前のヤツも。更に遡れば三十以上の天使が口にしてるぞ?こちらはいい加減、飽き飽きしてるんだが?』
白スライムたちの案内でようやく見つけることができた天使に歩み寄ると、毎度おなじみのやり取りを繰り返す。
いい加減、このやり取りに嫌気のさしていた俺は自己紹介すらも省いて転がる天使の髪を掴んで引き上げた。
「ぐうっ!痛い……痛い!離せ!離せよ!」
『なぁ、天使よ。聞きたいのだが、お前たちはどこから来るんだ?王都からわざわざ、飛んできてたりしないよな?あと、人間が手引きしてるのなら、ソイツがお前たち天使の現状を教えてくれないのか?毎夜毎夜、天使が狩られていて警戒の色も見せないのか?それとも、お前たちは我らが把握するよりも多くいるのか?アルベのようにどこからとも無く現れる害虫か何かなのか?』
「ボクらを害虫と一緒にするな!こんなことして、ただで済むと思うなよ?ボクは天使だぞ!?女神様の御使いなんだぞ!?」
『知ってるよ。こっちは天使だと分かった上で攻撃しているのだ。何度も言わせるな。過去に三十以上の天使を討伐してきたのは他でもない我なのだからな。』
「さ、三十以上の天使?何言ってんだ?司教はそんなこと言ってなかったぞ!」
『ほぅ?やはり、司教なのか。お前ら強姦モンスターを手引きしている人間は。』
「ご、強姦!?言うに事欠いて強姦だと!?侮辱するなよ!魔族の分際で!」
髪を掴んだ腕を掻きむしるように、暴れる天使は痛みと苛立ちに耐えかねたのか背中の触手を伸ばして俺の腹を貫こうとする。
あ、ダメだ。この流れはまた自滅ルートに入ってしまうな。
俺は咄嗟に手を離すと、少し離れて矢を構えた。
「くそっ!刺さったと思ったのに!」
『一つ言っておくが、今のはお前を守ったんだぞ?まだ話を聞きたいからな。』
「は、はは……!そんなこと言って、本当はボクの黄金に輝く神槍が怖かったんだろ!?」
『我の力を舐めてもらっては困る。お前たちの相手ばかりさせられてたせいで、こちらはお前たちの特性を完全に理解したぞ。三十超えた辺りで、〈天使殺し〉の称号まで手に入っている。』
頭を指先で叩いて、俺は甲冑の中でほくそ笑む。
天使を三十体討伐したことで称号〈天使殺し〉を獲得した。
これにより、称号補正がかかり天使系への攻撃が強化されることになった。
まさに嬉しい誤算といえるだろう。
この称号補正を獲得してから、討伐スピードが飛躍的に上昇したのだ。
「〈天使殺し〉!?そ、そんなスキルがあるわけない……。」
『あるんだよ、これが。』
天使は驚くような声をあげながらも、首を振り後退る。聞いたこともない様子だった。
そりゃ、この世界に天使を倒すヤツなんていないから当然だ。
でも、このスキルが付いた時に俺の心に確証が生まれた。
間違いなく、この天使という存在はモンスターであると。
グリーンスパイダーでもウルフでもゴブリンでも、同じ〈キラー系〉の称号が獲られたのだ。
ということは、天使もまたモンスターと同じということになる。
『今なら、楽にお前を討伐できるぞ?』
「ぐっ!?」
『さぁ、どうする?我にその触手をぶち当て自滅するか、我に切り裂かれるか。または……。』
「ま、または?」
『我に協力するか……だ。』
「協力?」
俺は頷くと、アイテムボックスから“ロープ”を取り出し見せつけた……。
「協力って何をさせる気だ?」
『我も鬼ではない。協力するのなら我も寛大な処置を施すつもりだ。敵には断罪を、仲間には恩恵を。我はそういう魔王だ。』
「寛大な処置ねぇ?」
『寛大だろ?お前の肩の傷も治してやったんだ。貴重な回復薬まで使ってな。ありがく思えよ。』
「元はと言えば、お前が傷付けたんだろうが!……っとと!?」
『危ないぞ。前が見えないんだ。ゆっくり歩け。』
「誰のせいで……ったく。」
ロープでグルグル巻きにした天使にアイマスクをかけると、俺は街を歩く。
危うく転けそうになる天使を、紐を引いて引き寄せると上手く体勢を整えることができた。
これだけ堂々と道を歩いているのに、人とすれ違う気配がない。
『人がいないのは、やはり人祓いのスキルのせいか?』
「よく知っているな。そうだよ。ボクたち天使は生まれながらに多くのスキルを有している。人祓いや隠密などの精神干渉系のスキルは、天使の得意分野だ。」
『でも、逆にそれが仇になる場合もあるわけだ。』
「ん?どういうことだ?」
『お前がここで我に討伐されたとしても、誰も気付かないってことだよ。』
「はは……!なるほど、なるほど。どおりで仲間が減ってても、誰も気付かないわけだ。いくら飛び回ってもこの辺りに同族の気配がないから、変だとは思ったけど……。まさか、飛んできた天使が全て討伐されていたとはね。」
アイマスクの下で笑いながら、天使はフラフラと歩いている。おしゃべりが過ぎると、転けた拍子に舌噛むぞ。
これだけ大声で話していても人々は気付かないのか。スキルだけなら大したもんだな。
「ところで、ボクはどこに連れていかれるんだ?まさか、魔王の根城じゃないよな?」
『お前は知らなくていい。が、このままじゃ、埒が明かないな。いつ辿り着くかも分からん。肩に担いで連れていくから、歯を食いしばって舌を噛まないようにしろよ。お前には、話してもらわなきゃいけないことがあるんだからな。』
「え?おぉっ!?」
天使を担ぐと、俺はひとっ飛びで屋根に上がる。
「うおっ!?きもちわるっ!なんだ、今のフワッとした感覚!? 」
『はは!身動きも取れず、目隠しをされた状態だと予測もできないよな。もっと、楽しめバカ天使。』
「え?や、やだ!もういい!歩いていく!歩いて……や、やぁっ……!やあぁーー!!」
トーン!トーン!と屋根を伝いながら屋敷を目指して走っていく。
屋根を飛び移る度に、肩に担がれた天使は絶叫をあげていた。
少し遠回りして、屋敷の前にたどり着くと街灯に照らされた門の前で、観月とシルクが待っていた。
「おかえり……って、すごい格好だね。」
『逃げられたら困るからな。簀巻きにしておいた。』
「なんか疲れてるみたいだけど?」
『さぁ?なんだろうな?』
「いやいや、魔王!アンタ!アンタだよ!アンタが無茶な運び方するから、こっちはいい加減吐きそうだよ!ボクは天使だぞ!?清廉なイメージの天使に吐かせるなよ!いくら捕虜でもイメージ大事にいこうよ!」
降ろされた天使はミノムシのように、地面でジタバタと暴れながら俺に向けて抗議の声をあげる。
『あーはいはい。すみませんね。こちとら、天使に気を使う気なんてサラサラないもんでね。最初に倒した天使があまりに印象が悪いもんで、ついつい扱いがぞんざいになっちまうんだよ。ていうか、お前ら天使のイメージなんて、いいもんじゃないだろ。強姦魔のクセに。』
「さっきから強姦強姦って、なんの事だよ。ボクは強姦なんかしたことないぞ!?」
『……ほぅ?』
天使の顎を指先で持ち上げると、マジマジと見つめる。
強姦なんかしたことがないだと?
バカなことを言う……。そんな嘘をはいそうですかと、簡単に信じられるわけないだろう。
『今までに“祝福”を送った数は?』
「ないよ!ボクは今日、初めて教会から出てきたばっかりなんだ。」
『教会から来てるのか、お前ら。』
「それ以外ないだろ?ボクたちは教会で育てられてるんだから。」
『……なるほどな。(教会で、天使の基礎を刷り込むわけか。特別な存在だ何だかんだと。幸いコイツは誰もまだ襲ってないようだけど、ほっとけば誰かを襲っていただろうな。捕まえておいてなんだが……コイツ、役に立つのか?)』
「なんだよ?急に黙って……。見えないんだから、状況を説明してくれよ。見えないと余計に怖いんだよ。」
『安心しろ。今から本当に怖いことが起こるぞ?』
「え?な、何する気なんだ!?」
『それはあとのお楽しみ……。』
「お、お楽しみって……。」
転がっている天使を引き起こすと自身の足で立たせる。
しばらく門の前で待っていると、屋敷の方からユラユラと灯りがこちらに向かってくるのが見えた。
迎えの人だろうか。
さすがに、この姿を見られるのはまずいので、武装を解除しておくことにする。
鎧を外すと、天使に声をかけた。
「さぁ、天使。これからお前には、ある人間に会ってもらう。いくつか質問をするだろうが、お前の知っていることを全部話してもらうぞ?」
「え?声が変わっ……誰だ?」
「我は我だ。お前にもイメージがあるように、我にもイメージがあるんだよ。」
「魔王なのか?若い声だなー……。」
「若くても、ちゃーんとお前を倒せる実力はあるぞ?なんなら、ここでぶっ潰してやろうか?お前は諦めて、どうせ来る明日の天使に変えても良いんだぞ?」
「きょ、協力するって言ってるだろ!?」
「そりゃ、よかった。なら問題ないな。」
「でも、ボクは教会から出てきたばかりで本当に何も知らないぞ……?」
『天使だから分かることだ。答えられなきゃ即討伐するだけだ。』
「そんな無茶苦茶な……。」
メイドさんに迎えられると、案内されるまま屋敷の中へと足を踏み入れた。
昼間も案内された部屋に入ると、俺は天使をソファーに座らせる。
「はーい、ここに座っててくれよ。」
「魔王は二重人格か何かかい?話しぶりや声は普通の子供なんだけど。」
「は?金〇ぶっ潰すぞ?誰が子供だ、クソ天使。俺はお前より年上だ。畏敬の念を込めて、様つけろ。あと、この声の時は“サカエ”と呼べ。サカエ様とな。」
「金……!?なななんて、下品な!絶対呼ばないから。お前のような下品な男を様付けなんてするもんか!」
「よく言った。お前……解放する前に金〇潰すから。」
「そ、そもそも!ボクは……!」
ー ガチャ!
何か言おうとする天使の言葉を遮るように、扉が開く音とともに、中に領主ハロルド様が入ってくる。後にはアンリ様も一緒だ。
「やぁ、待っていたよ。」
「お待たせしました。まずは、お座りください。紹介したい者がいます。」
俺はハロルド様とアンリ様を椅子に座らせると、昼間の話を振り返る前に目の前の簀巻きの子供を指し示す。
「サカエ様?そちらの方が、今回の真相を知るかもしれない方なのですか?」
「えぇ。そうです。」
「ただの子供に見えるが……。」
アンリ様とハロルド様に見つめられているが、当の本人は簀巻きにされている上に目隠しまでされているので、何がなにやらといった状態だった。
「紹介します。これが、天使です。」
「「て、天使!?」」
「……そう。ボクは天使だ。そのボクをこんな風に拘束した上に拉致したんだ。どんな女神様の天罰が落ちても知らないからな!お前たちみんな、末代まで呪ってやるからな!」
「とまぁ、威勢のいい事を言ってますけど何も出来ないのでどうか安心してください。お前も!自分の状況が分かってないのか?下手なことをすれば、お前はここで即討伐するからな。」
「ぐぇー!?」
イキがる天使の頭を抑えると、俺は目を丸める二人に向き直る。
「ほ、本当に大丈夫なのか!?女神の御使いと言われる天使なのだろう?罰でも飛んできやしないか?」
「大丈夫ですよ。そんな力はコイツにありません。」
俺は苦笑すると、二人を威嚇する天使の頭を更に抑えて話を戻す。
「連れてきたのが天使だというのは分かったが、彼がどうしたと言うのかな?」
「まず、説明しなくては行けないのは、美神教に入っている人間とそうでは無い人間の価値観の違いについてです。」
「価値観の違い?」
「えぇ。ハロルド様はキスにどれくらいの価値があると思いますか?」
「どれくらいと言われてもなぁ?大切なものだとは思うぞ?人によっては、不貞行為とする人もいるだろう。」
「えぇ。我々にとっては、線引きが難しいものです。朝や夜の挨拶としてキスすることもあるでしょう。行為の前の前戯としても扱われます。」
「そ、そうだな。」
「えぇ。本当に我々には線引きが難しいものですが、彼ら美神教はもっと明確です。ほら、天使。キスは君たちにとってどんな意味があるんだ?」
「ん?キス?そんなの決まってるだろ。“性行為”だ。」
「「んん!?」」
「そうだな。お前たちはそう考えているはずだ。」
「え?ここ、そんなに驚くことか?」
聞かれた天使は何かを考えた様子もなく当たり前のことのように答えると、周りの反応に首を傾げる。
「分かりますか?ハロルド様。コイツら天使や、美神教信者はそう教えられるんです。さらに、王都ではその傾向が強い。もはや、教育レベルで刷り込まれています。」
「どういうことかね……?」
「お教えします。この天使と呼ばれる存在と、美神教についての全てを。」
俺はメイさんとたどり着いた知りうる情報を全て教えることにした。
そして、愛する我が女性……観月が受けた恥辱も全て暴露した。
全てを話し終えたあと、ハロルド様とアンリ様の目に変化が……。
女神の遣いに畏怖の籠っていた視線も、事実を知った今では軽蔑の籠った眼差しで天使を見ている。
人を苗床にするかような存在が既に人間社会に混じり、共に生活していたと思うとそれだけで背筋も凍る想いだろう。
「う、う……!なんて悍ましい……!」
「確かに人間から天使が産まれるという話は聞いたことがある。それは女神の使者として子供が授けられるとか。勇者と並びとても名誉なことだとされているそうだが……。」
それは多分、ここ何十年かで拡大した美神教が自分たちの行いを隠すために広めたウソだろう。
「だから、物心着く頃には子供は教会に預けられて女神様と己の使命について教育を受けるらしいのだが……まさかそれが単に天使を増やすための口実だったなんて。」
そう、口実だ。天使を収集し教育し使命を全うさせるためにレールを教会が用意している。話だけなら、完全に教会は黒だ。
アンリ様は吐き気を催し、ハロルド様は怒りを込めて拳を握りしめると目の前の机を殴りつける。
怒号と共に大きな音が部屋に響くと、ビクリと拘束された天使は身体を震わせた。
「ウソ……そんなのウソだ……。」
しかし、この場で一番予想外の反応を示したのは天使の方だった。
最初は話半分で聞いていた天使も話が進むごとにどんどんと顔が青ざめていき、目に見えて狼狽していったのだ。
まるで寝耳に水だというように。
「おいおい。お前がそんな顔したらダメだろ?お前は加害者側なんだから。」
「待てよ!加害者!?ボクが!?そんなの信じないぞ!ボクたち天使は“人々に祝福を与える存在”だって、教会の皆から教えられたんだ。この触手は羽根として使う他に、もしもの時のための武器として使いなさいって言われてきたんだぞ!そんな、女性を前に“生殖器”として変形するなんて知らない!」
「……でも、私は襲われたんだよ。あなたじゃないけど、天使と名乗るヤツにその羽根を変化させた触手で全身を触られた。大事なモノまで奪われそうになった!誰が何と言ってこようと私はアナタたち天使を絶対に許さないから!」
首を何度も振る天使の肩を掴んで、観月は感情を剥き出しにして目の前のモンスターに叫ぶ。
辱めを受けた怒りを包み隠さずぶつけるように。
その姿にハロルド様もアンリ様も……天使すらも疑いようのない事実なのだと受け入れるしかなかった。
「ボクたちが……モンスターと一緒?そんな……うそ。ボクは尊ばれるべき存在で……そう教えられて……祝福を与えると同時に……誰からも愛されているはずの存在で……。そんな……ウソだ……うぅ!うわあぁーん!!」
縛られているせいで、身動きが取れないなか、必死に天使は信じ難い現実に抗うように首を振って叫び続けた。目隠しが涙に濡れ、湿り気を帯びている。
その姿を見て俺は思った……。
本当にまだ、この天使は真相を知らされていないのではなかったのかと……。
真相というより、『祝福の方法』を。
だとしたら……コイツは思いもよらない掘り出し物かもしれない。
「おい、天使。一つ聞きたい。」
「ぐすん……なに?」
「お前は今日、初めて教会を出たと言っていたな。」
「……あぁ。そうだよ?今日初めて出てきた。司祭から人々に祝福を与えてくれと、言われてきたんだ。」
「他の天使がやっていることを知ることはできなかったのか?」
「ない。というより、会わないように言われてた。天使同士は互いの位置が何となく分かるから、出会わないようにキツく言い渡されているんだ。」
「ふむ……。もしかして、今日の見回りが終わったら教会に戻る予定だったのか?」
「え?あぁ。それも言い渡されてたから。必ず日が昇る前に戻ってくること。人に姿を見せないこと。そう、教会から言われてる。」
「何か分かったのか?サカエくん。」
話を聞いた俺は顎に手を当て考え込む。
様子から察するに、演技ではなさそうだな。
俺の予想が確かなら、今のこいつは研修期間みたいなもんってことだろう。
仕事が慣れてきた頃に『本当の祝福』を教えられるようになっているのかもしれない……。
それとも、あれか?ある年齢で『生殖本能』が目覚めるとか?
人間の初潮や精通のように、成長して身体が大人へと変化するのかも?
「いえ、確証がまだ。天使のことについては、教会の連中をとっ捕まえて聞くしかなさそうです。それよりまずは奥さまの話を。」
「そうだな。」
「天使。今から話す内容で、気になる点があったら教えろ。分からなくてもいい。些細な違和感があれば教えてくれ。」
「…………。」
「少しでもお前ら天使の存在を、お前自身が疑うのなら協力しろ。それがせめてもの仲間の犯してきた罪への償いになる。お前自身、まだ誰も襲っていないというのなら、俺もお前自身を責めようとは思わない。」
「……ずるい言い方。はぁ……いいよ。そこまで言われたら、ボクも天使としての意地がある。先輩天使たちが何をしてきたのか。何を考えてたのか。将来、ボクもそうなるのか。それを知るためにも協力するよ。」
天使は頷くと、『その前に!』とモジモジと股をすり合わせて小さく……トイレ……と呟いた……。
天使をトイレの前に連れていくと……。
「えぇ!?トイレに着いてくるの……?ムリ!無理無理無理~~~ッッッ!!!」
「はぁ?お前、男のクセに何言ってんだ?いいから、早くしろよ。」
「だ、だって!トイレに一緒に来るんだろ!?ムリだよ!ムリ!お願い!外に居て!」
「はぁ!?お前、自分が捕まってる自覚あるのか?」
「それでも、トイレくらいは一人でさせてよ~!」
「うっせぇ!いいから行くぞ!」
「な!?やだってばぁー!!」
天使は絶叫して何度も無理だと叫ぶ。
あまりにうるさいので、ロープを引っ張ってトイレに連れ込むとようやく観念したのか大人しくなった。
しかし、中でも天使はモジモジしたまま動かない。
「早くしてくれないか?みんな、待ってるぞ?」
「したいよ!もう、すぐそこまでキテるよ!だけど……だけどぉ~!なんでキミが居るんだ!?外に居てよ!」
天使はモジモジとしたまま動かない。
最後は声も小さく何を言っていか分からない始末だ。
まったく、世話がやける。
「見えないのか?なら、アイマスク取ってやるから。」
「それはそうなんだけど!でも、そうじゃなくてさ!?聞いてよ!お願いします!外で待ってて!逃げないから!女神様に誓って逃げないから!お願いだから外で待っててよぉ!」
「あ、両手が塞がってたら、その短パンも脱げないか。なんなら脱がしてやろうか?」
「へっ!?へへへ変態っ!!や、やだ!来んな!近寄んな!見ず知らずの人間に脱がされるなんて冗談じゃない!いいから、拘束解いて、外出ててよ!お願いだから!もう、本当、もれ、漏れそう!」
「……ったく。だけど、外に出るのは無しだ。一応、見張ってないといけないからな。」
「ううぅぅ~!なんでこんな目に……。ボクはただ、みんなが幸せになれるように、天使として頑張ろうしてただけなのに……うぅ……。」
「そりゃ、その天使様がやろうとしてたことが、世間一般的に悪いことだったからだろ。いいから、早く済ませろよ。俺だって、野郎のトイレなんか見てたくないんだからさ。」
「ひぅ~……!?限……解……!」
「ほら!急げ!」
「わ、分かったから!居ていいから、耳塞いでてよ!?」
アイマスクを外して、縄を解くと天使はバタバタと個室へと駆け込んでいった。
目の前に小用のトイレがあるにも関わらずだ。
コイツ、自分が捕虜だってこと本当に忘れてないか?
当然、耳を塞いでる間に逃げられるなんて間抜けはしたくないので、耳を塞ぐわけもなく閉まった扉を監視する。
むしろ聞き耳をたてる勢いで眺めていた。
バタン!強めに閉められた扉と同時に鍵が掛けられる。
布の擦れる音と共に座る音が聞こえた……。
そのまま、ショロショロと水の流れる音が聞こえてくる。
本当にピンチだったみたいだ。
しかし、本当に天使は品格を大切にしてるんだな。平気で強姦するようなメンタルしてるクセに、お行儀よく座って用を足すとは。
まったく理解できん。
「はぁ~~セーフ……。はぁ~~。危うく天使としての尊厳を損なうところだった……。」
「強姦魔の仲間にそんなもんはハナから無いわ。いいから、早く帰ってこい。」
「なっ!?最低ぇー!耳塞いでてって、言っただろ!ずっと聞いてたのか!?」
「お前、自分が捕虜だって忘れてないか?逃げるかもしれないヤツが個室に入ったのに、監視を外すバカがどこにいる。」
「そ、そりゃ、そうだけど……。うぅ~!聞かれたぁ……トイレしてる音、聞かれたぁ……うぅ。末代までの恥だ……。」
「末代もなにも、相手いねぇだろ!いいから、早く帰ってこい。」
「うぅ!キミは本当、デリカシーってものがさぁ!?」
「捕虜が文句たれんな!もういい!さっさと出てこないなら扉をブチ開けるぞ!」
「へ?だ、ダメ!やめて!出る!すぐに出るから!」
カラカラー!とトイレットペーパーを使用する音がトイレに響き、水の流れる音が続いて響く。
数分の口論の末、始末を終えた天使は怒り心頭で手洗い場に向かうとお上品に口にハンカチなんて咥えて手を洗っている。女子かよ!ったく……。
向き直った天使は目を吊り上げて、俺の前に立つも威圧感は感じなかった……。
「ほら、終わったよ!天使のトイレに聞き耳立てるなんて、本当アンタって最低!大っ嫌い!」
「よかったな、両想いだ!俺も同じ気持ちだよ!バカ天使!」
「「ふん!」」
「まったく……。それじゃあ、用も済んだなら行くぞ。また拘束するから……。」
「待った。」
俺は悪たれる天使にロープをかけようとするが、天使は身を一歩引いて俺の手を避けてしまう。
「あ?どういうつもりだ?逃げる気か?」
「違うよ。不本意だけど、キミに敵わないのは十分に分かってるつもりだ。ここから逃げたところで、飛んでる途中で撃ち落とされるだろうからね。逃げるつもりなんてサラサラないよ。だから、拘束はやめてくれ。大人しく、キミたちの疑問解決に協力するから。」
「ふん。まぁ、確かにお前が逃げだした瞬間に矢でぶち抜くことは可能だけどな。協力するというなら、拘束は外しておいてやる。大人しく着いてこいよ?」
「うん。あと、できれば紅茶ちょうだい。緊張で喉が渇いちゃった。」
「はぁ、図々しい奴だな……。」
呆れた眼差しを向けると、天使はにこりと笑って『ボクは天使だからね。』と呟いた。
拘束を解いた状態でトイレから出ると観月が居た。どうやら、少し時間が経ったせいで心配になって見に来たらしい。
当然ながら、訝しげな表情を浮かべて観月は俺たちを見る。
「解放して大丈夫なの?」
「拘束されるのがイヤなんだと。まぁ、協力するって言ってるんだ。大目に見よう。」
「本当、ユーちゃんって優しいよね……。時々、その甘さが心配になるよ。」
「自分でもそう思うよ。」
俺が自嘲気味に笑うと観月は苦笑を浮かべて天使に向き直る。
「もしも、変なことしたらその首もらうから。言っとくけど、私も強いよ?」
「……キミたち二人の実力くらい、こうしてゆっくり観察すれば分かるさ。多分、今までの天使達は二人の実力を測る前に倒されてたんだろうね。ボクが見ても、大天使と渡り合うくらいの実力は感じ取れるよ。まぁ、熾天使には遠く及ばないだろうけど。」
「教会から出てきたばかりのお坊ちゃんが言ってくれるじゃないか。俺たちじゃ、熾天使には及ばないか?」
「うん。熾天使の強さは異常だもん。今の魔王や勇者と変わらないくらいだよ。たぶん、今の二人じゃ一瞬で消されちゃうよ。」
間髪入れずに天使は頷くと窓の外を眺める。
分かりきったことを聞くなというように……。
「でも、大天使だって本当に強いんだよ。簡単には、倒せないさ。」
「随分、詳しいな?」
「ボクのいる教会にいるから分かるんだよ。」
「ほぅ……?大天使が教会にいるのか?」
「うん、いるよ。だから、安易に教会に近付かない方がいい。教会は天使の縄張りだから。キミたちじゃ手も足も出ないよ。地の利は当然、天使にある。」
新情報続々登場だな。
今回の件が終わったからといって、簡単に手放してしまうのは少し惜しく感じてしまう。
「ふーん……。お前、天使のわりに有能だな。いい情報持ってるじゃないか。」
「あ……しまった。喋りすぎたね。」
余計なこと言ってしまったことに気付いた天使は渋い顔をする。そんな天使に向けて威嚇している観月の背中を押して元来た道を戻っていった。
苦笑を浮かべた天使は、後ろを素直に着いて来ていた。
「さて、無事に天使が“爆弾岩”を投下し終えたところで続きと行こうか。」
「ち、違う!ボクは大きい方はしてないし!小さい方だもん!」
「個室に入ってたじゃないか。用を足しやすいように、男トイレにわざわざ連れてったってのに。」
「そ、それは……なんて言うか勘違いというか?そもそも、男トイレっていうのが抵抗あるからで……。」
天使はモジモジと内股をすり合わせて、何やら、もごもごと口ごもる。
まったく、話が進まない。
「んな事はどうでもいい。天使の事情なんて知らん。それより、今は奥さまの話だろ?」
「く~っ!アンタ!本当、キライ!!」
「あーはいはい。俺も天使は漏れなく全員嫌いだよ。」
俺は深く息を吐くと、奥さまの話に戻ることにした。
当時の奥さまが置かれていた状況の説明は終わっている。
あと不明になっているのは、奥さまがキスをせがんできた理由だ。
『妊娠をしているのに、キスをせがんできた理由。ただの浮気心なのか。それとも、他に理由があるのか。』
俺だけではない。誰よりも真実を知りたいのは、旦那さんでありながら、二人の恋を応援しようと決めたハロルド様だろう。
拘束の解かれた天使を驚きの表情で眺めるハロルド様に目を向けると、話の続きを促した。




