その領主、悩みにつき!
「それで?これは一体、どういうことかな?」
「あーえーっと……すみません。バレてしまいました。」
「早いな。依頼が終わってから話す予定だったのに。」
笑って椅子に座っている女性に向けてため息を吐くと、後ろにいる三人に目を向ける。
「どういうことか、教えてもらえませんか?ワルフォイ様。」
観月の手により簀巻きにされた俺は、床に転がされつつ目の前の男性に目を向ける。
「はぁ……。いいだろう。お教えするが、これは内々の話なので、他言無用を約束してほしい。」
「えぇ。」
「まずは、座ってくれ。その体勢は首が疲れるだろう。」
「え?いいんですか?このエロザルを解放したら、アンリ様は速攻で部屋に連れ込まれて、ヤラシイことされますよ。」
俺を縛り上げる観月は、ロープの端を握って、グイグイと縄の硬さを確かめている。
少しでも緩んだら、逃げると思われているようだ……。
まぁ、よく分かってらっしゃる!
「ヤラシイこと!?ア、アンリ……?まさか、承諾したのか?」
「はい♡」
頬に手を当て、そんなハッキリ言わないで~と、品をつくるアンリ様。
それを見て、ワルフォイ様は頭を抱えた。
「はい、じゃないだろ!まだ婚約もしてないのに、乙女が簡単に男に肌を見せるなど!」
「あまりに熱烈なお誘いでしたから、つい……。でも、サカエ様ならいいとも思えてしまうんです。」
「お前がどうしても気になる男性がいるというから、その素性を確かめるために、今回の件を名指しで依頼したんだろう? 順番が逆になってるぞ?」
「ん?この依頼と、何か関係あるんですか?」
俺は手にした依頼書を広げると、混乱する観月とシルクの間に腰を落とす。
「えぇ!?ユ、ユーちゃん!?いつの間にロープから抜け出したの!?」
「縄抜けは紳士の嗜みだ。これくらい、学園で体得してる。」
「んなばかなぁ……。」
「それに、さすがに領主様を前にずっと床に這いつくばってるのも失礼だろう?話しも進まないしな。」
「そりゃ、そうだけど……。」
「大変失礼しました。この依頼とお二人の正体についてお聞かせ願えますか?」
「ふー……。分かった。まずは私たちのことから話そう。知っての通り、アンリは私の家族だ。」
「なるほど。でも、なんで娘さんがメイドさんの格好なんかを?」
「誤解しないで欲しいが、アンリは娘ではない。」
椅子に座ったアンリさんの肩に手を置くと、ワルフォイ様は小さく笑う。
「この子は、私の兄の娘なんだよ。」
「ワルフォイ様の姪なんです。」
「姪ですか……。それだと、そんなに隠すことも必要ないのではありませんか?」
「それが、おおありなんだよ。」
ワルフォイ様は深くため息を吐くと、首を振って真っ直ぐに俺を見つめた。
アンリ様の父、マユルド=ワルフォイは長男ではあったが、身体が弱いこともあり早々に家督を次男であるハロルド=ワルフォイへと譲った。
二人とも兄弟仲はとてもよく、二人で助け合いながら領主としてこの街を少しずつ大きくしていったそうだ。
ワルフォイ家の治める領地は今後も発展するとみた貴族たちは、こぞってワルフォイ家と繋がりを作ろうと様々な贈り物を送ってきたらしい。
その中には羨ましいことに、王都貴族との結婚話もあったという。
「すみません。あんまり、そうした階級とかには詳しくなくて。王都貴族とワルフォイ様たちは何か違いがあるんですか?」
「ハロルドでいい。アンリもいつも通りで大丈夫だ。」
「分かりました、ハロルド様。」
頷くアンリ様に倣い、俺たちも頷くと小さく笑みを浮かべてハロルド様は話を続けた。
「はは……。確かに、地方にいる皆からすれば分かりずらいだろうね。簡単にいえば、王都貴族とは王に近い貴族ということになる。王の膝元で暮らすことを許されていて、政治にも大きな影響力を持つとされている人々だ。私たちのような地方領主では全てにおいて、到底歯が立たない相手なんだよ。」
「なるほど。上流階級のさらに上の人たちって感じですね。」
「そうだな。だけど、私たちはこの街の人たちが大好きだった。そんな顔も見えない誰とも知れぬ者たちの相手などしている余裕は今も昔もなかったよ。」
さすがに、王都貴族との関係は荷が重いと感じていた二人は王都とは距離を置いていたそうだが、それでも引き下がらない連中がいた。遠路遥々ご苦労なことに王都から領主であるハロルド様に、なんの断りもなく見合い相手を連れてきたそうだ。
その頃には、兄であるマユルド様も体調は一段と芳しくなく、部屋で休んでいることが多かったらしい。
「半ば強引に嫁いできた……というより、嫁がされてきた女性だったが、それはそれは綺麗な若い女性だった。気立てもよく教養は勿論あり、とてもこの世のものとは思えぬ程に透き通った目をして、いつも微笑みを浮かべていた。」
一目惚れしたハロルド様が結婚を決めるのに、当然ながら時間が掛からなかったのは言うまでもない。
しかし、電撃的な出会いであったが結局のところ今の今のまでその女性と関係を持つことはなかったそうだ。
理由は彼女が優しかった、その一言に尽きる。女神のように優しい人だったのだ。
病床に伏した兄を見て、毎日のように看病をしていたそうだ。
日に日に、会話する時間が増えていく兄と妻。
ハロルド様はそれを見て、いつしか、この女性に抱いていた恋心は霧散したという。
嫉妬などでは無い。純粋に二人の関係が眩しく見えたのだ。
彼女は自分のためにここに来たのではなく、きっと女神様が余命幾許もない兄のために連れてきてくれたのだと思うようになっていた。
ならば、これはもはや天命なのだろう。
ハロルド様は妻を呼び寄せ、その心の内を問いただしたそうだ。
妻もまた、看病をすることで慈愛から愛へと変わっていることに苦しんでいたようだった。
ハロルド様は妻の手を取り、微笑みを浮かべて、二人の関係を祝福することに決めたそうだ……。
「うわあぁーん!ハロルド様、めっちゃ男前じゃないですかぁー!」
「うんうん!二人を想って、そんな判断ができるなんて私、心から感動しました!」
「あ、あはは……。二人ともどうした?そんなに泣かないでくれ。これはもう終わった話なんだから。」
俺と観月はハンカチを手に涙と鼻水を拭きながら、ハロルド様の当時の決断に賛辞を贈る。
こんなにも人を想いやれる人間がいるなんて俺たちは心から感動していた。
二人の想いを汲み、自ら身を引いた目の前のハロルド様は、当時どれだけ苦しい想いをしたことだろう。
想像するだけでも、胸を引き裂かれるようだ。
「これが泣かずにおれますか!なんて美しい話なんだろう。領主様!心から感服しました!この栄咲遊助!微力ながら、この街の発展に尽力すると誓いましょう!」
「あはは……!それは嬉しい話だが、まだ話はこれで終わりではないのだ。今は涙を拭いて少し落ち着きたまえ。」
ハロルド様は苦笑を浮かべると、アンリ様にお茶の準備をお願いする。
口に手を当て、クスクスと俺たちに笑みを送りアンリ様は部屋をあとにした。
はぁー。だから、あんな素敵な女性が育つんだなぁ。
「アンリが戻ってくるまで、落ち着くといい。まだ、時間はあるかね?」
少し話し疲れたのか、ハロルド様は椅子に腰を下ろすと小さく息を吐く。
▷約束の時間までは、まだありますよ。大丈夫です。
「ぐすん……はい。まだ、大丈夫そうです。」
「そうか。実はこの先の話から、少し変なことがあるんだ。長年、私が疑問に思っていることでもある。良ければ、君たちの意見を聞かせてくれないか?」
「変なこと?」
俺たちが首を捻ると、ハロルド様はチラリとアンリ様の出ていった扉を見て、身を乗り出すように話の続きを始めた。
二人の交際を認めたのだが、二人は当然ながら喜びはしなかった。
妻はハロルド様と結婚しているために関係を持てば不貞行為にあたるし、何より王都貴族出の女性がそんなことを許されるハズはないと自身を責めていたそうだ。
兄もまた、恋愛感情はあれども親愛なる弟を裏切ってまで一緒になることはできないと、弱った身体に鞭打ってまで考え直すように説得に来たらしい。
「さすがに、それは私も怒ったよ。何を今更言っているのかとね。気持ちが通じあった時点で十分に浮気にもなるし、裏切りにもなるだろうに。」
「……ユーちゃん?今の言葉をしかと胸に刻みつけておくんだよ?不貞行為はダメ絶対、だよ?」
「ん?それこそ何を今更言っているんだ?俺はみんなを愛しているし、みんなも俺を愛してくれているならそれはもう不貞行為じゃないだろう?それは愛だよ、愛。」
「ハロルド様。コイツ、こういうヤツなので。アンリ様は絶対に渡したらダメだと思います。」
「あはは!それは、本人の意思に任せるよ。私も愛し合う二人を引き裂くことはしたくない。ただ……そうだな。アンリを泣かせたら私はこの街の全住民に呼びかけてキミを処刑しに行くつもりだ。首に縄をかけて街中を歩き回らせ、石をぶつけて首を…………落とす。」
ニッコリと笑って、ハロルド様は親指で首に線を引く。
今のでわかった。この人、相当な親バカだ。
「お、oh……肝に銘じます……。」
「ふふ……!話が戻そう。二人の関係についてだが、普通に考えれば私と別れれば話は丸く収まる、そう思わないか?」
「嫁いできた先で、他の男と出会った。その人と再婚するための離婚ですよね?それはそれで、別の問題になる気がしますけど一番角が立たないのは、やっぱりその方法でしょうね。」
「庶民間での関係なら、誰も知らぬ場所に引っ越せば終わる話だ。だが、ワルフォイ家は領主だ。そう簡単にはいかない。さらにネックになったのは王都から所謂、政略結婚で嫁いできた相手だったということだ。つまり、この話が世間に露呈すれば彼女は勿論、彼女の家族と我らワルフォイ家も非難されることは間違いなかったわけだ。」
先程まで祝福ムードは何処へやら。
浮き彫りになる数々の問題に、俺たちは頭を抱えた。
「そんな険しい顔をしなくていい。言っただろう?これは、今の話ではなく昔話だ。とっくに終わった話だよ。」
「あ、そうか。」
アンリ様が今この世界にいる。
ハロルド様の姪であるアンリ様。
奥さまとマユルド様の愛の結晶がここにいるのだから、答えはもう出ているといえるだろう。
「そうつまりは、簡単な話だ。私は箝口令を敷いた。二人の関係に気付いていそうな、この屋敷のごく僅かな人間と当人たちを呼びつけ、内々で二人の関係を認めたのだ。そうすることで、強制的に二人を結ばせることに成功した。」
「なるほど。三人だけで済む話を、あえて他の人を巻き込むことで逃げ場を無くしたんですね。」
「そうだ。それに、周りが賛同しているという安心感を与え、二人の罪悪感を軽減させてあげたかった。いざとなったら、二人を守る人間がいると認識させたかったのだ。」
結果として、政治面ではハロルド様を支える女性。私生活では、マユルド様の奥さんとしての生活が始まることになる。
ハロルド様もそれを良しとしていたのだが、ここで一つ、問題が起きたらしい。
彼女の親である王都貴族が、子供を催促し始めたのだ。
確かに、政略結婚なのだからより両家の関係を強めるためには子供の存在は不可欠かもしれない。
「これは何の問題もなかった。二人の関係が進み子供を宿してくれれば、その子を私の子供と向こうのご両親に伝える。それで、終わる話だったのだ。幸い、兄と私は顔も似ていた。十分に誤魔化すことはできるのだ。」
「よかったですね……。とりあえずは、これで……ん?あれ?アンリ様の存在は今も隠されてますよね?メイドさんとして養っているだけで、表舞台にはまだ立ってない。それだと、この問題は解決してないことになりますよね。」
「そう。この問題が出てきてから、妻の行動におかしな点が出始めたのだ。それのせいで、未だにこの問題は解決していない。」
子供の催促問題が簡単に終われば、今こんなにもややこしくなることはなかったのにな?と領主ハロルド様は首を捻った。
もう最初の時点で十分にややこしくて変な状況だと思います、とは言えないよな。
「妻が何故か、私に口付けをせがんでくることが、多くなったのだ。」
「…………え?」
「あぁ。その反応で間違いないと思うよ。実際に私も当時は同じ反応だった。意味が分からなかった。好きな相手がいるのに、それ以外の男にキスをしようとするなど私には甚だ疑問しかなかったのだ。彼女の不貞行為の概念が分からなくなり、少し嫌悪感を覚えたほどだった。キスくらい、夫婦なら挨拶程度でするものだが、私たちは関係が複雑だからね。ただの一度も、受け入れることはできなかったよ。」
「ふむ……。」
「そのせいで、私は今も彼女を妻として迎えたことを後悔しているし、兄との関係を認めたことを後悔している。この胸の棘は未だに拭いされず、今も彼女と過ごす日々は苦痛に感じている。おかげで、兄が他界して五年になるが妻とはほとんど会話はない。」
「……ふむ。」
今では月一回で会えばいい方だと、自嘲気味に笑っていた……。




