その世界、問題ありにつき
「さぁ!準備はできた!!あとは、向こうで身体を慣らしながら、研鑽を積んでいくといいだろう。」
「それで先程も話したが、二人にはあちらの世界を救ってもらいたい。」
「転生によくある勇者になれってことですか?」
俺たちの世界でも、漫画やアニメ、小説を通して転生の定義くらいは知っている。
まさか自分たちが転生者になるとは思っていなかったが。
知識で知っているとおりでいけば、望まれているのは、やはり転生からの英雄譚ではないだろうか。
「いや。向こうには、勇者はもういる。」
なるほど、世界から選ばれし存在はもういると。
ということは、それを手助けしろということだろうか。
「勇者もいるし、そのパーティも存在している。もはや、補填の必要もないだろう。」
勇者とそのパーティがいるなら、問題は無さそうだ。
そうなると…あえての黒側?
「じゃあ、魔王側になれと?」
「いや、魔王も存在している。沢山の魔物軍団も支配下において、益々、勢いがついてきているようだ。こちらも戦力面では問題はない。」
「なるほど…じゃあ、最後に残されたのは一つ。裏ボス役が欠番してるんだな!?」
「裏ボスはいる。ついでに探して、倒してしまって構わんよ。」
「だあぁー!!もう、答えが分からない!!観月!助けて!」
勇者も違う、魔王も違う、裏ボスも違う。
違う、違う、違う続きでいい加減に疲れた俺は、隣の観月に助けを求める。
「え?なに?ごめん、ユーちゃん。今、身体慣らし中。修行つけてもらってるの。」
「え?いつ間に…。」
しかし、振り返ってもそこには姿がなく、観月はお姉さんは少し離れたところで、拳を打ち合っていた。
セーラー服の少女と、色っぽいドレスのセミロングのお姉さんが、部屋を縦横無尽に駆け回り、己の拳を競い合っている。
なるほど、ここは爆乳爆裂ハイパーバトル系の世界だったのか。
俺は頭を抱えると、自身がどんどん置いていかれる状況に目眩がした。
俺って、実は主人公じゃないんじゃないか?
俺に求められたのは、モブキャラの立ち位置だったりして…?
真に神に選ばれたのは観月…お前だったのかもしれない…。
と少し物悲しい気持ちになり、未だ組手を続ける二人を眺め続ける。
もはや、二人は達人の域で戦っていた。
そして、見える見える、頑張る観月ちゃんの純白のおパンツが。
…・・しかし、やはり、お姉さんのパンツは見えない!!
まったくと言っていいほどに、チラリともしない!
どういうことだ!?
あんなにアクロバティックな動きをしているのに!
魔法か!?そうだ!きっと、魔法だ!
「神様!呪文解除を教えてください!今すぐに!」
「はぁ!?どうした急に!?」
「ふふ…全然、見えないでしょ?ちなみに、魔法じゃないよ?これは、“そういうもの”なの。」
「えぇ!?」
観月の回し蹴りを軽く流して、素早くバク転するが、彼女のスカートは重力を無視しているかのように、微動だにしない。
綺麗に着地すると、クルリと俺に振り返り、パンティのあるであろう場所を指でスーッとなぞって、クスリと笑った…。
「ぬおおおおー!!?お姉さんが、挑発してくる!!昂ぶる!昂ぶるるる~!!」
「ふふ…!」
イメージはつくのに、見れないのは、本当に、本当に、ほんとーに…ふぅ。
最高だぜ…!
「ふふ…!ほんと、面白いね、キミ!気に入ったから、今度、原理を見せてあげるよ。」
「本当に!?やっふぅー!」
「つ・い・でに~中身も、ね♡」
「イヤッフウゥヤーー!!俺、なんでも頑張るぞ!頑張っちゃうぞ!」
「……ユウちゃん。この慣らし運動が終わったら、ユウちゃんを一番にコロスから。待っててね♡(にこー)」
お姉さんのお誘いに、歓喜する俺に近付くと、観月は満面の笑顔でそう告げて、お姉さんとの戦闘訓練に戻っていった。
萎えたわ。一瞬で萎えたわ。縮んチンだわ…。
「ヤフー…。」
俺はガックリと項垂れて、ぽつりと呟くと神様に向き直る。
「すみません、神様。転生直後に、死亡フラグが立って、気持ちが萎えたので、元の世界に帰してください。」
「転生先で、頑張って生き延びてくれ。土下座するなり、彼女を最初の妾にするなりして。」
「最初の妾?どういうこと?」
「儂が向こうでやって貰いたいこと、それは、『万物が子孫繁栄していくための礎』を作ることだ。」
「子孫繁栄の礎…?」
俺は首を捻ると、遠くで頑張る観月を横目に見る。
「あちらの世界は、“女神”が収めていた。つい最近、百年前くらいに女神が姿を消したことで、世界の管理が放置されおかしくなり始めたのだ。今の人類は、貞操観念を極端に高め人口が減り始めている。それを、修正して欲しいのだ。」
修正ったって、どうすればいいんだ?
貞操観念が高いことは、人間の尊厳を守る上では、別段問題のないようにも思えるし、素人が首を突っ込むには難しいように思うけど。
「見れば分かる。明らかな国の異常が、そしてその弊害がいかに人類の未来を脅かしているのか。」
「といってもいったい、どうすれば…。」
「なーに、簡単なことだ。“君たちが”正しい世界の在り方を、示してくれればいい。自ずと、そこには賛同するもの達も現れ、力を貸してくれるはずだ。女神の影響が無くなっている世界はそれくらいの小さな波紋で簡単に変革を起こせる。」
「つまり?」
「うむ!〈色恋の素晴らしさを伝える歩く〉旅をして欲しい。方法はなんでもいい。君たちが恋をして、仲睦まじいイチャイチャとすれば、周りも感化されて自然と恋をしたくなるということだ。」
つまり、観月と貞操観念を平常値に戻すためにイチャイチャしながら旅をしろってことですかね?
そのためには…観月に協力してもらって、“そういった関係”の素晴らしさを説いて回らなきゃいけないってこと?
それはつまりつまり、とどのつまり?
観月と…“そういう関係”をもつかもしれない…ということに繋がるのでは?
「えっと…あ、それはちょっと、観月に怒られそう…。」
「私がどうしたの…?」
いつの間にやら戻ってきたのか、観月は少し切れた息を整えながら、俺の隣に並ぶ。
少し、汗をかいたのか、上気した顔が眩しい。
こめかみから、頬を伝う汗が妙に色っぽかったが、少し、ムクれた子供のような表情がその色っぽさを中和していた。
「…まぁ、無理にとは言わない。とりあえず、世界を歪めた存在を正すだけでも変わるはずだ。」
「そんなの、勇者を使えばいいんじゃないか?別に俺たちが、出ていかなくても…。」
人類最強という勝手なイメージではあるが、それほどの存在感を持っている人物なら、その一言で世界は十分に変えられそうな気がするが。
「残念だけどそれは無理かも。勇者もそっち側だから。」
タオルで汗を拭いながら、お姉さんが苦笑まじりに寄ってくる。
観月に未使用のタオルを手渡すとお姉さんは本当に楽しかったのか『またしようね』と告げていた。
いいなぁ、俺もお姉さんとトックンしたかった…。
「人類の価値観を変えなければ、人類の衰退は止まらずいつか滅びる。でも、世界を変えるためには、勇者と相対さなければならない。さらには、魔族の存在もある。もう、人間に残された時間は残り少ないの。」
そこで、お姉さんは急に頭を下げる。
「全ては、私の姉が原因なの。私の姉が、初めて世界を創ることに挑戦したけど、“理由不明”で姉は管理を途中でやめてしまった。結果として世界は歪んでしまったの。どうか、世界のどこかに隠れてしまった彼女を見つけ出し、管理に戻るように説得して欲しい。もしも、世界の滅びを望むようなら…いっそ殺してください。」
お願いしますと、より深々と頭を下げると、絞り出すように想いを告げる。
先程までの美しい歌声のような声は鳴りを潜め、最後は聞き取れないほど震えた声をしていた。
まるで、涙を押し殺すような声で…『殺してください』と告げるのだ。
俺はお姉さんに、いや、目の前の女性に歩み寄ると下げられた頭を上体ごと抱き起こす。
涙に濡れながらも、驚いた顔が俺を見上げていた。
先程まで、お姉さん、お姉さんと思っていた女性なのに俺たちと同い年かと思うほど、“女神のお姉さんのことを頼む姿”はとてもか弱く少女のようにも見えた。
「泣かないで。」
「っ…!少年…?」
「本当はそんなことは望んでいないと、心が叫んでいるのが聞こえるよ?無理矢理でも抑え込むから、そんな震えた声になるんだよ。お姉さんを誰よりも知っている貴女だから、姉が国づくりで感じた影の苦悩も知ってるんだろ?本当はそんな姉を助けたいと、そう思っているんだろ?」
「ユーちゃん…?」
「なら、言いなよ。助けたいって、素直にさ。説得して、とか無理なら殺してとか、そんなんじゃなくて。そのデカい胸のど真ん中にある気持ちを素直にぶつけて来なよ。」
向き合った女性の目を真剣に見つめ、その胸に拳をトン!と音がなるほど打つ。
彼女の中にある、本当の何かに響かせるように。
「っ…!助けたい。助けたいの。彼女を助けたい。でも、彼女が自身の全てを捧げて作った世界も私は助けたいの。わがままなのは分かってる。でも、お願い!力を貸して!私のお姉ちゃんを助けて!」
「ふっ…。素直に最初からそう言いなよ。正直、世界は知らない。俺にはスケールがデカすぎて、俺の手に余るのは目に見えてるしね。だけど。」
「ん…。」
「目の前で泣いてる女の子の涙くらいは、こんな俺でも拭いてやれるよ。」
女性の潤んだ瞳に、指を添え、涙を拭うと俺は強く頷いた。
「君の願いは分かったよ。姉を助けて、君と二人で笑い合えるような未来を見せてあげる。」
「ありがとう、少年…。」
「任せて。君の笑顔は俺が守るから。」
「っ…!!」
にっかりと笑うと、俺は女性の頭をポンポンと撫でて、隣でほくそ笑む幼なじみに目を向ける。
「ほんと、優しいね、ユーちゃんは。」
「女の子の涙を、拭うのは男の役目だからな。」
「もう…ほんと、エッチで、つくづくお人好しなんだから…。」
キュッと、観月は俺の腕に抱きつくと、にっこりと笑顔で見上げてくる。
「でも、そんなとこ、すごくカッコイイと思ってるよ。」
「俺は、いつも、カッコイイぞ?」
「はいはい!ふふ…そうだね!エッチでカッコイイ!」
そのまま俺たちは、神様が待つ扉の前に立つと、二人で神様に向かい合う。
「世界を…いや、違うな。『彼女』を頼む。栄咲 遊助殿、羽衣 観月殿。」
「あぁ。世界は無理でも、目の前の女の子を助けることくらい造作もない。俺は女の子が、大好きだからね!出会った全ての女の子を救ってみせるさ!」
「もう、またそうやって茶化す…。でもやだなー、またユウちゃんのファンが増えるんだろうなー…。」
「え?俺、ファンなんていたの?」
「自覚なかった?前の世界では、結構人気あったんだよ?エッチだけど、すごく頼りがいがあって優しいって…。」
「うっそ!?初耳!?」
「桜城さんとか、何回か告白しようと頑張ってたらしいし…。」
「えー!!?学園のマドンナの桜城さん!?そんな!?俺、好きだったんだよー、彼女の太もも…。」
「ピンポイントすぎて、ヒクわー…。」
「あ、観月の白い太ももが一番、好きだぞ?むっちり感までいかない…いうなら、“むっち感”があって。いいよね、むっち感。」
「女の子の足見て、ムッチムッチ言うなー!ていうか、変な造語作らないでよ!」
「観月専用だ、嬉しかろう?女性らしいほどよい肉付きをさしていうんだ。むっち感。」
「…嬉しくないもん。痩せる!向こうで絶対痩せてやるもん!」
「やめろー!!今がほどほどでいいのに!!むっち感!」
「ムッチムッチうっさい!!うわあああーん!最低だぁー!こんな変態な幼なじみ辞めてやるー!」
「まぁまぁ、産まれた時からの付き合いじゃないか。同年同月同時刻に産まれた奇跡の幼なじみ。ラッキースケベの嵐に巻き込まれ続けて幾星霜…。ようやく、訪れた大きな変化だ!観月!行こう!新天地!」
「うぅ…しかも、同年同月同時刻に死亡したんだよ、私たち。奇跡すぎる。」
「そして、同年同月同時刻に転生だ!!」
「奇跡にさらに奇跡が乗っかったねー。」
「ねー!スーパーラッキー!」
「なのに、全然、変わらない感じなんだろうね。きっと…このままなのかな…ずっと、幼なじみのままでいれるかな?」
「…変わるさ。たくさんのことが、変わる。きっと、大切なものも…。そんな気がするんだ。」
目を丸め、俺の顔を見上げる観月に微笑みかけると、そっと手を取り、指を絡めた。
「観月もそう思うだろ?」
俺の言葉に観月はそのまま、小さく…『うん…。』と頬を染めて観月は頷くのだった…。