その依頼、難問につき
「登録完了です。今日から、依頼を開始できますが、如何しますか?」
「あ、あの。ギルドマスターさんの依頼って、どんなのですか?」
試験も検査もすべてパスということで、氏名と得意な武器だけを記入した簡単な書類で、受付を終えた俺たちは、早速ギルドマスターの依頼を拝見することにした。
ていうか、登録に必要な情報が名前と武器だけって大丈夫なの?
出身地とか聞かれなかったけど・・・。
まぁ逆に、聞かれて一番困るところではあるけどね・・・。
「マスターの依頼はこちら・・・〈ゴブリンの巣の壊滅〉です。」
「・・・うわー。マジかよ。一番、行きたくないヤツだ。」
俺は頭を抱えると、深く息を吐いて、肩を落とす。
その様子に、不安を感じたのか、観月は俺の服を掴むとおずおずと話しかけてくる。
「ね、ねぇ。これってそんなにヤバいの?」
「ゴブリンはスライムと並ぶ、ハレンチ界隈では、最恐最悪のモンスターだ。比較的容易に討伐できる反面、数が多くて、ずる賢く、さらにすばしっこい。上級者パーティでも、油断すればたちまち壊滅させられるほどだ。何より、怖いのは・・・。」
「怖いのは・・・?」
「もしも、負けた場合。男は殺されるが、女は捕まって、性的に色々される。何度も何度も壊れる程に陵辱され、ゴブリンの子供を産まされるんだ。」
「・・・やだ。やだやだやだ!行きたくない!怖いよ!そんな、怖い相手、戦いたくない!」
観月は怯えるように、頭を抱えるとすっかりと戦意を喪失したのか、しゃがみこんでしまった。
気持ちはすごく分かる。
ただ、やられるだけなら、まだいい。
だが、その後のことを思うと、とてもじゃないが、正気ではいられないだろう。
化け物に陵辱され、望まぬ妊娠出産をさせられるなんて、女としても、人としてもとても耐えれるものじゃないはずだ。
「だよな・・・。巣穴となれば、間違いなく数が多いから、長期戦になるだろうし、当然、リスクも高くなる・・・。観月とシルクは今回は、残っていいぞ。」
「・・・それもやだ。知らないところで、ユーちゃんが犠牲になったらやだもん。私も戦うよ!怖いけど・・・。本当、怖いけど!」
「・・・観月。ありがとう。必ず、観月は護るから。」
震える手を差し出してきた観月に、俺は笑みを浮かべて、その手を握り返す。
大丈夫だ。俺が護るよ。
依頼を聞いた時点で、秘策も何個か思い浮かんだしな。
「この巣に確認されてるゴブリンの数は分かりますか?」
「約五十体程かと。一般的なゴブリンしかおらず、知性の高いゴブリンは居ないようです。これから、組織を作ろうというところでしょう。」
「なら、本当に早い方がいいか。こうしている間も知能を得て、組織化してしまうかもしれない。」
俺は知り得る情報はすべて開示してもらえるように頼み、生息場所とされる坑道の地図や、ゴブリンの特性、周辺の村の情報も聞き出した。
テーブルを借りて、情報を精査し、最適解を皆で検討することにする。
「情報はこんなところかな。悪いが、みんなにも無理をお願いすることになると思う。すまない。観月、シルク、リライア、魅玖。」
「うん!頑張ろう!」
「う!うー!」
▷畏まりました。
▶︎はい!お任せください!
俺は得た情報を二人の秘書と共有し、様々なリスクや対処法を精査していった。
あとは、二人の立てた作戦にしたがい、俺と観月、シルクで行動することになるだろう。
「おいおい、聞いたぞぉ〜?ゴブリン退治だって〜?三人で大丈なのかよぉ?」
椅子に座って顔を付き合わせていた俺たちに近寄ってきたのは、罰を終えたオーガンだ。
「なんなら、お前も行くか?撒き餌くらいにはなってくれるだろ?」
「え、餌にされるって分かってて、ホイホイ着いていくアホがどこにいるんだよぉ〜。冗談じゃないぜぇ〜。」
ナイナイと、オーガンは手を振ると、俺たちが眺めていた依頼書を机から拾い上げると、まじまじと目を通す。
「注意しとけ、サカエェ〜。」
「ん?」
「この依頼は、随分前から来ていたもんだぁ〜。一ヶ月前には、オヤジのところには来てたはずだぁ〜。もう、恐らく、ゴブリンの数も増えて、知能も上がっているはずさぁ〜。」
依頼書の下部にある数字の羅列を指差し、オーガンは小さく首を振る。その顔に笑顔はない。やめとくなら今のうちだと、念を押して伝えているようだった。
▶︎この数字は、この依頼書が発行された日時ですね。確かに、オーガンさんの言う通り、発行は一ヶ月前になります。
「えらく、協力的だな?もしかして、観月の可愛さに気付いたとか!?ダメだよ!観月は俺の嫁さんだ!!あげないぞ!」
「え!?わ、私!?ごめんなさい!私、将来を誓い合った人がいるから・・・。あと、筋肉ムキムキな人は正直、ちょっと違うというか・・・タイプじゃないんです!ごめんなさい!」
「盛大な勘違いしてる上に、密かに塩を塗ってくるのやめてくれっかなぁ〜!?これでも、本気で心配してんだよぉ〜!?」
オーガンはムキムキの筋肉を唸らせ、ポーズ〈サイドチェスト〉をキメると、ニッカリと笑った。顔は最高のスマイルを見せていたが、心は泣いていた。
「よ!肩メロン!」
「キレてるよ!キレてるよ!」
「うー!(デカい!)」
「えー、えーっと・・・ふぅん!!」
励ましの意味も込めて、声援を送ると、オーガンは一瞬、戸惑ったが、瞬時にボディビルダーとしての意識が覚醒したのか、次々にポージングをキメていく!
「大胸筋が歩いてる!」
「肩にアーマーつけてるのかい!」
「うぅー!うぅー!(仕上がってるよ!仕上がってるよ!)」
「んふぅー!!」
▶︎彼がやっているのは、フロントダブルバイセップスですね。上腕二頭筋をアピールするボディビルポーズです。
▷腕を上げて正面の筋肉が全て見えるので三角筋のデカさ、広背筋の広がり、脇腹の絞りなど逆三角形の仕上がりについてもよく見られます。
▶︎さらに、大腿四頭筋やカーフのカットも見られるので身体前面の筋肉全てをアピールする必要があります。実は難易度高めですよ。
「んふぅぅぅー!!」
▷▶︎ナイスバルク!!
「な、何やってんだ、アイツらぁ・・・。早く、依頼に行けよ・・・。」
吹き抜けの天井の二階から見下ろし、ギルドマスターは苦笑を浮かべて、騒ぐ四人を眺めていた。
その後ろでは、サーシャを始め、薄暗くて見えないが他のA級もせっせと掃除をしていた・・・。
情報は集め終えたので、そろそろ出立しようとした時に、受付嬢のナターシャが呼びかけてきた。
「魔石があるんですよね?こちらで、買い取りますから、すべて出して頂いて結構ですよ。」
「え?全部いいんですか?結構あるから、助かるなぁー。」
「私も、売ろー。」
俺たちは受付嬢が渡してくるそれぞれの箱に、魔石を放り込んでいく。
箱は大きいけど、たぶん、入りきれないよなー。
魔石も大きさでいえば、拳ほどあるし。
二人合わせて七十程あるからな・・・。
せっせと、バックから魔石を取り出し、用意された箱へと入れていく。
ようやく取り出した量が、半分も満たないというところで、案の定、箱は一杯になってしまった。
「・・・あ、あはは。本当に一杯でしたね。まさか、箱二つが埋まるなんて。」
俺たちが、それぞれの箱に石を乗せたところで、引き攣った笑みを浮かべたナターシャさんは・・・。
重っ!重ッッ!っと言いつつ、箱を持ってフラフラと脇の計りに乗せた。
俺たちはキョトンとした顔で、ナターシャさんを見る。あれ?買取終わり?
「えっと・・・全部で、8,493Gですね。あー、キリ番まで惜しかったですね!」
「いえ、まだ半分以上ありますが・・・。」
「ふえぇ〜・・・。」
「「あ、可愛いぃ・・・。」」
終わりと思ったところで、まだ半分以上あると聞かされ、ナターシャしゃんは、可愛らしい鳴き声をあげて、次の箱を取り出す。
ナターシャさんから、ナターシャしゃんに変わった瞬間だった・・・。
俺たちは用意された箱に、コトンコトンと石を積んでいく。
それを唸りながら涙目で、ナターシャしゃんは眺めていた。
また重いものを持たされることに、嫌気がさしているのだろう。
「う、うぅ〜・・・お、終わりました・・・?」
「いや、まだ・・・。」
「ふえぇ〜ん!!」
再び満タンになった石を持ち上げ、運ぶナターシャしゃん。
初めから、計りの上に箱を乗せて、石を置けばいいのに・・・と思い、周りを見れば、ニヨニヨと微笑む冒険者たちの視線を感じる。
誰もそれを教えないのは・・・
「うえぇ〜ん・・・重いよぉ〜・・・。」
「おもしろ可愛いな・・・。」
「うん、おもしろ可愛いね・・・。」
意地悪された時のナターシャしゃんの反応が、いちいち可愛いかったからだろう。
殺伐としたギルドでは、癒しの存在なのかもしれないな・・・。
「うぅ・・・終わりましたか?」
「はい!スッキリ、空っぽです!」
「ありがとうございます!ナターシャしゃん。」
「・・・しゃん。うぅ〜・・・。私、子供じゃないのに〜!」
「あ、ご、ごめんなさい。あまりに可愛かったから・・・。」
観月のうっかり発言に、ベソベソと泣きながら、ナターシャしゃんは、帳簿をつけていく。
「うんん。いいですよ、慣れてますから・・・。ぐすん・・・。」
皮袋にお金を入れると、俺たちの前にどん!どん!と置いた。
「全部で、29,500Gです。二つに半分ずつ入れてあります。一個平均400gで、締めて70個近くある計算です。良ければ、次からはこまめにお願いしますね。」
ぷっくりと頬を膨らませ、ナターシャさんはずいっと袋を俺たちに押し付けると、魔石で埋まった箱を代車に乗せて、ガラガラと裏手へと向かっていった。
後で、魔石を卸しに行くのだろう。
「ふふ・・・可愛かったな。次も貯めてこような。」
「うん!もう一回みたいしね。」
俺たちは笑い合うと、二つの袋をそれぞれバックにしまった。
っと、丁度そこで・・・。
ーぐー・・・!
いい加減、限界のきたであろう。
観月の腹ペコ大臣が騒ぎ始める。
丁度昼頃か。
お金も手に入ったし、俺たちはギルドを後にすることにした・・・。
宿も見つけたいけど・・・今日中に帰って来れるのかな?
いや、無理だろうな。野営のつもりで、準備を進めた方が良さそうだ。
「サカエ!ミツキ!シルク!気をつけていけよぉ〜!!」
鏡の前で、ポージングをしていたオーガンが、肩越しに首だけ振り返り声をかけてくる。
▶︎バックダブルバイセップスですね。はい。背面から上腕二頭筋をアピールするポージングです。しかし、上腕二頭筋はフロントで見られる為、バックの場合は広背筋、僧帽筋、三角筋の後部のデカさやカットを見られます。
▷加えて、お尻・ハムストリングス・カーフもよく見えるので身体背面の筋肉を全て見られると思ってもいいでしょう。
君たち、めっちゃ、詳しいよね・・・。
ボディビルファンなの?
沢山の歓声を浴びせたせいで、オーガンは完全に、ボディビルに目覚めたようだ。
帰ってきた頃には転職しているかもしれない。
「ん、すぐ戻るよ。その時までに、また仕上げといてくれ。」
「おぅ!また、頼むぜぇ〜!お前らの声で、俺の筋肉はさらにキレを増すからなぁ〜!」
ぐぐ!っと力を込めると、筋肉がうねり、背中の堀が深くなった・・・。
いつか、背中に鬼神が現れそうだ。
「じゃあ、最後に・・・せーの!」
「 「「ナイスバルク!!!」」」
「むふうぅぅ〜〜・・・!!」
バッチリポージングを決めたオーガンの背中に声をかけると、すごく気持ちが良かったのか、オーガンはニッカリと笑って頷いた。
彼はオーガン。
新人いびりや、誰にでも辛辣な面もあるが、単にそれはマウントを取りたいわけではなく、葉っぱっをかける人間がいてこそ、組織は回るという彼ながらの矜恃の上で行動してるお兄さんだった。
話して見れば、根は良い奴だということもわかった。
観月とリアさんの件も、あの後、ちゃんと真摯に謝ってくれたし、今回は見逃そうと思う。
まぁ、また女の子をいじめていたら、俺は容赦なく叩き伏せるけどね。
俺たちは、オーガンとナターシャしゃん、二階のサーシャさんとギルマスに手を振ると、ギルドの扉に手をかけて外に出た。
「あの三人、無事に帰って来れるといいけど・・・。」
「かはは・・・!心配ならついて行ってもいいんだぜ?」
二階から見送っていたサーシャとギルマスは、それぞれの席に戻ると、書類に目を通し始める。
「でもこの依頼って元はB級じゃなくて、A級に来てた依頼なんでしょう・・・?私たちに依頼してくれたらいいのに・・・。」
「あぁ。そのつもりだったが、お前たちには別件を頼みたいからな。西の村で魔族が目撃された。そっちを調査、発見次第討伐して欲しい。これは、ワルフォイの依頼だ。」
「出た。領主様の依頼。これ厄介なものが多いんですよねー。情報が遅くて不揃いな事が多いんですもの。」
ギルマスから書類を受け取り、サーシャは目を通すとブロンドの髪を描き上げて、小さく息を吐く。
「だからこそのA級案件だ。B級じゃ、何か起きた時に対処ができないことも多い。」
「魔族相手なら尚更・・・ですか。そういえば、この街に勇者が来てましたよね?」
「あー。同行を頼もうと思ったが、断られた。なんでも、今後の未来を左右するほどの重大な宝が見つかったらしくてな。それを見つけるまで、帰れないそうだ。勇者の考えてることは分からん。」
お茶を飲み飲み干したギルマスは、大きく天を仰ぐと椅子の上で背筋を伸ばす。
「まぁ、なにがどうあれ、サカエたちがこれからの時代を大きく変える。“アイツ”がそう言ってきたんだ。間違いなく変わるだろう。時代が変わるには大きな混乱や歪みも生まれる。俺たちはそれを上手く正して、皆を新しい時代に乗り遅れないようにしてやればいい。」
「いつも言ってる、そのお告げしてくるその人って誰なんです?」
「それは~んふふ!秘密♡」
「「うわー・・・可愛くない・・・。キレていいですか?」」
「う、うんー・・・可愛くない・・・。燃やしていい?」
四十代のおっさんが、口元に指を当てイタズラっぽく微笑む姿に、サーシャと二人のA級は半ば引き気味に呻く。
「なんだオラッ!?俺様のどこが可愛くねぇって!?こんな愛嬌溢れるオッサン、そこら中探してもどこにもいねーぞ!?」
「そこら中にいたら、逆に迷惑ですよ。お願いしますから、外でソレやらないでくださいね。」
逆ギレを始めるギルマスに、サーシャはため息を吐くと、立ち上がり出立の準備を始める。
他のA級も準備を荷物をまとめて、ギルマスの前に並んだ。
「それでは、マスター。西の村〈ウェーリタス〉に向かいます。」
「あぁ、頼む。くれぐれも、怪我のないようにな。」
「「はい!」」
「うん・・・。」
ギルマスの声と共にフッ・・・と音もなく、三人の姿は忽然と消えた。
後には静けさだけが残る。
魔法で消えたのか、それとも魔法かと思うほどの速さで音もなく駆けていったのか、それは当人たちにしか分からない。
目の前のギルマスはそんなことなど、気にするような素振りもなく、別の書類に手を伸ばす。
「魔族ねぇ・・・?それより怖いのは、やっぱり、人間だと思うけどな〜。」
ギルマスが手にしていたのは、〈unknown〉と書かれた手配書だった。
黒く丸い玉が書かれただけのそれを眺めて、ギルマスは深く息を吐くと、どこかへと電話をかけ始める・・・。
その電話は長く、小一時間ほど続いたようだった・・・。




