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その魔女、ライアーにつき

アンティーク調の家具で、整えられた店内にはズラリとスクロールが並んだ棚があり、ガラスケースの中にはペンダントや指輪などのアクセサリーも販売していた。



「改めて見ると、素敵な雰囲気のお店ですね!」


「にしし!ありがとう。この店、私の好みばかりを集めた店なんだー。」



まるで、本屋とジュエリー屋さんが一緒になったような店内の雰囲気に、観月は楽しそうに店内を見回す。


女の子って好きだよね、こういうの・・・。


かくいう俺も、このような落ち着いた雰囲気は惹かれるものがあるので、周りを眺めながらも密かに目で楽しんでいた。



「リアっちから、三人が来ることは聞いてたよ。私はこの魔法屋の主。メイドア=フラスコシアス。メイちゃんって呼んでいいよぉー?」


「よろしくお願いします、メイさん。」


「メイちゃんで、いいって。しし・・・。」



便箋を手に、赤毛のゆるやかな巻き髪の魔女っ娘がほくそ笑む。


ライトグリーンの瞳が俺たちを興味深げに観察すると、俺の腰にしがみつくシルクを見て細められた。


に〜っと、メイさんは笑うと、シルクの前に座り込んで、顔を覗き込む・・・。



「ふーん。」


「う・・・?うー・・・。」



シルクは人に凝視されることに慣れていないのか、少し恥ずかしそうに俺を盾にして身を隠した。



「へぇー。三人とも面白い魔力を持ってるけど、この中で魔法に特化してるのは、キミみたいだ。キミが、リアっちの言ってた孤児の子かな?」


「えぇ。旅の途中で出会いました。」


「ふむふむ・・・。あー、なるほどねー。そういうこと・・・。まぁ、立ち話もなんだから、座って座って。」


「う!?うぅー・・・。」



シルクの頭をぐしぐしと撫でると、メイさんは立ち上がり、カウンター横のテーブルへと案内する。


案内されたテーブル席に、俺たちが座ると、メイさんは一緒に席に座り、指をクルクルと回した。



「お話するなら、喉は乾くよねー。あと、小腹が空いてたら、お茶も進まないじゃない?そうそう、お菓子は必要って話しね。大事なのはもてなしの心と、あとは、ちょっぴりの・・・驚きかな♪」


「ん?」

「え?あ!」

「うぅ!?」



店の奥からカチャカチャと音が響いたと思うと、俺たちの前にティーカップとポット、バスケットに入ったお菓子がゆっくりと《《降りてくる》》。


見間違いでなければ、確かに、ティーカップたちは店の奥から列をなして、クルクルとバレリーナのように舞いながら、宙を飛んでやってきたんだ。


ー カチャ、カチャ



「・・・紅茶でいいかなー?私、この紅茶が好きでねー。このビスケットとの相性は格別だよ?」


「へぇ・・・。」

「わぁー・・・。」

「うー・・・。」



ひとりでに注がれていく紅茶を前に、目を奪われていると、陽気な声でメイさんは目の前を泳ぐビスケットを指先で捕まえ、頬杖をついて語りかけてくる。


ポットとティーカップが踊り、ビスケットや飴玉が宙を陽気に跳ね回る。


まるでテーブルの上は、店内に流れるジャズを楽しむように、食器やお菓子の小さなダンスパーティーが開かれているようだった・・・。


『ステキ・・・。』と呟き、観月が目を細めて、口元に笑みを浮かべている。


ポットが全てのティーカップに注ぎ終わり、テーブルに着地したところで、メイさんはニッカリ笑って、身を乗り出した。



「にししーっ!驚いた?」


「ええ・・・。これぞ魔法と言っていいほど、とても素敵なもてなしだね。」


「うん!おとぎ話の中にいるような素敵な気持ちで、感動しました。」


「う!う!」



俺たちは口癖に賞賛の言葉を送ると、メイさんは俺たちの反応に満足気に頷き、腰を下ろす。



「シシ・・・!そんなに喜んで貰えて嬉しいね!ここのみんなは、魔法に慣れすぎててさ、なんか、寂しくって。魔法の発達と共に、利便性や威力なんかを重視するようになって、こういった“ 感動を贈る”魔法はどんどん、廃れていってるんだよね。たしかに、色んな所で争いが起きて、それどころじゃないのは、分かるんだけどね・・・。」



ティーカップを手に取り、口をつけたメイさんは、少し物憂つげにティーカップを覗き込む・・・。

その様子を眺め、俺たちは顔を見合わせると、小さく笑った。


「寂しがる必要はないんじゃないかな、メイさん・・・。」


「え?」



ティーカップに口をつけ、中の紅茶を味わうと、ホッと息を吐いて、メイさんに微笑みかける。



「争いはいつまでも続かない。人と人が手を取り合い、寄り添える未来がくるはずさ。そんな時に、人に感動を与える技術は何よりも重宝されるんだ。」


「うん!メイさんの魔法は人を感動させる、とっても素敵な魔法ですよ!」


「うー!うー!」


「メイさんの目は“今”じゃない。きっと、これから訪れるそんな“優しい未来”を見ているんだ。それは、とても素晴らしいことだよ。だから、寂しがらなくてもいい。未来を思って、これからも、磨いてゆくべき技術だ。俺たちは、むしろ、この魔法がみんなを笑顔にする未来が楽しみでしかないよ。」



ティーカップを置いて、メイさんは目を見開くと、口元に笑みを浮かべ、俺たちの顔を見た。



「楽しみでしかたない、か・・・。ふふ・・・。うん、そうだね。目の前のことに囚われて、未来を想う力が・・・想像力が足りなかったな・・・。これじゃあ、師匠に怒られるちゃうな・・・。」



ししし・・・と笑い、メイさんは頷くと、指を振って羽根ペンと帳簿を取り寄せる。

またしても、ペンと帳簿が宙を舞って飛んできた。



「君たちのこと気に入ったよ。やっぱり、リアっちが一目置くだけはあるね。」



赤毛の髪を揺らして、口に指を当ててくすくすと笑うと、手を差し出して来る。



「さぁ、商談を始めよう。君たちの売りたい魔石を見せてくれるかな?ついでに、魔石についての講義もしてあげよう。」


「ありがとうございます。」



にこやかに笑っていたメイさんも、商談という言葉を口にした瞬間、すっかりと百戦錬磨の商人の顔になっていたことは言うまでもない・・・。



「(さっきの話はブラフか・・・。こちらの為人(ひととなり)を確かめるために、ワザとあんな話をしてきたのか。こりゃ、注意しないと、雰囲気に飲まれて、買い叩かれるかもしれないな・・・。)」



天真爛漫な笑顔の下にちらりと見えた商人の顔に、俺は思わず苦笑する。


名前を聞いた時から、少し引っかかっていたんだ。


恐らく、メイドアという名前の由来は『 made-up(でっちあげ) 』だ。


つまり、全てがウソ。天真爛漫に振る舞うのも、魔法を多用するのも、情を誘うような話も全て、made-up、でっちあげなのだ。


恐ろしい人を紹介してくれたなー、リアさんも・・・。



「これが、俺たちの持ってる中くらいの魔石だよ。」


「(あれ・・・?)」



俺はバックから手のひらサイズの“一番小さい魔石”を取り出し、メイさんの前に置くと、観月に小さく笑い、メイさんに目を向ける。


メイさんは笑顔でそれを受け取ると、レンズを片手に鑑定を始めた。


さぁ、メイさん。商談を始めよう。


made-upには、made-upの商談でお相手しますよ・・・。


ゆっくりと魔石を観察していたメイさんは、レンズを置いて小さく頷く。



「うん。状態はいいね。むしろ、珍しいくらい綺麗だ。魔物から取り出した後に、丁寧に磨いたのかな・・・?ここに売りにくる人の中には、モンスターの体液をそのまま付けて持ってくる人もいるから困るんだよね。」



魔石を布の敷かれた箱の上に置くと、俺の顔を見て首を傾げる。


ん?何か、気になることでもあったかな?



「んー、本当に綺麗だね。売りに来たのは、初めてなのかな?」


「えぇ。魔石を売るのは。」


「そうか。だから、こんなに綺麗にしてあるのか。これから先、別のところで売る時は、少し汚してから持って行くようにね。」


「ん?どうして?綺麗な方が、高く売れるんじゃないの?」


「いやいや、言っちゃ悪いけど、それが素人考えなのさ。綺麗な方が売れるだろうという想いから、必死に磨いて持って来るんだ。そういう人は、売った経験が少ないと思われて、足元を見られるよ。」


「・・・へぇ。真新しい鎧を着ている兵が、舐められるのと同じことなのかな?」


「そうそう!魔石は汚れてようが、磨かれてようが、値打ちに変わりはないんだ。結局、加工して、魔法アイテムの材料にしちゃうんだから、関係ないんだよ。」



▶︎ふむ。正しいこと言ってますね・・・。


「なるほどね・・・。」



この話は知っていた。


魅玖(みたま)が、事前に鑑定のイロハを教えてくれていたからだ。

魅玖は長いこと、この世界で魔王をしていたこともあり、見聞も広く、集めた魂の記憶もちゃんと引き継いでいたため、専門的な知識も網羅していた。


魔法攻略のリライアさんと、異世界案内人の魅玖さんの二人が、俺の頭には住んでいるのだ。


もはや、この世界の知識はほぼ、知っていると言っても過言ではないといえよう。


いや、それはさすがに調子にノリすぎか。


まぁ、わかる範囲では、教えてくれるということなので、色々と甘えてみることにしたが、実はおしゃべり好きの魅玖さん、しょっちゅう話しかけてきます・・・。いいことだけどね。


そんなおしゃべり大好き異世界攻略本の彼女が、さらに教えてくれたのは『いい魔法屋と悪徳魔法屋の見分け方だった。』


悪いヤツなら磨いた宝石を渡せば、何も言わず、足元を見てきて値段を買い叩きしてくるはずだと・・・。


だから、事前にフェイクとして、五個だけ丹念に丹念に磨いて、この宝石を用意していたのだ。



「他に魔石はある?」


「これと、これ。これで、全部だよ。」



俺は改めて、魔石を磨いた魔石を二個取り出す。魔石はスライムたちが集めてくれた物と、スライム遺跡で見つけた物もあるので、七十個ほど。


バックの中には、まだまだ、あるがここで、様子見といこう。


これまた、よく観察すると、他に用意した箱の中に置いて、秤に載せる。


魔石は重さで、換金するみたいだ。

これは、あってるのか?


▶︎えぇ、方法は合ってますよ。私の持ってる商人の記憶通りです。



「魔石三個で、1,210g。今のレートは1gで1Gが相場だから、1,210Gになるね。これでいいかな?」



▶︎えぇ。問題ないですね。間違いなく相場の値段です。



「ありがとう。それで、お願いします。」


「うん!良い魔石をありがとうね。」



にこやかに笑うと、手渡した袋に金貨を詰めて返してくれた。



「ふむ・・・。それじゃ、行こうか。また、魔石を集めないと。」


「うん・・・。」


「この街の近くはモンスターはそんなに出ないから、近くの街道や山を散策して見るといいよ。あと、北の街道を少し進めば、遺跡のある沼地とかあるね。ほぼほぼ、この辺りは探索され尽くしてるから、情報はギルドで聞いてみて。」


「わかった。ちょうど、今からギルドに向かおうと思ってたんだ。依頼、バリバリこなしてくるよ。」


「ギルド登録するんだよね。」


「・・・あれ?二人はまだ冒険者じゃないの?」



なんだ?少し、驚いているようだけど。


あ、もしかして、ギルド未登録者だと、魔石を買い取って貰うことができないのか?


そもそも、魔石を所持してたらダメとか?


まずいな。またしても、憲兵に突き出されるかもしれない事案が発生したぞ・・・。



「・・・もしかして、ギルド未登録だと、魔石のやり取りができないとか?」


「いや、そんなことは無いよ。ただ、ギルド未登録で、モンスターを討伐した人がいるなんて珍しくてね。普通の人はモンスターが出たら、ギルドに依頼して討伐してもらうか、領主に依頼して、兵たちに討伐してもらうかの二択になるんだよ。」



買い取った魔石を撫でると、モンスターも随分と大きかったはずだと、苦笑していた。


確かに、モンスターは、そこらの獣とも違うもんな。簡単に倒せないのだから、その道のプロに依頼するのが普通だろう。



「まぁ、リアさんから聞いてる通り、俺たち、“バケモノ級”だから。あはは・・・。それじゃあ、お金もできたし、ギルド登録に行こう。」


「うん!」



渇いた笑いを浮かべて、俺たちは答えると、ギルドに向かうべく立ち上がる。



「ふふ・・・。まぁ、ギルドに登録するなら、同じことだし、いいんじゃないかな?むしろ、バケモノ級に強いなら、歓迎されるよ。魔力もすこぶる高いし、身体能力も高そうだから、すぐにAクラスに昇格するだろうね。そしたら・・・。」



俺の前に立つと、メイさんは“にっ!”と笑い手を伸ばしてくる。



「リアっちと一緒に、私もハーレムにいれてよ、ね♡」


「え?」


ーチュッ♡



「またーーっ!!?」



手を頬に添え、つま先立ちで背伸びをすると、頬に優しく口付けをする。


驚いた俺は固まったまま、目の前のメイさんを見ると、視線がぶつかった瞬間、大きなつば付き帽子で顔を隠す・・・。



「あ、あんまり、見ないで・・・。恥ずかしいから・・・。」


「・・・あ、うん。ごめん。でも、なんで急に?」


「それは、君が、君の目に見えてる未来が・・・すごく、素敵だったから・・・かな。私も、一緒に見たくなっちゃった・・・。」



顔を真っ赤にすると、より深く帽子を被って、少し小さくなったメイさんが慌てる。


あまりに照れていたので、隣で固まっていた観月もどうしていいか分からず、ただ無言で立ち竦む。口はパクパク・・・目は現実逃避のために、白目剥いてるけど・・・。あとが怖いな・・・。


俺には、なんてことない会話の一旦だったつもりだが、彼女にはそうではなく、本当に意外であり、胸を打つものだったらしい・・・。


おいおい・・・。あの話はブラフじゃなかったのか?


made-up(でっち上げ)じゃなかったのか?

もう、本当か、ウソか分からなくなってきた・・・。



「と、突然、そんなこと言われて、驚くのは無理もないよね。でも、私は本気だよ。本気で君のことを気に入ったんだ。昔から感じていた疑問に、君が一石を投じてくれたおかげで、随分とモヤが晴れた。感謝しても、しきれないんだよ。」



だから、とテーブルに置かれた魔石に手を伸ばし、それを胸に抱える。

まるで、貰った花束を抱えるように、大切に抱きしめた。



「これからも、私と仲良くしてください・・・///」


「え・・・あ・・・うん・・・。」



美しい・・・そう思った・・・。

だが、同時にあざといとも思った・・・。


その気持ちは、どんどんと大きくなり、俺は不快感が増していく・・・。



「くっ・・・!」



この女・・・どこまで、madeーup(でっち上げ)てくるんだ。


早くこんな店、出てきいたい・・・。

二度と立ち寄りたくない・・・。

《《この女の視界から消えなくては・・・》》。



「え?ちょっ、ユーちゃん!?」


「うぅー!?」



俺は踵を返すと、観月とシルクの手を引いて歩き出す。


一秒ごとに、黒い気持ちが大きくなり、螺旋を描いて渦巻いていくようだった。


もしも、このまま感情が吹き出せば、物理的にも精神的にも目の前の女の子を傷付けてしまう!


それは、間違いなく、女の子を大切にしたいと思う俺の矜恃に反するものだ!



「それだけは・・・それだけは!絶対に許されん!!!」


「ユーちゃん!?」



俺は扉に手をかけると、転がり出るように、店を出る。



「っ!?」



ハッ!と我に返り、店を見ると、閉まりゆく扉の向こうで、少し悲しげな笑顔をみせて、メイさんが手を振っていた。



「さようなら・・・。」



ーパタン!



彼女の寂しげな声と共に、扉が閉まると、俺の中の黒い感情はスーッと水が引くように消えていった・・・。



「ユーちゃん、急にどうしたの?怖い顔してたよ?」


「う、うぅ・・・?」


「はぁはぁ・・・!なん、だったんだ?あの感覚・・・。」



俺は流れる脂汗を拭い立ち上がると、もう一度、店に戻ろうと手をかける。



ー じわり・・・じゅくり・・・



次ははっきりと、感じ取れた。

ドアノブを握った瞬間、中から異様な気配がするのだ。


まるで、俺を遠ざけようとするように、青紫のモヤが店の中から俺に向けて手を伸ばしてくる。


その気配に包まれた瞬間、メイさんの笑顔と共に、凄まじい不快感が押し寄せて来るではないか・・・。



「おかしい・・・。これは、おかしい・・・。」


「ユーちゃん?」



ドアノブから手を離し、顎に手を当て考える。ダメだ、気配のせいか、頭にモヤがかかったようで、上手くこの違和感の正体が掴めない。



「なぁ、観月。一緒に考えてくれ。」


「うん。どうしたの?」


「俺は女の子が好きだ。」


「うん。知ってる。女の子好きだよね。だから、ところ構わず、女の子にちょっかい出すよね。そろそろ怒っていい?」


「真面目な話。俺が、女の子を嫌いになることはない。どんな姿でも、どんな性格でも、相手が女の子なら、許す。そう思って今まで、やってきたんだ。」


「・・・うん。知ってる。どんな女の子でも、ナンパしてたよね。どんな女の子でも、褒め称えてたよね。綺麗とか可愛いとか、普通とか、不美人とか、そんなの全く関係なく、声掛けて、励まして、手を取り合って、頑張ってた。」


「その俺が、ハーレムに加わりたいと思う女の子を拒絶したいと思うか?」


「思わないだろうね?思うわけないよね?」


「そうだ、する訳ない。なのに、今、俺は心の底からあの女の子を・・・メイさんを拒絶していたんだ。」


「・・・・・・え?」



観月は目を丸めて絶句すると・・・ひたりと俺のおでこに、自身のおでこをくっつける。


可愛いクリクリお目目の顔が目の前で、心配そうに覗き込んでいた。



「熱はないね?あ、でも、少し高いかな?」


「・・・キスしていいか?」


「ふふ・・・!いいよ?でも、お部屋でね♡」



観月は笑うと、おでこを離して、俺の唇に指を添えると半歩下がった。


焦らしプレイですって。あの観月ちゃんがねー。


なんて、素敵で素晴らしい女の子になってしまったんだ・・・。


俺は胸に手を当てると、グッと握りしめて、微笑む。

先程までの黒いモヤモヤは掻き消え、頭の中はスッキリとしていた。



「聖女スキルのおかげか?観月に触れられると、頭が冴えてくるわ。」


「そうなの?じゃあ、今なら、疑問も解決できるんじゃないかな?」


「・・・あぁ。色々と頭が回ってきたぞ。ウキキキー・・・。そういえば、メイさんのショーツの色を確認してないな。」


「そこ!?まったく、これだから、助兵衛さんは・・・。ふふ・・・でも、ようやく、ユーちゃんらしさが戻ってきて良かったよ。」


「うん。ありがとう、観月。」



俺は微笑むと、観月の手を握りしめ、ドアノブに再度、手をかけた・・・。


ーーー

ーー



ユースケが出ていった後に、一人残された魔法屋店主 メイドアは小さく振っていた手を下ろすと、小さく息を吐く。



「にしし・・・。また、あんな顔させちゃったな・・・。」



メイは先程まで皆で座っていた机まで行くと、空になったティーカップを下げようとして、ふと手を止める。


先日、別れた元彼を思い出し、そのまま椅子に腰を下ろした。


彼もまた、こうして紅茶を飲んでいる時に、ちょっとした事で口論となり、別れを一方的に突きつけられると、そのまま店を飛び出したっきり帰ってくることはなかった。


きっと、自分は男性を怒らせる何かがあるのだろう。そう思うと、思わず胸が痛くてたまらくなった・・・。



「にしし・・・。やっぱり、私、男の人に嫌われやすいのかな?気をつけないと・・・。」



ティーカップを片付けながら、メイは誰もいなくなった店内で心中を吐露する。

当然ながら、メイの言葉に返す声はなく、優しげなジャズの音だけが虚しく響いていた。



「努力が足りないのかなぁ。見た目も磨いてるつもりだし、頑張って笑顔も作ってる。商売だって、真摯にお客さんと向き合ってやってるつもりなのに、どうしても、男の人だけはウケが悪いというかなんというか・・・。いつも、最後は彼のような愛想笑いか、もっと素直な人は明らかに苛立って帰って行くんだよね・・・。」



ーポタリ・・・


片付けようとするティーカップに雫が落ちる。

それが自身の涙であると気づいたメイは静かに涙を拭った。


それほどまでに、今回のことはショックだったのだ。

机の上の手紙を手に取り、再度中を見直すと、さらに涙は溢れ出してくる。



「リアっち・・・。やっぱり、ダメだったよ・・・。」



リアからの手紙を見たメイは、僅かながらに期待していたのだ。



『 バケモノ級に、すごく強い旅人が、そちらに向かう。最近、悩んでいるお前をきっと助けてくれるだろう。男の名は“サカエ ユウスケ ”。無類の女好きで、こっちの迷惑などお構い無しに誘ってくるんだ。しかも、かなりのスケベだ。もしも、フリーなら、迷わず飛びつけ。生涯を共にする伴侶となるはずだ。いずれは、私もハーレムに入ろうと思っている。それほどまでに、アイツはまっすぐでひたむきで、優しい男なんだ。私の認める今までにない最高の男だ。安心して、胸に飛び込むといい・・・。 』



声に出して呼んでみると、さらに、自分の惨めさが浮き彫りになってくる。

無類の女好きにすら、フラれる自分は本当に女として価値がないのだと、烙印を押された気分だった。



「にしし・・・。そりゃ、元彼にもフラれるわけだ。魅力がないなら、当たり前だよね・・・。」



手紙を置いて、机に突っ伏すと、ぐすぐすと涙をすする。


もう彼が、帰ってくることはないだろう。

今までもそうだった・・・。


ほとんどの男性が一度きりの入店で終わってしまうのだ。誰も来てくれない。街で声をかけても、渋い顔をされる。


ほとんどの男性。つまり、この街の男性は皆、私に不快感を持っている。

最近は、その男性たちの影響か、女性客まで足が遠のき始めていた・・・。


この魔法屋が街から消えるのも時間の問題となり始めていたのだ。



「うぅ・・・うわあぁーん!もう・・・むりだよ・・・!耐えられないよぉ!助けて・・・!誰か、助けてよぉー!!」



全力で泣いた。咽び泣いた。


自身の努力とは裏腹に、非情な現実が襲い来る毎日に身も心も疲弊していた。


藁にもすがる思いで伸ばした手も、届かなかった・・・。


もう、何も救いなどない・・・。



「ぐす・・・うぅ・・・!どうせ、この店も近く赤字になるんだ・・・。男性に嫌われる体質なら、どこに行っても一緒・・・。なら、もう、いっそのこと・・・。」



メイは一人、己の不幸を呪い、そして・・・指を振った。


羽根ペンがフワリと浮かび、自身の首元に向けて、鋭く尖ったペン先がクルリと向く・・・。


あとは指を引けば、鋭く尖ったペン先が自身の喉に突き刺さる。


そうすれば・・・この嫌な現実から逃れられる・・・。

そう思い、指を引こうとした瞬間だった。



ーガチャ・・・!バタン!



「・・・え?」


「はぁはぁ・・・!死ぬくらいなら、俺のハーレムに来い、メイドア=フラスコシアス。俺の女になれ!一生、可愛がってやるから!」


「ぇ・・・うぅ・・・。」



扉が急に開け放たれたかと思えば、男の子が飛び込んできて、思いがけない言葉を言って除けるのだった!



ーー少し前のこと・・・



グッと!力を込めてドアノブを握りしめると、中から再び嫌な気配が漂う。


三度目の入店チャレンジになると、いい加減、俺も感知できるようになったのか、青紫色の気配が大きな塊となって鍵穴から出てきているのがわかった・・・。

青紫の塊は俺にまとわりつくように、全身に取り付く。



「ぐっ!?なんだ、これ・・・。さっきより、強く不快感が込み上げてくるぞ?」


「ユーちゃん、どうしたの?急に。」



しかし、隣の観月は何も感じないように、俺の手を握ったまま、眉を寄せていた・・・。

観月には見えてないのか?

この気配も感じていないのか。

ということは、これは、俺だけに向けられたもの・・・。

俺を拒絶しているのか?

メイさんか?


いや!違う!彼女の笑顔は本物だった!

あの人は、メイさんは俺のことを本気で気に入ってくれていた!

なら、これはなんだ!?

この気配の正体は!?



▷マスター!解析できました!この気配は、【人避けのまじない】です!



「はぁっ!?店に人避けしてんの!?アホなの!?潰れるよ!?」


▷違います!人避けは人避けでも、【男性を対象にしたまじない】です。恐らく、店主が施したものではなく、誰か別の者が設置したものでしょう・・・。



「なるほど、わかった!ストーカーだな!?別れた腹いせか、はたまた、付き合えないクソ野郎が、他の男が寄ってこないように、呪ったんだろ!?そうだ!そうに違いない!彼女は、メイドアの笑顔はとても美しかったもんな!」


「そ、それはちょっと、飛躍しすぎな気が・・・。」


▷理由は分かりませんが、事実だけ申し上げるなら、この店に立ち寄る男性の気持ちを操作して、不快感を募らせ、足を向かないようにしたんでしょう。

それも、一気にではなく、長く滞在すれば、滞在するほど、不快感は増していくように、分かりにくい形でやってます。

実に陰湿で、腹立たしいやり口ですね!


「同感!まじないはどうすれば解ける!?」


▷まじないは、お香のようなものです。中にあるであろう、特に気配の強い場所にある呪具を破壊すれば、まじないは消えます。


「おっしゃー!わかった!」


「ユーちゃん!大丈夫なの!?呪いの影響は!?」


「正直、吐きそう!今も、ドアノブ握ってるだけで、気を失いそうなほど、不快感が込み上げて来てる!」



まさに言葉通りで、ドアノブを握る手が開けるのを全力で拒絶していた。


身体強化Lv3が、全力で機能しているのだ。


こりゃ、骨が折れるぞ。いや、もう、折るつもりで行こう!


なぜなら・・・。


ーうぅ・・・うわあぁーん!!



「女の子が・・・中で・・・泣いてんだよおぉーーー!!女の子の涙を拭うのは、俺の、役目だろうがぁー!!ぼさっとしてんなぁー!!さかえー!ゆうぅうすけえぇー!!」



俺は渾身の力を込めて、身体に力を込めると、両手でドアノブを掴んで回そうと試みる。


しかし、やはりドアノブは回らない・・・。


俺の、俺のハレンチパワーは、こんなもんなのか!?

目の前の女の子一人も幸せにできない代物なのか!?


吐き気と嫌悪感に加えて、実際に身体のあちこちがギチギチと悲鳴を上げ始めていた。


恐らく、身体強化Lv3で、『扉を開ける、扉を閉める』の二つの動作をやっているせいで、身体が混乱し、異常が出始めているのだ。


何度か飛びそうになる意識を、女の子を助けたい気持ちでつなぎ止める。



「うぉおおお・・・!絶対に、助けたら、パンツ拝む!拝んでやるうぅー!!」


▷マスター!一旦、離れてください!これ以上は危険です!まじないが、どんどん強くなってます!恐らくこれ以上、続ければ、呪いが実体化して、マスターを直接攻撃してきますよ!



「ぐぬぬー!知らん!俺は、女の子を助けるうぅぅー!」


「うーん・・・。あ、そうか。私が手伝えばいいんだ。はい、どうぞー。」


「え?・・・いだだだた!!?」


▷いゃああぁー!!?お、折れ、折れますよぉぉー!!?



ドアノブを掴む俺の手を掴むと、観月は軽く捻って、グイッ!と開ける方に力を加える。


拮抗していた力は、観月の力添えで、らくらくと開いた。


その瞬間、フッ!と呪いが緩んだ感覚と共に、身体が軽くなる。



「ドアノブ、開いたでしょ?ほら!さっさと、飛び込め!ユースケ!世界中の女の子を、助けるんでしょう!!」


「おぉー!?」



俺は僅かに空いた扉を、吹っ飛ばすような勢いで、中へと蹴り入れられた。


ちょっと!このタイミングの、みつきっくは、腰に響く・・・!



観月の蹴り(手助け)を借りて中に飛び込んだ俺は、顔を上げて、泣き声を上げていた女の子を見ると、その姿に目を目を疑った・・・。



「・・・え?」



彼女は、人々を感動させるための魔法で羽根ペンを操作し、自身の喉元に狙いを定めていたのだ・・・。


「はぁはぁ・・・!死ぬくらいなら、俺のハーレムに来い、メイドア=フラスコシアス。俺の女になれ。一生、可愛がってやるから!」


「ぇ・・・うぅ・・・。」



彼女は俺に向き直ると、涙に顔を歪めて、立ち上がる・・・。



「そんな・・・そんなことって・・・。いいの?私なんかで・・・。」


「君の笑顔は素敵だった。美しかった・・・。俺の色慾を駆り立てるほどに、君を欲しくさせた・・・。」


「でも、キミは私のこと、嫌なんでしょ?不快感を感じてるんでしょ?今だって、本当はここから走り出したいほど、私のことを嫌悪しているはずなのに・・・なんで・・・。」


「気付いたからだ。どんなmadeーup(でっちあげ)の中にも、君の心が悲しく輝いていた!」



俺は弓を取り出すと、弓を構えて、一番気配の濃い場所を探す・・・。



▷特定しました!カウンター横!子供ほどの大きさの紫水晶が本体です!



「そんな美しい輝きを放つ君と、俺たち男の間に横たわり、ライアー(勝手な感情)madeーup(でっちあげ)た、本当の敵も!今ならわかる!」



見つけたぞ!!

まじないの根源!!

メイさんを苦しめ続けた呪具!



「俺は・・・女の子を泣かせる存在を絶対に許さない!!【一矢一殺】!!我が前に、屍をさらせ!!」



俺は限界まで引き絞った弓で、怒りを込めて鉄の矢を放った!


ーギリギリ・・・シュッ・・・!



バキリッ!と紫水晶に矢が刺さる音が、店内に響き渡る・・・。


ビシビシとヒビが紫水晶全体に広がると、そのままガラガラと音を立てて、崩れ落ちていった・・・。


砕けた紫水晶から、目に見えて瘴気らしきものが抜け出ると、それはまるで、雲が風に流れるように、俺たちの上を流れて、換気のために開けられた店の窓から外へと出ていく・・・。


目視できるほど、濃い青紫の瘴気に、部屋の中にいた皆は言葉を失っていたが、その視線は出ていく瞬間までしっかりと向けられていた・・・。



「気配が消えた・・・。」


▷お見事、マスター!呪具が破壊されましたよ!まじないも解除されました!



「い、今のは・・・?気配って?」



メイさんは俺のそばに駆け寄ると、恐ろしげに気配の出ていった窓を見ていた。



「メイさんには、男性に嫌われる呪いがかかってたんだよ。」


「え!?」


「あの紫水晶が、呪具だったんだ。」


「あの紫水晶・・・。貴族の娘さんが置いていった水晶だよ?なんで、そんなものに呪いなんか・・・。」



そりゃ、俺が聞きたいなー、と口にしつつ水晶に近付いて観察すると、その欠片の中に明らかに違うものが混じっていることに気が付いた。



「これはドライフラワー?」


▷ラベンダーですね。まさか、水晶の中に入れられていたんでしょうか?



砕けた紫水晶の中に数束を束ねただけのラベンダーが落ちていた。



「入っていたの知ってた?」


「うんん・・・。分からなかった。でも、なんで花なんか・・・。」


「ラベンダー・・・。確か花言葉は、“繊細”、“清潔”、“優美”だったよね。」


「たぶん、元々は貴族の娘さんに、そんな女性としての品格が身につくようにという願いを込めて、親が送ったものだろう・・・。男を取っかえ引っ変えしないように、という意味もあったのかもしれないな。」


「そっか・・・。だから、男性を遠ざけるような、まじないがかけられていたんだね・・・。そんなものを、買い取ってここに置いてたんだ・・・。そりゃ、人が居なくなるわけだ・・・。」



俺は花を手に取り、良く観察する。

ほのかに辺りには、ラベンダーの香りが漂っていた・・・。

ラベンダーも紫をしており、紫水晶も紫色だったことから、気付きにくかったのかもしれない。



「まぁ、なんにせよ・・・!これで!ようやく、君にじっくりとハレンチができるわけだ!なぜなら、そう!今の俺は君が、とても綺麗で美しく見えるからだ!不快感も嫌悪感も一切ない!君は魅力的だ!メイさん!是非、触れさせてくれ!抱きしめさせてくれ!よければ、俺のハーレムに即加入してくれ!」


「え?へ?えぇッ!!?」


「はぁー・・・。また始まったよ・・・。」



目の前で戸惑うメイさんの手を握り、鼻息荒く詰め寄ると、背後の観月がため息を吐きながら、偃月刀を抜き出す。



「いやいや、待ってよー、観月ちゃん。俺、今回は頑張ったと思うよー?一人の女の子を助けるために、扉の前では命までかけたんだぜ?なら、それ相応の対価を貰ってもいいんじゃないか?」


「う・・・。確かに、隣にいたから知ってるけど・・・。でも、それとこれとは、別だよ!」


「いんや、別じゃないね!火が燃えるなら木がいるように。木が生えるには土がいるよつに。俺が女性を助けるためには、膨大なハレンチが必要なんだよ!」


「うわ、報酬にハレンチって、最低・・・。助けた対価に身体を求めるなんて、最低だぁー。」


「っとまぁ、いつもなら、言っていただろうが・・・。」


「お・・・?珍しい・・・。」


「あ・・・。」



俺は苦笑すると、メイさんを優しく抱きしめて、その頬を優しく撫でる。



「お代は先に貰ってたからな。今日は、特別にここまでで大丈夫だよ。」



胸の中で俺を見つめていたメイさんに、自分の頬をトントン!と指で叩いて微笑む。



「頬・・・?あ!ッ~~・・・!?///」



俺の示した報酬が、何を示していたのか、気付いたメイさんは、一気に顔を真っ赤にすると、大きな魔女帽子を深く被り、照れた顔を隠す。



「あぁー!!キス!そうだ!ユーちゃん、キスされてた!頬だったけど!でも、キスされてたあぁー!」


「はは・・・!確かに頂いたよ。君の唇の感触、君の照れた顔、漏れた吐息、しっかりと覚えておくよ。」


「うぅッ~~!///は、恥ずかしいぃ・・・!」



俺の肩を掴んで引き離す観月と、腕の中の恥ずかしがる女の子を交互に見ながら、俺は苦笑を浮かべると、ゆっくりと身を離す。



「はは・・・!これで、君を邪魔するモノはない。これからは、きっと、180°人生が変わるはずさ。優しい未来を夢みていいんだよ、メイさん!」


「優しい未来・・・うっ・・・うう!ありがとう・・・本当にありがとう、サカエくん・・・。」



ほっと気が抜けたのか、溢れ出てきた涙をポロポロとこぼす。



「・・・よかったな、メイさん。」


「・・・よかったね。」


『う、うー・・・。』


「ぐすん・・・うぅ・・・!ありがとう!ありがとうございます!」



泣き続けるメイさんを三人で支えると、身を寄せあい、ようやく平穏が訪れた歓びを皆で分かち合うのだった・・・。



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