その青年、重要警護対象つき
ユースケたちが、ナガミ村で正体不明の敵と遭遇していたちょうどその頃、三十余りの兵士たちが、馬車に乗り、ディケイナという街から出立していた。
商会からの報告で、ディケイナとナガミ村を結ぶ街道で、中型モンスターが現れるとの情報が入ったからだ。
その目撃情報から、ウルフ系と見られるているが、詳細は不明であった。
しかし、被害は確かに起きており、今月で四件、同じモンスターにより商人の馬車が襲われているということだった。
これ以上の被害はディケイナの安全性が疑われると判断した【領主 ワルフォイ】からの依頼で、今、こうして、兵士たちはモンスター討伐へと向かっている。
馬車ではナガミ村まで一日。
その道中でエンカウントすれば、即戦闘、即決着するつもりで、隊は編成される。
ゆっくりと辺りを確認しながら、進行しても、二日で到着予定だった。
街の近くに出るモンスターは比較的討伐しやすく、小型から中型のものが多い。
中型までなら、三十で事足りると判断した部隊の【 隊長 マタイ】だったが、そこでまさかの誤算が発生した。
「(ま、まさか、勇者が街に来ていたとは・・・。)」
「マタイ殿、私のことは気にするな。ナガミ村の知り合いに会いに行くついでだ。今回のこの討伐は、私も兵の一人だと思って、存分に使ってくれていいよ。ふふ・・・。」
前を歩く勇者と呼ばれた青年は、背後から向けられたマタイの視線に肩越しに振り返ると、小さく笑った。
「え!?いやいや!勇者様の手を煩わせることなどありませんよ。中型モンスターの討伐など、我らにお任せください。勇者様は、魔王討伐の重要任務中の身。今は少しの休息と思って、ゆっくりしていて下さい。あっははは・・・。」
「ふふ・・・!そうかい?何かあったら、遠慮なく言ってくれ。」
彼にとっての誤算。それは、勇者の同行だった。
魔王を倒すという使命を生まれながらに宿命づけられた、【ミラウェイド=アクタシア】は、数々の災害級のモンスターを討伐し、今ではこの大陸で知らぬ者などいない程の実力を持っている。
まさに英雄。まさに、勇者。
聖剣に選ばれし、人類最強の称号を持つ者なのだ。
しかも、女性かと見間違う程の美しさと、全てを包み込むような慈愛の深さを有しているため、多くの女性からも人気がある。
もしも、この勇者に何かあれば、大陸全土の女性たちが一気に敵に回ると言われている美貌と人望を持ち合わせているのだ。
それはもちろん、貴婦人達にもいえることで、彼の動向は常に、貴族に見られていると言ってもいい状態だ。
もしも、怪我でもあろうものなら・・・。
考えるだけで、部隊の隊長マタイの胃はキリキリと悲鳴を上げていた。
「(なんで、よりによって、同じ方向なんだ!?どっか、別のとこに行ってくれよー!貴方が居るだけで、こちとら、慎重に慎重を重ねなくちゃいけないんだ!オマケに勇者の一言は、国王並に重い。もしも、もしも、もしも、今回の討伐で我隊の評価が最悪のものになろうものなら・・・クビだ・・・。俺は間違いなくクビだ・・・。)」
「どうしたんだ?気難しい顔して。あぁ、なるほど、分かるぞ?モンスターの情報を精査していたのだな?うむ!いい心がけだ!情報は所詮、人間が運んだもの。間違いや勘違いもあるかもしれない。中型ではなく、大型、災害級かもしれない。もしも、もしも、を考えるのは、隊長として当然だが、なかなかできることじゃない!さすがだ!」
「あ、あぁー。はい、そうですね・・・。(俺の考えてる、もしもは、そっちじゃないんだよ!)」
「安心していい。そんなモンスターが現れた時は、私が討伐しよう。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
マタイや兵士たちに振り返ると、背負った聖剣を指さして、遠慮は要らないから存分に頼れと勇者は告げた。
マタイは、感謝を示し、頭を下げると彼の背負う【聖剣 ミハエル】に目を向ける。
この世界でも稀な、“五つの属性”を宿した究極武器。
バスターソードのように、両手で持つことを前提に創られた大剣は、一体何が素材なのかと思わせる程、透き通った刀身をしており、碧色の刀身の向こうでは、勇者のマントが見えていた。
その自信に満ちた出立ちは、紛うことなき強者であった・・・。
「大船に・・・いやいや、ドラゴンに乗ったつもりで、いるといい。無事に生き延びたら、皆でナガミ村の温泉でも堪能しようじゃないか! 」
勇者は、皆の不安を取り除こうと務めて明るく接すると、皆に笑顔を向ける。
「では、大物が現れるまで、勇者様は馬車に乗っていてください。何も無ければ、そのままナガミ村まで、お送りしますよ。ゆっくり、休んでください。」
「いやいや、そういうわけには行かないよ。兵の皆を差し置いて、私は馬車で悠々と運ばれるわけにはいかない。私も歩こう。いや!私はむしろ、走るべきだろう!体力作りに終わりはないのだから!」
「え?はぁ!?勇者様っ!?」
勇者はカラカラと笑うと、聖剣を担ぎ直し、颯爽と部隊の先で駆け足を始めた。
驚いたのは、マタイと周りの兵たち。
むしろ、勇者を差し置いて、自分たちが馬車で、寛いでいたとあっては兵士の名折れ。
何より、後で貴族たちから何を言われるか分かったもんじゃない!
慌てた兵士達は荷物をまとめると、馬車を続々と降り、馬からも降り、皆、マタイの後ろに整列を始める。
「隊長!準備、整いました!!」
「はぁ~~・・・なんで、こんなことに・・・。」
隊長は頭を抱えると、自身も馬を降りて、荷物を背中に担ぐ。
「新人四名は馬車と馬を引き連れ、街へ戻れ!あとの者は俺と共に、モンスター討伐へ向かう!」
「「応ッ!」」
「総員!駆け足!勇者様に、遅れをとるな!!」
「「おおおぉーっ!!!」」
マタイの掛け声に、皆、今日一番の大声をあげると、志気も高々に、駆け足で勇者の後を追いかけた・・・。
率直に言って、無茶な行軍だった。
当然だ。勇者にペースを合わせた、ほぼ、全力疾走の行軍なのだから。
そんな中でも、モンスターとは出会うし、もちろん襲って来る。
駆け足で進んだ結果、半分にも満たない場所で、二十体以上のモンスターと遭遇し、討伐してきた。
「はぁ!はぁ!なんだ、これは・・・!駆け足で進軍したせいか!?明らかに、遭遇率が高い気がする!」
「た、隊長・・・!後続に遅れが生じています!少し、隊をまとめる時間を頂けませんか!?」
「ぐっ!このままでは、ナガミ村に着く前に、怪我人が出てしまうか・・・。仕方ない!」
先を走る勇者の背中を恨めしげに眺め、兵士たちは口々に愚痴を零し始める。
明らかな、オーバーワークに、兵たちの志気も目に見えて下がっていた。
「ゆ、勇者様!申し訳ないが、兵隊を休息させてもいいだろうか!?」
いくら、貴族たちの評判が怖かろうが、兵士たちの命には変えられない。
マタイは断腸の思いで、目の前を走る勇者に声をかけると、勇者は足を止め、くるりと振り返る。
その顔は、一切の汗もかいておらず、疲れのツの字も見えなかった・・・。
「・・・え?あ、あぁ!そうか!すまない!ついつい、私たちパーティの行軍速度で、進んでしまったよ。本当に申し訳ないことをしたね。」
勇者は笑みを浮かべると、提案に頷き、近くを散策してくると告げ、林の中へと入って行った。
「・・・隊長。あちらに、食事を準備させています。少し休んでください。」
「あ、あぁ・・・。すまんな。皆も少し休もう。」
マタイは勇者の消えた林に目を向けつつ、大きく息を吐くと、担いでいた荷を下ろして、食事を準備している兵士たち元へと向かった。
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兵たちを残し、林の中へと入ってきた勇者 ミラウェイドは、周りに人気がないことを確認すると、スッとその場にしゃがみこみ、頭を抱える。
「・・・しまったぁー!また。やってしまった・・・。なんで、私はいつもこう、周りが見えないんだ・・・。はぁ・・・。」
ミラウェイドはチラリと街道の方を見やると、再び隠れてため息を吐く。
皆が拠点を置いた場所に、続々と後続も合流してきているのか少しずつ活気に満ちていく様子が伝わってきた。
日も高かったし、そろそろ昼食だろうか。
そこでまた、腹ぺこで進軍させてしまったのだと悟った勇者は、さらに落ち込みを増して俯く・・・。
「すごく疲れた顔をしていたなぁ・・・。無茶してたんだよね、きっと。そうだよね。普通の人間に全力疾走で、しかも荷物を担いで、モンスター相手にさせたら、あんな顔になるよね。あぁー・・・。どうしよう、嫌われたかな?嫌われたよね・・・。ぐすん・・・うぅ・・・。違うんだ・・・。そうじゃないだ。私はただ、皆が早く安全に着けるように、先に行って討伐していこうと思っただけで・・・。私だって、馬車でゆっくり行きたかったけど、勇者が兵士の皆に迷惑かけちゃいけないでしょ?」
涙を堪えてミラウェイドは膝を抱えると、誰にでもなく言い訳を始める。
「それなのに、まさか、みんなが私に合わせて、無理に速度を調整し始めるなんて思ってもみなかったんだ。うわさに違わず、兵士として意識が高いんだね、この領地の所有する兵士たちは・・・。うぅ・・・。皆のことを守ると言いながら、実際は逆に疲れさせる体たらく。はぁ・・・私はつくづく、勇者失格だ・・・。これでは、先代に顔向けできない・・・。」
膝を抱えながら、拳を握りしめる勇者は自身への苛立ちを込めて地面を殴りつける。
彼の鬱々とした雰囲気に呼応してか、渡りの景色も澱んで見えるほど勇者は深く沈んでいた。
彼は一人、空回りしてした自分を嘲り、巻き込んでしまった皆に心から謝罪の言葉を何度も口にしていた。
馬車を断ったのは、周囲から求められる勇者としてのイメージを壊したくないからであり、進行を急いだわけでもなく、単に先に行って自分がモンスターを引き付け討伐すれば、皆が楽になると考えていただけだった。
別に無理な行軍をさせるつもりなど毛頭もなかったのだ。
きっと、今頃、皆は休憩をしながら、一人で突っ走った自分を批難していると思うと、立ち上がる気力も起きないでいた。
自分が戻れば、休憩も強制的に切り上げられ、また討伐へと向かうことになる。
嫌そうな顔をされるかも・・・。
「んうぅ~・・・戻りたくない・・・。絶対、渋い顔される。私を迎えてくれる人間なんて、やっぱりこの世界にはいないんだ、きっと・・・。」
思考はどんどん、マイナスへと埋没していき、もう足に力を入れることすらできなくなってきた。
この勇者、人類最強の技と体を持っているにも関わらず、肝心の“心”は実は、ガラスどころか、飴細工程に脆かった。
これこそまさに、マタイの知らぬところでの最大の誤算であり、勇者がずっと同じパーティにすら、ずっとひた隠しにしてきた弱さでもあった・・・。
「このまま、先に行こうかな・・・。」
そう思い、ふと顔をあげた時だった。
ーガサガサ・・・
「・・・スンスン!グルル・・・!」
近くの草むらから、低い獣の唸り声と共に、赤毛のウルフが出てくる。野生動物ではない。明らかなモンスターであった。
「フレイムウルフ・・・。なるほど、お前たちの長が今回の討伐対象というわけか。」
先程までの雰囲気とは一変して、ぱっと明るい顔に変わると、武器を手に立ち上がる。
長年の旅で鍛えあげられた社交性は、人間の本質を変えることはできなくても、切り替えの速さを養うには十分だったようだ。
もちろん、自他共に認める皮肉の意味でだが・・・。
「ワフッ!ウオォーーン!!」
『・・・ ウオォーーン!! 』
『・・・ワオォーーン!!』
目の前のフレイムウルフがお遠吠えをあげると、それに呼応するように、林の至る所で獣の遠吠えが木霊し始める。
「ふむ。単独で向かって来ず、仲間に位置を知らせたか・・・。獣ながらにいい判断だ。相手の力量を感じ取れる力があるのは、やはり人間よりも獣の方だな。」
ミラウェイドは目の前のウルフに賞賛の声を贈ると、聖剣を構えて向き合う。
「だが、格上の力量を感じて、なお挑む姿勢を崩さないのは、高みを目指す者か、愚か者のすることだ。人間ならば、この場合は迷わず撤退するだろう。そうした未来を予測する力が強い生き物である人間が、繁栄してきたのは至極当然の話というわけだ。」
聖剣を振りかぶると、勇者は声だけを残し姿を消す。
次にウルフが気付い瞬間には、勇者は背後に立っていた。
向き直ろうとした瞬間、ずるりとウルフは頭から尾っぽまで綺麗に真っ二つなっていた。
そんな状態になっても、ウルフは勇者に飛びかかろうと、左右に別れた半身で暴れていた・・・。
あまりに洗練された剣技により斬られた者は、切られたことにすら気付ないというが、目の前の情景は明らかに異常だった。
「やはり、モンスターはしぶとい。人間なら、とうに絶命しているだろうに。」
切られた半身を見下ろし、勇者は冷めた声で顔に笑顔を貼り付けたまま、聖剣でウルフの首を横に凪いだ。
ー 斬ッ!
切り落とす音と共に、フレイムウルフは絶命し、足掻きを止める。
「この気配・・・。近いな。」
ーガサガサ!
ーガサガサ!
「ワフ!グルル・・・!」
「ワフ!ワフ!」
一匹を仕留めたことで、辺りに血の匂いが広がったためだろう。
倒したはずのフレイムウルフの亡骸は、より位置を明確にし、沢山のフレイムウルフを集める誘引剤と化していた。
「ワオォーーン!!」
「ウオォーーン!!」
気付けば勇者の周りには、沢山のフレイムウルフが集まって来ていた。
その数、二十体は超えてる。
もはや退路などなく、四方には獣の唸り声と共に獲物を狙う眼光が爛々と光っていた。
「うーん・・・。」
周りを見渡し、勇者は首を傾げる。
今、ここにいるフレイムウルフはどれも報告に上がっているほど大きくないように見受けられたからだ。
「まだ、お前たちの長は出て来ないようだな?まだ、到着していないのか、それとも、自身が牙を剥くほどではないと思われているのか・・・。ふふ・・・まさか、長でありながら、逃げたわけではないだろうな?あはは・・・!」
「ワフ!ワフ!グルル・・・!」
目の前に出てきたフレイムウルフに問うように、目を向けると、まるで言っていることが伝わったかのように、先程までの威嚇の姿勢から一変、明らかな怒りの視線を向けて、牙を剥いてウルフは勇者を吠えたてる。
「ふふ・・・!自身の長を愚弄されて、頭に血が昇ったか?犬畜生でありながら、忠義心は一丁前だな。ならば、長のために私の首を取るがいい。」
勇者は武器を振りかぶると、不敵に微笑みを浮かべる。
「私は勇者 ミラウェイド。私の首ならいつでも持って行くがいい。取れるものならな!」
「ウー・・・!グワァウ!」
ー 斬ッ・・・!
周囲にいるウルフを警戒しながら、挑発に乗って飛びかかってきたウルフを切り付けたことで、開戦の火蓋は切って落とされた!
「「 ウオォォーーン!! 」」
一方その頃、マタイ達も森の異変に気付いていた。
「くっ!この遠吠えは、ウルフだ!一体、どこから!?」
しかし、モンスターの声は、林の至る所から聞こえるため、マタイは手を出しあぐねていた。
闇雲に飛び込み、取り囲まれては元も子もない。
「隊長!もしや、勇者様が応戦中なのでは!?」
「はっ!そうか!勇者様を狙って、奴らも動き出したのか?総員、勇者様を捜索するぞ!そう遠くには行っていないはずだ!」
「「応ッ!!」」
勇者の入っていった場所に、三十人余りの兵を集めると、陣形を組み慎重に林の中へと入って行った。
ー 斬ッ!
ー ギャァン!
「この先、勇者様と敵が交戦中!」
「っ!総員!突撃!」
林の中に入ると、獣の気配と共に、皆の耳に戦闘音が聞こえる。
勇者の応戦する音が聞こえたマタイ以下の兵達は、武器を構えて林を駆け足で突き進んだ。
「これで、八体。ふふ!どうした?そんな動きでは、私の首は渡せないぞ?」
「勇者様!大丈夫ですか!?」
「ん?あ、あぁ、マタイ殿か!」
勇者に気を取られていたウルフを二体ほど、皆で殲滅しながら、勇者の側へと駆け寄るマタイ部隊。
勇者の周りには、事切れたウルフの亡骸が何体も横たわっていた。
相変わらず、勇者は疲れも知らないように、少しの驚きを見せたあと、すぐに表情を戻す。
「やぁ、来てしまったのか。すまないね、もっとゆっくりさせたかったんだが。」
「勇者様ぁ・・・。我々のことは気にせず、呼んでくださいよぉ・・・。あなたに何かあったら、我々の首は簡単に飛んでしまうんですよ!?」
「・・・あぁ、貴族の皆の目が気になるのかい?大丈夫さ。彼女達はとても、優しい人達だよ?特に、ルビー夫人とパーラお嬢様は。」
「あー、勇者様に心酔されているお二人ですね。知ってますよ。」
勇者のいう、ルビー夫人とパーラお嬢様の噂を思い出し、マタイは苦い顔で武器を握り直す。
大陸でも一二を争う力を持つ“ゴールドバーグ公爵家”。
前勇者の旅を金銭面で大いに手助けした事で、さらに名を広め、さらに事業を拡大した一族で王族とも繋がりが深いらしい。
視察で地方を訪れた際に、女神の導きなのか、この勇者に助けられたそうだ。
お礼に二人は、多額の褒賞を渡したとか。
それをなんと、目の前の勇者は『民のために使って欲しい』と断ったことで、さらに二人は勇者に心酔し今も陰ながら、動向を見守りつつ援助をバレない程度に施しているとか。
もしも勇者に何かあれば、一番、黙っていないのが、この二人だと言っても過言ではない。まさに、大陸最大級の後ろ盾なのだ。
「ほんと、優しいお二人なんだよ。ふふ・・・!」
「そ、そうですかー・・・。(そのお二人が一番、怒らせたくないんだよ!!)」
もしも、こんなところで怪我でもさせてみろ。
二人から勅命が送られ、この部隊は即解体。
皆、路頭に迷ってしまう・・・。
それだけは何としても、避けたい!避けたいのに!!目の前の勇者は自重してくれない!それどころか、率先して先頭に立ってしまう始末。
マタイの胃はいよいよ、限界に達していた。
「ふふ!夫人達にもいい報告しないといけないな!さぁ!サクッと!こんなモンスターなど、討伐してしまおうじゃないか!皆の力で!」
「こうなりゃ、ヤケだ!!!総員!全力でサポートするぞ!油断するな!勇者様に勝利を!」
「「勇者様に勝利をッッッ!!」」
「あはは!頼もしいなぁ・・・。」
「ガッ・・・ガフ?」
この時のマタイ部隊の士気は、思わず、フレイムウルフがたじろぐほど、最高潮に達していたのは言うまでもない・・・。
最後の一頭にトドメを刺し、フレイムウルフの討伐に一旦の目処をつけた勇者は、聖剣を納刀して周囲の状況を確認する。
「ふむ・・・。」
ミラウェイドは首を傾げると、隣にいるマタイに視線を向ける。
マタイ殿は、テキパキと指示を出して、討伐したモンスターの亡骸を集めさせていた。
このまま放置すれば、亡骸が腐敗し、別のモンスターを寄せ付けてしまう恐れもあるし、的確な判断だろう。
見れば、結構な量だ。
この量を多少の怪我はあっても、一人も脱落することなく討伐できたのは、やはり、マタイ部隊がそれだけ鍛錬の施された部隊だということだろう。
この素材を売れば、皆の今月の酒代くらい軽く賄えそうだと、兵たちは嬉しそうに笑っていた。
「マタイ殿?今、集めているモンスターの中に、報告にあった中型は居たかい?」
「いえ、それが居ないんですよ。これだけ、狩れば、親分も出てきても良さそうですけどね。」
「そうか。となると、まだ、近くで様子を伺っているかもしれないね。気を付けていこう・・・。」
「そうですね。今一度、気を引き締めて・・・」
『ワ゛オォーーン!!』
ー ドドッドドッドドッ・・・!!
「「っ!?」」
マタイと勇者が、改めて兵たちへ警戒を促そうとした時だった。
林の奥から、フレイムウルフよりも幾分か低音の遠吠えと共に、獣の重く速い足音が、部隊に迫る。
勇者とマタイが武器を手に身構えると、林の間を縫いながら、大きなフレイムウルフが、部隊に向かって飛び込んできた。
『ガウゥッ!!グルル・・・!』
討伐されて集められた亡骸に向かって突っ込んで行くと、フレイムウルフは取り囲んでいた兵たちを威嚇して追い払う。
亡骸の山を庇うように立つと、唸り声と共に勇者たちを睨みつけていた。
全長は二メートルを軽く超えるその大きさは、明らかに中型とされるサイズを超えていた。
いくらなんでも、見間違える大きさではない。
恐らく報告が上がって討伐に踏み切るまでの間に、さらに大きくなったのだろう。
「やっとお出ましか。だいぶ、遅い登場だね?」
「なんにせよ、ようやく討伐対象のお出ましですね。さぁ!マタイ隊!気を引き締めろ!ここが正念場だ!」
二人は武器を構えると皆で一歩踏み出すが、ハイウルフは周囲を威嚇するだけで、飛びかかってくる様子もなかった。
『グルル・・・!ウゥ!ガウッ!ガウッ!』
「えらく、気が立っているな。まるで、直前まで自身も脅威に晒されていたような様子だ。何かから怯えて逃げて来たようにも見えるね。」
「こいつ自身が何かに追われてるんですか?」
「ふむ・・・。その何かが近付いて来ているなら、ここにいるのは、まずいかもしれないぞ・・・。もしかしたら、こいつより、さらにおっかないヤツが、この林にはいるのかもしれない・・・。」
勇者が武器を構えつつ、周囲に視線を巡らせる姿を見た兵たちは、正体の見えない敵に思わず身を震わせる。
兵たちに明らかに動揺が走ったことを感じたマタイは、兵の安全を最優先に考え、一時的な避難を考えた。
敵を前に逃げるなど、騎士としては有るまじき行為だが、生憎とここにいるのは、兵士だけだ。
当然、退避は許されて然るべきものだった。
「総員退避!目の前のハイウルフは、刺激するな!」
「「応っ!」」
マタイたちの会話を聞いていた兵から、我先にと林を飛び出し、街道へと飛び出していく。
あまりに突然の撤退に、ハイウルフも対応できず、ただ唸りながら周りをキョロキョロとするばかりであった。
「ふむ。一体、何に怯えているのやら。お前も逃げるなら、今のうちだぞ?」
殿を務めた勇者ミラウェイドは、ハイウルフの威嚇する様子を横目に見つつ自身も林から飛び出し、兵たちを庇って武器を構えた。
街道に寄り集まって、四方を警戒するマタイ部隊とハイウルフのいた場所に目を向ける勇者。
しばらくしていると、林の奥から木々のなぎ倒される音や生木の折れる音が聞こえてくる。
徐々に近付いてくる気配に、勇者とマタイ部隊は身構えていると、ハイウルフが林の中で何かに出会ったのか、激しい戦闘音が聞こえ始める。
しかし、それも一分もしない間の出来事だった。
『ガウッ!ガッ!?ギャイーーン!!』
ハイウルフの断末魔と共に、林の中は水を打ったように静まり返り、何者の気配も感じなくなってしまう。
あまりの静けさと、緊張から隊員たちの背に冷たいものが流れた・・・。
「・・・い、一体何が、あの中にいるんだ?」
「分からないな。大型に成長したハイウルフを、一分足らずで絶命させる生物など、この世ではさらに上のモンスターしか知らない。幻想種しか思いつかないぞ?」
「幻想種!?ドラゴンやユニコーンなどの、神獣クラスの化け物のことですか!?」
マタイの言葉に、さらに部隊に動揺が広がる。
幻想種は、小型から超大型、まで多種多様に存在するが、かなりの希少種で出会うことすら難しい。
その力は、小型ですら、通常の大型モンスターを優に凌ぐとされている。
もしも、討伐となれば、目の前の勇者パーティや、王都の親衛隊と“三戦姫”の力が必要だと言われている。
とてもでは無いが、ここにいる兵たちだけで、対応するなどできるわけがなかった・・・。
「ここは一旦、退いた方が無難だよ、マタイ殿。幻想種が相手となると、さすがに兵たちの命の保証ができない。私でも、パーティが居ない今では足止めが限界だ。」
「ぐぬぬ・・・!仕方ありませんね、総員荷物をまとめろ!撤退だ!勇者様も、早く行きましょう!」
「「お、応っ!!」」
マタイの号令に、皆荷物をまとめようと、兵たちが騒ぎ出したことが、逆に悪かった。
ー バキ!バキバキ!メキ!
林の中でしばらく沈黙していた謎の敵だったが、こちらの気配を察知したのか、活動を再開し始める。街道までの木々をなぎ倒しながら、徐々にこちらに近づいてくるのだ。
「なっ!?勘づかれたか!?」
「あっははは・・・!まぁ、これだけの大人数だ。気付かれない方が奇跡というものだろうね。仕方ない。」
勇者は一歩前に前進すると、林ギリギリで武器を構える。
「出てきた所を、一気に押し返す。今のうちに、皆は荷物をまとめて街に戻りなさい。」
「な、何を言ってるんですか、勇者様!?」
「大丈夫。勇者といえど、私も無謀なことはしないさ。少し食い止めたら逃げるよ。一人なら、離脱もしやすいしね。」
「し、しかし!」
「なにをそんなに不安がるんだい?心配無用さ・・・。だって、私は人類最強と謳われる者だよ?」
勇者は身の丈ほどある聖剣を易々と振り回すと、天に突き上げた。
その透き通った刀身に皆の心が奪われた瞬間だった。
天から光の筋が降りて、勇者を包み込む。
まるでそれは、天から祝福を受ける聖者のようだった。
「 ホーリーアーマー!! 」
勇者のスキルだろうか。瞬く間に、光はミラウェイドを包み込むと、黄金の鎧へと姿を変えた。
「最高ランクの聖属性防御魔法・・・。」
マタイは噂には聞いたことはあったが、目の前で見るのは初めてだった。
勇者パーティを含め、王都を護る三戦姫だけが使えるとされる最高ランクの防御魔法。
消費魔力が桁違いな上に、機動力も低下するために、並の兵士では使用しても動けなくなるとか。
しかし、防御力は確かに高く、ドラゴンの爪や牙でも、その外装を傷付けることすら出来ないと聞いたことがあった。
「確かに、これなら!」
「ふふ・・・!安心したかい?それじゃあ、早く退避しなさい。私も少し引き付けたら戻るから。」
「は、はい!ご武運を、勇者様!帰ったら、お酒奢りますよ!」
「ふふ!それは、楽しみだ。私はザルだから覚悟したまえ、マタイ殿。」
「もちろんです!樽で用意させますよ!」
肩越しに振り返るミラウェイドに、頷くと、マタイも荷物をまとめ、残りの兵と共に、街道を駆け足で戻り始める。
「樽か!それは、本当に楽しみだな!ははっ!」
その後ろ姿を横目に眺め、笑みを浮かべると、勇者は武器を下ろして、目の前の林に目を向ける。
兵が退避している間も、目の前の林から気配はしているが、一向に襲ってくる様子はなかった。
まるで、兵たちを見逃しているようにすら感じたミラウェイドは、何が目的なのか分からない目の前の敵に、興味を持ち始めていたのだ。
「いい加減、出てきたらどうだい?そこの君。」
ー バキバキ!ズルズルー・・・!
「んー・・・。なんだ、キミは・・・その・・・見たことない姿だね・・・。」
ミラウェイドの声に応えるように、林を分けて出てきた姿に、勇者は思わず眉を寄せて、困ったような表情で小さく笑った。
林を出てきた者。
それは、『黒い塊から無数の手が生えたよく分からない物体』。
世界中を旅した勇者も初見の生き物だった・・・。




