その不審者、神様につき
世界が真っ白に包まれた。全身に衝撃が走った。骨が砕かれ、肉が裂け、全身がバラバラにされていく感覚に脳が弾けた。
それでも唯一、最後に見た観月の心配する表情とその香り、温もり、柔らかさ。
それだけは消えない。
俺の腕の中の観月の存在感だけは、決して消えることはなかった。
「…観月。」
消えないその温かく包み込むような感覚に安堵を覚えた俺は、感謝を込めて名を呼んでみる。
『ユーちゃん…。』
温かな声が、俺を包み込む。
いつも側にいて微笑んでくれて、呆れながらも、共に歩んでくれる、いつも俺の隣に居てくれる彼女。
「観月…。」
やっぱり、お前が一番だな…。
『ユーちゃん…。』
名前を呼ぶ度に感覚がハッキリとしてくる。
雷の衝撃や熱量、それをまともに受けた感覚すらも、上書きしていくほど彼女の存在は大きかった。
それは、次第にもっと、もっと膨らんでいく…。
あぁ…。こんなことになるんだったら、意地はらずに告白しとけば良かったな…。
「観月…観月…観月…。」
『え?ユーちゃん…?』
感覚はよりハッキリとこの手に、この身体に伝わってくる。
女の子の感触だ。
どこをどう触っても柔らかく、いい香りがする女の子の感触。
観月、俺は今なら言える気がするよ。
俺は観月を世界の誰よりも…誰よりも!
『ん…!?ユ、ユーちゃん!?そ、それ以上は…さすがに…。』
むにゅ!もみもみもみもみ…!
この、感触は初めて触れる…。
でも、心から羨望していた感覚…のような気がする。
これは、なんだ!?なんなんだ!?
確かめたい!確かめなければ!
『ちょっ!?そこは、ダメ!ユーちゃん!んん!まだ、あの時の返事もらってないから…ひゃん!』
返事?そんなの俺はいつだって、お前が一番だった…。
だけどお前は、俺の返事の前に冗談だよって苦笑して、それが気に食わなくて、つまらないことで喧嘩して、仲直りして、有耶無耶になって…。
それで結局、今に至るんじゃないか…。
昔の苦い記憶と共に、よりハッキリと観月の感覚が伝わってくる!
荒くなった息遣い。火照る身体。艶やかに濡れた唇と、罪を訴えるように細められた潤んだ瞳。
恥ずかしさを堪えために甘噛みされた指。
感覚全てに伝わってくる情報から、頭の中には観月のあられもない姿が映像として浮かび上がってくる。
なんと、リアルな夢だろうか?
いや?妄想か?
どちらにせよ、俺が長年待ち望んでいた光景がそこにはあった。
そうだ!俺にとって、お前はいつだって一番だ!
あぁ…!観月が…観月が可愛い!
観月が色っぽい!
「観月がエッチぃーよぉ!」
「わわわわ!私、エッチじゃないもん!!」
パチーン!!
「った~~!?」
耳をつんざくような叫びと共に、頬に痛みが走る。
夢から現実に急に引き戻される感覚と共に、驚きに目を見開いたことで初めて、自分が目を閉じていただけなのだと気がついた。
そして、今の現状も理解した。
その85cmFカップと豊満な胸元を両手で隠し、真っ赤になった幼なじみの女の子【羽衣 観月】が少しでも視線から逃れようと、その細い腰を捻って座っている。
「いたた…。」
「うぅ…。へんたい…。」
しかし、制服のスカートから伸びる内股に閉じられたその健康的な足は逆に俺の心を泡立てていった。
あー。やっぱり、観月は一番イイオンナ…。
「いやー!観月さん、エッチですね。知ってたけど。」
「やめて!そんな、エッチな目で見ないで!私、エッチじゃないもん!って、知ってたってなに!?私のことそんな目で見てたの!?」
「え?知らなかった?」
「知ってたけど!!そんな、はっきり言葉に出さないでよ…!もうやだぁ…。」
物心ついた頃から一緒にいるせいで、大分、見慣れてしまっていたが、なかなかに珍しい色をした髪色だ。
熟れた秋の蜜柑のように明るめの燈色である美しい髪をその細い腰ほどに流した髪は、見ていてとても安心する。
見慣れた髪色のおかげで、しっかりと目の前の女の子を確認できるからだ。
「うーん。でもやっぱり、安心するってことで。」
「…それもそれで、なんだろう。複雑だなぁ。」
不満そうにむくれる可愛らしい顔の観月の頭を撫でると、俺は苦笑を浮かべて立ち上がる。
まったく。エッチぃ目で見るなと言ったり、見ろと言ったり。難しい年頃ですねー?
まさに、思春期女子。
辺りを見渡すと、ここが真っ白な部屋であることに気がついた俺は座っている観月に手を差し伸べ立ちがらせる。
「…手、繋いだの久しぶり。子供の時以来じゃない?ふふ…。」
「あぁ、そだな。(いちいち、可愛いんだよなーコイツ。)」
俺は照れる観月の手を、少し強く握るとさらに、観月は顔を伏せて赤らめた。
もう、いっそ押し倒してしまおうか。
この部屋のように、観月を俺の“白”で白く染めあげてしまおうか。
ということは考えるも実行に移せず、それ以前に幼なじみの関係を脱却できないまま、早くも幾年も経っている今日この頃の俺だァ…。
「ハァ…。チキンハートだな俺。(小声)」
「どうしたの?(チキンハートだね…お互い。)」
「なんでもないよ。」
「ふーん。…なんか、知らない部屋で怖いから手は繋いでていい?」
「…んー。いいよ。(むしろ、それ以上のことしたいんですよ、こっちは。とは、いえない。)」
「ありがと、ユーちゃん。(それ以上のことしてくれてもいいんだよ?私。とはいえない。)」
「「ハァ…。」」
相手に気付かれないように、静かに二人でため息を吐く。
長く一緒にいると色々と分かってしまう部分もあるし、逆に色々と拗れてしまって、もう何がなにやら分からなくなってしまう部分があるのも確かだ。
何かの番組調べで、幼なじみ同士で結婚する割合は全体の3%ほどらしい。
その3%の方々。是非とも御教授願いたいと、切に願う二人だった…。
ちなみに二人とも同じ番組を見ており、同じ衝撃を受けたことは、まだ互いに知らない。
「…え?あれ?人間じゃないか?なんで、ここに人間がいるんだ!?」
「「誰っ!?」」
突如、背後からかけられた声に二人とも心底驚いて飛び上がると慌てて振り返る。
そこには、部屋と同じように真っ白い衣に身を包んだ白髪の老人が目を丸めて立っていた。
その姿はまるで、ギリシャ神話の登場人物のようだった。
急に指さして話しかけてくるなんて、紛うことなき不審者だ。
「ちょ、ちょっと待って!確認するから。」
「あ、はい、どうぞ。」
老人は急に後ろを向くと、何やら手に持っていた石版を見ながら叫びをあげていた。
チラチラとコチラを見たり、頭を抱えたり忙しい人である。
「あなた、もしかして?」
「え…?儂が?な、なにかな?」
「え?ユーちゃん、知り合いなの?」
俺は白髪の老人に近付くと、その顔を覗き込む。
長い眉と仙人のような長い口髭の爺さんは気まずそうに俺の視線を逃れると、目を合わせないように明後日の方向を向いてしまった。
「知り合いなのかなー?知り合いなのかなー?この人に聞いてみれば分かるんじゃないかなー?」
さらに一歩詰め寄り、老人の顔をマジマジと間近で見つめる。
「えーっと…か、顔見知りじゃないんじゃないかなー…?少なくとも、儂はほら、君の顔は知らないからね?」
「そうなんだー?あれ?でも、聞き覚えのある“声”なんだよなー?」
「声!?えーっと、なんのことかなー?誰かとお話したのは儂も久しぶりで分からないなー?」
「ほほう?ほう?ほーう?分からない?分からないんですかー?」
ずずずいっと、息もかかるほどに老人の顔に近付くと、目を見つめ続ける。
老人は冷や汗をダラダラとかきながら、必死に俺と目を合わせまいと目を逸らし続けていた。
後ろ手に持った石版が、とても怪しい。
恐らくその石版には、俺たちがここに居た理由が書いてあるんじゃないだろうか?
なんて思い、何度も石版を覗き込もうとするが爺さんとは思えない素早い動きで、伸ばした腕を掻い潜られてしまう。
「はい…OK。じゃあ、聞きますけど、“生真面目娘”って、誰のことですか?」
「え!?なんで、それを知って…あ゛っ!」
そう問いかける俺に、ドキリ!と反応した老人は余計なことを言わないように慌てて口を塞ぐが…もう遅い。
錆び付いた機械人形のように、ギギギ…とギクシャクとした動きで、俺の顔を見る。
「ようやく、目を合わせてくれましたねー?それで?あなたは誰ですか?大方、予想はできてますけど。」
「…はぁ。あぁ、儂はこの世界の神様だよ。」
「神様!?」
「だと思った…。」
老人は観念したのか、力なく項垂れるとポツリと答えた。
さらに、喋り方が変わり声のトーンも変わったことから、隠すことはやめたらしい。
観月は老人の正体を聞いて大層驚いていたが、俺はさほどといった感じだった。
男性の声を始めて聞いた時から、俺はピンと来ていたからだ。
目の前に老人の声は紛れもなく“雷雲”から聞こえていたのだから、とても人間技とは思えなかったのだ。
「お嬢さんは良い反応だが、キミは驚かないんだね?」
「まぁ、声に聞き覚えがありましたからね。天から降り注ぐ雷鳴の中に、あなたの声を聞きましたから。あと、その見た目は神様そのものですし。」
「あぁ…。あれを聞かれていたのか。お恥ずかしい限りだ。いやはや。少し腹が立っていたからと、怒りに任せてあそこで雷を降らせたのは失敗だったな…。」
参った、と老人は頭を掻いて頭を下げる。
正直、そこら辺はどうでもいいので、早く元居た場所に帰して欲しかった。
どうしても戻らなければならない理由が、そこにはあったからだ…。
「そんなことはどうでもいいので、俺たちを元居た場所に帰してくれませんか?」
「それなんだが、もう無理だ。君たちの肉体は儂の雷を受けたんだろ?なら今頃は跡形もなく消え去っているはずだ。帰る世界はあっても、身体がなくては帰れないんだよ。」
「なん…だと?」
「そんな…。それじゃあ、私たち死んじゃったってこと…?うそ…そんな…。」
観月は信じ難い現実を突きつけられ、力なくその場にへたり込む。
俺もかろうじて立ってはいるが、膝の力は今にも抜けそうだった。
そりゃ人間だからある日突然、死ぬことはあると思う。
でも、これはあまりに突然で、あまりに無慈悲すぎないか?
しかも理由が目の前の良くも知りもしない老人の癇癪とは。
納得などできるはずもない…。
「はいそうですか、と納得なんてできるわけない…。もう少しで、透けブラが拝めそうだったんだ。あわよくば、濡れて張り付いた服を着替える女子のいる教室に飛び込もうと思っていたのに!!許さない!許さないからな!?そんな他人の癇癪で、俺のハレンチ人生を終了させられてたまるか!」
「急にどうした、少年!?急に敬語が消し飛んだな!?あと、ハレンチ人生ってなに!?」
「ユーちゃん!?理由がひどいよぉ!透けブラって!女子の着替えって!かつてないほど、聞いた事のない未練だよぉ!恥ずかしいよぉ!もういっそ、黙って死んでてよぉー!!」
男らしく素晴らしい未練を口に、まったく男らしくない男が女々しく神様にしがみついている。
その男を恥ずかしさから引き剥がそうとする女の子。
老人はその二人を見て、困ったように眉を寄せて頭を抱えていた。
「そんなこと言われてもなー。…はぁ。どうしたもんだ、これは。」
『随分と賑やかですね…パパ。』
「ん?おぉ!お前か。少し、ミスってな。助けてくれんか?」
「誰?」
「…なんと!綺麗なお姉さんだ!」
突如背後からかけられた声に老人は振り返ると、少し安心したような顔で相手を見る。
老人の視線を追うように俺達も脇から覗き見ると、そこにはいつの間にやら現れた女性が立っていた。
妙に色っぽい赤色のショートドレスを着た女性だ。
短いドレスから伸びるスラリと長い足に俺たちは思わず目が釘付けになった。
「わーい!綺麗なお姉さんだぁー!まるで陶器のように白く眩しい海外の彫刻にも通ずる品と芸術性をあわせもつほど、美しく綺麗な御御足ですね!」
「…え?あら!そんな褒められるなんて嬉しいなぁ!ふふ…!キミ、いい子だね!」
次に目を奪われたのは、その豊満なお胸様。
その部分だけでも型を取って神棚に飾って置きたいほど、美しく形の良い胸を前に俺は思わずひれ伏し、深々と頭を下げる…。
「わぁー!なんて素晴らしいおっぱいでしょうか。わたくし、そんな美しい体を見たのは始めてです。是非とも拝ませてください。良ければモミモミさせてください。なんと、なんと神々しく美しいお身体なんでしょう!」
「モミッ!?ちょっと、ユウちゃん!?初めてあった人に、それは失礼だよ!ていうか、私、私は!?私がいること忘れてない!?」
「あはは…!キミ、面白いね!キミみたいに【下心】を全力でぶつけてくる人間は初めてみたよ。うん。ふふ…面白いね、本当。」
ちんまりと目の前で土下座する俺に、綺麗なお姉さんは口元に指を当て、クスクスとお上品に笑う。
まるで上流階級のお嬢様のような気品溢れる笑みに、俺はますます虜になってしまった。
ダーク系色のショートボブをサラリと揺らして、俺の前に座り込む。
「あぁ!そんな無防備にしゃがんでは、おぱんつ様が見え…見えー…ないっ!?」
この俺が、見えそうで見えなかっただと!?
すごい!!この人、一見隙だらけなのにまったく隙がない!?
小悪魔系に見えて実は、鉄壁の女神様ですか!?
「ふふ…見えなかったの?ふふ!じゃあ、お姉さんの勝ちー。まだまだだね。」
「…あはは!負けたー。くやしいくらい隙がないですねー。」
顔に出ていたのか、俺の表情を見た女性は楽しそうに目を細めて、見つめてくる。
泣きぼくろの添えられた、潤んだ瞳が美しい。
ぷっくりと触れたくなるほど艶やかな唇から、まるでセイレーンの歌声のように美しい声が零れ耳へと届く。
どこをとってもいい女と、呼ぶに相応しい女性だった。
「あぁ!モミモミしたい…。ハレンチしたい…。」
「ふふ…!いいよ、おいで。お姉さんがキミの欲望を全部受け止めてあげよう♪モミモミと言わず、チュウチュウしてもいいんだよ?」
「え?ほんとですか?わーい♪」
お姉さんは全肯定ベタ褒めの姿勢に気をよくしたのか、両手を広げて俺を迎え入れようとしてくれる。
俺はたまらず歓喜に胸を踊らせ立ち上がると、スキップ混じりに女性の胸に飛びついた。
もう思考どころか、見た目まで三歳児と同じになっていたと思う。
そんな無邪気な三歳児に忍び寄る魔の手は…まさに、悪鬼羅刹女の如き存在感を放っていた…。
「おー、待て待て。遊助。私の前でそれはやめようか?やるなら、せめて見えないところでやろうね。過去に私のスカートめくったり、着替えを覗いたり、下着ドロしたり、遂には胸を触ったり、お尻触ったくらいなら大目に見てきたけど。他の女の子のおっぱいを揉んじゃうのは違うでしょ。ね?違うよね?」
観月おねぇーちゃん(顔面般若)だ。
むんずと襟を掴まれると、そのまま俺は観月の元へとひき戻された。
「んん……。(いや、お嬢さん?そこまでいくと、大目じゃない気がする。もはや、歓迎してるよね?エスカレートしてるよね?というか少年、何してるんだ。本当に欲望のままに生き過ぎるぞ。けしからん。けしからんほど、羨ましいな!)」
僅かに引き戻されだけだったが、俺とお姉さんの距離はまるで、天国と地獄くらい離れたかと思うほど絶望的な距離に感じた。
「「あぁん!もう!もうちょっとだったのに!」」
俺とお姉さんは同時に叫ぶと、掴んで離さない観月を見て二人してムスくれる。
「「ぶー!ぶー!」」
「ユーちゃん殴るね?コロス気で殴るね?」
「急な殺害予告…!?俺たち、すでに死んでるのに!?」
「変態が死んでも、治らなかったからね。もう一回くらい死んだら治るかなって…(にこー)。」
「ご、ごめんなさい、調子乗りましたです。はい…。」
拳を握りしめた観月に、俺は冷や汗を流して謝罪する。
過去にも何度か死にかけたことがあるが、その時はだいたい、このように観月を全力で怒らせたときだった。
コイツのゲンコツはマジで死ねるからな。
本当、やめて欲しい。
たぶん、コイツのゲンコツは世界を滅ぼせる。
「少年。むしろ、飛び込まなくて正解だぞ?今は、そのお嬢さんに、感謝しなさい。」
「なんでー?お姉さんのおっぱいが目の前だったんだぞ?もう少しでお姉さんのおっぱいでトランポリン!できたんだぞ?」
「トランポリンって…欲望に忠実すぎるだろう、少年…。命がいくつあっても足らないぞ、それじゃあ。」
老人は肩を竦めて苦笑すると、お姉さんに向き直る。
「お前も、悪ノリするな。この子は儂の客人だ。もしも手を出せば、無限地獄に送り付けるぞ?」
「おぉ、怖い。んー。でも実は冗談じゃなかったりして?」
「…ん?何を企んでるんだ?」
不敵に微笑むお姉さんを、老人は訝しげに見ると、俺と観月の前にスっと割って立つ。
その背中は少し大きく見え、どこが父性を漂わせていた。
「違うよ。企んでなんかない。単に気になるんだー、その子。パパは気にならない?その子《《私と普通に会話できてるんだよ》》?」
「…あ。たしかに、おかしいな?」
肩越しに爺さんは振り返ると、俺の顔を見る。
え?普通に会話できることのなにがおかしいんだ?
不思議に思い、小首を傾げて見つめ返していると爺さんは俺に向き直りマジマジと覗き込んでくる。
まるで、さっきとは逆だ。
「少年。お父さんとお母さんは転生者か?」
「はい?転生者…?二人とも生粋の日本人ですけど?」
「違うか。なら御先祖で不思議体験をしたとか、そんな話は聞いた事がないか?」
「いや?ないですね。」
そんな話は一切聞いた事がない。
一応、俺の腕にしがみつく観月に目を向けると観月も首を振った。
「そうか。なら、どこかの神仏が加護を与えて護っているのだろうな。」
「え?それって…不味くない?誰かが目をかけてた子を、誤って殺しちゃたってことでしょ?」
「……はぁっ!?そうか!た、たしかに、これはまずいことになったぞ!?神同士は不干渉でなければいけないというのに。これがバレたら、何が起こるかわかったものではない…。」
女性の言葉に瞬間、驚いた顔を見せた爺さんは頭を抱えて深く息を吐いた。
余程、まずいことをしでかしてしまったらしい…。
「うーん…。こちらの器は壊れてしまってるから復活など出来ないし…。新たな器を用意するにも加護を与えた神の目は誤魔化せないだろうし。」
「……なら、異世界に転生させてあげられない?“姉さん”がいなくなった世界があるって言ってたでしょ?きっと、これも運命だよ。姉さんと、その世界をお願いしよう。」
「なるほど、あの世界か。元はといえば、それが事の発端だ。ちょうどいい!それに最近は、神々も世界の安定のために転生者を多く招き入れていると聞く。それに《《たまたま》》目の前の二人は選ばれた、ということにすれば…。」
「まぁ、“素質があった”んじゃ仕方ないよね?これなら、いくら加護があっても関係ないし。」
「そうだな。どこかの神には悪いが、この際だ、二人には“あの世界”を救って貰うとしよう。」
「じゃあ、色々と準備しないとね。」
「うむ。儂も準備をしよう。まずは器を用意するところから…。」
すっかりと、蚊帳の外になってしまった俺と観月は二人で並んで、真剣な顔の神様とニコニコ笑顔が素敵なお姉さんを眺めていた。
「ねぇ、ユーちゃん。神様たちは何を話してるの?」
「あれだよ。事故で死んだ俺たちがあまりに不憫だから、異世界に転生させようとしてるのさ。」
「元の世界には帰れないのかな…?」
「他の神様とか、器がどうのって言ってたしな。たぶん、無理そうだ。」
「そんな…。うぅ、うわあぁーん…!」
「…観月。ほら。」
完全に帰れないと分かって泣き出す観月を、俺は引き寄せて優しく抱きしめる。
背中を撫でながら声をかけつつ、思いっきり泣かせてあげることにした。
少しでも彼女の気持ちが晴れるように、願いながら、そっと撫で続ける…。
彼女の気持ちは痛いほど分かる。
そりゃ、そうだろう。
当たり前に続くと思っていた今日は突然、それこそ、なんの前触れもなく終わりを告げたのだ。
大切な誰かにお別れも告げることすらできず、心の整理もできないまま、ここに連れて来られたのだ。そんなの誰であろうとつらいはずだ。
ある程度、歳を経て人生を謳歌して死を意識しはじめていれば、まだ救われたかもしれない。
だが、目の前の女の子は世間でよく言われる、未来ある若者だったのだ。
そんな覚悟など持っているわけがない。
誰からも、早すぎる死と言われて然るべき存在だった。
「うわあぁーん…!」
「大丈夫だ。俺がいる。ずっと俺が側にいるから。」
「ぐすん…。うぅ…ほんと…?」
「あぁ。今までも、ずっと一緒だったろ?ほら、今も二人とも死んでるのに一緒だったんだ。なら、これからも一緒だ。ずっと一緒だ。だから安心しろ。次の世界でもお前は俺と一緒にいるよ。」
「…ユーちゃん。」
俺は観月の頭と背中を優しく、なるべく苦しくも痛くもならないように撫でていく。
そうだ。彼女は悪くない。
彼女は本当に巻き込まれただけなんだ。
俺の側に居たせいで、あの落雷に巻き込まれた。
俺を助けようと駆け出し、俺を抱きとめたことで、一緒に雷に打たれたのだ。
お前を巻き込んでしまった俺には大きな責任がある。
何としても、俺はお前を幸せにする義務がある…。
義務…いや、そうじゃないな。
俺が観月を幸せにしたいんだ…。
俺じゃなきゃだめだと、今、改めて思った。
「観月を護るよ。ずっと一緒にいる。」
「…うん。ありがとう、ユーちゃん。」
俺の言葉に観月は頷くと、強く抱きしめ返した。