黒鎧、帰還につき
「ん~!美味しい♪」
「ご機嫌だなー。」
「このソーセージ、美味しいよ?食べないの?」
「いいよ、全部食べな。」
「そう?」
俺は観月の差し出す紙袋に、目を落とし首を振る。
フランクフルトの入っていた袋なのだが、五本買ったはずが今では残り二本になっていた。
無くなるの、早くね?
屋台を振り返る。
「ん?あーしたー!」
「ども。」
三メートルほど向こうに、フランクフルトの出店。目が合った店主が、軽く頭を下げて来たので、軽く頷き返す。
「ごちそうさまでしたー!」
「「へ!?」」
空になった袋を掲げ、観月が店主に振り返り元気に手を振る。
俺と店主は目を丸め、その姿に驚嘆した。
俺が店主に振り返った間に2本も・・・。
そんなバカな・・・。
「五本のフランクフルトが、僅か三メートルで・・・!?そんな、バカな・・・。オレのフランクフルトは、僅かな時間も、お客様を満足させれないというのか・・・!?くっ!くそぉ!」
これを見た店主。商人のプライドを深く傷付けようで、肩を落として沈んでいた・・・。
『フランクフルト売りのバルバトスさん』登場の一幕。
後に、この二人は静かな戦いを、幾度も繰り広げるのだが、それはまた別の機会に・・・。
「美味しかったか?」
「うん!また来ようね!」
「あ、あぁ・・・。」
観月は振り返ると、紙袋をゴミ箱へと捨てると、楽しそうに、次の屋台へと歩いていく。
「あ!串焼き屋さんだ!シルクちゃん!行こう!」
『う!』
しかも、まだ、食べるのか・・・。
チラリと店主を振り返ると、両手を握りしめ、歯ぎしりしながら、涙を流して観月の背中を見つめている。
ほんとに悔しそうだ・・・。
「もう、行けないんじゃないか・・・?」
咽び泣く店主に申し訳ない気持ちでいっぱいになると、足早に観月たちを追い掛けた。
ようやく、店についた・・・。
ようやくだ・・・。
「あー・・・。」
ここに来るまでに、食べ物屋台を何件泣かして来たか分からない・・・。
なぜ、数メートルで渡された食料が消え去るのか、俺も店主たちも首を捻るばかりだった・・・。
何はともあれ、武防具屋に到着。
どうか、ここでまで、店主を泣かすようなマネはしないで欲しいと切に願い、扉を開く・・・。
ーカラン!カラン!
お店の中へと入ると、店主が昨日同様に、店のカウンターに突っ伏していた。
「・・・・・・zzz。」
わずかに寝息が聞こえる・・・。
「寝てる、ね?」
「この人、もしかして、昼夜逆転してるんじゃないか?」
店主の横には磨かれた黒鎧が置かれていた・・・。
ほんとに新品同様にピカピカだった・・・。
兜から水牛のように前へと伸びる二本の角が、黒く光輝いている。
「うおぉー!!?なんか、更にかっこよくなってるよぉ!?ユーちゃん!まるで、高級車みたいにピカピカに磨かれてる!」
鎧に近付き、鏡のように反射する自身の顔を見て、興奮する観月。
たしかに、シンプルだったデザインがより、魔王らしく、禍々しさが増したように見える。
しかも・・・黒いマントまで着いていた・・・。
もう、完全に新生魔王の鎧だ・・・。
『・・・・・・。』
シルクも鎧を見て、驚いているのか、興味深げに四方から眺めていた。
「んん?・・・んー!はぁ・・・。いらっしゃいましー。お待ちしてましたよ、サカエさん、ハゴモさん。」
「・・・ハゴロモです。」
「失礼、ワザとですよ。ハゴロモさん。」
周りの騒ぎに目を覚ました店主は大きく背を伸びをすると、ゆっくり起き上がり、俺たちに向き直る。
口元は笑っているが、うつらうつらと船を漕いで、目は完全に閉じられていた・・・。
半分、夢の中のようだ。
「えらく、眠そうで。徹夜で作業をしてたの?」
「ええ・・・。興が乗ると、途中でやめられない性格でして。アイディアが浮かぶとついつい、朝まで・・・やっちゃうんですよね・・・。」
という店主のアダンさんは、そのまま、ゆっくりと机に突っ伏してしまった。
「鎧は完璧に整備を終えてます・・・。所持者の確認も済ませてありますよ。間違いなく、サカエさんの持ち物になってました。」
「それが、珍しいなと思うんだよね。俺の知っている鎧には、所持者の登録なんてなかったんで。」
どんな防具だろうが武器だろうが、どんなキャラでも使いまわせる、そんなゲームだけど、そういうRPGを参考にしていたので、所持者の登録というのは新鮮味があった。
「所持者の登録が必要なのはSランク装備からです。やはり、高値で取引される物もありますし、何より、今回のように“危険”な物も多いですから。双方に様々な被害が出ないように、所持者を決めておくのが、セオリーになってますね。」
厳つい角の兜を手に取ると、店主は笑顔で俺に向けて差し出してくる。
「整備も済ませてます。そして、新たな機能も追加してます。是非、試してみてください。」
「新しい機能・・・。昨日言っていたものだな。さて、どんな物な飛び出すやら・・・興味深いな。」
俺は頷くと、ウキウキと鎧を装着し始めた。
周りに見守られながら、昨日と同じようにカチャカチャ、ガチャガチャと装着していく・・・。
やがてつけ終わった俺は周りを見てみる。
「ほわぁ・・・カッコイイ・・・。」
「いい仕上がりですね・・・。着け心地は如何ですか?」
「ふむふむ!実に馴染む。昨日より、グッと密着しているように感じる。ナチュラルに服を着たような感覚に驚いてる。」
「それが付け足した機能“その一”です。登録者が装着した場合に、密着するように、中部の革部分に魔法を付与しました。これにより、もしも、サカエさんの体型が変わってもサカエさんの体型に常にフィットするようになります。」
ちなみに、俺以外の人間が装着すると防犯機能が働き中で延々と収縮が起こるそうだ・・・。
まるで、真空パックのような話に思わずゾッとする。
この防具の所有者の判断基準はなんだろう・・・。
防犯機能の誤作動が本当に怖いんだけど。
「大丈夫です。サカエさんがサカエさんである限り、その防具はずっとサカエさんを認識し続けます。御安心ください。」
「俺じゃ無くなる場合って、逆になんだろう。」
「そうですねー・・・。鎧をつけた状態で死んで、なおかつ、屍人になっても大丈夫なので、ほぼ何が起きても大丈夫かと思います。」
「ゾンビになったら、むしろ人に迷惑をかけたくないから、早々に始末してくれる方が助かるけどね。」
「はは、たしかに。それは同感ですね。では、そうならないことを祈りましょう・・・。」
店主は頷くと、俺の手首を握り指を差した。
「ここ。この部分、覚えてますか?」
「あぁ、解除する紋章がある場所だね。」
「えぇ。試しに武装解除してみてください。」
「【武装解除】。」
解除のための紋章がある左手首の内側を押さえながら、全解除を試みると、着けていた防具が全てなくなってしまった。
左手には、紋章の入ったブレスレットだけが巻かれていた。
「え?あれっ!?消え・・・あれ!?」
キョロキョロと周りを見合わすが、足元にもテーブルの上にも防具は見当たらない。
「どうです?簡単でしょう?この左手のブレスレットに、全ての防具を収納できるようにしたんですよ。機能“その二”です!」
「このブレスレットに?これも魔法の力?凄いな!」
「えぇ!そうなんですよ。まずそのブレスレットに、アイテムボックスの機能を付与するんです。小さなアイテムボックスを紋章の場所に内蔵し、紋章が発動するとそれに合わせてアイテムボックスが開閉する仕組みにしました。更に全ての鎧にポインターを打つことで装着も・・・うんぬんかんぬん・・・。」
左手のブレスレットを眺めながら、俺は首を捻る。
店主は俺の質問に答えるように、うんぬんかんぬん・・・長々長々・・・と説明を始めた。
要点だけまとめると、ブレスレットにアイテムボックスを付与。
紋章の『武装or解除』の発動と同時に、自動的に内部に埋め込まれたアイテムボックスが開閉する仕組みになっているらしい。
アイテムボックスと鎧を別の魔法で結び付けることで、アイテムボックスには防具だけが収納されるとのこと。
単純な仕組みだが、傍から見れば、まるで消えたように、見えるようになるそうだ・・・。
「ふふふふ・・・ははは・・・あはは!やっぱり、私は才能の塊だぁ!世界中探しても、こんなことを思い付く者などこの世に存在しないだろうぅー!クハハハ・・・!!」
徹夜せいで、ハイ状態に入ってしまったのか、アダンさんは目をギラギラとさせながら、両手を広げて天を仰いでいた。
『わたしが神だ!!』など言い出しそうな雰囲気に俺たちは半ば引き気味でその光景を眺めていた。
「あー、将来的に、武器も持ちたいんだけど・・・。」
「ふふ!抜かりありません。アイテムボックスに、空きスロットは用意してあります。武器や盾も収めることが可能ですよ。」
「へぇー・・・。でも、俺が多分使うのは、弓になると思うんだよね・・・。」
「弓使いですか・・・。その重鎧にまた不揃いな・・・。」
俺のブレスレットを見て、その中にある鎧と弓の組み合わせを想像したのか店主は苦笑する。
「はは、申し訳ないな。でも、得意なのは、やっぱり弓なんだよね。剣や槍もできなくはないけど、一番手に馴染んでるのは弓なんだ。」
「えらく、自信があるようですね・・・?」
「ユーちゃんは、私たちの住んでいた所で一番の弓の使い手だよ。弓の大会で一位になったんだー。」
俺が昨年、優勝した時のことを思い出しつつ、観月は補足説明をしてくれる。
まぁ、生活の為の弓使いと、競技としての弓並べて比較しちゃいけない気もするが、やはり俺が一番何が出来るのか?と問われた時に真っ先に出てくるのは【弓】以外にない・・・。
それほどまでに、俺の身と心に弓は染み付いていたのだ。
「ふむふむ・・・。試しに、そこの弓を引いてみますか?」
店主が指さしたのは、素材が木と動物の腱などを使った普通の合成弓だった。
よく日本では、短弓といわれる短く見えるものだ。
ちなみに、弓といわれ、大弓といわれる長い弓を想像する人も多いと思うが、あれは日本だけで使われている特種なものだそうだ。
世界では、目の前の短弓が主流だと、〈弓道部部長の仰木先輩〉が言っていた。
弓道部部長 仰木先輩か・・・。
ショートの髪をサラりと流し、いつも優しげな表情で俺の練習を見守ってくれてた先輩。
何より、この先輩と過ごす時間はとても気持ちが良かった・・・。
彼女の声やスッと伸びた姿勢から、澄んだ森のような空気が、いつも漏れ出ているのだ。
まさに、マイナスイオン先輩。
あぁ・・・。また会いたいな、先輩・・・。
っと、話が逸れたな。
「ふむ・・・。」
手に取って、しなりや弦の張りを確かめる。
しなりも利くし、弦の張りも申し分ない。
短弓は、速射性と威力を重視した弓。
大弓(和弓)は、精度と飛距離を重視した弓。
実践で使えるのは言わずもがな、短弓だろう。
海外では、騎乗でもかなり効果の高い物として重宝されてたらしいしね。
「合成弓か。いけるかなぁ・・・。」
俺は弓を手に取り、試しに引く動作をしてみた・・・。
ー スッ・・・!
弓を引き絞り、最大より少し手前と思われる場所で弦を離す・・・。
ー ヒュン!ビイィィン・・・!
風を切る音と共に、反動に揺れる弦から響く・・・。
とても、澄んだ綺麗な音がした。
もはや達人の域の仰木先輩の弦音とは雲泥の差だが、それでも、当時の俺を優に超える音色は出せていたと思う。
もしかしたら、身体強化の影響で五感も研ぎ澄まされているのかもしれない・・・。
二人にも音の感想をと振り返ると、二つの笑顔がこちらを向いていた。
「うん・・・。いい音だね・・・。ユーちゃんらしい、いい音・・・。空気も澄むほどに、気持ちいい感じがするね・・・。」
目を閉じ、観月が胸に手を当て、ほぅ・・・と息を漏らす。
「えぇ。普通の弓で、それだけの音が引き出せるなら、十分ですね。それならば・・・是非、試して頂きたい品があります。」
そう言って、店主は店の奥へ入って行った。
次に帰ってきたその手には、布に包まれた長い大きな箱を持ってくる。
布を取り、箱を開けると皆で中を覗き込んだ・・・。
「これは、先代が作成した弓です。かつて、懇意にしていた方が持ってきた素材で作ったと言っていました。その方が来たら渡すように、と言われていたのですが・・・。」
箱を開けると、そこには大きな合成弓が入っていた。
大弓と短弓の間ほどの弓。
大きさもさることながら、素材も木や竹ではなく、骨や革のように見える。
まるで、象牙のような質感だ。
さらに、その骨を守るように、黒い下地を赤い水が脈々と流れているような不思議な外殻が装着してあった。二枚の盾を、上下に貼り付けたような見た目に困惑する・・・。
弓?これ、弓なの?
いや、たしかに弓の形状をしているが、明らかに装飾が大きすぎて、威圧感がありすぎる。
まるで・・・この黒鎧のために用意された盾のようだった。
「この素材は?」
「かつて、世界を襲った邪龍の骨と角、そしてこの外皮を惜しみなく使った贅沢品です。」
「じゃ、邪龍!?ま、またまたー・・・。龍の弓ってことですか?そんなのあるわけ・・・。」
「あるんですよ・・・ふふ!実際に手に取って、見てください・・・!」
「え?でもこれ、人のでしょ?さすがに勝手に触るのは気が引けるというかなんというか・・・。」
「残念ですが、その御相手の方は、もう亡くなってるんですよ。娘さんはいらっしゃるそうですが、この弓のことは知らないので、お気になさらず。」
アダンさんは、箱を持ち上げると、俺に持ってみるように差し出した。
「の、呪いとかは・・・?」
「はは!大丈夫ですよ!そんな、魔王の防具じゃないんですから・・・。心配性ですね~!」
カラカラと笑いながら、店主は首を振ると、『おや~?ビビってるんですか~?』とニヤリと笑ってくる・・・。
おぉー!?挑発してきたぞ、この店主!
「見た目が、魔王の防具と一緒だったから、警戒するのは当たり前だよ。」
「はは!魔王なんて、あとは現魔王くらいでしょう。そんな、魔王だらけになったら、この世界は即滅亡してしまいますよ。」
すみません・・・。
僕一応、魔王の一人なんです・・・とは、言えなかった。
オマケに、今も魔王は僕の中に居ます・・・とも、言えなかった。
「ははは・・・そうですね。」
俺は頷くと、箱の中の弓に手を伸ばし、持ち上げた。
「む!?重っ!?」
重い・・・。非常に、重い。
構えて見れば、正面から見た姿は、もはや大盾を構える歩兵と一緒だった。
「おぉ・・・!?」
店主が目を丸めて、俺を見ている。
いくら重いからって、そんなに驚くことだろうか?
「え?何か?」
「い、いえ!ほ、ほら、先程のように、ビン!と引いてみてください!ビンっと!」
店主は箱を置くと、期待に満ちた目で、俺を見つめる。
「えー、あ、うん。」
俺は言われるままに、弓を構える。
その瞬間だった。
▷近くで、強力な魔力を検出しました。早急に確認をお願いします!
そんな、リライアの緊迫感に満ちた声が頭に響いたのは、俺が弦に手をかけた瞬間だった・・・。




