その男、変態につき
聖戦ならぬ“性戦”を語る上で、必要なこと。
それは、登場人物を揃えていくことだろう。
特にこの物語を語る上で、この者を置いて他を語ることなどできない。
そう、彼を置いては話は進まない…。
ここは現代でもよくある学園の屋上。
その屋上に若い男女が居た。
男は転落防止用のフェンスの前に立ち、女の子は側のベンチに行儀よく座って男を不服そうに見上げている。
「むうぅぅぅー…!!」
「あー…今日も晴天!女の子が眩しいほど輝いてるねー!とくに、この放課後の時間だよ。この時ほど、女の子が綺麗に見える瞬間は無いよな。」
小さな双眼鏡を手にグランドを走る女の子たちを眺めては、心からの賞賛を送り続ける男。
彼こそ、この物語中で群を抜いて変態。
変態オブ変態。
変態という名の紳士。
ある意味、清々しいほど紳士の中の紳士。
性欲の権化にして、色欲魔王。
「もう!いつまで、こんなとこにいるの?早く帰ろうよ!」
「光る汗で張り付く髪、跳ねる胸、揺れるお尻。全てが俺の男を駆り立てる。嗚呼…なんと美しいことか…。ねぇ?そう思いませんか?観月さん。」
「変態さんの考えなんて知らないよ。そもそも、私は女の子だよ。知るわけないじゃん。それよりもう帰ろうよ、ユーちゃん。もう一時間近く、女の子を見てるでしょ?満足したでしょ?帰ろうよ!お腹空いたよ!」
女の子が大好きすぎて、毎日のように女の子を追い回す思春期真っ盛りの男の子【栄咲 遊助】は、いつも通り屋上からバードウォッチングならぬ、ガールズウォッチングを楽しんでいた。
端的に申し上げます。
この男、ただの変態にして、ただのこの物語の主人公です。
「ふへへ…。よい、よいの~。」
「ハァ…。私もう行くからね!ユーちゃん!」
「おぉー、いけいけー。俺は目の保養に忙しい。」
「何が保養だ、変態!(他の子で保養するくらいなら、私を見てよ…ヘタレ…。)」
そして、想いを寄せる幼なじみに気付いていながら手を出せない、出さないテンプレのようなヘタレでした。
「なに?なんか悪口が聞こえたぞ?」
「なんでもないよ!フンッ!だっ!」
幼なじみの女の子【観月】がお怒り気味に、扉へ手をかけた瞬間だった。
ー ゴロゴロ……!
急に空が真っ暗になったかと思えば、地を揺らすほどの轟音と共に、空に閃光が走った。
「ユーちゃん!危ないよ!とりあえず、中に行こう!」
「いーやーだーねー!一雨来れば、ブラスケが拝めるかもしれないもん!モンモン!」
「黙れ、エロスケ!雷は本当に危ないんだからね!」
呼んでも来ないことはすでに分かっていたのか、観月はエロスケを強引にでも連れていくべく足を向ける。
暗雲立ち込める空を見上げて、観月は思った。
もしや、日頃追いかけ回していた彼女たちの怒りがここに集まっているのではないか?と。
ー ピシャン!ゴロゴロ……!
「ひぅっ!?」
そう思うと、思わず足がすくむ。
それなら、確実に目の前のエロスケに落雷は落ちてくるに決まってる。
そんな天罰は、このエロスケにこそ相応しい罰なのだから。
「おぉ…。まだ頑張るのか、お嬢さんたち。この空模様じゃ危ないよ?地上だって、雷の落ちるリスクはあるんだからねー?」
「…いや、屋上の方がリスク高いからね、ユーちゃん。むしろ、こっちが危ないってば。」
自分たちの状況をまるで理解していない目の前の男に観月は苦笑を浮かべると、僅かに肩の力が抜けて足にも力が戻ってきた。
「ほら、帰ろうよ…。」
「んー…んん?」
ー ピカッ!ドオォーン!!
再び、光と共に地が割れたかと思うほどの轟音が辺りに響きわたる。
音と光にさほど差はなかったことから、すぐ近くに落ちたことは間違いない。
見れば、屋上の角に設置してあった避雷針から煙が上がっている。
しかもそれは…。
ー ギギギギ…ガラン!ガラン!ガラン!
雷の衝撃か、はたまた劣化故か。
避雷針は根元からバッキリと折れてしまった。
「っ!?これは、さすがに、シャレになってないな!観月、戻ろう!」
「うん!」
転がる避雷針に青ざめ、いよいよ身の危険を感じた二人は屋上から降りる選択を選んだ。
だが、もうこの時には全てが遅かったのかもしれない。
身の危険を感じたユースケが、屋上から退避しようとした瞬間…。
《 まったく、あの生真面目娘!どこに行ったんだ!? 》
「…娘…へっ?」
天からの怒号と共に、ユースケに雷が向かって落ちてくる。
「ユーちゃん!!」
空の異変に気付いた観月は、いち早くユースケに駆け寄っていた。
「観月!!」
助けようと手を伸ばし何とか抱き寄せるも、落雷の速さは平均しておよそ200km/sほど。
回避するなど到底間に合わず、そのまま、ユースケと観月は地上から…否。
跡形もなく、現世から姿を消すのだった…。