その男、色欲魔王につき!
禍々しいほどに淀んだオーラを纏った黒い西洋甲冑の男が拳を握りしめ、小高い丘の上から平原を見下ろしていた。
「…来たな。」
男の視線の先には、広大な平原をゆっくりと進軍する魔物の軍勢が写っている。
それはさながら、地上を流れる濁流のように目の前に立ち塞がるもの全てを飲み込みながら、ただひたすらに人間の領地を突き進んでいた。
ー オオオオォォォ……!!
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!!
魔物の通ってきた道中には多くの村や町があったが、それら全ての建物は破壊し尽くされ、住んでいた住人たちもまた蹂躙されて根絶やしにされた。
いくら大地が炎と鮮血に染まっても、魔物を統べる王の怒りは収まらない…。
全てを飲み込んだ濁流は、更に更に先へとその進行速度と勢力を徐々に増しながら進んでいく。
魔王軍進行の知らせが王都に届いたのは、進行開始から三日後のこと。
この時点で魔王軍は人間の領地の三割ほどの侵略を終えている状態だった。
事態を重く見た人間たちによって、情報は精査され速やかに魔物の軍勢の目的地が割り出される。
魔物たちの最終目的地。
それは人間の領地の象徴【王都 ミハエラ】…。
今、男が見下ろしている平原にほど近い場所、《アヴァロニア地方》の中心に置かれた巨大都市の名であった。
魔物の群れが、王都まで進行しているという報告を受けた国王は迎撃することを決めたのだろう。
最初の報告から七日目のことだ。
この時点で国王の采配の無さが伺い知れた。
「はぁ…。判断が遅すぎるだろ。」
もっと早くに手を打っていれば、このように王都の目の前までの進行を許すことなどなかったはずだと、丘の上から見ていた男は首を振って深くため息を吐く。
しかし、しっかりと念入りに協議したにしては人間側の勢力はあまりに簡素に見える。
王都の城壁の前には、各地方から集めた総勢“一万程”の歩兵と弓兵、騎馬隊しか居ないのだ。
対する魔王軍は、進行中も各地の魔物を吸収し巨大化。
進行開始時は同じく一万程の数だったが、王都を目の前にした現在では、三万をゆうに超える数へと膨れ上がっていた。
傍から見れば圧倒的不利な状況だが、王都側は更に強力な増員を用意していた。
その数は僅かに三人。
しかし、侮るなかれ。
この三人こそ王都を守護する人類最強クラスの知武を持つ者たちだ。
そんな化け物たちと怪物たちが揃い踏みになることなど、未だかつてない歴史的状況の中でも、男は呆れ眼で両軍が向き合う姿を丘の上から悠然と眺めていた。
まもなく両軍は激突し、どちらが勝鬨をあげるまで戦場は血に染まり続けるだろう。
「なんて不毛な争いだ。もったいないにも程がある。」
鎧の中で小さくため息を吐くと、眼下に見下ろす軍勢を眺めて首を振った。
この戦には両軍に多くの命が使われている。
その多くの兵が血を流しこの地で命を散らすことになるだろう。
その命の尊さを無視した争いに身を置く彼らの未来を憂い、男は『もったいない』と呟いたのだ。
零れた声に、隣に立っていた女の子がクスリと微笑む。
満月を思わせるほど美しく明るい髪と、雪のように美しい着物が丘に流れる風に靡いた。
「ほんと、優しいね。ユーちゃんってば。」
「優しくはないさ。今からやろうとすることを、思えばな。この光景を見て、率直な感想を述べただけだよ。」
漆黒の西洋甲冑を纏った男は肩を竦めて笑うと、自身の愛武器である弓を手に立ち上がる。
「ユウ様!全軍、出撃準備が整いました!」
二人の話が終わったことを確認した軍隊長の女の子が、胸に手を当て強い口調で告げる。
「そうか…。じゃあ、両軍がぶつかる前に決着をつけるとしようか。」
男は眼下に見下ろす両軍の中央に向けて、手を指し示す。
「この戦、我が軍が貰い受ける!勝利を我が手にもたらせ!」
「はっ!必ずや!全軍展開!弓兵、構え!」
男の号令を再度、軍隊長は繰り返す。
女の子とは思えぬ気迫を持って雄々しく発せられた声は全軍へと、速やかに伝達されていった。
総勢五千の弓兵が弓を引き絞り、魔物の軍勢へ狙いを定める。
「ん?違うぞ、みんな。狙いは中央だ。二連で、放ってくれ。」
「「っ!?」」
「し、失礼しました!!弓兵、狙いを変更!両軍中央、二連!」
「「応っ!」」
男の号令で瞬時に狙いは変更され、全員の視線が中央に降り注がれる。
「全軍…放て!!」
シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!
号令と共に軍旗が振られた瞬間、皆の手から矢が放たれた。
総数一万の矢は真っ直ぐに、戦場の中央に降り注いでいった…。
「シルフィ!やるぞ!」
『は~い♪イタズラしちゃうぞ~♪』
男は風の精霊を召喚し、矢の軌道を修正していく。
千本の矢は寸分の狂いなく、四方へと拡散し、両軍の兵士へと着弾していった。
「安心しろ。鏃は潰してある。殺しなどしないよ…。もったいないからな。」
全員の武器を握っている手首だけを狙って、強力な一矢を打ち込んでいく。
しばらくは、打たれた者たちは武器を振るうはおろか、満足に握ることもできないだろう。
「ぐっ!?なんだ!?」
「ぬうぅ…これでは武器が…!」
状況が飲み込めず混乱する前線に向けて、男は『拡声器』を手に呼びかける。
「あー…あー…マイクテスト、マイクテスト。本日は、晴天。本日は、晴天な~り~!」
マイクテストを終えたのか、男は満足気に何度も頷くと、そのまま両軍を見下ろしていた。
足を止めた両軍は、崖の上から見下ろす謎の軍勢に混乱を極める。
「なんだ!?あの大声は!?新たな魔道具か!?」
「あの軍勢はなんだ!いつの間に現れた!?」
「こっちに攻撃してきたぞ!?敵の仲間じゃないのか!?」
口々に騒ぐ王都勢。
「グルルル…?」
「ガウ!ガウ!」
「てー…んー…gaaaー…?」
何を言っているか分からない魔物勢。
おい、最後のお前。それはあかんヤツや。
それら全てを無視して、男は拡声器を使って両軍に呼びかける。
「命を粗末にするお前らは、俺が粛“性”してやる…。全員、去“性”してやるから、そこで待ってろぉ…。」
ー ゾクッ!!? ー
「粛…せい…?どこかで聞いたような…。」
「おい!まさか、あれって…。」
「確か、東の街の軍はアイツに粛清させられたっていう…。もう、女しか残ってないらしいぞ!?」
「そんなバカな!?東の街って言ったら、武神と謳われる、キール将軍が管理していた街だろ!?」
「あれは…アイツは…!!?」
男の威圧の篭った声に、その場の全員が震えると…口々に叫びをあげる…。
男の正体に気付いた何人かは、大きく叫び、それが全軍へ広がっていく!!
『 その男、色欲の魔王アスモデウス につき!総員、撤退!!全力で撤退せよ!! 』
「ふふ…ふははは…アーッハハハハハハ!!!我から逃げられると思うなよ!?お前ら全員我が悪夢の贄となれええぇー!!」
男の重く低い声は戦場へと広がり、その場全ての人間と魔物に恐怖を与えていった。
これが、後に歴史書に記された【 第二の魔王アスモデウス 】が登場する物語の一節。
この物語の主人公にして、ハレンチート能力で世界を救い、一大ハーレム国を作り上げた男の物語である!!!