その魔法図書館、巨大につき
いつまでも、ボス部屋でゆっくりしていても仕方ないので、部屋から出ようとした時だった。
「うーう。」
「ん?どうした、シルク。」
服を引かれたので振り返ると、ボス部屋の真ん中にある石の椅子を指さして、シルクが歩き出す。
ついて行くと、漆黒の鎧がバラバラになって落ちていた。
どこか、主を失った剣と西洋甲冑に物悲しさを感じる。
元は人間のものだったのだろうか?
「たしか、中にはシルクが入ってたんだよな。また使いたいのか?」
「うーうー?」
しかし、シルクは甲冑の頭を拾い上げると、俺に向かって差し出してくる。とりあえず受け取ると、少し考えて・・・シルクの頭に被せてみた・・・。
「ん~~・・・。はい!」
「うぅ!?・・・うー!うー!」
今のシルクには大きいのか、ヨタヨタとよろめきながら俺の腹に飛び込むと、兜を取って、頬を膨らませた。
はは・・・可愛い可愛い。
「え?シルクが使いたいんじゃなくて、俺に使って欲しいのか?」
「うー!」
シルクは頷くと、俺の手に甲冑を手渡してきた。
と言われてもなぁ・・・正直、困る。
別に今は必要ないし、何より問題があるのだ。
脱げなくなる呪い・・・とか、かかってないよな?あとは、魔力増大するけど体力激減とか。冒険も序盤のため、デメリットがある物はなるべく避けたいところなのだ。
「うーん・・・どうするか・・・。」
「これ、ステータスみたいに調べられないかな?」
「ああ、鑑定スキルか。俺、持ってないな。観月は?」
「ごめん。その魔法のこと、よく分かんなくて。火水土風の四大元素しか取ってない。」
「そうか。なら、少し書庫に籠るわ。方法はあとで渡すから。」
「うん。私たちが見張ってるよ。いってらっしゃい。」
「悪い。すぐ戻るから。」
「・・・うー?」
俺は観月に見張りを頼むと、椅子に腰掛けて目を閉じる。
俺たちのやり取りを不思議に思ったのか、シルクは俺にしがみついたまま、離れようとしなかった。
「俺の身体を頼むよ。少し魔法のお勉強をしてくる。」
「うー・・・。」
シルクは頷くが、分かっているのかどうか、曖昧な返事をして俺の膝に登ると腰を下ろした。
少女のやわらかなお尻の感触が、布越しに伝わってくる。
シルクの予想外の行動に苦笑を浮かべると、観月は手を差し伸べる。
「シルクちゃん、こっちおいで?ご主人様はお勉強するって。」
「・・・うー。」
手から逃れるようにシルクは身をよじると、俺の胸に抱きついて首を振る。
どうしても、離れるつもりはないらしい。
「んー、困ったなー。」
「まぁ、重くないし、このままでもいいよ。むしろ、俺はこっちの方がやる気が出てきた。」
「もう・・・。変態さんのやる気スイッチの場所は分からないよ・・・。」
「そりゃ、下半身のこの真ん中の棒・・・『早くいけよ、遊助。変態スイッチ、へし折るぞ?』・・・すんませんでした。」
問われたので、真面目な顔で自身の股間を指さして答えたのだが、目の前の観月さんはチン回答がお気に召さなかったのか、にっこりと笑って槍を大きく振りかぶった。
息子が折られる前に俺はすぐに目を閉じると、大きく深呼吸して鍵となる呪文を口ずさむ。
「《 魔法図書館》」
魔法が発動した瞬間、周りの情報が一切遮断される。
意思だけを身体から抜かれ、黒い闇の中に放り込まれたような感覚だ。
何度目か試したが、まだ慣れない感覚だな。
ゆっくりと目を開けると、目の前に木製の大きな扉を見つける。
あの扉の向こうが、魔法の知識を沢山の本にまとめた魔法図書館だ。
魔法の知識をふんだんに勉強できるうえに、時間の経過も遅い。
それに静かで、集中して勉強するには持ってこいの場所だ。
さぁ、勉強だ!勉強!
ただ、情報量が多いから、また頭が痛くならないように気をつけないとな。
「よし!イクか!」
ー ギイィィ・・・!!
俺は小さく息を整えると、重い扉を押し開いた。
扉を押し開くと、真っ白な部屋があり、そこには何万冊もの本が何千もの本棚にビッシリと延々と並んでいた。
右を見ても、左を見ても果ては見えず。
前を見れば、気も遠くなるほど真っ直ぐにどこまでも本棚は続く。
さーて、まずは、本を探すか。
探すと言っても、自分でやるわけでは無い。
この図書館は巨大すぎて、探し回るだけでも何日も、下手したら何年もかかってしまうだろう。
だから、頼むのだ。
「すまない。探し物があるんだが。“鑑定”に関する書物を見せてくれないか?」
《要求を確認しました。“鑑定”に関する書物を閲覧希望ですね。こちらへどうぞ。》
天からの声のように、頭の上から降り注ぐ女の子の声に従い、設置された机に着席する。
「お持ちしました。」
「いつも、すみませんね。ありがとう。」
言われたまま着席すると、女の子が数冊の本をカートに入れて、隣に立っていた。
彼女はこの部屋の主といってもいい存在だ。
お姉さんが厚意で、アシストできる機能として、彼女をつけてくれたらしい。
最初に訪れた時は、声すらなかったただの情報体だったが、俺が数回この部屋を訪れるうちに、声がつき、肉体がつき、動作がついてきた。
どうしたのかと問うてみると、この方が俺のやる気がアップできると、学んだからだと返してきた。
まったく、俺をなんだと思っているのか。
・・・・・・本当、よく分かってらっしゃる。
「なんと、今回は服装に大きな変化が起きてるね?」
「記憶情報を参考に、理想の服装をチョイスしました、如何ですか?」
「学園の制服か。それも、先輩たちの服装と同じ色のネクタイか。あぁ、実際の先輩を手本にしたんだね。モデルはたぶん、文月先輩だ。」
三つ編みの眼鏡の文月さん。落ち着いた見た目で、男子に密かな人気だった彼女は図書委員長さんで、いつも図書室に居た。
イメージ通り、ピンクの可愛い下着をつけいて、いつも挨拶がわりにハレンチさせて貰ってました。
世界一のガードの弱さ。しかも、ハレンチしても、「もう・・・ダメですよ?」と困ったような、恥ずかしさも含んだ笑みを浮かべて返してくるハードルの低さ。
本当、彼女の未来が心配である。
同じ図書館の管理人として、彼女の記憶を見たのだろう。
気崩しもなく、綺麗に服を着た女の子は俺の前に立つと自身の服を見せてきた。
ちょうど目の前には、スカートから伸びた眩しいほど美しい太ももが見える。
・・・情報体じゃなければなー。
「よく似合ってるよ。」
「ありがとうございます。」
文月先輩とは対象的に、プラチナブロンドの長い髪を腰あたりで縛った女の子は、スッとお辞儀をする。
・・・フチなし眼鏡までかけている。
なんか、来る度に変化が起こるな、この情報体は。
立ち振る舞いは、まるで俺の専属秘書だ。
それも、クール系。
喋る時以外は、口角が上がることも無い。
基本、表情は死んでる。
というか、感情が装備されてないのだろう。
あと何回か来た頃には、ついに感情がついて、人間と変わらない状態になるんじゃないか?
「こちらが、ご希望の本です。」
「ありがとう。今から、エネミーを倒した時に、ゲットした戦利品を鑑定しようと思うんだけど、おすすめの魔法はあるかな?」
「武器と防具、その他全ての装備品は、一つの魔法で鑑定することができます。」
十冊程の本の中から、迷いもせず一冊の本を抜き出すと頁をめくり開いて、俺の前に置いた。
「〈 鑑定魔法の習得方法 〉か。なるほど。」
俺は一行一行、しっかりと読むと、ペラペラと捲っていく。
装備に関するものだけではなく、アイテムの鑑定も習得しておこう。
その度に来るの面倒だし。
「・・・ふう。よし、鑑定方法は分かった。ありがとう。そろそろ、戻るよ。」
「閲覧を終わりますか?」
「あぁ。」
俺は本を情報体に手渡すと、帰ろうと椅子から立ち上がる。
「あ、そうだ。ここに来なくても、思い出すような感覚で、向こうで魔法を習得することは出来ないかな?やっぱり、身体が一時的とはいえ、無防備になるのは心配なんだよな。」
「それでしたら可能・・・できません。」
「え?どっち!?」
「できません。」
「いや、でも一度、可能って聞こえ・・・。」
「で・き・ま・せ・ん!と、申し上げました。」
「あ、はい。すみません。」
可能と口にした情報体は、すぐに首を振って、発言を撤回した。
食い下がる俺に、次は顔を近づけ、少し目元を釣り上げ、口をへの字にしてキッパリと質問を突っぱねた。
え?この秘書さん、怒ってるのかな?
おぉ・・・少し、感情が芽生え始めてる!?
素晴らしい!
「困ったなー。何か問題でもあるの?」
「元々、その身体は魔法の使用ができる素体ではありませんので。最悪・・・・・・頭が吹っ飛びます。」
「頭が吹っ飛ぶ・・・。身体の作りが違うってこと?それなら、神様が、身体強化してくれたから、大丈夫だよ。」
神様が大量の情報量に壊れないように、俺たちの身体を強化していてくれたはずだ。
元々この頭に収まっているのだから、こうして、ここに訪れて、本を手に取り読む、などという動作自体、無駄なんだ。
もっと、思い出を紐解くように、『あ、思い出した!』と同じ感覚で、知識を探れれば、それに超したことはないのである。
さすがに、冒険中や下手すれば、戦闘中にゆっくり勉強する時間などあるわけがないのだから。
黙っているので、顔を覗き込むと、苦虫を噛み潰したような顔で、情報体は爪を噛みながら、目を伏せていた。“ちっ・・・。”と、声が漏れると・・・
「むぅ・・・余計なことを・・・。」
と、うめき混じりの呟きをこぼした。
俺が目を丸めて、その横顔を見ていると、視線に気付いたのか、いつも通りの無表情に戻り・・・コクリ?と、見つめる俺を見つめ返した。
いやいやいや!なにその、何か?みたいな顔は!
なかったことにできると、本当に思ってるのか!?
「え?ちっ・・・?舌打ちした?今、舌打ちした?」
「しておりません。」
「いや、でも、ちっ・・・って。」
「し・て・お・り・ま・せ・ん!と申し上げています!」
追求すると、やはり、先程のようにキッパリと否定されてしまった。
さらに凄みが増している気がする・・・。
「そ、そう?何か方法ないかな?」
「ありませんね。こうして、問題が起きるたびに、ここを訪れ、私の手を借りて、本を探し、私とお話がてら学んで行くしかありませんね。私と。」
チャッ!と眼鏡の位置を整えながら、情報体は真っ直ぐに俺を見つめ、そんなものはないとハッキリと告げる。
「そうか・・・じゃあ、仕方ないな。だけど、面倒だな。観月に何か方法がないか聞いてみるか。観月も図書館は持ってるし。」
「っ・・・!?それは、やめてください!」
「え?」
踵を返して部屋を出ようとすると、俺の服を掴んで、今にも泣きそうな顔で情報体は俺を見上げていた。
え?キミって、そんな顔もできるの?
なんか、一気に感情が豊かになってきたな。
しかし、この状況は・・・どういうことだ?
「この手は?」
「あ、ああぁ・・・あの・・・し、失礼しました。」
パタパタと、袖のシワを直すと、そっぽを向いてしまう。
人生最大の醜態を曝してしまったような恥辱にまみれた顔で横を向くと、その頬から耳、首筋まで、真っ赤になるほど赤面していた。
おぉ!?これは・・・これはまさか!?
「真っ赤だな。お前も、そんな顔ができるんだな。」
「こ、これは・・・その、情報の混濁によるエラーです。バグのようなものですから、お気になさらず。」
「・・・そうか。バグね。なるほど。じゃあ、早く直るといいな。」
「・・・・・・はい。」
胸に手を当て、少し、悲しげな表情で俯く情報体。
もう、ここまで来ると、普通の女の子となんら変わらないんだよなー。
「はは・・・。」
「・・・?どうしました?」
「お前のその胸に宿ったものは、バグなんかじゃないさ。何回、何十回、修正しようが決して消えることなんかないだろ。」
「・・・理解できません。」
俺の言葉に顔を上げると、情報体は不思議そうな顔で見つめ返す。
「ふふ・・・今はそれでいい。また、来るよ。俺の秘書さん。・・・いや、そこまで、成長してるんだ、そろそろ名前があってもいいだろう。」
「名前・・・?」
「個を識別する大事なものさ。君を、君だけを、識別するものだ。」
「私・・・を?」
さらに、小首を傾げる情報体・・・ではなく女の子。
俺は女の子の頭に手を置いて、優しく撫でると、小さく微笑んでみせた。
「君の名前は“リライア”だ。俺の“Reliable”秘書ってことで。」
「リライア・・・。ふふ・・・なんの捻りもありませんね。ですが、貴方様がそう呼びたいのでしたら仕方ありません。私は今からそう名乗ることにしましょう。」
言葉とは裏腹に、女の子は目じりに涙を溜めて、嬉しそうにはにかんだ。
まるで、この時を心待ちにしていたように、本当に嬉しそうに女の子は頷く。
「素直じゃないなー、キミは。」
「ぐす・・・。すみません、《マスター》。こういう仕様ですから。ふふ・・・。」
ポロポロと涙を零しながら、女の子は・・・リライアは小さく微笑んだ。
「それじゃあ、そろそろ行くか。また、何かあったら、勉強に来るよ。」
「・・・・・・あ、あの、マスター。宜しければ、落ち着いてからでいいので、お時間を頂けませんか?宿に着いてからでいいので。」
「ん?何か、知っておいた方がいいことある?」
「はい・・・。“魔王の名前を使用する許可を得た者”であるマスターだけには、どうしてもお伝えしたいことが、実は山のようにありまして。」
「そうか。なら、落ち着いたら、また来るよ。」
「お待ちしております。」
胸に本を抱え、涙を拭い切ると、口角を僅かに上げてリライアは微笑む。
そのまま、恭しく礼をする姿は本当の秘書らしく思えた。
ふむ。マスターさんは、ちょーっと、いじわるしたくなっちゃったぞ?
「リライア・・・。ハレンチに興味はあるかい?」
「は、ハレ!?私・・・私は・・・情報体ですから、ハレンチなことなんて・・・その、興味なんて・・・その・・・少しだけあの、情報収集目的程度しかありません・・・。」
「少しだけか・・・そっか。じゃあ、また今度、猛烈に興味が出た時の反応を楽しみにしてるよ。」
「か、かしこまりました・・・。その時まで、勉強、しておきます・・・。」
「ふふ・・・よろしくね。それじゃ、またね、リライア。」
珍しくテンパったリライアの様子に、俺は満足気に微笑むと扉に手をかけ、手を振りながら外に出る。
後に残されたリライアは、真っ赤にした顔を、本で隠しつつ、ぽつりと『いってらっしゃませ、マスター・・・。』と呟いた。
この途方もなく広い巨大な図書館は、今日も綺麗に清掃され、また、取り出しやすいようにと、常に並び替えられ、整理整頓されている。
全ては、頬を真っ赤に染めたこの秘書が、自身の主を思うが故・・・。
いつでも、主が訪れてもいいように、彼女は今日もこの広い図書館を一人、護り続ける・・・。




