その城、魔王の戯れにつき⑨
驚愕に染まった顔で扉に目を向けると、ギョロりとした目玉がコチラを見ていた……。
先程まで別の所にいたはずであった、溶けゆく巨人が大口を開けて騎士たちを飲み込んでいたのだ。
「うわああぁーーっ!!!?」
扉から見える通路いっぱいに這いつくばって、こちらに視線を向けているドロドロの巨人を目の当たりにし、ラファは堪らず絶叫をあげる。
巨人の近くにはおびただしい量の血が飛び散っていた。
「ぎゃ!?た、助け……助けてください!天使様!助け……ぎゃあああぁー!!」
『プルゥアァーーン!バクンッ!』
最後の一人を捕まえた巨人は、一呑みで騎士を飲み込むと、喉らしき場所を波打たせながら自身の胃袋だろう場所に嚥下していく。
「ぅああぁ……あぁ……!」
すぐ目の前で起こっている惨劇にラファは崩れるように地面に座り込むと、頭を抱えてガタガタと震え始める。
「くっ!なんてことをっ!」
【FIRE BIRD!!】
ー ボウッ!
『プルゥッ!?(ま、また来た!?)』
放たれた炎魔法から逃れるように、スライム巨人は分裂し、またどこかに隠れてしまった。
あとにはぽっかりと空いた暗い廊下だけが広がっている。
いや……そこは袋小路。通路なんて、どこにもなかった。
「ふふ……!ふふ……あははは!あーはははは!!」
力なく座り込んでいる天使と、悲しそうな顔で扉を見るミラを嘲笑うように、鬼面の女は大声をあげると、武器を担いで勇者から離れる。
「ありがとう。君たちが勝手に勘違いしてくれたお陰で、バッチリ目標達成だよ♡」
「何がバッチリだ!お前たちのせいで、たくさんの人間が死んだんだぞ!?」
ラファは嬉しそうに小躍りする女に心底腹が立ったのか、震える体で立ち上がると怒りに燃えた瞳で睨み付ける。
それでも、女はまったく怯む様子もなく、クツクツと笑みを浮かべていた。
さらに鬼娘は近くの勇者に向き直ると、扉を指差し問いかける。
「騙したって、人聞き悪いなぁ。ちゃーんと、書いてあるでしょ?勇者さん。あの扉にはなんて書いてある?」
「EXIT……出口でしょ?」
何を当たり前のことをと、呟き小首を傾げると勇者は今一度、扉に目を向ける。
「うん。出口だよね?でも、そもそもおかしくない?だって、貴方たちって、マオーちゃんの所に行きたかったんでしょ?なら、進むべきは“出口”じゃないでしょ。進むべきは、あっちの“何も書いてない”扉だよ。ふふ!」
視線を逸らして、鬼娘は部屋の隅にある簡素な扉を見た。
あちらが、正解のルートだと鬼娘は笑って答えると、残念だったねーと言い残して、武器を担いでテクテクと歩き出す。
壁に手を触れると、《従業員通路》と書かれた隠し扉が姿を現した。
「お前ぇー!!分かってて、騙したな!この悪魔が!人殺しめ!地獄に落ちろ、鬼女!」
「だからー、貴方たちの勘違いだってば。“EXIT”って、意味を理解して頭を働かせれば、安易に飛び込むような真似しなかったでしょ?みんなが居なくなったのは、私のせいじゃない。采配を間違えた君たちのせいだよ。人のせいにしないでほしいなぁ。それに……最初に人の尊厳を殺したのはアンタたち、クソ天使とクソ宗教でしょ……。自業自得だよ。」
「くっ!?」
最後に吐き捨てるように、殺気とともに天使を睨むと、扉を開けて鬼娘は中に入る。
チラリと勇者に目を向けると、少し笑みを残して扉をゆっくりと閉めた。
扉が閉まると同時に、そこにあったはずの扉は跡形もなく消え去り、あとには壁しか無かった。
残された扉は“何も書いていない扉”だけ。
それは指摘されるまで気付かないほど、簡素な扉だった。
勇者ミラウェイドは小さく息を吐くと、聖剣を背中の鞘に納刀して、意気消沈のラファへと歩み寄る。
「EXIT……。そういえば、EXITの意味の中には、“退場”って意味もあったね。はぁ……。私たちは、魔王にまんまと嵌められたわけか。」
「オレ、アイツらを許せないよ、ミラウェイド。」
「それは、彼らも同じことさ。美神教に対して彼らなりに、許せないことがあったから互いに刃を向け合うことになったんだ。だから、私たちも自分たちの正義を貫こう。彼らのように、自分たちの意志を貫こう。」
EXITと書かれた扉の前で項垂れるラファに向けて、ミラは強い眼差しで頷くと手を差し伸べる。
「あぁ……!必ず勝つ!勝って、オレたち美神教の正しさを認めさせてやる!」
「……うん。勝って、《《自分たちの意志を》》貫こう!」
ミラの手を取り、ラファは強く頷くと静かに立ち上がる。
二人は魔王の居場所へ続くと言われていた、簡素な扉に向けて、ゆっくりと強い足取りで歩みを進めるのだった……。
ーーーー
ーー
ー
「ただいまー。ふぅ……。」
「お疲れ様、観月。見事な悪役っぷりだったな。あの笑い方なんか、とても悪役らしかったぞ。画面越しでも、身の毛がよだった。」
「ふふ!でっしょー?小さい頃に観てた“プリクア”の悪役を真似してみたんだー。子供ながらに、印象強かったんだよね。」
「わかるわかる。子供向けの番組に出る悪役って、誇張してる分だけかなりインパクトあるよな。」
俺は特撮モノはよく見ていたから、その気持ちはよく分かった。
得てして、最後は大爆発。壮絶なものだったな。
俺も倒される時があったら、盛大に大爆発してみよう。
魅玖▶︎いやー……さすがに大爆発はヤバいですよ。相手も驚きですし。倒してハッピーエンド♪って、思ったら爆発に巻き込まれるなんて哀れすぎですって。あはは……。
「そっか。それじゃあ、参考までに、魅玖の最期はどんな終わり方だったの?」
▶︎私の最期は壮絶でもなんでもありませんでしたよ。数という暴力でタコ殴りにされただけです。第三形態まで晒したんですけどねー。執念というか、なんというか……人間は恐ろしいですねー。
当時を思い出したせいか、真底ゲンナリとした声が頭に響く。
え……第三形態って?
鎧が第一として、第二が大蜘蛛だったとすれば、第三形態ってどんな姿だったんだろ……。
▶︎……ふっ。
意味深な笑い声を残して、魅玖は話をやめた。
「めっちゃ気になるんですけど……。」
結局、そんな俺の疑問は解消されることなく流されてしまった。きっと、解る日は来ないんだろうな……。
「これで、天使さんたちも騎士団さんたちも、みんな捕まえることができたね?」
〈 悪夢装置 〉の方を見ながら、観月が小さく胸を撫で下ろした。
これでようやく、計画の半分といったところか。
「あぁ。ハヤー、進捗はどう?」
「順調ですよ。皆さん、よく眠ってます。」
沢山の人ひとり入りそうな白いケースが山のように並んでいる。
その数、七十七個。
空のケースがまだ三つあるので、中を見てみるとシルク生地の羽毛布団が中に敷かれているようだった。
まるで高級な棺のような見た目だが、決して死体を入れるためのものではない。
ハヤーの言う通り、七十七個の箱は全て“眠りのため”に用意されていた。
ー すー……すー……はぁ……はぁ……んッ!
ー すー……ん……んん!
ー あ……や、やだ……ん!あん!
寝息に混じり、苦しそうな、怯えているような、それでいてとても艶やかな声が箱から響いている。
「すごくうなされてるけど、どんな夢みてるの?」
「さぁ?悪魔アスモデウスに内容は任せてるから、分からない。ただ、色欲を司る悪魔というし、結構、爛れた夢なんじゃないかな?」
「た、爛れた夢って……なんか、怖いなぁ……。これって最終的にどうなるの?」
「分からないな。まぁ、アスモデウスは悪いようにはしないと言っていたから、そう心配することはないと思うよ。」
並ぶ箱から聞こえる艶やかな声に、観月たちは少し怪訝そうな顔を見せる。
とりあえずは、蓋を開けてみないと分からないので、今は見守ることしかできない。
「んー。最後に皆が笑える未来じゃないとダメだよ?」
「あぁ。そこは、約束しよう。皆の幸せは、この世界の女神様の願いでもあるからな。」
俺は強く頷くと、箱の中で悪夢に襲われている人々を眺める。
全てが終わった時に、この場にいる全員の意識は変わっているはずだ。
ただ一つ思うのは、洗脳に近いこれは倫理的に許されるのだろうか……という、素朴な疑問だ。
きっと、美神教は許さないだろうな……。
「とりあえず、この人たちはまだ暫くはこのままだろう。今は目の前の敵に集中しないとな。」
モニターの向こうで、トラップを次々に突っ切っていく勇者に目を奪われる。
「そろそろ、勇者ちゃんも苛立ってきてるな。まぁ、こちらのタスクは終わってるし、皆をこの部屋に迎えようかな。」
「うん!よーし!がんばるぞー!」
観月がその細い腕で力こぶを作ってみせると、ニコリと微笑む。
元気いっぱいで、可愛いなぁー。
「よし!観月、キスしよう。」
「えぇっ!?い、今?あー、うん。いいよ?」
突然の申し出に意表をつかれた観月だったが、すぐに意味を理解してそっと身を寄せてくれた。
「ふふ……!がんろうね、ユーちゃん!」
「あぁ!」
ー ちゅ!
擦り寄ってきた観月を抱きしめると、腕の中で微笑む観月の唇を奪う……。
優しく唇を愛撫し合うと、ゆっくりと体を離し見つめあった。
ほのかに色付く頬に、手を寄せ今一度、優しくキスをする……。
▷アスモデウスの能力向上を確認しました。基本ステータスに10%の上方補正がかけられました。
▶︎キスで強くなるとか、さすが色欲魔王ですよね。
どちらともなく離れると、魅玖の声に苦笑を浮かべつつ鎧の準備を始める。
ー カチャンッ!
『ありがたいよな。こんな可愛い女の子と、イチャイチャもできて、強くなれるんだもんな。』
「あはは……。でも、それは私も一緒かも。私もユーちゃんと触れ合うと力が弾けそうになるくらい身体が熱くなってくるもん。」
火照ったように染まった顔を隠すためか、観月は防具と共に鬼面を取り出し顔につける。
あぁ、せっかくの可愛い顔が……。
『もったいなぁ。もっと、見ていたい笑顔なのに……。』
「もう……みんな来ちゃうってば。続きはお家に帰ったらね。今は、残りの人たちを助けないと。」
鬼娘 観月は赤い鬼面からのぞく耳まで真っ赤に染めると、偃月刀を手に俺の前に立つ。
彼女の後ろ姿に頼もしさを感じつつ、兜を着けて立ち上がる。
部屋へと続く廊下が騒がしくなってきたな。
そろそろ、皆が到着するようだ。
『ふふ…では、仕上げといこうか。』
「うん!」
観月の隣に並び、その腰に手を回すとしかと抱きしめる。
鬼娘と魔王は互いの存在を確認し合い、飛び込んでくる者たちを出迎えた。
ー バタン!
勢いよく開かれた扉から、勇者ミラウェイドとラファ、ミカエルとガブリエルが駆け込んでくる。
「はぁー……やっと着いた。疲れたぁ~……。」
「見つけたぞ、魔王……!」
少しお疲れ気味のミラに苦笑していると、側の大天使たちが音がなるほど歯を食いしばり俺を睨みつけてくる。
そんな殺意剥き出しでこられてちゃ、勇者ちゃんに声をかける暇もないじゃないか……。
「よくも、オレの兄弟たちを殺したな!許さない……!兄弟たちの無念、その命で償ってもらうぞ!」
四人の中でも、特に怒りを顕にしたミカエルが剣を抜いて前に出る。
『ふむ……そうだな。確かに、多くの者が無念の淵に沈んだ。彼らに心より哀悼の意を捧げよう。彼らは弱者ながらに、精一杯にやっていたよ。実に残念だ。嗚呼……残念だよ、本当に……。』
胸に手を当て、魔王は天を仰ぎ見るとまるで演劇のようなオーバーな動きで悲しみを表現していた。明らかに下手な芝居に、後ろで息を整えていた勇者は苦笑を浮かべる。
「(そ、そんなことしたら……逆に逆撫でしちゃうと思うなー。)」
「ふざけるな!」
「ほらー……もう。」
そんな魔王の行いに当然ながら気持ちを逆撫でされたのは、他でもない大天使たちだ。
大天使は三人とも槍や剣を手に前に、俺に向かって駆け出す。
「死ね!魔王!」
「女神の裁きを受けるがいい!」
突然斬りかかられたが、予想はしていたのでさして怯むことなく最小の動きで相手の攻撃を、鎧を纏った手足だけで去なしていく。
『ふむ……。裁きとはどういう意味だ?』
「なっ!?コイツ、空手(素手)だと!?武器じゃないのか!?」
『お前らの攻撃くらい、この四肢があれば十分だ。』
「くっ!舐めた真似を!うおぉぉーっ!」
振り下ろされる剣、突き出される槍、払う軌道をなぞる槍。それら武器を易々と捌き切ると、お返しとばかりに疎かになっていた相手の脚元を回し蹴りで掬った。
皆、突然の動きに反応できず派手に地面に転がってしまう。
「ぐっ!?重い鎧を着けてるクセに、なんて動きするんだ、コイツ……。」
「元来、生き物の武器はこの拳と脚であったことを忘れたか?この身体もまた我の持ちうる武器の一つなのだよ。」
ー ガチン!
拳を合わせて打ち鳴らすと、俺は含み笑いそのまま拳を地面に打ち付けた。
ー ドンンンッ!
『 【|純然たる強化Lv3の拳骨】!! 』
「ぐっ!?」
拳が地面にめり込むと同時に、魔王を中心に衝撃波が広がり、周りで倒れていた天使たちを吹っ飛ばしてしまった。
地面を二転三転と転がり全身を強く打った天使たちは切り傷や擦り傷、打撲の痛みに悶えると、そのまま地面に突っ伏してしまった。
「がっ!ぐぅッ!?」
「いったぁ……!」
「なんて衝撃だ……!こんなの……防ぐ方法なんて……!痛っ!」
痛む場所を抑えて蹲ったままの天使たち。
一向に立ち上がる様子のない天使たちに、痺れが切れた俺は小さく息吐いて歩み寄る。
『ふむ……。前から思っていたんだが、お前たち天使は痛みに弱すぎないか?』
痛みで蹲る天使たちを見た俺は、心底呆れた声を漏らして構えを解く。
油断させるために演技しているのかと思ったが、どうやらそんな様子でもない。
これ以上の痛みを恐れて脚を踏み出すことを恐れているような、そんな気持ちが感じ取れた。
いや、生き物ならそれは普通のことだと思う。生存するためには、当然のことなのだが、目の前の天使たちは明らかにそれが強く感じた。
そう。もしも今、部屋の一部を解放して外の景色を見せれば、飛んで逃げてしまうのではないかと思うほどに……。
「それは多分、天使たちが戦闘慣れしていない上に、そういう種族だからだと思うよ?」
そう独自の見解を挟みながら、天使たちと俺の間に勇者ミラウェイドが立ち塞がる。
『そういう種族?感度が高いということかな?』
「そうとも言えるね、うん。天使たちは人や生き物の気持ちを感じ取れるように、他の生き物よりも感度が高いんだ。肌を撫でる風でさえ、あまりに強ければ痛みを感じるほどにね。」
なるほど。五感から感じる情報が強いから、人の精神を敏感に察知し、干渉できるようになったのか。
はたまた逆か?干渉できるように、そう進化したのかもしれない。
「だから、彼らにこれ以上の戦闘はできないと思っていい。ここからは私が相手をするよ、魔王くん。」
『ふむ、そうか。では、お前たちはもう不要だな。GAME OVERだ。』
「え?」
ーズドッ!ドスッ!ズバッ!
「はい!おしまい!」
「ガッ!?ああぁぁ……!?」
天使の背後に回っていた鬼娘が、目に見えぬほどの速さで天使たちを背中から斬りつける。
羽諸共、背中に大きな怪我を負った天使たちは激痛に苦しみ絶叫をあげながら、のたうち回る!
『 それでは天使諸君、バイなら、だ。』
「ぐぅっ!?アスモデウスウウゥーー!!」
ーガコン!
痛みに悶え苦しむ天使たちに、手を挙げると床が開く。為す術なく、巨大な穴へ落ちていった天使たちは最後に魔王の名を呼びながら落ちていった……。
ーガコン!
穴が再び閉じると、そこには何事も無かったようにフロアが広がるだけだった。
残された勇者ミラウェイドは苦笑を浮かべると、聖剣を地面に突き立て俺に向かって肩を竦めてみせる。
「あー、一人になっちゃった……。」
『あぁ。残るはキミだけだ。……ミラウェイド。』
俺は頷き返すと、弓をミラウェイドに向けて構える。
最後の一人に勇者が残ることは予想していた。
相手は百戦錬磨の人類最強……いや、生物界最強の存在だ。
こんな、急ごしらえのダンジョンなどすぐに攻略されることは簡単な想像できた。
だからこそ、最後は勇者と魔王の一騎打ちになることも分かっていた。
『では始めようか、我らの聖戦を。勇者ミラウェイド、覚悟はいいか?』
「ふふ。もちろん!たとえ一人になっても、私は負ける気がしないよ。」
『ふふ……!その意気や良し!』
俺はミラの言葉に満足気に頷くと、狙いを定めて、開戦の一矢を放った!




