その城、魔王の戯れにつき ~裏面~
シューッ!と何かが筒を通る音がして、続けざまにボチャン!と水の中に落ちる音がした。
音の響く部屋の中では、各所に設置された魔道具『駆目蝸』から送られてくる映像を眺めながら、このダンジョンの主 栄咲遊助が不敵な笑みを浮かべている。
「さーて、計画は順調だな。今、残っているのは下級天使三十名、その傍に大天使二名。別のフロアに勇者と大天使一名、兵士が十二名。」
「一気に半分になっちゃったね?大丈夫?」
「あぁ。概ね予定通りだな。」
▷預かっている天使たちは、別の部屋に案内しておきますね?
「ありがとう、リライア。丁重にもてなしてくれ。きっと、仲間に裏切られたショックとウリエスから聞かされた真実で混乱してるだろうからね。美味い物でも、食べさせてあげてくれよ。ひと段落したら、会いに行くと伝えといて。」
▷畏まりました。ウリエスさんと協力して捕虜の処遇改善を目指します。サカエファミリーは満足度120%であると教えてあげますよ。ふふ……。
捕虜部屋に連れて行かれる天使たちを映像で確認すると、隣に座って映像を眺めている観月に目を向ける。
「ハヤーちゃんの擬態した“真実の口”は怖かったね……。」
「ハヤーは初陣で、やる気満々だったからな。あの子、ドッキリとか大好きみたいだ。デフォルトが石像だからさ、“急に動いてビックリ!”なんていうのがマイブームらしいぞ?」
「あはは……。確かに、ハヤーちゃんだと微動だしなかったら、彫刻と見分けつかないもんね。」
ハロルド様のお宅にも沢山の彫刻があるが、それに紛れて使用人を脅かすことに楽しみを覚えたようだ。
ハロルド様からクレーム来てんのに……はぁー。
「あと、スライム巨人。これは、シルクちゃんだよね?」
「そう。王権を使って、スライム巨人を作ったんだ。中々、見た目にクルものがあったから、今回の作戦に採用させてもらったよ。まるで、“溶けゆく巨神兵”みたいで不気味さがあったろ?」
「うーん……。本当、見た目が怖いよね……。」
カメラに映っていた一部始終を思い出し、立った鳥肌を押さえるように撫でて、観月は苦笑していた。
「うー……?」
当の本人であるシルクは甘えるように、ゴロゴロと俺の膝の上で丸まって見上げている。
頭を撫でると、コバルトブルーの丸い瞳が嬉しそうに細められた。
「これからも、それぞれが一戦ずつして、敵の戦力を削り落としていく。次は、シルフィ!君の出番だ!よろしくな!」
『うん!任せて、ダーリン!ふふふ……!イタズラの申し子、シルフィちゃん!さーて!頑張って、イタズラしちゃっぞぉー♪』
指輪から飛び出したシルフィは、俺の頬にキスをすると、ブーーン!と風を纏って従業員扉から部屋を飛び出していく。
▶︎それじゃあ、フロアの構造を変えまーす。
シルフィさんの部屋に、大天使二人チームを送りますね~。
「はーい。次はどうしようかな……。風が生きるゲームにしたいなー。」
「うんうん!あれなんてどう?昔、テレビで観た~……」
「あぁ~!アレね!オッケー!」
観月と話しながら、シルフィの部屋を作り替えていく。
この城型のダンジョンは土魔法を元に造られたダンジョンだ。
一部屋一部屋をブロック状にして、上下左右を移動させることで自由に組み替えることができる。
更には部屋の形自体を変えることもできるので、相手の能力に合わせて臨機応変に対応できるようになっている。
人数が多ければ、半分になるように部屋や通路を組み替え、分断していくことが可能。
さらにそこに、こちらの戦力を投入すれば各個撃破できるという寸法だ。
「観月、ごめんな?」
「ん?あ、うんん。いいよ。」
俺はチラリと背後を振り返ると、観月に謝罪の言葉を述べる。
何を謝っているのか理解している観月は、優しい笑みを浮かべると俺の手に手を重ねて首を振った。
「確かに、嫌な思い出がある天使だけど、全部が全部、天使が悪いわけじゃないんだもん。それを教育した組織があって、それを利用する人間がいて、そうとも知らずにその組織を擁護する人々がいる。私はその環境が許せないんだ。だから、変えないとね。天使たちには正しい知識を。組織には正しい倫理を。悪意ある者には正当な罰を。そう思えば、ユーちゃんの選択は間違ってないって思うよ。」
頑張ろうね、と観月は微笑むとギュッと重ねた手を握りしめてきた。
小さな手の温もりが、じんわりと手を通して心に広がる。
酷いことをされても、それが最善ならばと間違いを赦し、最善の道に導こうとする。
まさに女神のような存在だ。
「でも、ね?正直……私はむしろ同情してるんだよ?敗北した先が、こんな未来なんて……きっと、彼らは想像がつかなかっただろうからね。」
観月は背後に視線を送ると、冷や汗を拭いつつ苦笑を浮かべる。
「……ふん!とぅ!はっ!」
どぽんッ!とまた水に落ちる音が聞こえた。
そこでは、ハヤーが《《落ちてきた人間と性悪天使たち》》を回復薬のプールにつけていた。
やがて、回復した者たちをプールから引き上げると、そのまま【巨大な装置】に押し込んでいく。
巨人な装置。
その名も【サカエ特製☆人生変わっちゃうかも悪夢装置】と名付けられたもの。
このくだらない戦いを終わらせるために俺が、不殺の心で【悪魔】と手を結び開発した最凶最悪の装置だ……。
だって、勿体ないじゃないか?
命は一つ限りなんだから、ナァ?
ー キィー……!キぃー……!きぃー……!
装置からは、獣の笑うような声が響き続けていた……。
それは、美神教と決戦前夜に現れた……。
『……キキィー。少し話そう。路地裏まで来てくれるか?』
「ん?」
俺はふと、何かに呼ばれた気がして部屋を出る準備を始める。
流石の幼なじみは俺の様子に気付いたようで、始終着いてきたがったが、俺は誰かがいると声の主は正体を明かさないのではないかと思い、やんわりとの同行を断った。
部屋を後にし、声の導くままに路地裏に向かうと木箱に座った〈白い猿〉が酒瓶を持って片手をあげながら笑っていた。
『ウッキー!キキー……。って、もういいか……。そろそろ、猿真似も飽きてきたし……。』
「やっぱり、お前だったか。」
『あぁ、我だ。そろそろ、“サル”の手も借りたい頃かと思ってね?』
「珍しいな。お前から接触を図ってくるなんて。」
白猿は笑みを浮かべながら、近付いた俺を見上げる。
いつもは、“見守る”というスタンスで近くにいてくれたような感じはしていたが、今日のように直接的にアプローチをかけてくることは珍しかった。
いや、一度あったな。あれは確か……観月が寝込みを襲われる日に、周到に盾型のペンダントを確認されたっけ。
リライアがいうには、この盾を模したペンダントがあったからこそ、【|アスモデウスの盾《汝、我が物に触れるなかれ》】が発動したのだという。
つまり、俺が今も観月と共に笑っていられるのは、お婆さんと猿のおかげということになる。
ということは、だ。
目の前の恩人……恩猿が再びアプローチをかけてきたということは、それだけ不味いことが目前に迫っているということか。
「それだけ、今回の決戦は分が悪いってことか?」
『……キキィ。まぁ、そういうことだ。我が手を貸さなくてはいけないと思うほどに、状況はあまり良くない。』
「やっぱり、敵に大天使がいるから?」
『いや?大天使くらい、今のサカエならどうということは無い。熾天使が出てきて初めて、逃げることを考えるか悩む程度だ。そもそも、天使など相手にならん。奴らはここ百年、戦いというものに縁がなかったせいで大分、平和ボケしているからな。A級冒険者にすら及ばないだろう。』
本人たちにはその自覚はないようだけどな……と、鼻で笑うと酒を煽って空を見上げる。
「それじゃあ、数が多いのか?」
『ウキキ……。いいや?数も大したことではない。ミツキ嬢とシルクとハヤーがそれぞれに敵小隊を各個撃破すれば、十分に対応できる数だ。問題はそこじゃない。サカエ。お前が一番の不安要素だ。』
「俺っ!?え?俺っ!?なんで、俺なんだ!?」
盃を突き出してくる猿に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
まさか、敗北の理由に自分の名が上がってくるとは思っていなかった。
俺は何かの冗談かと思い猿を見返すも、至って真面目な様子の猿は話を続ける。
『まぁ聞け、サカエ……。』
猿はヤレヤレと肩を竦めて呆れたように息を吐くと、俺が負けると思われる理由を説明し始めた。
『お前は今、天使を倒すことに迷いが生まれ始めているだろう?』
「迷い……?いや、そんなことはないはずだけど……。」
『じゃあ、今から天使を狩れるか?ちょうど、街の外の教会に下級天使たちが集まっているぞ?』
「外の教会って、美神教が撤退した空きの教会だよな?」
「あぁ。大天使が総攻撃を行うに当たって、集めた天使どもだ。世界中に散らばった天使が集められている。野良は居ないようだが、まぁ、結構な数だぞ?それこそ、奴らを一網打尽にするチャンスだ。こちらから仕掛けて全滅させれば、我らの勝利は不動のものになる。どうだ?行くか?」
「う、うむ……。」
教会は天使しかいない、今がチャンスだと意気込む白猿の言葉は理解出来るのだが、俺はなんとも乗り気になれず返事を濁してしまう。
それを分かっていたのか、サルはクツクツと笑うと酒を煽り肩を竦めた。
「なぁー?言っただろう?今のお前は迷っている。天使の中にも、ウリエスのようにまだ救える存在がいることを知ってしまったからだ。それどころか、色欲に塗れケダモノと化した天使すらも、教育し直せば更生させられるのではないか?とも考え始めているのではないか?」
「む、むぅ……。」
確かに、ウリエスとの出会いで、俺の中に迷いが生まれたことは否定できない。
もしも、ちゃんと教育し直し、逸れた道を正すことができれば、もっと明るい未来を迎えることができるかもしれないのだ。
人間も天使も手を取り合い、本当に認め合うことができる関係を作り上げることができないだろうかと頭を過ぎってしまうのだ。
実際ここ数日、監視の意味も含めて、ウリエスと話したり共に街を見て回っているがとても素直でいい子なのは肌で感じていた。
むしろ、好感は高いといえる。
相手が男という点では珍しいくらいだ。
蕁麻疹も出てこないし。天使だから?
それは分からないが、とりあえず、天使であるウリエスとその仲間たちに関しては、刃を向けようという気には一切ならなかった……。
「なぁー?完全に迷っているだろう?」
「あぁ、認めるよ。改めて思い返しても、相手を傷付けることに僅かばかり躊躇いが出始めてる。何とか、殺さずに捕らえることで更生させる方法がないかと考えてしまう自分がいる。頭では、そんなことできないことは分かってるんだ。だけど、どうしても諦めることもできなくて……。」
「その迷いが、お前の矢の狙いを狂わせる。振り下ろす刃を遅くする。迫りくる攻撃への反応を鈍らせる。だから、我はお前を一番の不安要素だと言っているんだ。」
わかったか?と白猿はカラカラと笑うと、酒を脇に置いて俺の前に立った。
身長は俺の腰ほどしかないにも関わらず、その姿は威風堂々としており、その目に浮かぶ自信はどんな存在よりも強く確かなものだった。
まるで、王様のようだと思わず思うほどに……。
「だからな?サカエ。我がお前の不安を取り除いてやろう。お前の願う未来を手に入れられるように協力してやる。お前が【不殺】を願うのなら、そうなるようにお前の狭い世界に一石を投じてやろう。〈我のチカラ〉を貸してやる。」
「……協力してくれるのか?」
「ウキキ……!我の使命はサカエ……お前を王にすることだからな!」
サルはニッカリと笑うと、俺に手を差し出す。
差し出された手を取れと、その目が強く見ていた。
正直、この提案はありがたい。だが、本当に大丈夫なのだろうかという不安もあった……。
「……代償はなんだ?タダで、上手い話なんてないだろう?」
「ウキキ……!あぁ、分かってるじゃないか!そうだ。タダより高いものはない、そういうものだよ。」
サルは笑うと、木箱の上にある酒に視線に目を向けた。
「酒しかないからな。“肴”が欲しい。たまにでいい。酒にあうツマミをくれ。」
「ツマミ?」
「あぁ。なんでもいい。スルメでも魚でも、肉でも。とりあえず、酒が美味く飲めるオカズが欲しいんだ。買ってこい。」
サルはニッコリと笑うと、木箱に腰を下ろした。
代償として提案された物に、俺は思わず首を傾げる。
もっとこう、『俺の大切なもの』とかそんなものを提示されると思っていたからだ。
「俺の命とか、観月とか言ってくるかと思った……。」
「ウキャ!キャ!キャ!それはないな!ないない。猿以下の要求だ。ナンセンス過ぎる。我の願いは一つ。お前が王になることだ。王になり、その側にお前の大切なものがあり、お前たちがこの世界を心から好きになることが、我の一番の願いなのだ。そうなるように、手助けすることが、我〈アスモデウスの意志〉の仕事なのだよ。」
サルは少し胸を張り、トン!と自身の胸を叩いて見せる。その誇らしげな態度に、嘘偽りはなかった。
「お前って、アスモデウスなのか?」
「アスモデウスも色々あるんだ。“魔王”だったり、“女神”だったり、“悪魔”だったり。まぁ、分かりやすく、悪魔アスモデウスと位置付けてくれて構わない。王はお前がなってくれるだろうからなぁ?」
「俺になれるかどうか?王とか、よく分からないし。」
「ウキキ……!今はそれでいい。王の成り方は王それぞれに違うからな。ただ、一ついえるのは、“王は一人ではなれない。”ってことだ。」
サルは真面目な顔で、そう告げると空になったのだろうか?酒瓶を俺に差し出してくる。
「とりあえず、話はあと!酒とツマミをよこせ!代わりに“いい事”を教えてやる!キキィ!」
そういう猿はとても楽しそうで、俺は苦笑しながら頷くと酒瓶を受け取り、〈悪魔アスモデウス〉と手を結んだのだった。




