その城、魔王の戯れにつき①
ラファを始め、大天使二人と下級天使約七十人。
そして、教会騎士三十名と勇者ミラウェイド。
総勢、百有余名は覚悟を決めて魔王の指定した場所へと進軍した。
自身の力を信じ、仲間の力を信じ、そして、女神様の奇跡を信じて重い足に喝を入れて歩いていた。
指定された場所へと行ってみると、そこにいたのは石の玉座へと腰を下ろしたアスモデウスと、その傍らに立つ鬼面の女だけだった。
その頭上には
【 歓迎!美神教御一行 様】
などとふざけた看板が掲げてあった。
肝心の魔王はというと、玉座に腰を下ろしたまま肘掛けに片肘をついて、美神教の戦士たちを眺めている。
もうすぐ開戦というのに、魔王は全くといっていいほど闘気が感じられない。その雰囲気を疑問に感じたラファは、一人だけ前に出ると魔王に話しかける事にした。
「来たぞ、魔王!」
『Zzz……ん、んん?ふぁ~!あぁ~……。あまりに遅いから、少し寝てしまったではないか。まったく、遅いぞ?』
「くっ!?寝てたのかよ……。悪かったな。指定場所がざっくりとしすぎていて、見つけるのに苦労したんだ。目印くらい用意しておいて欲しかったぞ。」
『ククク……。そうか、それは悪かったな。っと、お前はあの時の伝書鳩か?遠路の伝達、ご苦労だった。無事に情報を本国に届けられたようで何よりだ。褒美に豆をやろうか?』
「誰が伝書鳩だと!?ふざけるなよ……!」
明らかな魔王の侮辱を受け、ギリリ!と奥歯を噛み締めたラファは怒りの篭った目で睨み付ける。
しかし、魔王は涼しい顔でそれを受け流すと目の前に集まった一行を見回した。
ふと、一人に目を止めると魔王は前のめりになってじっくりと観察する。
『おい、ハトぽっぽ。』
「八、ハトぽっぽ!?誰がハトだ!誰が!どこからどう見ても、くちばしなんてついてないだろ!?」
『そこは、どうでもいい。あの女の子は誰だ……?』
「はぁ!?どうでもいいことあるか!?」
『まったく、騒がしい鳥頭め……もういい。キミ。そこのキミ。ちょっと、こっちへ来てくれないか?キミと話がしたい。』
「え……私?あ、うん。」
叫ぶラファを脇に置いて、魔王はチョイチョイと集団の中にポツリといる女の子を呼び寄せた 。
呼ばれた女の子、ミラウェイドは小首を傾げながら歩みを進めるとラファの横に並んで魔王と対面する。
『我はキミの顔に覚えがある。何処かで会わなかったかな?』
「えっ…………さぁ?私に魔王の知り合いはいないかな?まだ、魔王リヴァイアサンにもあったことはないし。」
魔王の様子に一瞬だけ目を丸めたミラウェイドだったが、すぐに口元に笑みを浮かべると頭を振って答える。
『そうか……。我の勘違いか。』
「うん。勘違いだよ、きっと。」
『そうか。だが、女の子が相手となれば我も事情が変わる。我は女性を傷付けることはできないのでな。できれば手を出さず、身を隠してくれないか?』
「……それは、無理かな?」
魔王の優しくも少し強い口調で撤退を進められたミラウェイドだったが、周りを見渡すと背中の聖剣を抜き放ち魔王に向けて突き付けた。
「だって私は、勇者だから。」
『なるほど、キミが勇者か。勇者ミラウェイド…………え?あ、ちょっと待って。』
魔王は手で勇者を制すると、傍らにいる鬼面女を呼び寄せる。
『~~!?』
「ーー……。」
『~?~~!?』
「ーーーー……。」
何やら揉めている様子の二人は、ミラウェイドをチラチラと見ては、首を捻りながらあーでもないこーでもないと小声で話しを始める。
なんだか、二人は混乱しているようだった。
「……やっぱり、勇者って男じゃなかった?って話だよねー。オレたちも最初、混乱したもん。」
「あ、あはは……ごめんね。ややこしくして。」
ポツリと呟いたミカエルに、ミラは頬を掻きつつ苦笑すると剣を握り直し地面に突き立てた。
「でもまぁ、ね!魔王くん!たとえ女でも、私が今代の勇者であることは間違いないことだから!女だからとか、そんなの抜きにして、魔王と勇者として、私とちゃんと戦ってくれないかな?」
『ふふ……ははは!あぁ、わかった。それをキミが望むというのならば……。我は全力を尽くすと約束しよう!それが、魔王としての礼儀だと、他ででもないキミが言うのなら!!』
ミラの啖呵に少し固まった魔王だったが、やがて大声で笑い出すと、『わかった』と誓うように手を上げる。
『では、勇者ミラウェイド、美神教諸君、己の信念を懸けた聖戦を始めよう。世界を誤った知識で歪んだ未来へと導く貴様ら美神教など、この戦で徹底的に“粛清”だぁ……!!我、アスモデウスの憤怒をとくと味わうがいい!美神教の盲信者よ!!』
手を下ろして玉座の肘掛けを強く叩いた瞬間、ミラと大天使たち、そして、集まった下級天使と騎士団は四方を土の壁に囲まれた。
正方形の土壁はミラたちを囲み切ると、やがて天井も静かに閉じられていく。
「ま、まずい!このままじゃ、閉じ込められるぞ!?」
「壊せ!壁でも天井でもいい!何処かに穴を開けて脱出を!」
皆で四方を取り囲む土壁に飛びつくと、押したり、手にした武器で掘ってみたりする。
しかし、壁には穴が空くどころか土は益々分厚くなっているのか、掘っても奥が見えなくなっていた。
「(急速に分厚くなっている?これだけの土を無詠唱で動かすことができるなんて、化け物か!?って、相手は魔王か!そりゃそうだよな!)」
ラファは一人自己完結しながらも、必死に手にある槍で壁に穴を開けていく。
しかし壁が崩れる様子は一切なく、掘ってもすぐに壁は元に戻ってしまった。
「んー、何するつもりだろ?閉じ込めるだけなら、なんてことないよね?もしかして……可燃物を投入して爆発させる気?だとしたら、下に穴開けて土に潜って防ぐか、爆炎を水魔法で中和するのも手かな?んー……どうしよう。」
隣にいた勇者は顎に手を当て、考えるような素振りをみせて閉まりゆく天井を眺めていた。
やがて天井が締まり切ると、視界は完全に闇に包まれてしまった……。
『さて、準備は整ったな。我の声は聞こえているかな?諸君。』
「一体何処から……?」
突然、闇の中から聞こえた魔王の声に一同は騒然となった。
どこから来るのかと皆が身構えるも、反響しているせいなのか、魔王の声は四面から聞こえてきて居場所が特定できない。
『勇者ミラウェイドよ。』
「ん、んん?私?」
『あぁ。キミに問おう。魔王の象徴といえばなんだと思う?』
「んー。一概に答えることはできないかな?」
『おう!そうだな。質問が悪かった。では、こう問おう。勇者が魔王に挑む際に、必ず通らなければいけない場所は?』
「あ、それなら分かるよ!ダンジョンだね!」
『そう。魔王は元来、弱い者いじめなど好きではない。魔界で、強く強く強い者だけが王になれるように、挑んでくる者にも相応の強さを求めるものだ。故に、ここでも選別をさせてもらう。』
魔王の静かな声と共に、真っ暗な視界の一部に穴が空き、光が現れていた。
よく見れば、それは部屋からの出口のようだ。
否、それははたまた、試練への入口にも見える……。
『我の用意したダンジョンを攻略してみせよ。我の元に辿り着いた聡明な者こそ、我と刃を交え、想いをぶつけ合うに相応しい。』
「想いをぶつけ合う……。」
『だが、気をつけろ?弱者にはそれ相応の羞恥に塗れた爛れた地獄を見せてやろう!二度と立ち直れぬほどの“悪夢”を見せて、お前たちの“全て”を塗り替えてくれる。』
「羞恥に塗れた……」
「爛れた地獄……」
「立ち直れぬほどの……」
「“悪夢”……」
ゴクリと喉を鳴らし、皆は光を凝視する。
一人、勇者ミラウェイドだけは、キラキラとした目でその光を見つめていた。
「なるほど……!つまり、魔王くんの用意したダンジョンを攻略すれば、キミに会えるってことだね!」
『そういうことだ。未来を掴むために足を進めるか?それとも、立ち止まり絶望に呑まれるか。選ぶのはお前たちの自由だ……。』
「ふふ!そりゃあ、もちろん!挑むに決まってるじゃん!だって私は……勇者ミラウェイドだよ!」
『ふふ!そうか……。待っているぞ、ミラウェイド。“俺”の元に来い。』
「……うん!」
聖剣を担いた勇者ミラは小さく微笑むと、ダンジョンへと続く光へと足を踏み出した。
後に残された者たちには動揺が広がっていた。
この闇に包まれた箱の中で、唯一開かれたあの場所は罠であることは明白。
安易に光に飛び込めば、強制的に命のやり取りに参加させられてしまう。
教会騎士たちは早々に、武器を手にして勇者ミラウェイドの後を追いかけていった。
そして、大天使たちと彼らを心から慕う天使たちもまたそれに続いて行ってしまった……。
この場に残っているのは、下級天使の中でも特にライバル意識が強く、そして何よりも自身の保身を一番と考える天使たちであった……。
ただでさえ、大した訓練を受けていない下級天使たちだ。
その足は、勝算の薄い死地へと赴くほど軽くはなかった。
死にたくない……。まだ死ねない……。
自分のオリジナルの“祝福”を思うほど撒き散らしてもいないのに……。
自分はただ、ここに呼ばれただけだったはずなのに……。
ただ、遠方から矢を射っていれば勝てる戦だと言われて来たのに……。
「こんなの話が違う……。」
こんな一方的な殺戮ショーに巻き込まれるなんて聞いてない。
下級天使たちの間で動揺は広がり、中には泣き叫びながら壁を殴りつける天使まで現れた。
完全に主導権が魔王に渡ってしまったのだ。
ここから巻き返すことは、まずもって不可能と言えるだろう。
「ボクは天使なんだぞ!?女神様の御使いなんだぞ!?こんな扱いして、ただで済むと思うなよ!出せよ!ここから出せ!」
泣き叫ぶ天使たち。
『では、そろそろ始めようか。まだ、ここに残る者たちは、我の特製ダンジョンに挑む意思はないということでいいかな?』
「そ、そうだ!ボクたちに戦う意思はない!頼む!ボクたちを見逃してくれ!」
『ふむ。では、なぜここに来た?突き通したい想いがあり、叶えたい夢があるからここにいるのではないのか?』
「違う!ボクはただ、美神教の意思に従っただけだ!」
『ふむ。ならば、その美神教への忠誠心を見せてもらおうか。』
「忠誠心を見せる?そんなの見せる方法なんて……。」
『お前たちの中に、“祝福”を行ったことがある者はいるか?美神教の意思に従い、今も我に勇猛果敢に挑む大天使たちのように、人間に天使の血を授けた者はいるか?美神教の示す通り、人間の女に自身の種を授けた者は?己の役割を果たした者はいるのか?そうでないものは、不要だ。ここで切り捨てるべきだと思っている。』
「不要?切り捨てるって……殺されるってことか……!?ぼ、ボクは!授けたぞ!たくさん授けた!天使の清らかな血を、人間の女にたくさん分けてやったんだ!きっとこれで、あの女も、その子供も終末を迎えてもその魂は救われるはずだ!」
『ほう!そうか、そうか……!他にはいないか?美神教の意志を尊重し、愚かな人間を救わんとし、祝福されし己が精を授けた者は?』
「そうだ!ボクは女神様の使者!女神様の意思で、精をめいいっぱい振り撒いたんだ!」
『ふふ!なんと誇らしげなのだ……!いいぞ!そうでなくてはな!他にはいないのか?彼のように、自身の行動にしっかりと胸を張れるほど祝福を授けた者は!』
少し弾んだ声に何かを感じ取ったのか、下級天使は自身の行動を誇らしげに語った。
その姿に感化されるように、他の下級天使も次々に手を挙げていく。
数多の天使が、自分が一番授けたのだと胸を張って主張を始めた。
しかし、全ての天使がそうなのかといえば、そういうわけでもない。
「……ボク、は。ぐすん……!してない……。できなかった……。使命だと分かっていたけど、どうしても、その行いに違和感があって……。健康体にすることが限界だった……。ごめん……。ボク……。」
その中で、ポツリと自分の不甲斐なさを呪う者がいた。少数だが、自身の心の弱さを嘆く者がいたのだ。
『ふむ。なるほど、中には己の使命に背いた者もいるのか。ただ、ここに呼ばれたから来た情けなくも弱き者もいるということか。己が使命に疑念を抱いた美神教を裏切る愚かな者が……ふふ!実に面白いことだな。』
「お前たちが裏切り者かっ!美神教の裏切り者!弱い者!愚かな者!お前らなんて、ボクたちの崇高な行いの足を引っ張るだけだ!祝福を与えてないから、ろくな魔法も使えないんだよ!役立たず!愚図!出来損ないが!」
『そうだな!まったく、その通りだ。母体である美神教の意思もろくに継げぬ者たちよ。お前たちは不要だ。疾く、この場から消え去るがいい!美神教の裏切り者は、その背後の穴に投げ入れてしまえ!そうすれば、残った者たちに我が救いを与えよう!』
「穴!?あぁ!あれか!わかった!コイツらを始末すれば、ボクたちは助かるんだな!?」
祝福を施せなかった下級天使たちは、たくさんの祝福を施してきた天使たちに責め立てられるように次第に、部屋の隅へと追いやられていった。
糾弾され、蔑まれ、疎まれて、未熟な下級天使たちはジワジワとポッカリと空いた穴に向かって追い詰められていく。
「愚図!出来損ない!役立たず!未熟な者たちに滅びを!」
ー 消えろ!
ー きえろ!
ー キエロ!
ー 消えろ!
喚き散らしながら、自身を誉れ高き存在として信じてやまない天使たちは、異分子を挙って責め立て……ついに。
「ごめんなさい!許してください!悔い改めますから!どうか!命だけは!!」
「うるさい!消えろ!」
ー ドン!
「あ……?きゃあぁぁー!!?」
「うわあぁー……!!?」
一人が穴に落ちたことを皮切りに、次々と未熟な天使を落としていく!
叫びをあげて深淵へと落ちていく天使。
それを笑顔で見送り、さらに他の天使を深い闇へと投げ入れていく天使たち。
やがて、全ての異分子を投げ入れた天使は、互いの顔を見合わせると満面の笑顔で拳を突き上げた。
「あはは!やったぁー!やったぞ!」
「やった!異分子を追い出した!ボクたちが勝った!ボクたちこそ、女神様の意思に真に選ばれた存在だぁー!」
祝福をできないでいた十人ばかりの天使を投げ落とし、諸手を挙げて喜ぶ……女神様に選ばれた存在だと豪語する天使たち。
ポッカリと空いた穴を取り囲み、天使たちは歓喜していた。
『ふふ!そうだな……。お前たちこそ、真に選ばれた美神教の意思の象徴であり……我の“敵”だ……。』
「そう!ボクたちこそ、魔王に選ばれた真の……敵…………え?」
四方から聞こえた魔王の声が反響し、それを聞いた天使たちは水を打ったように静まり返る……。
『あぁ……敵だ。美神教の誤った信仰を骨身に宿した真の大バカ者共。まさに、我の粛清対象だぁ……。』
「なっ!?う、うああぁああぁ……!!!」
次の瞬間、残った天使たちは残らず淘汰された……。
方法は……あえて、ここでは伏せておこう……。
それはあまりにも、残酷無慈悲な……まさに地獄のような光景であったと、後にアスモデウスの臣下は書記に記している……。




