美神教《カリテス》動くにつき
王都に所属する下級天使を調査のためにディケーナに向かわせるため、教会地下にある天使を匿う“隠れ部屋”へと向かう司教シモン。
教会の女神像の背後にある隠し扉から地下へ向かおうと、女神像の前に立った時だった。
ーバン!
突如開かれた聖堂の扉から、見るからにボロボロになった大天使ラファが転がるように中へと入ってきた。
所々に傷があり、無理して長距離を飛んできたのか、いつも美しい羽根も随分と傷んでいるように見える。
「ラ、ラファエロ!?その怪我はどうしたのです!?」
「怪我のことはいい!それよりも、シモン!魔王が現れた!たくさんの兄弟たちが、殺られたんだ!このままじゃ、他の天使も犠牲になる!助けてくれ!」
「魔王が?そんなはずは……。ヤツは魔王領で、力を蓄えているはずではないのですか?」
「違う!違うんだ!襲ってきた魔王はそいつじゃない。今代の魔王、リヴァイアサンじゃないんだ!もう一人、魔王がいる!この大陸には魔王が二人いるんだ!」
「ふむ……。とりあえず、こちらへ。少し休みながら、話を聞きましょう。」
駆け寄るシモンに、大天使ラファは首を振ると悲しみに満ちた顔でシモンの服を掴む。
微かに震える手を握り返すと、シモンはとりあえず落ち着かせようと教会の椅子へと座らせた。
「すみません、こちらには水しか置いてないもので。」
「いい、ありがとう。」
手渡された水を一気に飲み干すと、ラファは大きく息を吐き天を仰いだ。
「はぁ……。自分が喉が乾いていることも忘れていたよ……。」
「入ってきた時には、声も掠れてましたね。状況から察するに、休むことなくこちらに向かって来てくれたんですね。ありがとうございます。」
「あぁ、どうしても直ぐに伝えなくてはならないことだったからな。」
「しかし、魔王が現れたとは?にわかには信じ難い内容ですが。」
「間違いない。あの禍々しいオーラと力は間違いなく魔王の力だ。四天王なんかよりも遥かにやばいぞ、あれは。下手すれば、今の魔王よりも強敵かもしれない。」
「一年前ほど前に魔王の軍勢が宣戦布告に来たことがありましたが、その時に戦った貴方が言うのなら、間違いないのでしょうね。やはり、現れたのは魔王リヴァイアサンではないのですか?」
「第二の魔王は【アスモデウス】と名乗っていた。」
「たしか、伝承では〈色欲と憤怒〉の魔王でしたね。」
「見た目は、伝承で伝わるマモンの見た目と似ていた。僅かに違うところもあったが、概ねは同じような感じだ。まぁ、魔王は見た目は皆、黒い甲冑を身に纏っているから大体同じになるんだが。だが、ソイツは違う。なんだか……そう。一人なのに魔王二人を相手にしているような威圧感が肌を撫で付けてくるんだ。まさに、化け物中の化け物といって遜色ない存在だよ。」
対峙した時のことを思い出したのか、話をしながらラファの身体は再び震え始める。
内から湧き上がる恐怖心を抑え込むように、グッと拳を握りしめるとシモンを見上げた。
「ヤツが言うには、ディケーナの街に訪れた天使を裏で狩り尽くしていたそうだ。てっきり、次の街に移動したとばかり思っていたのに……。すまない、シモン。仲間を守ることがオレにはできなかった……。」
自身の管理不足だったと頭を深々と下げて、ラファは不甲斐なさに歯を食いしばる。
実際に現場にいたわけでもないシモンには、責めることなどできない。
ましてや、相手が魔王となると、大天使では少し心許ないといえるだろう。
今はラファだけでも、無事だったことを祝福しようと思ったが、次の言葉でシモンの頭は完全にフリーズしてしまった。
「ディケーナの教会が、魔王に落とされた。その時に、教会中の様々な資料を持ち出され、隠していた裏帳簿なども見つけ出されて人間の手に渡ったらしい。」
「なっ……!?裏帳簿が!?なんで、魔王が裏帳簿の存在を知っているんですか!?」
「それどころの騒ぎではないよ、シモン。ヤツはオレたち、美神教の裏の顔まで知っていた。教会の資料を根こそぎ持っていったのは、その事を証明する証拠を探していたからだ。一部の人間と天使の関係を完全に把握した上で、人間側に仇なす存在である天使を徹底的に粛清すると宣言していたんだ。教会の天使たちも……司教もシスターたちも、みんな……兵士に連行されてしまった。」
「なんてこと……。」
続けざまに明かされた衝撃的な出来事に、頭を抱えたシモンはフラフラと力の入らない足で女神像へ歩み寄る。
「おぉ!女神様!私はどうすれば……!」
両手を広げる女神像の足元に歩み寄ったシモンは頬を擦り付けながら咽び泣く。
その姿はまるで、駄々をこねる子供のようにも見えた。
「うおぉぉー!女神像あぁ……!」
『…………。』
当然ながら、女神像は優しげな微笑みをただ空虚に向けるばかりで、何も告げることはなかった……。
ラファも無言で、美神教の長であるシモンの決定を黙って見守っている。
「スン……スン……。えぇ、そうですね。それしかありませんね。はい。えぇ、分かりました……。そのようにします。」
何かと対話していたような素振りを見せていた司教はゆっくりと立ち上がるとその顔は、いつもの貼り付けたような笑顔に変わっていた。
「では、ディケーナから美神教は一時撤退。そこの担当司教は切り捨てます。元々、不真面目な人でしたしね。報告内容もずさんで、裏でも変な事をしている噂は聞いていました。元々、貴方をそこに視察に送ったのも、彼の監視のためです。魔王が彼の悪事を暴いたのは予想外でしたが……ふふ。」
司教に関しては、概ね計画の範囲内であると告げたシモンは続けてこの先の行動を示す。
「周辺の教会所属の者たちも安全を考慮して、王都へ帰還させます。魔王アスモデウスに関しては、全天使と教会所属の騎士団百名で捜索と討伐を行います。ディケーナに向けて、全軍、進行を開始させましょう。」
「魔王と全面戦争する気か!?」
「えぇ。可愛い子供たちが三十人以上も殺されたのです。黙って指を食わえて見ているなど、美神教の威信に関わりますよ。人類の半分の信仰を集める世界的宗教に歯向かうことがどれだけ無謀か、教えてあげましょう。」
「だ、だけど、ヤツは兵を五百は用意できると言っていた。実際に、百の兵士を連れていたのをオレは見ている。」
「ふむ。ならば、百で十分でしょう。」
「な、何をバカな!?五百と百では雲泥の差だぞ!?」
「いえ?問題ありませんよ。」
余裕があるような素振りを見せるシモンに、さすがに無茶を感じたラファはすぐに抗議の声をあげるが、バッサリと心配は無用だと切り捨てられる。
「私たちには、“彼”がいるのですから。魔王くらいの相手など、彼一人で十分です。」
「“彼”?……誰?」
「彼ですよ。人類最強の存在。人類の希望。」
「ま、まさか、“勇者”を出すのか!?」
「そうです。彼なら五百の魔物くらい軽くねじ伏せ、そのまま魔王の首くらい取ってしまいますよ。人類の安寧のため働くことは勇者の本懐でしょう?魔王討伐は彼の使命でもあるのですから。まさに、今回の件にうってつけの人選です。」
「た、たしかに。それなら、彼の後ろで矢でも射っていれば騎士団少数でも勝てるな!」
「もちろん、大天使である貴方も行くんですよ?」
「え、えぇっ!?」
「当然です。全天使といったでしょう?他で動いている大天使も戦に投入します。」
「ガブリエルとミカエルも来てくれるのか!?」
「本当なら、あなた一人でも十分だとは思いますが、念には念を。」
「助かる。」
「さぁ!全面戦争の始まりです!私たち、美神教の恐ろしさ!存分に見せつけて上げましょう!」
盛大に叫ぶと、シモンは美神教全体に指示を伝えた。
ディケーナの教会が落とされてから僅か、二日後のことだった。




