終わる世界、始まる明日 Act8:言い訳
「今日のゲストはカレイドスコープのお二人で~す!ど~もぉ~!」
「こんにちは、カレイドスコープの村上あつきです。」
「同じく、長谷部斗眞でーす!」
12時に無事集合を遂げたカレイドスコープはお蔭で遅刻する事もなく、渋谷でのラジオの公開録音に出演していた。ガラス張りのスタジオの向こう側では朝から並んでいたらしいファンが5分おきに入れ替えられてカレイドスコープをひと目見ようとひしめき合っている。そんなファンたちに手を振りながらの公開録音だ。
「え~先日発売したシングルが早くもミリオン達成したらしいですけど。」
「はい。本当にうれしいです。有難うございます。」
「実感とかあります?トーマ君?」
「ないですね~。でもめちゃくちゃ嬉しいですよ。数字とかにこだわってるつもりはないですけど、もっと聞いてくれ~!って…贅沢ですかね。」
「いや~もう、カレイドスコープにはガンガンいってもらっちゃって!」
滑り出しは好調。そのままシングルの話題で盛り上がって、話はオフのすごし方に移る。
「二人は一緒に遊んだりしないの?」
「全然。あつきと遊ぶ事ってないよなぁ。ユニットって不思議ですよね~。めっちゃ仲良いんですけど。なんでかな?」
「俺は家でのんびりするのが好きなんですよ。その点、トーマはアウトドア派ですからね。」
「俺、買い物好き。買うもんなくてもブラブラするだけで楽しくない?」
対照的な二人に聞こえるかもしれない。あつきは決して端座した姿勢を崩さないのに対して、トーマは異様にフランクだ。
「え~と、先日は埼玉スーパーアリーナでコンサートがありましたね。今度DVDも発売されるとか。」
「2月21日発売でーす!」
「はがきがいっぱい着てるんですよ。紹介しますね。DJさん、カレイドスコープのお2人こんにちは!」
「こんにちは!」
「スーパーアリーナのライブ最高でした。なんとっ一番前の席だったんです!それであつき君がステージ飛び降りて来た時にはタッチできたし、もう本当幸せでした。ただ1つ気になった事があります。あつき君の首筋にキスマークがあったのっ!見間違いでしょうか?ペンネームあっきーラブちゃんからです。・・・っという事なんですが・・・本当ですか?他にも同じ質問がいっぱいきてるんですよ。」
そう言ってDJははがきの山を2人の前に押し出した。
絶句。
DVDを出す前にバレてるではないか。
それも不意打ち。
事前の打ち合わせではそんな事をおくびにも出さなかったDJはかなり意地が悪い。反則だ。こんなラジオもう一生出るもんか!と思いつつ、どう取り繕うべきかあつきは超高速で思考回路を回転させた。動揺を見せるのはシャクだし、すぐ応えないと放送事故になってしまう。だが、そんなあつきよりも先に反応したのはトーマだった。
「本当でーす!アレ、俺がつけたの~!」
あつきは驚きを表情には出さずにすんだものの、思わずトーマを振り返ってしまった。
トーマは平然と笑っている。
「トーマ君が!?どういう事??」
「それはですね~。」
あつきは咄嗟にトーマの足を踏みつけた。
「それはですね、俺の方から説明させてもらってもいいですか?」
「そうですね~ご本人の口から説明してもらっちゃいましょう!」
「すっごいオフレコな話なんですけど・・・。」
「めちゃくちゃオンですけど、はいはい?」
スキャンダル発覚を企てたDJはあつきの発言に喜びを隠せないようだ。だが悪知恵ではあつきだって負けてはいない。
「実は次回のシングルで・・・」
「次回の?」
思いがけない単語にDJは首をひねった。
「はい。僕らのプロデューサーでもある五嶋さんの旧ユニット・ハッカーの四部作をカバーしようという話がありまして」
「あ~あの同性愛をテーマにしたやつね!」
「はい。ちょっと説明させてもらうと、あの四部作にはストーリーがあってですね。純粋な恋愛感情を表現すると、っていうテーマだったんですけど、それを分かり易く表現する為にケイさんと五嶋さんをモデルにした同性愛のマンガとか小説とか、プロモもそうなんですけど、があったんですよね。」
「ありましたね~。」
「はい。それをカバーするとなると、五嶋さん達が表現した事を俺たちが表現しなくちゃいけないわけでしょ?それで、トーマに相談したんですけど、トーマが悪ノリしちゃって、俺らはもっと過激な事しよう!フリじゃなくて本当にしようか!とか言い出しちゃって、試しにって言って羽交い絞めにされてあんなの付けられちゃったんですよ、俺。」
「あらら~。」
そういうDJはかなり残念そうだ。
「俺的にはその時点で、四部作をカバーするのは諦めましたけどね。これ以上何かされたら堪りませんから。」
せいぜい笑ってやったあつきに、DJも愛想笑いを浮かべた。
「そうなんですか~。僕もあの四部作は好きでしたけどね、是非カレイドバージョンも聴かせてもらいたいものですっ。え~それでは曲に行きましょう!」
乗り切った。乗り切ったぞ。
まさか最終兵器がこんな形で役に立つとは思っていなかったものの、何とか乗り切れたらしい事に胸をなでおろした。ガラスの向こうのファン達もいつもと変わらない笑顔を向けているのだから間違いないだろう。
そんな穏やかなムードの中、突拍子もない発言をしたトーマを振り返ると、笑顔のもののどこか不満そうなオーラを発している。結果的にトーマを悪者にしてしまったのだからしょうがないのかもしれないが。後で謝ろうと思いつつ、トーマが自分がやったなどと言った事が不思議にも思うのであった。
「ちょっと、アレどーゆー事よ!」
「・・・ドレ?」
笑顔、笑顔で公開スタジオを後にして乗り込んだ車の中で、一番に叫んだのは辻マネだ。だが、辻マネが怒る要因がありすぎて、あつきには謝りようがない。謝る体力も残っていない。
「DJよ!DJ!あんな事、打ち合わせでは言ってなかったじゃないの!シングルの話いっぱいしましょうとか言っておいて、簡単に打ち切りやがっておかしいと思ってたのよっ!」
恐ろしい恐ろしい辻の怒りの矛先が自分たちでない事にあつきは少なからず胸をなでおろす。それくらい辻マネの怒りは恐ろしいのだ。
「あ~うん。そうだよね。」
「あつき、よくやったわ!完璧ないいわけだったわよ!」
「いいわけ・・・。」
「もう一生、あの番組には出てやらないから安心してっ。」
前の席で怒りが収まらないで叫び続ける辻マネの目を盗み、あつきは隣に座るトーマの横顔を盗み見る。やはり、どこかおかしい。
「トーマ。」
軽く袖をひっぱるとトーマがやっぱり不満そうな顔で振り向いた。
「ごめん、悪者にして。足も踏んじゃったし。」
「いいよ、別に。完璧な答えだったと思うよ。」
だがやはりトーマは怒っている。その怒りの原因があつきにはそれ以上思いつかない。
「ごめん。本当にごめんね。」
「別に怒ってないよ。」
トーマはそう言ってあつきから目を反らすと、外を眺めるように反対を向いてしまった。
あつきはその背中にもう一度呟いた。
「本当にごめん。」
なんだか今日は異様に疲れていた。
ラジオ番組と取材2本というのはそうハードではない部類に入る。朝も早くなかったし、今日中に帰れたのは学生時代から考えると楽としか言いようがない。それでも、何とも言いがたい疲労感があつきを襲っていた。原因の大半はあのラジオ番組の「いいわけ」に起因する。あのラジオ番組で体力の半分を消耗したんじゃないだろうか。そしてラジオ終了後からのトーマの不機嫌がそれに追い討ちをかけた。もともととても褒められた態度のトーマではないが、不機嫌というのは珍しい。デビュー当時は彼女とのケンカや体調不良を撒き散らしていた事もあったが、最近のトーマはプロらしく責任感も出てきた。あつきが安心してフロントを任せられるアーティストに成長している。だが今日のトーマは不機嫌そのものだった。いつもなら移動中もペラペラとおしゃべりをし続けるのに、今日にかぎって黙ったままで最低限の返事しかしなかったのも却ってあつきを気疲れさせた。
「やっぱり、責任なすりつけた形になっちゃったしな~。」
謝ったあつきにトーマは了承の返事を寄越した手前、あつきに出来る事はもう残っていない。これ以上謝ったら、かえって機嫌を損ねるだけだろう。
当直で鈴木が留守の部屋であつきは電気も点けないままソファに倒れこんだ。
無性に鈴木が恋しくなる。声が聴きたい。
うつ伏せに寝転んだままコートのポケットを探って携帯を取り出すと、短縮ボタンの1番を表示した。鈴木の携帯。
多分この時間、鈴木は電源を切っているだろう。声を聴くなら直接医局にかけなくてはいけない。しかしそんな事はきっと許されない。どんなに心が乾いていても、いとおしさがあふれても、そんな甘えは許されない。
あつきは発信ボタンを押してそれを耳に押し当てた。鈴木の留守番電話対応は鈴木自身の声が入っているのだ。女々しいと思いつつも、どうしても鈴木の声が聞きたいと思った時にあつきが使う慰めの手段だった。
だがいつもと変わらぬ呼び出しベルが1回鳴って、あつきがそれを疑問に思うよりも早く鈴木が出てしまった。
『もしもし、あつきか?』
「せ、先輩?」
あつきは焦って何を告げるべきか迷った。
間違って押してしまったのだと、切るべきだろうか。
『どうした?』
「先輩こそ、携帯切ってなかったんだ?」
もう少し鈴木の声を聴いていたくて、あつきは疑問を口にしてみた。
切っているだろう事を知っていて電話をかけるという矛盾に鈴木は気がついてしまうだろうか。
『あぁ、今お前に電話しようと思ってたところだったんだ。』
「俺に?」
『・・大丈夫か?』
何が、とは聞かない。きっとあつきの不自然な明るさに鈴木は気がついているはずだ。
「うん、先輩の声が聞けたから大丈夫。」
それは強がりなどではない。
正直にそう思えた。
絶対的な味方がいてくれる。それはこの上なく心強い事なのだ。
『そうか。』
「先輩は?」
『俺も。俺も大丈夫だよ。』
後で知った事だが、その夜鈴木は担当の患者を亡くしていたらしい。もともと手の尽くしようのないレベルの患者で、亡くなったのは鈴木のミスではないにしろ、何度味わっても慣れることのない苦々しいやり切れなさに心を傷めていたのだろう。
二人は違う場所で、同じような感情を持ってお互いを求め合っていた。
「俺、明日から大阪だからすれ違っちゃうけど。」
『あぁ、気をつけて。』
同じ地球上に自分の事を想う味方がいる。
それはお互いの気持ちを少しだけ浮上させた。