終わる世界、始まる明日 Act5:過激
「あつき、これ本当に発売するわけ?」
仕事の為にどうしても観に行く事のできなかった東京でのライブビデオの見本品を鈴木にせがまれ持って帰ってきたのだが、それを見る鈴木はあつきにそう質問した。
「あたりまえじゃん。なんで?」
コーヒーの入ったマグカップを手渡しながらあつきは自然なしぐさで鈴木の隣に腰を下ろした。一度流して見たが問題のあるような箇所はなかったはずだ。あつきは不審そうに眉を潜めた。
そんなあつきには目も向けないで鈴木はテレビ画面へと真剣な眼差しを向けている。
「いや、おまえがいいならいいんだが。」
「何だよ、先輩まで〝あつき君ったら過激〟とか言うわけ?」
鈴木は一瞬考えて
「まぁ、過激と言えば過激だな。」
と答えた。
「何それ。はっきりしないな~。」
あつきのライブを見ても鈴木は決して今まで〝過激〟という評価を下したことはない。他人のその評価をあつきが嘆くのを聞いて、“本当のお前はもっと過激だがな”と評を下して笑ったものだ。あつきが前日の晩の行為を思い出して赤くなった事は言うまでもない。
あつきが拗ねるように口を尖らせたのを気配で感じ取ったのか、鈴木はリモコンの一時停止ボタンに手をかけた。
「知りたい?」
組んだ足の上に肘をつき頬杖をついたままあつきに顔を向ける。いじわるそうに尋ねる鈴木の目は笑っていた。でも
「知りたい。」
あつきは低く唸るように答える。
満足そうににっこりと笑って鈴木はその長い指を画面に向けた。
「ほら。」
ちょうどあつきのほぼアップで停まっていた画面の左下へとその指先は伸びている。
「ね?」
一瞬その意味がわからなくてあつきは理解しようと注意深く画面に目を向けた。特に変わった所はない。まだまだライブが始まったばかりのあつきの横顔が静かに俯いているだけだ。鈴木の指はその顔よりも少し下のあたりを指しているのだが・・・。
「なっ!」
鈴木が意図していた事に気がついてあつきは驚きの声をあげて凍りついた。
「過激といえば過激だろ?」
「ギャ―!」
あつきは頭を抱えた。あつきの首筋にははっきりと鬱血の痕、つまりキスマークがついていたのだ。
「どどどどどうしよ――――っ!」
鈴木はのんきなものだ。まるで他人事。あつきがパニックを起こしている姿を見て楽しんでいるフシさえある。
「で、でもスタッフ誰も言ってなかったし、皆気付かないんじゃ?」
自分を落ち着けようとあつきは楽観的な見解を口にしてみた。ライブ会場でも、ビデオをチェックしたスタッフも一人としてそんな事を指摘した者はいない。という事はこれがキスマークであると気がついた人間は、前日の行為を知る恋人ぐらいのものなのではないだろうか。実際、あつき本人ですら気がついていなかったのだから。だが鈴木はあつきを打ちのめすような事を言う。
「言わなかったのではなく、言えなかったのでは?」
あつきはすぐに普段のスタッフの反応を反芻してみた。この手の話題は・・あまりした事がない。それは“恋人”という言葉に異常なまでに警戒心を抱くあつき自身のせいでもある。鈴木との仲を知られるのが怖くてあつきはそういった話にはなるべく遠ざかるようにしていたのだ。それを察するスタッフ達は相棒であるトーマに対してならまだしもあつきに対してそういった話題を振らないでいてくれていた。だから冗談にしたとしてもあつきがそう言った指摘をうけないのではないか、という鈴木の予想はきっと正しい。
「で、でもキスマーク1個なんて小さいし・・。」
それでも認めたくなくてあつきは悪あがきをする。そんなあつきに鈴木は意味深な言葉を口にした。
「シャツは脱がなかったんだろうな?」
「それ、どういうこと?」
「俺は次の日病院で背中に爪の痕があるのを指摘されたって事。」
あつきは鈴木からビデオのリモコンをふんだくって早送りを決め込んだ。ステージを駆け回るボーカルと違ってあつきはあまり服を脱ぐ事はない。だがたまにあるのだ。すごく盛り上がった時にシャツのボタンを開けたり、脱ぎ捨てる事が・・。
あつきは祈った。
脱がないでくれ、自分~!!
だがあつきはなんとなくだがそれが絶望的な願いである事を知っていた。久々に行われ、ビデオにまでなる予定の埼玉スーパーアリーナでの東京公演は半端ではないほど盛り上がったのだ。そしてあつきが興奮して暴れまわったのは記憶に新しい。
マイガーッ!
そして駄目を承知で祈るあつきの目の前で、数日前の自分がシャツを脱ぎ捨てた。
「ギャ――――――ッ!!」
腰骨のあたりにくっきりと鈴木の所有印が確認されたのである。