進化の実 Act2:惚れた弱み
「川上先生、右京さんが無茶しようとしてたらどうします?」
病院の廊下を肩を並べて歩きながら鈴木はさっきまで診ていた症例とはまったく関係ない話を切り出した。
「君はまだ知らないだろうけど、右京は無茶じゃなくて無理なことばかりするんだ。おかげであいつは2回心停止している。村上君の比じゃないね。」
だが川上はまったくそんな事を気にする風もなく、眉を顰めてみせる。
2人は専門こそ違うものの同じ第一外科という事もあってかなり親しい。しかも同じマンションの上と下同士という事もあって良く一緒に帰るのだ。
川上は若いものの実力がある。病院内でも一目置かれる看板外科医だ。親切丁寧、容姿端麗、(そして医者というだけあってもちろん口は堅い)。川上の人間性や技術力は珍しく鈴木には刺激的だった。鈴木はあまり他人に関心を持つタイプではない。他人を観察して解析するのは中学・高校と生徒会会長を務めた鈴木にとってはお手の物だ。だが、そんな中で彼がデータとして以外で特別興味をもつ人間は恋人である村上あつき以外(村上あつきに関わる人々以外)に今まで存在しなかったのだ。尊敬できる人間というのももちろん存在しなかった。しかし、川上は例外だった。技術力や判断力はずば抜けて高いところはもちろん、鈴木同様、他人に興味を示さない代わりに異様なまでの恋人に対する執着心が鈴木に親近感を覚えさせた。その近似性が鈴木には何より楽だった。しかも年上だというだけあって、経験値が高い。10年を超える間柄でありながら、まだまだ手探りでお互いを求め合う鈴木等にとって川上と右京の恋愛はなかなか参考になる。彼らの恋人が似たような頑固者という事も十分な要因で、鈴木は珍しく川上には相談するのだった。
「だけど俺はいつも止める事なんてできやしないんだよ。あいつが傷ついて帰ってきたら抱きしめてやるくらいでさ。」
川上が肩を竦めたのに、鈴木は同意を示すように小さく頷いた。
「苦労しますね。」
鈴木の恋人が同性である事は問題外として、十分川上の意見に賛同できる。そしてやはりそれしかないのだと再認識した。川上ですら見守る事しかできないというのだから自分もそうするほかないのだろう、と。
「惚れた弱みってやつだね。」
笑って答えた川上に応えるように鈴木も口の端を大きく上げてみせた。
「先輩?」
いつもだったら暗黙の了解でフルコースなハズのコンサート前日、自分だけイカされて終わったのにあつきは不審気に呼んだ。
体調でも悪いのではないかと不安になる。
「ん?」
優しく頭を胸の中に抱かれてあつきはこのまま恍惚感の中に浸っていたいと思う。だが、恋人の異変を確認しないまま流されてはいけないのだと、あつきはどこか遠い視線を鈴木に向けた。
「足りないのか?」
「…あ、」
言葉と同時に身体に聴くように微かに指が動かされたのに、あつきは切なげに眉を寄せる。
「ちが…っ…」
それでも相手の二の腕にしがみつく様にしてなんとか否定する。鈴木はそんなあつきに頭上で微かに笑う。
あれだけ搾り取られたはずなのに、甘い痛みを予感して透明な液を吐き出す先端にまたそっと指が添えられた。
「駄目ッ…アッ…!」
背中にぞくぞくと快感が走り抜ける。
全然駄目じゃない自分が冷静な鈴木と対照的で卑猥さを増す。
「駄目じゃないみたいだけど?」
「先っ輩!…はっ…あっ…話をッ!」
必死に腕に縋るが器用な外科医の指が的確にあつきを追い上げてゆく。
「やっ…!」
このまま追い詰められたい思いを押し込めてあつきは鈴木を押しのけた。
「あつき…?」
身をかがめ、仕返しの様に鈴木の中心を口の中に含む。
「ちょっタンマ!ストップ、あつき!」
「やらっ」
上目遣いで見上げた鈴木は珍しく慌てている。口の中のモノは確実に容量を増しているというのに、鈴木はあつきを引き剥がそうと手であつきを拒否して押し返す。それでも吸っては舐め上げるあつきの動きに震えを覚えながらも、鈴木は微かに舌打ちをしてあつきを力強く押しのけた。
「…あつきッ止めろ、人がせっかく我慢してやってんのに止まんなくなるだろッ!」
「なんで我慢すんのさ。」
「・・・・・・・。」
鈴木は天井を見上げて、深く溜息をついた。
「先輩?」
「明日、バテるぞ。」
「あ…。」
だいたいからしてライブ前日にこういう事をイタす俺らも俺らなのだ。大事な体力を前日に消耗する馬鹿がいるかっていう。だけどそれを拒む気はあつきには更々なかった。というのは、初めてのライブの前日珍しく緊張して眠れなくて、その緊張を解す為に先輩が仕掛けてきたのが始まりだからだ。それがまるで儀式の様に現在まで続いているわけなんだけど、ジンクスとか信じているわけでもないが止めるつもりもない。そのせいで次の日途中でバテたという事もないし、確かに鈴木がついているのだと緊張する事もないからだ。
「ほら、もう寝るぞ。」
「でも先輩…。」
鈴木の優しさに気付かなかったあつきのせいで鈴木の男根は中途半端な熱を持っていた。それでもあつきを気遣う姿が嬉しい反面、心苦しい。
「先に寝てろ。」
あつきの言わんとしている事を読み取って、トイレへ向かおうとする鈴木を慌ててあつきは押しとどめた。
「口で…口でさせて!」
「あつきッ…ッ…!」
一日三公演を反対してたくせに結局こうやって協力してくれちゃう先輩に海よりも深い愛を感じながら、せめてものお返しにとあつきはサービスしてみたりするのだった。