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進化の実 Act1:噂

BGM代わりに点けていたテレビからあつきの参加するユニット・カレイドスコープの名前が聞こえたような気がして鈴木は振りかえった。

『一日3公演するって噂があるんですよ~』

『すごいですね~。でも本当ならファンにとってはうれしいかぎりですね~』

のんきに出演者達が『私もファンなんです~』などともりあがっている。鈴木は何事かと冷静に判断しようと動きを中断してテレビの内容に耳をすました。

どうやら先日発売したシングルが3週連続1位を獲得し、音楽界で久しぶりのミリオンを弾き出したという話題らしい。だが気になるテロップが画面の右端に掲げられている。

〝人気ユニット・カレイドスコープ、1日3回公演!?〟

鈴木にとっては寝耳に水な話だ。大まかなスケジュールは台所の横に置かれたホワイトボードに書かれているし、先の話でも必ず「報告」や「相談」と言った形でほぼ把握しているはずだった。だがそんな話は聞いたことがない。キャスターが「噂」と言ってはいたものの、鈴木は嫌な予感――いや、これは予感などではなく直感であり、怒り、悲しみに似た感情なのだが――を感じていた。この手の「噂」が噂で終わったためしなどないのだ。

鈴木は手にしていたマグカップを机の上におくと、少しでも多くの情報を入手しようとテレビの前のソファに腰を下ろした。

『村上君がかわいいんですよ~』

黙れオバサン!あつきがかわいいのはあたりまえだ!

鈴木は他人が聞いたらびっくりするような悪口雑言を心の中で吐きながら、それでも普段決して見ないようなワイドショーを真剣に見ている。


「ただいま~。」


そんな中、緊張感のない主人公(噂の根源)が帰宅を告げた。


「おかえり。」


いつもより心なしか高いあつきの声に対して、気のせいなどではなく低い声が向かえる。

あのオバサン達のミーハーな会話などを聞いているよりは、どう考えても直接本人に確かめる方が早いと判断して鈴木はテレビのスイッチをオフにした。


「先輩?」


振り向いた鈴木のオーラが怒りMAXなのを感じ取ってあつきは一瞬何事かと足を止める。


「ここに座れ」


これはなにやらやってしまったらしい。

あつきはあれやこれやと自分の行動を思い返した。

…思い当たるフシがありすぎて心の準備が…。


「どうしたの?」


なるべく平静を装って鈴木が示す場所へ腰を下ろす。あくまで笑顔に接するあつきに、鈴木は笑ってくれない。重症だ。


「ミリオンおめでとう。」


思いがけない出だしにあつきは内心ずっこけた。

律儀っていうか…でもうれしい。先輩はあんまり出した結果に対してコメントする事はないのだ。それはやった分だけ結果は返ってくるっていう先輩らしい理由なんだけど、その態度に救われる事が多いものの、やっぱり不満な時もある。今回は一緒にお祝いして欲しかったからめっちゃうれしいんだけど、この真顔に言われてはあまり素直に喜んでいいのか疑問だ。


「あ、ありがとう。」

「もちろんコンサートやるんだよな?」


流れるような話題転換にあつきはつい頷いてしまいそうになって固まった。

―――――ヤバイ。

あつきはそれでやっと鈴木が言わんとしていることに気がついた。それはずっとあつきが鈴木に言いたくて言えなかった話題だ。


「あ~先輩…あのね…。」

「一日3公演するって噂は噂でしかないよな?」


あぁやっぱり。


あつきは頭を抱えたい衝動に囚われたが、あくまで冷静に説明しようとそっと息を吐いた。誰かから鈴木にこの情報が入る前にちゃんと自分の言葉で説明したかったがそれはすでに手遅れのようだ。だったらちゃんと鈴木を納得させるしかない。


「…します。」

「それは…決定事項のように聞こえるが?」

「決定事項です。」


笑顔はとっくに消えうせて、あつきは硬い表情で鈴木を見つめ返した。だけどここでひるんだら負けだと思うから絶対に謝ったりはしない。あくまで毅然とした態度で。


「駄目だ。許可できない。」


ここまであっさり否定されるとさすがにムカツク。大体、俺、先輩の所有物じゃないだろう?俺は自分ひとりで決められる大人だ。


「なんで許可が必要なんだよ!これは俺の仕事の話だろ!?」

「主治医として許可できない。」


鈴木はまったくひるんでくれない。


「いつから主治医になったんだ。」

「俺が医者になった瞬間から。」

「先輩!」


俺はまじめに話してるんだ、と主張するようにあつきは叫ぶ。だが鈴木はまるで取り合ってくれない。いつだってそうだ。熱くなるのはあつきだけで、鈴木はいつも冷ややかに正論を並べ立てる。そう、正論なのが悔しい所なのだ。


「駄目ったら駄目。お前の体力じゃ2公演が限度だ。アイドルじゃあるまいし。醜態さらすのはお前なんだぞ?」


それが気がかりでずっと迷っていた。それでも先輩に相談できなかったのは、絶対に先輩が駄目だって言うのを予想していたからだ。

俺だって無理だと思うよ。だけど、どうしてもやりたいことがある。譲れないところがあるのだ。


「わかってるよ。でもやりたいんだ。一人でも多くの人に聞いて欲しい。」


あきれちゃう?でも俺やりたいんだよ。どうしても一人でも多くの人に聞いて欲しい。だから俺の味方になってよ。

縋るようなあつきの瞳に鈴木は一瞬、目を伏せた。


「そうだな。お前の仕事に俺が口出しできる立場じゃない。」


鈴木が静かに立ち上がったのに、あつきは胸が痛んだ。

確かに俺が言ったんだけど…。

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