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終わる世界、始まる明日 Act16:選択

再びベルが鳴ってあつきはドアへ向かった。

開けるな。

そう心の中で叫ぶ自分に目を閉じて、あつきは勢い良くドアを開ける。ドアの前で小さくうな垂れる相棒を見つけてどこか懐かしいとすら感じた。


「いらっしゃい。」


言葉は素直に出てきた。

歓迎しているわけでもない。だからといって拒む気持ちもどこか麻痺していた。


「入って。」


やっと上げられた瞳にあつきはびくりと肩を揺らす。恐怖がじわじわと手の先からやってきた。

どうしてドアを開けたのかとすらもう一人の自分が叫んだ。それでも後ろに立つ右京の気配に助けられて、ドアを押さえている事ができた。少し間をおいて踏み出してきたトーマに身を引く。


「どうぞ。スリッパとかないけど。」


無言のままトーマはあつきに続いた。


「そこに座って。」


リビングのソファを示して、キッチンに入ろうとした所で右京の存在に改めて気がついた。右京はまるで怒ったように口を噤んだまま立っている。


「お茶お願いしてもいい?」


尋ねたあつきに右京は組んでいた腕を解いてキッチンへ踵を返す。その姿を確認しながらトーマに向かい合うように句の字のソファに腰を下ろした。


「うち来るの初めてだよね。迷わなかった?」


ついいつものように優しい声を出す自分に驚く。

まだこんな余裕があったのか。

あのトーマと本当に同じなのかと不思議になる程、頷くトーマがなんだか小さく見えた。 

微かに上げられた視線がじっとあつきの服を見ているのだと気がついてあつきは唇だけで笑ってみせる。


「ごめんね、こんな格好で。熱が下がらなくて。」


鈴木のいいつけであつきはパジャマ姿のままだった。寝る事に疲れてさっきのようにベッドにいない事もあるものの、基本的にあつきは病人なのだ。しかし緊張の為か今はさっきまでのうだるような倦怠感を感じることはない。


「トーマ?」


現れてから一度も言葉を発しようとしない相手に焦れて名前を呼んだ。その名前を口にした途端、あの時の残像がフラッシュバックする。じわりと嫌な汗がにじむのをあつきは必死にこらえた。

あのとき、何度呼んでも届かなかった名前だ。

痛々しく目を閉じた所へ、ガシャリと乱暴にカップがテーブルの上に置かれる音に我に返る。右京が不機嫌そうな顔のままカップをテーブルに並べ、そのままあつきの隣に陣取った。


「返事くらいしたら。」


右京が冷たく言葉を発したのに、トーマがおずおずと視線をあげる。


「・・俺・・。」

「うん。」

「ごめんなさいっ!会ってもらえないかもって思ったけど、最後にどうしても謝りたくて!」


崩れ落ちるようにソファから降りてトーマは床にひれ伏した。これ以上にないというほど低く頭を床に擦りつける。


「・・・最後?」

「本当に、あんなヒドイ事・・。」

「・・ねぇ、最後ってどうゆう事だよ?」


驚くほど冷静にあつきはトーマの言葉を聞き返していた。


「だって・・俺、もう一緒にやっていけるなんて・・。」


トーマはカレイドスコープ解散を自分の中で確定していた。もちろん、あつきも考えなかったわけじゃない。それなのにトーマの口から出た事にあつきは怒りを感じる。


「解散って事だな?」

「しょうがないよ。俺が、それだけの事をしたんだから・・・。」


最後の方は小さくなってほとんど聞こえなくなった。小さくうな垂れるトーマの姿に、もはや恐怖はなくなっている。ただ怒りがあつきの全身を満たす。


「ふざけんな!疑われて!痛い思いして!周りを傷つけて!それで俺は仕事まで失うのか!?冗談じゃないよ。甘えるのもいいかげんにしろッ!!」


力いっぱい机を叩いたのに、トーマがびくりと全身を揺らした。


「何がしょうがないだッ誰がおまえなんかに選ばしてやるもんか!」


選んでいいのは俺だ。

トーマが止めましょうと言ったから止めるのなんてのは許せない。


「・・あつき・・?」


怒りに任せて立ち上がったあつきを見上げる目が怯えたように揺れている。その瞳に映った自分を見つけて、あつきは再びソファに座りなおした。


「呆れたよ。俺はこんなダッサイのを相方にしてたのか。」


皮肉気に唇を歪ませたあつきに、トーマは縋る様に名前を呼んだ。


「・・・あつき。」

「そんな意気地なしのヘッポコを今まで大切にしてきたんだ。馬鹿みたいだな。自分に自分で呆れるよ。」


あつきが自虐的な笑いを浮かべたのにトーマはただ困惑した表情を返す。あつきの言葉は自虐的で、貶すものの、トーマを責めはしない。思いがけない反応にトーマは明らかに戸惑っていた。


「カレイドスコープは解散なんてしない。誰が何と言おうと、お前が辞めたいと言っても続けるんだ。」


トーマの目がこれ以上ないほど大きく見開かれる。


「でも・・!」

「でももクソもない。今回の事に関してお前に選択権なんてないんだからな。分かったのなら返事をしろ。」

「あ・・。」


あつきが全てを許したように笑っているのにトーマは信じられぬ思いであつきを見上げた。


「もう俺はお前の味方なんかしない。トーマは自分の力で勝負するんだ。実力で味方を作ってみせろ。」


言葉ほど口調はきつくない。むしろ結局自分を甘やかすあつきにトーマは瞳を輝かせた。


「はいっ!」


カレイドスコープが再び走り出した。


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