終わる世界、始まる明日 Act14:味方
「あ、目ぇ覚めた?起きて平気なのか?」
人の気配にリビングへ出たあつきにキッチンからシヴァが大股で近寄ってきた。
「シヴァさん・・すいません。」
そういえば看病を了承したのだと思い出して頭を下げる。シヴァはそんな事は気にしていないふうで、正面に立つとあつきの頬を両手で挟みこんだ。
「謝んなって。どーせ俺なにも出来ないぜ?とりあえず具合悪い時は甘える。それでいいじゃん。それより飯食わねぇ?俺作ったんだけど。」
尋ねながらあつきの体温を両手で探る。さっきより少しは下がっているらしい事を確信して満足そうに唇の端を吊り上げた。
「はぁ。」
「点滴だけじゃ物足りないだろ?右京に比べれば味は落ちるが、まぁまぁだと思うぜ。」
「いただきます。」
特に空腹感はなかったが、断るのも悪いような気がして素直に頷く。カウンター越しに鍋から白い湯気が立っているのが見えた。
「無理すんなよ。駄目なら俺の腹の中に収まるだけの話だ。右京なんて絶対抹茶アイスしか食べないんだぜ。」
あつきの視線に気がついたのかそう言って食卓の椅子を引いてくれる。あつきが座ったのを確認してから再びキッチンに消えた。
「質問してもいいですか。」
「なんなりと。」
「右京さんってどこが悪いんですか?」
2人の口から何度となく右京の体が弱い事を聞いているものの、あつきはその場に遭遇した事がない。何日も見ない事はあったが、お互い仕事をしているとなればそれも不思議な事ではないだろう。
「心臓。冠攣縮性狭心症ってヤツ。」
軽く返された病名はとてつもなく厄介だ。確かに普段の生活に支障はないだろう。だが2人が右京の体調を気にするのは理解出来る。発作がいつ起こると知れない病気だ。そして最悪命に関わる。
「どーぞ召し上がれ。」
「いただきます。」
温かいうどんが目の前に置かれた。消化の良い物を選んでくれたのだろうと頭が下がる思いがする。熱があると言っても病気ではないのだから。
「うまいです。」
まぁまぁと言った本人の評価とは裏腹に口にしてみた食事は完璧だった。相当凝ったらしいダシの味が利いていて、専門店で食べるのとそう変わらない。右京がムカツクと漏らしたのももっともだ。
「とりあえず食って寝て身体を直せ。考えるのは後でいい。」
シヴァの言葉にあつきは小さく息を吐いた。
もはや驚きはしないが、その言葉に全て知られているのだと覚悟する。だが昨日、右京に知られたと知った時のようなショックはない。それは彼らが誰もあつきに同情の目を向けないからだ。
「右京さんはどうやって乗り越えたんでしょうか。」
あつきは心にあった事を素直に口にした。
あつきと右京の境遇はまったく違う。それでもまず何をするべきなのか知りたかった。どうすれば近道になるのかヒントが欲しかったのだ。
「・・聞いたのか?」
「はい。榊さんから。」
「そっか。そうだなぁ、俺はその時の右京をあまり良く知らないけど、俺たちが会った時、アイツはボロボロだった。なんか全部自分のせいにしちゃってさ。自分の殻に閉じこもってたんだな。自分で自分を殺そうとまでしてた。だけど立場上の責任ってのがあってさ。プライドだけで立ってたんだ。そこで甲斐に会った。たまたま担当医になったんだけど。右京の周りには右京が弱音を吐ける相手がいなかった。それを無理やり甲斐が吐かせたんだ。それで甲斐は言ってやった。『おまえは間違ってる』って。『何でも背負い込むな』ってさ。」
いつも自然で、自信に満ち溢れていたシヴァがこの時ばかりは翳りのある微笑を見せた。
彼もまた自分が何もしてやれなかった事を悔いているようだ。だが、彼の中でそれが過去の出来事になっているらしい事にあつきは少しの希望を見出した。
「右京さんは救われたんでしょうか?」
「・・・それは分からないな、救われたと信じたいけど。・・あつきが救われないと言っているわけじゃないぜ。ただ、右京はあつきよりもいろんなものを背負ってるんだ。他の過去に引きずられてたまに思い出してしまう時がある。でも甲斐や俺っていう絶対的な味方がいるんだって事をやっと覚えたみたいだな。やっと俺たちの前で泣けるようになった。」
反芻するように言ったシヴァは微かに目元をほころばせる。まるでうちの子はかわいくてしょうがないんだと言うようなその表情は、いかに右京が大切な存在なのかを表していた。
「味方・・。」
それは右京が別れ際に言った言葉だ。そして魔法をかけてくれた言葉。
「あっきーにはしんちゃんがいる。俺だって、右京だって、甲斐だって、五嶋だっている。それを忘れちゃいけない。」
あつきは力強く頷いた。