終わる世界、始まる明日 Act13:使命
「それではっ今日のゲストッ皆様お待ちかねのカレイドスコープのお二人・・の予定やったんですけど、村上君が急病、という事で、急遽、プロデューサーである五嶋さんが村上君の代わりに来てくれましたっ!」
「こんにちは~。カレイドスコープ・プロデューサーの五嶋潤でーす!」
続いて挨拶をするはずのトーマが俯いたままなのに、五嶋は笑顔のまま肘でトーマを促した。
「・・・こんにちは、カレイドスコープの長谷部斗眞です。」
「あらら、なんか暗いですね。」
「すいません、相棒がいないのが寂しいらしくて。」
やりにくい事この上なし。それでもまだ言う事を聞いてくれるだけマシだと思うべきだろうか。五嶋はため息をつきたい気持ちを芸暦15年の年期モノの笑顔でガードした。
「しゃ~ないわなぁ。村上君がいないで寂しい気持ちも皆もよう分かると思います。じゃ~とりあえず、村上君が急病っちゅーのがどういう事か説明してもらいましょうか。」
DJもラジオでは見えない顔を引きつらせながらもフォローを入れる。誰から見ても心ここにあらずのトーマが使い物にならないだろう事は承知しているだろうし、事前に十分すぎる程打ち合わせをしていた。辻が『トーマの方も相当落ち込んでますが、よろしくお願いします』と恐縮されるほど頭を下げたのだが、想像を遥かに越えていたらしい落ち込み具合にDJも度肝を抜かれたようだ。『村上君、相当悪いんですか』なんて耳打ちされて五嶋は顔を引きつらせた。
音楽雑誌、アイドル雑誌、ファッション誌、音楽番組、ラジオ番組・・カレイドスコープの名前を見かけない日はない。挙句の果てにあつきに至ってはソロの時代から続けている雑誌連載やラジオ、楽曲提供などを考えるとトーマなんかよりずっと過酷なのは誰の目から見ても一目瞭然だ。だからこそ『過労です』という言葉に周囲は納得してくれた。事実、右京から過労も原因だと聞いている。それに、あつきはすごく頭の良い少年だ。一緒に仕事をした事のある人間は好感度ナンバーワンだと誰もが言う。相棒を気遣ってフォローし、周りの人間にも腰が低い態度が突発的な欠席への風当たりを弱めた。トーマは全てをあつきのせいにしていたが、あつきが倒れるまで働いているのに気付かないトーマに同情の余地なしだと思う。自分で招いた結果とはいえ、あつきという支えをなくしたトーマは粗が目に余る。プロデューサーとしては頭が痛い問題だ。このままカレイドスコープが続行するならばの話だが。
「はい。もともと身体が強い方じゃないんですけどね~。ちょっと疲れが堪っちゃってたみたいで、倒れちゃったんですよ。本人も悔しい思いをしてると思うんですけど、自己管理も勤めって事で、反省させる意味も含めてですね、プロデューサーとしましては、心を鬼にして自宅謹慎…ただの自宅療養なんですけど、を命じてみましたっ。これからも良い物を作っていって欲しいですから、今日は残念ですけど、ファンの皆様には僕で我慢していただければと思いますっ!」
「そうですね~。今無理して次の楽しみがお預けになったらそれこそ堪らへん。このラジヲを聞いてくれてる皆さんもそんなわけで分かってあげてくださいませ。という事で、村上君への励ましメールやFAXなんかもドシドシ送ってください。ちゃんと本人に届くように、」
「はい、僕が責任を持って届けますっ!」
「では、曲にいきましょう。カレイドスコープの新曲。先日ミリオンヒットも記録しました、“レッド・アラート”!」
曲が流れている間、メール・FAXは次々とファンの悲しみや、怒り、応援の手紙を吐き出した。ラジオ局には問い合わせの電話が殺到したらしい。開局以来の大繁盛振りがカレイドスコープの人気を物語っていた。もちろんその日のスポーツ新聞の夕刊で一面を飾る事となった。
「メールもFAXもすごい量みたいですね~。ちょっと紹介しましょうか。え~、あつきが倒れたって聞いて大ショックです。今日は残念ですけど、次のCD楽しみに待っているので早く身体を直してくださいネ。トーマ君の声がさっきから全然聞こえませんが、トーマ君がんばって。あつき君が倒れて一番ショックなのはトーマ君だと思いますが。・・という事ですが、」
「・・俺・・・。」
急にトーマが呟いたのに、ギョッと五嶋は振り返った。何か余計なことを言い出すのではないかと気が気でない。それは事情を知ってしまった辻も同じで、ガラス窓の向こうで乗り出すようにトーマの言葉を待っている。
「俺、何も分かってなくて・・・俺だけ何も分かってなくて・・ごめんなさい。」
一瞬、重たい沈黙がブースの中を満たした。トーマは山のように届いたメール、FAXを握り締めて俯いてしまう。
メールもFAXもほとんど同じような内容だ。あつき君は倒れてもしょうがない、というのがファンの見解。もっと細かいのになると、いついつの番組は顔色が悪かったなどの指摘までついている。つまり、僕らのついた嘘はファンにも十分に通用するほどあつきはオーバーワークだったって事だ。一緒に居て、全部押し付けていたトーマが気付かなかった事でもファンはしっかりと見ている。
「実はあつきって体調悪い事多いんですよ。でも皆に心配掛けまいとして黙ってる事もしばしばで、特に今回トーマは驚いちゃったみたいですね。トーマもね、相棒監督不行き届きの刑で今朝、僕に怒られたんでちょっとヘコんでるってのもあるのかな。」
「村上君、ホンマよう働いてますもんね~。売れっ子の辛いところやわ。」
現実はそんな甘いものじゃない。
それでも五嶋はあつきの答えを待つしかないのだと、答えを出していた。
自分に出来る事はあつきの居場所を守る事ぐらいだ。
五嶋は右京が与えた使命をそう理解した。
今FAXって受け付けてるのかな・・・?