表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

六話

ようやく軍閥らしいことをする話

俺は膨大な魔力を持ち、死人を操る権能を持つ。それは転生した時に付与された余計な特典と、かつての古代王国の王の子という立場によるものだ。唯一の王位継承者として支配者たる権利。そしてこの身を現世へと縛り付ける巨大な魔力。これら二つの要素それを可能としているのである。

 これを具体的に言うとどうなるのか? 簡単に言うと死人の軍団を作り、命令することができるのだ。俺の号令一つで、亡者地獄の底から這い出てくる。ちなみに呼び出せる死人の数に制限は無い。浮かばれぬ魂など、現世にはいくらでも彷徨っているからだ。つまりこっちだけズルして無限モードである。


「貴女の軍隊はいつ見ても壮観ですね」


 総督でもあり、新たな契約者となったイリーナが呟く。今彼女と俺は、一つの同じチャリオットに乗っている。この戦車を引いているのは骨の馬で、御者も乾いた死体だ。装束はどちらも鐙発明以前の非常に古いもので、今の騎馬とは大きく違う。それもそのはずで、この死人はかつて父に仕えていたものだ。古代王国が滅んだ際に彼も死んだが、どういう訳か浮かばれぬ魂となってしまったので、こうして俺の支配下になってしまっている。


「軍隊というのには粗末なものだがな」


「そうなのですか?」


「今ここに居るのはただの死人だ。単なる生者への恨みつらみを持つ者たちに指向性を与えて走らせているに過ぎん」


 視界に一杯に広がるのは、浮遊する雑多な低級霊と、腐肉や骸骨の歩く死体の大群だ。未だ昇天することが叶わず、生者を妬むことしかできない哀れな魂。死の痛みから逃れることしか考えられないから、目の前の生者を襲うことしかしないが、一応制御することはできる。いってしまえば俺はネクロマンサーであるといえるだろう。ただし自らも死人である。


「お前の軍はきちんと教えろよ。あれは敵味方の区別などしないから、俺が指示してやらねば生者とあればなんでも一緒に襲ってしまう」


 俺が命令しなければ、彼らにできるのは二つだけだ。すなわち、目の前の者に命あるかどうかと、ある場合はそれに襲い掛かることだ。敵味方の識別などしない。生者を見つければ襲い掛かる。摩耗した死者というのは本当にそれだけしかしない。従って、敵味方の識別は俺がして、彼らを制御しなければならない。

 俺はそれをひとまとめにして雑に敵にぶつけている訳である。戦術や戦略などといったものとは無縁だが、数とはそれだけで強力だ。しかも死人だから排除するのも簡単ではない。対して俺は死人を適当に呼び出すだけだから、ほぼ無限に補充できる。とんでもねぇチートだな。俺が敵ならブチ切れるわ。まあやるけど。


「分かりました。見つけ次第お教えします」


「そうしてくれ。俺も味方殺しはしたくない」


 味方殺しなんぞ非効率の極みだからな。契約に反する行為は避けなければならない。殺すべきは総督の敵で、味方では無い。


「見えました!!」


 目を凝らした先に目標を見つけ、隣で叫び声を上げるイリーナ。視線の先を辿ると、そこには二つの軍勢が展開しているのが見て取れる。両者はくっついたり離れたいしていることから、既に戦闘中であるらしい。片方は伝統的な魔王軍の装束を纏った騎馬主体の集団で、もう片方は小銃を担いだ戦列歩兵だ。ははん、これがどういう性質の反乱か何となく分かったぞ。


「どっちがお前の軍だ? 古い方か、新しい方か?」


「新しい方です! 火器主体の方が私の軍隊です!」


 だろうな。まあ、確認だよ、確認。初歩的だが重要なことだ。

 だがまあ、なんというか。民族主義が既に生み出され、その上効率的な火器の運用が行われているとなると、もうこの世界は近代に足を突っ込んでいるのだなぁ。魔法だとか魔力だとか死人だとか言っている自分がいかに古い存在なのか、嫌でも思い知らされる。俺の立場っていってしまえば中世的な封建諸侯だから、近代の世界では余裕で時代遅れなのだ。そういうのは普通、時代についていけずに淘汰されることになる。

 つまり、あそことでは近代と前近代が争っているのだ。争いが起こせるレベルということは近代化が完全に遂行されていないということ。総督が進めている近代化も完璧では無く、それに反対する勢力に付け入る隙を与えてしまっている。いつの世でも、新しいものを導入するのは大変だということらしい。生者も大変だなぁ。


「いくぞ、死人どもよ」


 目標を定めた以上、もう迷うことは無い。躊躇なく進軍速度を上げる。死肉となって脆くなった一部の死体らが崩れ去るが、倒れる端から別のを召喚すればよいので問題無い。俺の無意味に膨大な魔力で、際限なく呼び出せるからな。浮かばれない魂というのは事欠かないことだし。

 走る死と化した死者の群れは、あっという間に距離を詰める。表情が分かるほど接近すると、総督の軍とその敵も、両方驚愕していることが分かった。


「渇望する生が目の前にあるぞ。存分に食らい尽くせ」


 勢いのままに死人を突入させる。もちろん、イリーナの配下には襲い掛からないように指示を出しておく。統制された死の軍団は、今にも崩れ去りそうな死肉を引きずって敵集団へと突入した。

 伝統的な装束を身にまとっていることから、イリーナの配下とそれ以外を間違えることは無い。というか、戦列を組んでそれぞれ対峙しているのだから間違えるはずが無い。驚愕する総督軍の脇をすり抜けながら死人たちは突撃していく。一部の総督派兵士は驚きすぎて尻もちをついたり、酷い者では武器を取り落としたりしているが、そんなことはどうでも良いことだ。今はただ、イリーナの敵に死人をぶつけるのみ。


「う、うわぁ、何なんだこれは!?」


「死人が襲ってくるぞ!?」


 総督軍の戦列を超え、反乱軍に突入する死者たち。戦列歩兵が小銃を撃ちあうといってお、所詮はマスケットなので実は距離はそんなでも無い。死者の行進などというおとぎ話のような光景で、反乱軍が激しく動揺したのもあるだろう。結果として、突撃は成功した。

 歩く死肉と骨、ぶっちゃけゾンビとスケルトン、そして少数の低級なゴーストで構成されている集団は思い思いの方法で生者に牙をむく。悲鳴を上げるのを無理やり地面に引きずり倒し、爪を立て喉元に噛みつく。周囲を漂いながら呪詛を吐き生命そのものを蝕む。

 俺とイリーナはその様子をチャリオットから眺めている。そこかしこで悲鳴が上がり、鮮血が飛び散る。当然、反乱軍もやられっぱなしではない。サーベルなり旧式銃なりで反抗する。案外死者というのは脆いもので、簡単に肉はえぐれるし骨は折れるし、金気で霊は祓える。それでも反乱軍から悲鳴が絶えないのは、俺が倒される端から新しいのを召喚し続けているからだ。いやぁ、数の暴力って最高だな。


「こんなの聞いてねぇよ!?」


「もうダメだ、逃げろ!!」


 百人は食い殺した所だろうか、ついに反乱軍が士気崩壊を起こし撤退を開始した。完全に戦意を失い、バラバラに逃走を開始する反乱軍。こうやって蜘蛛の子を散らすようの逃げられると、俺はやりにくい。何せ、死人というのは頭が悪いので、俺が制御していなければ目に入る全ての生者を襲ってしまう。効果的な追撃戦など望むべくも無いし、そもそも俺から離れすぎると制御下から外れてしまう。追いかけていった先で、全然関係の無い生者を襲うかもしれなかった。もっと頭の良い高位の死者ならばこういった問題もある程度解決できるが、今はそれよりももっと簡単な解決方法があった。


「イリーナ」


「え、はい?」


 急に話を振られて驚いたのか、まるでなぜ今話しかけられたのかと言わんばかりの表情のイリーナ。そうだよ、お前にしかできない仕事だよ。

 言いながら俺は死人の召喚を止め、全てひっこめる。その瞬間に、あれだけ猛威を振るっていた死者の軍団は塵になって崩れ去った。


「敵が逃げる。足の遅い死人では追うのが面倒だ。お前の軍がやれ」


「そういうことならば。……おい、オコーネルかプラシノを呼べ!!」


 チャリオットの周りに集まっていた総督軍の兵士に、イリーナは指揮官を呼ぶように言いつける。恐る恐るといった表情でこちらの様子を伺っていた兵士は、イリーナの姿を見つけるとすぐに何人かが、踵を返し大声で指揮官を呼びに走った。

 幸いに、直ぐに指揮官はやってきた。それは若い人間の男で、一人の魔族を伴っていた。くたびれてはいるが、瞳には強い光を持っている。これはきちんと生きているものの眼だ。きっと良い指揮官なのだろう。実際に俺が来るまで戦線を持ちこたえさせてたのだし。


「総督、生きてらしたんですか」


 未だに信じられないといった表情でこちらに視線を寄越す男。傍らの蜥蜴っぽい魔族も表情は分からんが同じことを考えているに違いない。


「言ったろう。必ず援軍を連れてくると。私は一度交わした約束は守る女だ。それよりも今は逃げた敵を追いたい」


「……直ぐに部隊を編成します。プラシノ、動かせる部隊はあるか? なるべく消耗してないやつが良い」


「無傷の部隊はありませんが、疲労の少ない者を集めて臨時の部隊を編成しましょう。追撃ならそれで充分なはず」


 言葉通り、直ぐに追撃隊が編成される。こういう所の切り替えは彼らが良く訓練された軍人だからなのだろう。伊達に民族主義時代の軍隊をやっていないのだな。

 集められたのは全て騎馬で元は偵察用のそれであったのだろう。サーベルとピストルを携えており、多少くたびれてはいたが敗走した軍を追うのには十分すぎるはずだ。


「あーその。総督? 本当に副王から援軍を引き出せたのですか?」


 そうじゃなけりゃお前はもう死んでるよ。と言いそうになったが、あまり無粋なことは言わないほうが良いだろう。


「そうだとも。副王閣下は我らに味方してくださるのだ」


 誇らしげに語るイリーナを見て、指揮官二人、人間の方がオコーネルで、魔族の方がプラシノというらしい、が顔を見合わせる。


「まさか本当に副王相手に援軍を引き出させるとは……。すみません総督。俺たちはあなたを少し見くびっていたようです。」


「総督を逃がすために捨て石になる覚悟でしたが、こうして生き延びることができるとは……。ひとえに総督のおかげです」


 どうやらイリーナは援軍を連れてくることを期待されていなかったらしい。それでも最後まで戦い続けた彼らの胸中にはイリーナへの敬愛にあふれているようだ。人徳があって羨ましい限りだよ。死人は完全に制御できるから、そういう相手のことを考えた付き合いとかやらないから身に付かないし。


「……まあ、私の能力に関しては言い訳をするつもりはありません。実際にこうして反乱を招いてしまったのは私の責任です。ですがそれももう終わり。副王閣下は契約を結んで下さり、こうして私の全ての敵を打ち倒すと宣言されたのですから」


 そういってこちらを振り返り微笑むイリーナ。

 これ、イリーナの政争に巻き込まれたのでは? 反乱軍の鎮圧に関わったから立場も総督側で固定されたのでは? うーん、もう遅いけどイリーナの頼みを聞いたのは早計だったかな。魔王もこの諍いを収めることは無いようだし、これは軍閥化一直線ですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ