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五話

 瀕死の病人となった魔王領の中でも、属州アエギュプトゥスの情勢は混迷を極めていた。元々、副王と総督という二人の統治者が存在しているというのに、世俗を統治している総督が全てを管理しているとは言い難い状況だからである。というのも、軍の一部が離反し地方豪族と合流し反乱を起こしたからだ。


「撃て!!」


 号令と共に、歩兵戦列の小銃が火を噴く。当代の総督イリーナによって近代化が推し進められた総督軍は魔王領の中でも、かなりの火力を誇る軍隊となっている。といっても、それでも近代的な火力戦に適応しているのは一部の部隊のみで、それも総督直轄の部隊だけだ。その他の大部分は旧式の武器を装備しており、今回総督に反旗を翻したのもそうした旧来の部隊である。

 戦列射撃の合間を埋めるようにして、砲兵が砲撃を行う。圧倒的な火力差によって戦列が崩壊した反乱軍は、潰走した。

 近世と近代にはどうしようもない、埋められない差というものが存在する。改革に賛成する者と反対する者という構図である以上、正面切った衝突では総督軍が圧倒するのは当然であった。

 しかしながら、全体としての状況は総督軍に不利であった。


「これで奴らの突撃を阻止したのは三度目。奴ら諦めませんな」


「火力では圧倒的に我々の方が上だ。数に頼って押し潰すしか無いだろうさ」


 言葉を交わす二人。片方は蜥蜴の顔を持つリザードマン系の魔族で、もう片方は若い人間の男だ。どちらも今回の内乱において、総督に付くことを決めた軍人らである。

 魔王軍の中にはこの若い男のように人間も普通に混ざっている。それはイリーナの改革云々といったことでは無く、元々だ。常に侵略者であった魔王軍はその巨体を賄うために効率的に人間を登用したのである。征服者としての魔王軍の伝統と言っても良い。従って、この二人のように人間と魔族が同じ軍の中にあっても何の不思議も無いのだ。


「何の策も無い数頼みの突撃でも、我々にとっては十分な脅威だ。何せ、弾薬には限りがある」


 苦々しく言う若い男は名をオコーネルという。アルビオン出身のこの若い人間は、イリーナの改革によって登用された元傭兵である。長身でよく鍛え上げられた体を持ち、近代的な火力戦の経験を持つ。対してリザードマンの魔族の方は、在地の有力貴族の家系の軍人で緑の鱗を意味するプラシノという名を持つ。彼は、尚武の気風と保守性を併せ持つ典型的な魔族だが、火力の偉大さを理解しイリーナに同調する貴族軍人の一人だ。ちなみに、序列ではオコーネルの方が上である。人間が魔族の上にあることができるというのも、イリーナの改革の結果であったが、そういった面が反乱を引き起こしたことは否定できない。

 戦争とは直接的な戦闘だけでなく、後方、つまり補給が重要である。それはかつて世界が一つの帝国であるよりも前からの常識であり、近代化によって火力が増大しつつある近年ではその比重は増しつつあった。

 結果として、総督軍は巨大な火力を手に入れる代わり、補給を行えなければその能力を完全に発揮することができなくなった。そして、改革派であるという都合上、貴族や地主などの地元保守支配者層を完全に取り込めなかった総督軍は補給に難があったのである。


「ま、人間はともかく魔族は頑丈ですしな。数発程度なら耐えるのも難しくない。銃撃だけで片は付かんでしょう」


 人間に比べて魔族は頑強である。プラシノの言葉通り、特にリザードマン系のような体格に秀でた種族であれば、高速で飛来する鉛の弾丸を受け止めるのも不可能では無い。当然、複数回受けるのは不可能だが、それでも手持ちの弾薬が枯渇しつつある総督軍にとって、それは死活問題だった。

 さりとて、騎馬などの機動戦力で守旧派軍に劣っている総督軍は近接戦を積極的に選択することができなかった。下手に突撃すれば機動力に劣る総督軍は戦列を寸断、包囲を受ける可能性を否定できない。従って、総督軍は手持ちの弾薬を消費することを承知で、射撃を継続するしかなかったのである。


「まあ、援軍が来るまでの辛抱だ。それまで耐えるしかない」


 オコーネルの言葉にプラシノはすっと瞳を細める。


「本当に死者が助けに来ると? 総督を疑うつもりはありませんが、魔王の直臣であるあの副王が本当に動くでしょうか」


 彼らの直属の上司であり勢力の長である総督が、副王に援軍を要請すると言い出したのは数日前である。その時に彼らは今と同じように懐疑的な意見を述べたが、それでも総督は意見を変えなかった。

 彼らにしても、援軍が無ければジリ貧なのは事実である。アエギュプトゥスで総督が援軍を乞える勢力はもはや副王のみであり、可能性が低くてもそうするしかなかった。すでに魔王領は病んで久しく、魔王がこの混乱を治めることはほとんど期待できなかったからである。


「来なかったとしても大した問題じゃない」


「というと?」


「重要なのは、総督を戦場から逃がせたってことさ」


「くく、違いない」


 笑みを浮かべるオコーネル。プラシノも喉を鳴らす。リザードマンの身体構造上、笑みを浮かべるということが困難であるため、この動作が笑いを示していることをオコーネルは知っていた。

 実の所、彼らは総督が援軍を得ることができるとは思っていなかった。イリーナが援軍を要請するであろう副王スフェラは、乞われたからとすぐに力を貸すような人物ではない。むしろ、その性質は非常に扱いが難しく、礼儀を欠いたり契約を破ったりした者で生きて戻ったものはいない。唯一の例外がかつて彼女と争った過去の魔王だ。その魔王にしてもスフェラに勝利したのではなく、どちらも決定打が無かったので仕方なくスフェラが臣従を選んだだけのことだ。

 副王とは魔王ですら契約で縛らなければならない相手なのである。それを立場上対等といえども、明確な力関係として格下の相手の要請をそう簡単に受ける訳が無かった。

 しかし、それでも彼らは良いと考えていた。一時的にでもイリーナを戦場から遠ざけ、その間に自分たち軍が壊滅すれば、総督は難を逃れられる。軍を失えば、総督は確実にアエギュプトゥスを追われるだろう。もしかすると生きて脱出することは叶わないかもしれない。

 それでも、生き残る可能性は十分にあった。少なくとも、軍と運命を共にするよりかは多少はマシであるのは事実だった。もし、運が良ければイリーナの故郷であるイリュリアに逃げおおせることができるかもしれない。腐敗しきった魔王の政府では、そこまで彼女を追うこともできないはずだ。


「さあ、そろそろ準備をしよう。どうせ最後なんだ、格好良くいこうぜ?」


 オコーネルは何でもないように言い、プラシノは頷く。両者の瞳には決意の炎が宿っていた。

 オコーネルにとって総督は処刑される所を救い出され、仕事まで与えてくれた恩人だ。おまけに飛び切りの美人である。彼は紳士の国であるアルビオンの出身で、彼自身も女性に対してはとびきり紳士であるつもりだ。ああいう女のために死ぬのでれば悪くない。


「爪も牙も、もちろん剣も抜かりなく研ぎ澄ましてありますとも。準備は万全です」


 プラシノはオコーネルとは違い、総督を立場以上の敬愛を抱いてはいない。なぜなら彼は総督では無く近代化と火力を崇拝していたからだ。分かりやすく力を崇拝する彼にとってそれは故郷を混乱から救う唯一の手段であり、当然選択されるべきことだ。そして、それを推し進めた総督は再起を図るべきで、そのために最適な手段を容赦なく取るつもりだった。それが例え、自分の命を捨てることであっても。

 彼らの目的は既にほとんど達成されていた。最後の仕上げは、自分たちが文字通り粉砕するまで戦い続けることだけだ。これほど楽で名誉なことは無い。女のために、あるいは故郷を守るために死ぬことができるのだから。

 唯一心残りがあるとすれば、その心中に多くの兵隊を道連れにしてしまうことだ。しかし、死者の領分は彼らでは無く副王にこそある。無責任であることは百も承知であったが、せめて部下の死後の安寧を祈るばかりだった。どうせ自分たちは地獄に行くしかないのだ。せめて、部下の責任を負うことを弁明するこうらいは許されるはずだ。


「古臭い爺どもが来やがったぞ!! 覚悟を決めろ、俺たちの誇りを見せつけてやれ!!」


「気を抜くでないぞ。各員、構えよ」


 地面が揺れる。それが四度目の突進の轟音であるのは疑いようが無かった。オコーネルは兵を鼓舞し、プラシノは冷静に態勢を整えさせる。二人の指揮官の命令、というよりは鼓舞は瞬時に伝達され、兵士も覚悟を決める。彼らも伊達にここまで付いてきていない。否応無しに士気が高まる。例え、最後の瞬間が訪れたとしても最大限格好つけて散るつもりだった。

 皆、思い思いの武器を構える。一部では弾薬が既に尽きている兵士も居たが、高い士気によって戦列が崩れることは無い。突進する敵兵の黒目と白目が区別できるようになっても、それは変わらなかった。

 そして破局が訪れる。はずであった。


「何だ!?」


 しかしそれは前方の敵では無く、後方よりやってきた。

 最初に気が付いたのはオコーネルで、背中に不穏なものを感じたからだった。本来であれば、敵を前にして後ろを振り返るなどあり得ない行為だ。しかし、歴戦の傭兵としての習慣を上回る不穏な空気が、彼にあり得ない行動を取らせた。

 総督軍の後方より現れたもの。それは大量の死者の大群だった。大地を覆う膨大な死の塊が震えるように蠢き、ゆっくりとこちらに接近していたのである。

 災厄にも等しいその光景を目撃した総督派軍は、恐慌を起こし敗走しかけた。だが、彼らを僅かに踏みとどまらせたのは、敬愛する総督の言葉があったからだ。副王から援軍を引き出すというその言葉が、彼らの勇気を奮わせ逃走することを阻んでいた。


「おいおいおい、本当に死人を味方に付けやがった……」


 誰に聞かせるでもないその呟きは、荒涼とした大地に溶けて無くなるように消えていった。

この世界には魔法も魔王もあるけど、火器とか自由主義もあります。レベルとかスキルはありません。

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