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四話

 外に出るとそこに広がっていたのは、人の群れだった。時間は中天を少し過ぎたくらいだろうか。俺は特別な幽霊なので日中にも普通に活動できるのだ。だからといって日光が平気な訳で無いが。


「何だこれは……。なぜここにこんなにたくさんの生者がいるのだ……?」


 かつての古代王国の王宮跡を根城としている俺だが、この遺跡は結構大きい。単純な規模でいえば、魔王の居城並みの広さがある。なぜなら、生前の時点で数百年以上にわたって歴代の王が増築を繰り返したためである。俺が存命の時点ではすでに数十人の王が手を加えていたとか。流石に外周部などは老朽化が激しく、朽ちた遺構が残るのみといった部分も多い。だが、地下部分も含めるとかなりの大きさになる。

 その無駄に広い遺跡の一角、ちょうど広場のように開けた所に人だかりができていた。当然だが、ここは生きている者が理由も無く入ってきて良い所では無い。


「彼らのほとんどは難民です。私が守れなかった、被害者だ」


 気が付くと、背後にはイリーナが居た。追いかけてきていたのか。

 人々の身なりはかなりみすぼらしい。ほとんど着の身着のままで、やっとこので逃げ出してきな文字通りの難民といった風貌だ。


「私は彼らを守れなかった。私はただ、彼らの生活を楽にしてやりたかっただけなんです。朽ちるばかりの魔王領を滅びから救いたかっただけなんです。なのに、総督という責任ある立場にありながら、その義務を果たせなかった……!!」


 苦い表情で告白を続けるイリーナ。その内心を図ることはできないが、強く握りこまれた拳から、大体を予想することはできた。短くない付き合いの中で彼女の性格は大体把握している。

 責任感の強い彼女のことだ。総督という立場にありながら、守るべき民を守れなかったことに責任を感じているのだろう。なるほど、そう考えれば彼女が俺の元を訪れたのにも説明がつく。改革と統治に失敗したのだ。


「今のままではすぐに立ち行かなくなる。そう思った私は古いものをたくさん変えました。必要であれば新たなものでも取り入れました。でもそれが良くなかった」


 改革とは痛みを伴うものだ。全体を見れば必要な出血でも、切られる者からすればたまったものでは無い。不満の一つや二つ、出て当然だろう。それが旧弊で非効率的な因習であったとしてもだ。物事を変えたくないと考える者は意外と多いものなのだ。ましてそれが、瀕死の病人に例えられる図体ばかりの老大国ともなれば、それは想像を絶するものとなろう。

 彼女も総督として相応の覚悟を持って臨んだ筈だが、想定よりも大きな反対にぶつかったという所か。


「貴女の元へ取り決めに反して訪れるということがどういう意味を持つかくらい、承知の上です。けれども私は責任を果たさなければならない」


 俺の領域とは死者の領域。そこに踏み入るということは命を捨てるのと同義だ。それは魔王から認められた正当な権利だからだ。だから誰も俺の根城へは近寄ろうとはしない。アエギュプトゥス全土が名目上は俺の土地だが、実際に目が届くのは王宮遺跡周辺だけだ。俺としても全土を管理するつもりなど更々なく、その辺りの面倒は総督がやれば良いと思っている。だから自分の周辺以外に積極的に意識を向けるつもりは無い。だが、己の懐に無遠慮に飛び込むことを許すつもりも無い。死者とは常に生者を妬んでいるものなのだから。

 その数少ない例外が同格で共同統治を行っている総督だ。だがそれも、あくまで取り決めの上でのこと。統治が領分を跨って行われる際に、形式上承諾を取る場合にのみと定められている。それを破るということは俺に殺されるということを意味している。


「副王閣下、私の命を差し上げます。必要であれば死後も貴女にお仕えしましょう。ですので、どうか哀れな彼らを救ってください……」


 平伏し、助けを乞うイリーナ。彼女を駆り立てているものを想像することはできるが、理解することはできない。きっと、俺には無い、大昔に失ったものだろうから。いや、想像することさえおこがましいかもしれない。所詮俺はクズで、それに対して彼女は己の責務を果たさんとしている。比較にならない。

 ああ、生きているというのはこんなにも熱いものなのだな。精一杯の感情とはこんなにも熱を感じるものだったか。死人は体温が無くて常に冷たいものだから久しく忘れていた。


「どうか、お願いします……」


「我らを助けて下され……」


 いつのまにか周囲に人々が集い、口々に助けを求める。かつてこの地を治めていた父も、このように民の嘆願を受けたりしていたのだろうか。経験してこなかったことだ。


「どうかお願いします……。どうか、どうか……」


 しばし沈黙し、思考する。俺はどうするべきだろうか。どうしたいのだろうか。答えは決まっているようなものだが、それを口にするための儀式のようなものだった。


「良いだろう」


 こうなってしまった以上は仕方がない。


「総督。貴様の頼みを聞いてやろう」


「本当ですか!? ありがたい、これでアエギュプトゥスは救われます!!」


「その代わりに魂をもらおう。死後二百年は働いてもらうぞ」


 契約違反だとして彼女と民衆を虐殺することは簡単だ。それを可能とするだけの力が俺にはある。だがそれはあまりに面倒極まりない。その上、皆殺しをやってしまえばそれ以上の面倒に繋がることは明白だ。こうした事例が出てきた以上、他に俺を頼ろうとする者が出てきても不思議ではない。ここは協力することによって、イリーナを死後こき使う権利を得るのだ。彼女に全て押し付けて引きこもりやすくすることにしよう。

 うん。そういうことにしよう。自分を納得させる理由を編み出すことに成功した俺は心を決める。


「契約を行う。こっちに来い」


 呼び寄せると、イリーナは喜んでこちらに寄ってきた。体格はあちらの方が大きいのに、こうしてみると子供みたいだ。少しやつれてはいるが、十分以上に磨かれた彼女の容姿はまぶしいくらいに整っている。


「宣誓が必要でしょうか」


「いや要らん」


「ではどのように?」


 こうする。

 無防備に近寄るイリーナの腕を取り、抱き寄せる。死人は生者のように肉体に配慮する必要が無いから、俺の細い腕でも見た目以上に力が出せる。そのまま彼女の口を塞いだ。

 イリーナの顔に驚愕が浮かび上がるがもう遅い。お前は悪魔と契約したのだ。気の済むまで、彼女の温かさを味わう。柔らかい唇も、強張る体も、早鐘のような心音も、全て俺には無いものだ。温かく羨ましく、そして懐かしい。

 どれくらいそうしていただろうか。許されるのならいつまででもそうしていたかったが、あまり長いことやるとイリーナが死んでしまう。窒息云々もそうだが、契約の証として魔力を流し込んでいるがあまりに量が多いと肉体がついていかず死んでしまう。そろそろ離れる時だった。

 塞いでいた口を離す。同時にイリーナはその場にへたり込んだ。すまんね、こちとらそういう経験は初めてなんだ。上手くは無かっただろう。


「契約は成った。この場に居る全ての者が証人だ。拒むのなら今すぐ名乗り出ろ」


 改めて周囲を見渡す。民衆は事の成り行きを見守っていたのか、反対の声が上がることは無い。ま、無理だろうがな。それができるのなら、こんな所に逃げてはいないだろう。彼らに選択肢などありはしない。

 ぐるりと一回転してみても声は上がらない。事情はどうあれ、この場の民衆全てが証人となった。


「よろしい。総督よ、今よりアエギュプトゥスの全ての死者がお前の味方となる。副王スフェラの名において誓おう。幾千の敵が立ちはだかろうとも、幾万の死人達が悉く全てを葬り去るだろう」


 ちょっとはっちゃけ過ぎたかな。まあ、多分千年振りくらいに新しい契約を行うから、少しくらい張り切ってもしょうがないよね。きちんと決めておかないと基本が怠惰な性格だから、動くの億劫になっちゃうし。


「さあ言うが良い。お前の敵は何だ? 俺は誰を取り殺せばいい?」


「……そうですね。さしあたっては反旗を翻した一部軍の粛清でしょうか」


 軍が反乱起こしてるのかよ。つまりイリーナは総督という職務に反してその領域を統制することに失敗しているのだ。なるほど、そんな状態だったら死人にも縋りたくなる訳だ。

 さて、それじゃあ契約ついでに初仕事といこう。久しぶりの外出だから張り切っちゃおうかな。


「了解した。それでは死者の行進を見せてやろう」

転生前男現女と女の組み合わせは百合になるのか問題。

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