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二話

ようやく少し動き始める

「あれはきっと詐欺の類であったに違いない」


 俺の独り言は闇へと溶けていく。

 確かに俺は転生することを承諾した。チートもつけさせた。相応の特典もつけさせた。それによれば、俺は幼少期の死亡の回避と魔力の才能が保証されていた。現に生まれが王室で、膨大な魔力を保有しているなど、嘘はでは無いようだった。

 だが蓋を開けてみればどうだ。俺は生まれ落ちたその瞬間から眠りから覚めることが無かったのだ。正確にはただ眠っているのでは無く、意識はあったが体を動かすことができなかった。視覚以外の五感はきちんと働いていたので周囲の状況などは掴むことはできていたのである。要は植物状態と同じだ。これが詐欺でなくて何なのか。

 そして、何よりも性別が変わっているというのが許しがたい。確かに性別の指定はしていなかったが、そういう所を変えられるのが詐欺感強いから嫌い。性転換というのは創作のジャンルとして好みではあっても、自分でそうなりたい訳では無いのだ。

 とはいえ生まれてしまったものはしょうがない。起きる上がることはできないが、与えられた環境としては破格であろうことは予想がついた。王女であるから相当な費用をかけて用意されたであろう環境で、ぬくぬくと眠りこけるのもそう悪くは無かったからだ。

 時折、両親が訪れてあれやこれやと試していくが、記憶の中でそれが成功したためしは無い。どんな妙薬でも名医でも、目覚めることは無かったのだ。後に分かったことだが、昏睡の原因はあまりにも多すぎる魔力に体がついていかなかったかららしい。完全に転生特典が裏目に出ている。しかも昏睡だから幼少の死亡免除の特典にも引っかからないし。

 まあ、そんなこんなで第二の人生はまったく順調でないスタートとなった訳だ。しかし不満はあったが、そう完全にだめということも無い。実際には昏睡以外に不満は無かったし、人生に疲れていた俺は無駄に活動しなく良い環境が心地よかったからだ。やることが周囲の会話を聞くことと眠ることくらいしか無く、暇を持て余していたが慣れればどうということもない。社会不適格合者の引きこもり野郎には天国だった。

 そう、天国だったのだ。過去形であるので既にお察しだが、これは後に酷い崩壊を起こすことの前振りである。

 雲行きが怪しくなったのは、そうやって十数年ほど惰眠を貪っていた時だった。ある時を境に、父王がやつれていくようになったのである。初めは年のせいかとも思ったが、眠る俺に語り掛ける言葉から察するに、治療の効果が一向に無く疲弊しているようだった。

 それに伴い、治療も無いようが怪しくなっていく。なんというか、治療の内容がそれまでは医者や薬といった根拠に基づいたものだったのに、怪しげな神官の祈祷だったり何とかの珍妙な生物の肝とかになってきたのだ。もちろん、この世界は現代日本では無い。明らかに文明レベルは低いし、何よりも魔法のある世界である。そういう非科学的な治療というのも、ありふれたものだった。少なくとも、自分ではどうしようも無いからそう納得するしかなかった。

 だが、そういった事情を踏まえても、ぬぐい切れない怪しさを感じ取れてしまったのだ。どう考えても、詐欺師に大金を積んでいるようにしか思えなかった。眠りから覚めない俺への効果の無い治療が、父王を疲弊させ、そういった詐欺を見抜けないほどに衰えさせてしまったのだということに、気が付いたのはもう少し後だった。

 それに気が付いたのは、薬として持ち込まれたものがやけに生臭く、鉄のような匂いを感じた時だった。その薬を服用させられた時のあのどうしようもない不快感は、筆舌に尽くしがたい苦痛だった。それが血液であることは明白だ。ついに薬ですらないものに手を出したことからも、父王の精神状況がいかに悪化しているかを察することができるだろう。狂い始めているのだ。

 そうはいっても何もできない。できることが無い。何しろ、こちらは意識はあってもそれ以外が全くないのだ。行動することがまずできない。もし、俺が何か行動を起こすことができれば、何か未来は変わったのもかもしれなかった。だが、俺にできたのは呼吸くらいのもで、ただただ訳の分からないものをされるがままに受け入れるしかないのだった。

 そこからは早かった。数か月、いや数年だろうか。数日ということはあるまい。破局はほどなくして現れた。

 血を飲まされる頻度がいつもの倍以上になったと思ったら、にわかに周囲が騒がしくなった。血を求める王に対し、ついに民衆が激怒。暴動が発生し、王宮へと殺到していたのだ。おそらく父王は、血液の供出を民衆に求めたのであろう。いつも通りの精神状況であれば決してやらないだろうが、その時の父王は壊れていたのだ。

 そのあとに何がどのようにして、というのは思い出したくもない。世の中には単に暴力を振るうよりも惨いことがあるのだな、と思い知っただけだ。結果としてほどなくして俺は死んだ。十数年振り二回目の死だった。

 クソクソクソ。世の中クソだ。望まぬ生を無理やり受けさせられたというのに、尊厳を踏みにじられるような死に方をするなんて。だが、それもこの後待ち受ける理不尽に比べれば軽いものだった。

 なんと、成仏できなかったのである。死んだのだから当然あのクソ女の所に戻されるであろうと考えていたのだが、何も無かった。いや、本当に何も無かったのだ。どうやら俺は幽霊になってしまったらしい。生命と肉体を失ったことで自由に動けるようになったのはなんという皮肉か。不愉快極まりない。しかもなぜか、なまじ魔力が大量にあるせいで死霊としては格が高いらしく、他の死霊を従えることもできる。というか、魔力を肉体の代わりにして物体に干渉することさえできた。魔法万歳だな。嬉しくは無いが。

 これは俺の立場が姫であり、唯一の継承者だったことも関係しているらしい。支配者である王権を死者となっても俺は有しているのだとか。それが及ぶのが、かつての王国の民たち。すなわち死人どもであるらしい。正直何も有り難くない。むしろいらない。

 それと俺の魔力で構成された姿は、生前の姿をそっくりそのまま受け継いでいる。要は姫の姿である。血の通った生身では無く、魔力という都合の良いもので造られているのだから姿を前世の生の形にできるかと思ったが、そう上手く話をいかないらしい。どこまで世界は俺をいじめたら気が済むのか。生命も尊厳ももう俺には無い。有るものといったら有り余る時間くらいのものだ。

 これ以上何かを考えるのが嫌だった俺は、かつての故郷である朽ちた王宮の自室に引きこもることにした。


「それで数千年は良かったんだが……」


 基本的に思考を放棄していたので正確な年数というのは分からないが、おそらくはそれくらいの年月であったように思う。平穏が破られたのはそれくらいの頃だ。


「魔王が攻めてくるなんて、想像できんよ」


 魔法が存在し、随分ファンタジー色の強いこの世界には、どうも魔王も存在するようで、その手下がかつての故国の版図を侵したのだ。礼儀を知らぬその無礼者どもは、俺の寝所を土足で汚しやがった。せめて行儀よく、そして礼節を弁えていれば殺しはしなかっただろう。

 それでも最初は追い返すくらいのつもりだった。死人をけしかけて追い出せればそれで良かったのである。だが、あれよあれよと事態が大きくなっていき、最終的には魔王本人との直接対決となってしまう。

 あの時はかなりの死闘であったと思う。俺の方は死んでいるからもう死ぬことは無いが、魔王の実力も相当なものだった。それだけでなく、魔王の直轄軍も精強だったし。

 結果として、決着は付かなかった。というよりも、両者ともに決定打が無く戦闘を止めざるを得なくなったのだ。俺もいい加減、死人をけしかけるのにも飽きていたし、魔王の方も征服の利よりも被害の方が大きいと悟ったゆえのことである。

 最終的に俺は魔王と契約を結び、臣従する代わりにかつての古代王国の領土の支配を認められた。俺は魔王の配下となり、代わりに副王としての肩書を得た。まあ、支配者となったといっても俺が支配しているのは死者だけなので、それ以外の生者を統治する者は他にいるのだが。

 とはいえ、俺は合法的に土地支配を認められ、そして、領地に引きこもる権利を得たのである。封建契約の中には従軍の義務もあったが、それも今まで数えるほどしか無い。歴代の魔王は俺に招集要求をほとんど行わなかったので、実質無いのと同じだ。他に仕事といえば、年に数回の重要書類の決裁と、魔王の代替わりの時に祝辞と臣従の継続を誓いに行くくらいのものだ。

 つまり過ごす時間のほとんどを自室で引きこもって、思考を放棄することに費やせるのだ。やっと安寧が訪れた。


「そう思ってたんだがな……」


 薄暗い遺構の一室。朽ちた王宮の自室の中には二人の人物がいた。

 一人は当然俺だ。適当にその辺に腰かけている。実体が無いというのは便利なもので、干渉しようと思わない限りは物に触れることが無い。ようは腰かけている風にみせかけてそこに留まっているだけなのだ。だから椅子を壊すことも無い。エコで良いね。気にしたってもうしょうがないけれど。

 もう一人は長身の女。上等な衣服と手入れのされた髪、何よりも頭の二つの角が目を引く。ふんわりとしたその髪からにょっきりと突き出たその角は、途中からくるりと巻いている。山羊の様といえば分かりやすいだろうか。それが両側の側面からそれぞれ二つずつ伸びている。顔立ちも端正で控えめに言っても美形だ。肌の張りも、髪の艶やかさも彼女が単なる平民では無いことを示している。

 それもそのはず、この女の名はイリーナと言い、総督という高位の役職についているのだ。じゃあ何でそんな奴がここにいるのだろうか。それは他ならぬ彼女自身が答えてくれた。


「副王よ。どうか、どうか力をお貸しください」


 どう考えても厄介ごとだった。どうもこの世界は死人となっても俺に優しくするつもりはないらしい。本当世界ってクソだな!


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