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一話

一話という名の事実上のプロローグ後編

 昔々ある所に、スフェラという名の姫がいました。姫はこの世に生まれて以来不思議なことに一度も目覚めたことが無く、眠り続けているので、微睡みの姫君と呼ばれなぜ微睡みの姫君と呼ばれていました。

 母である妃に似て美しい姫は、眠っているのにも関わらず今にも起き出しそうな様子ですが、決して目覚めることはありません。眠ったままの姫を父王は大層心配し、八方手を尽くしましたが、やはり姫が目覚めることはありませんでした。それでもなお王は娘を救う方法を求め続けたし、民も健気な王に同情しました。

 ある時には、賢者を招き原因の究明に勤めました。ある時には高名な神官に祈祷させました。ある時には遥か異国の仙丹を買い求めました。けれど、どれも姫の眠りを覚ますことはできませんでした。


「姫は人の身に過ぎた力を宿して生まれてきた。天が彼女に与えた強すぎる加護が、その強大さゆねに姫の意識を奪っている」


 ある高名な占い師はそのように姫の状態を分析しました。王はその占い師に力を抑える方法を探させましたが、やはり上手くいきません。

 いつしか王は姫を目覚めさせる方法を求めるあまり、政が疎かになり始めました。また、優秀な人材と貴重な薬を惜しみなく使ったため、しだいに財政を圧迫することになってしまいます。最初は王を憐れんだ臣民たちも、決して目覚めることの無い姫に莫大な財産を費やし、そして政務を部下に任せきりの王を次第に暗君と見なすようになっていきました。しかし、それでも王は王。かつては名君であり、代々の王が優秀であったことから国家そのものの余力があったため、すぐさま国家が傾くことはありません。

 ですが、この余裕はむしろ王国に住む者全員にとって不運をもたらすこととなりました。なまじ巨大な国力と優秀な統治制度を有していたがために、姫への資本投下に歯止めがかからなかったのです。結果、政治の実権が実質的に臣下へと移ったことで、政治の私物化が横行し、また王室予算が激増したことにより財政が悪化。各種費用の捻出が難しくなったことで行政能力の低下を招きました。国家の手足である行政の動きが鈍化したことで、主な財源である徴税制度も連鎖的に麻痺してしまい、さらなる財政悪化を引き起こしました。さらに、給料の未払いが頻発した軍隊は地方有力者の私兵へと成り下がり時には略奪を行ったため、治安が悪化を招きました。

 最終的に王が奸臣の進言により、娘の治療と称して少女の生き血を求めたことで混乱は頂点に達します。その頃には民は度重なる重税に苦しんでおり、その上人身御供を求められたことで積み重なった不満が爆発、折よく妃の縁戚の率いる反乱軍が王都に迫っていたこともあり、怒れる民衆は王宮に殺到しました。

 たやすく門を破った民衆は怒りのままに王と妃を引きずり出し、縄を掛けます。健気にも王と妃は自分たちの命はどうなっても良いから娘は助けて欲しいと懇願しましたが、それは民衆の怒りを助長するだけです。間もなく王と妃は民衆から私刑によるリンチによって撲殺されてしまいました。

 ついに王を殺した民衆ですが、怒りは収まりません。それは、多くの人々がかつての王は今の様な暗君では無かったことを覚えているからです。民衆は叩きつけた拳の痛みによって幾分かの冷静さを取り戻し、自らの行いに恐怖しました。それは僅かな後悔と沢山の動揺によって構成されており、やがてそれは責任の所作を自分以外に求めだすことに変化しました。

 自分たちは悪く無い。悪いのは王を狂わせた姫だ。姫はきっと悪魔で王を惑わしたに違いない。ある種の現実逃避が彼らの中に共通して宿っていました。

 異様な熱気に包まれた民衆は略奪を繰り返しながら王宮の最奥へと向かいます。その歩みは決して鈍ることはありません。

 ほどなくして、姫は見つけられました。姫は白金の魔術的な装飾がふんだんに施され、数多の香が焚かれる豪華な部屋に横たわっていました。そこで初めて民衆の勢いは弱まることとなりました。それは姫の容貌によるものでした。最早取り返しのつかない所まで突き進んでしまった民衆たちですが、自ら悪魔と存在を貶めた姫を今の今まで見たことがありませんでした。その場に居た全ての者が目を奪われてしまいました。元々最も神と同一とされ、代々美しい容貌を持つ王家の、それも生まれてから惜しげもなく財をつぎ込まれて磨かれたその体は正に傾国の魔性。十代の少女であるはずなのに、豊な発育は女性的な豊満をたたえながらも容貌は可憐な少女のそれであり、青い蕾の様な少女性と満開の色香を持つ成熟した女性としての艶やかさの両方を、本来なら矛盾する二つの要素を奇跡的な比率によって両立させていました。例えるなら、そう。女神とでもいうべき完成された生けるガラス細工。ある種の芸術作品がそこにはありました。

 民衆は皆息を呑みます。そして誰かが言いました。


「何と美しい。これは王を狂わせる訳だ」


 その言葉に民衆は我を取り戻します。そうです。彼らは全ての責任を姫に求めることを思い出しました。この美しい微睡みの姫に、父王の悪政も、悪臣の専横も、軍隊の横暴も、民の困窮も、全ての責任をこの姫に求めることを決めたことを思い出しました。

 民衆らに黒いものが宿ります。本来王族というのは王を除きほとんど人前に姿を現しません。それが嫁入り前の女性王族ともなればなおさらです。だからこそ、姫を誰も見たことが無かったのでした。ですが、今姫を遮るものはもうありません。全ての生殺与奪は王では無く、民衆にあります。そして民衆は今まで抑圧された状態にありました。

 結論から言えば、姫は死にました。数多の民衆の悪意を一心にぶつけられ、嬲られ、ついには死にました。百を超え、千にも迫る凌辱は簡単に姫の生命の鼓動を止めてしまいました。

 その後、縁戚の軍が王都を制圧し王宮に入った時、王宮は略奪によって荒れ果てており、残されていたのは晒上げられた王と妃の遺体と、汚され辱められた姫の亡骸でした。

 縁戚らは何とか国家の再生を試みましたが、かつての強国が復活することをよしとしなかった周辺各国の侵攻も合わさり、最終的に王国は滅び去ってしまいました。事実上の最後の統治者となった縁戚の一人は先王と妃の遺体は手厚く葬りましたが、その娘の微睡みの姫君には墓を与えず、それどころか、埋葬することすらしませんでした。名君を狂わせ、たった十数年で国を傾けた者への罰でした。かつての栄華の全てを失い、廃墟となった王宮に放置された姫は、微睡みの姫君は永遠の眠りにつくことを許されず、いつまでも久遠の時を待ち続けるのでした。


 この話を聞いた周辺諸国の人々は、微睡みの姫君をして亡国の美女と噂しました。そして、今も王宮の跡地に姫君の霊がさまよっているとも。姫の悪霊を恐れた人々は、かつての王国の跡地へと決して近づくことは無く、禁則地として扱われていきます。

 しかしながら、時間の流れとは残酷なもので、歴史はやがて伝承や伝説となり、やがてはそれをまやかしだと考える者も出てきてしまいます。少数の命知らずが遺跡を訪れましたが、いずれも帰ってくる者はいませんでした。そのため、入った者がどうなるのかは誰もわかりません。

 それらは、後世証明されることとなります。それは命を張って証明した勇者は、精強な魔王軍でした。 スフェラの故国が滅んでから数千年、かつての帝国の版図を全て征服せんと拡大を続ける魔王軍は、ついに古代に滅び去った王国の領域に入り込んだのです。

 自らの領域へと無遠慮に土足で入り込むという無礼に姫は激怒したのかもしれません。あるいは、死の痛みが生者への妬み嫉みを生んだからとも言われます。いずれにせよ魔王軍を出迎えたのは大量の死者の群れでした。それは悪霊と化し、膨大な怨念と巨大な魔力を備えた微睡の姫君によって差し向けられたのです。微睡の姫君は今や数千年の怨念を抱え、数多の死者を従える大悪霊となっていました。

 後に分かったことですが、姫は人間としては異常なほどに大量の魔力を保有していました。それが肉体という枷を捨て、魂だけの状態となったことで彼女は高位の死霊と呼ぶべき存在に変貌していたのです。生前、彼女が目覚めることが無かったのもこれが原因であると考えられており、あまりにも巨大な魔力が意識の覚醒を妨げていたと考えられています。

 この魔王軍と死者の戦闘は最初の偶発的戦闘から瞬く間に規模が大きくなり、あっというまに大戦闘に発展します。というよりも戦闘がいつまでも終わらないので、なし崩し的に巨大化せざるを得なかったのでした。何せ、スフェラは死人を使役することができます。それはつまり、死体を生み出すことと兵力の補充が同一であることを意味しており、戦闘とはすなわち軍勢の回復であったからです。魔王軍も精強な軍隊であり、よく抵抗しましたが数の暴力には叶いません。ついには耐え切れず敗走を始めます。

 たった一人によって魔王軍が敗北した瞬間でした。しかし、魔王軍の強さはその精強さだけではありません。効率的な官僚制による迅速な補給も軍を強力たらしめていたのです。すぐさま代わりの軍が派遣されてきました。

 その後、スフェラの死者の軍隊と魔王軍の戦闘は何度も行われ、最終的には魔王の直轄軍を率い親政を行うまでに発展します。それでも、死者をもう一度殺す術を持たなかった魔王は、その勢力を押しとどめるのが限界でした。しかして、スフェラの方にも魔王を殺し切ることで出来ずにいます。言ってしまえばスフェラは高位の死霊で死人たちの首魁ではありましたが、超人的な個人である魔王を殺す手段がありませんでした。

 膠着状態に陥った両者は、やがてある契約を結び鉾を収めることとします。それはスフェラが魔王に臣従する代わりに土地支配を認める封建契約を結ぶことでした。

 これ以降、微睡の姫君スフェラはアエギュプトゥス副王として数千年の間、君臨することになるのでした。

主人公が転生した後から、物語が始まるまでの数千年を圧縮しています。要は転生したけど貰ったチートのおかげで昏睡状態になり、なんやかんやあって魔王の配下になったってことです。

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