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十三話

さぼってた分の更新です。

次回はまた来週になると思います。

 私こと、イリーナはかなり風変りな魔族であるらしい。少なくとも、周囲からはそのように評価されている。一般的に強大な力を至上とし、弱さを良しとしない尚武の気風を魔族は持つとされる。そのため魔族というのは基本的には恐れを知らぬ勇敢な戦士でもある。そうあることが私を含めた我ら魔族の理想であると同時に、美徳でもあり矜持でもあるからだ。歴史を紐解けば、西方世界への侵略における数多の戦功がそれを証明している。かつて魔王軍の名を聞けば西方諸国はそれだけで震え上がったという。それは決して伊達では無いのだ。

 だからといって己がまるで弱さを許容し、力を追い求めていないかのように言われるのは心外であった。決して、自分が弱いこと自体を許容したことは無いつもりだ。けれども、そのように周囲からみなされるのは、思うに自分と他人とでは追い求める力の種類が違うからなのだと思う。どうも魔族というのは力への崇拝が過ぎて、直接的な破壊力以外は見落としがちになっているようだ。特に、古い魔族観ではそれが著しい。私は家柄こそ古く歴史あるものだが、自分自身の性質まで頑迷であるべきだとは思っていなかった。

 そもそもの話として、古来より魔王軍は効率的な侵略を行うために、人間を利用してきた歴史がある。それは統治においての自治を認める寛容さであったり、より直接的な軍への編入であったりと様々だ。しかし、それができたのは経済力に余裕のあった魔王直轄領での話である。中央と比べれば経済的に劣る地方においては、人間への権利付与はそう進んでいる訳では無かった。人間人口というのは地方であっても巨大である。脆弱だが数だけは多い人間はどこにでも居住しているからだ。特に、大河川の氾濫という極上の穀倉地帯で魔王領の食糧庫であるアエギュプトゥスにおいてはその傾向が顕著であった。

 だから、その多くの人間を利用すればより大きな力を得ることができる。そのように私は考えたのだ。時代はすでに火器の時代であり、それは魔王領北部の熊の如き野蛮人との小競り合いで証明されている。加えて言えば、ガリアよりもたらされた自由主義なる思想が生み出した国民軍という制度は、非常によくできているように思えた。民衆を主体とする代わりに、その責任として軍務を負わせるというのは正に画期的であるだろう。何せ、責任として軍務があるということは、生半可なことではそこから降りることができないことを意味しているからだ。単に君主が雇った傭兵に過ぎないそれまでの常備軍は、金が尽きたらそこで終わりだ。そうでなくとも、アエギュプトゥス軍というのは古臭い諸侯軍の集合体に過ぎない。軍の改革は必須であり、それを持って己が力の証明としようとしたのだ。

 従って、領民の多数を占めている人間への優遇政策というのは私にとっては当然だったのだ。全てはアエギュプトゥスを強大たらしめるため。理想とする強力な軍隊を保持のためだ。属州といえども、防衛を魔王に頼り切るのは望ましいことでは無い。もはや魔王もその隷下の兵隊も完全無敵では無くなってしまったのだから。自分の身は自分で守らなければならない。私のこの行動はある種当然ですらあると考えていた。今ある近代化派閥の軍隊はこの時に創設されたものだ。

 その過程で思いの他の反発を受けたことと、それ以上に人間から支持を集めたのははっきりと言って予想外だった。私はこの地の生まれで無い。出身は魔王直轄領の北西部ルメリアだ。アエギュプトゥスには任官されてこの地に赴いたに過ぎない。外からやって来たよそ者が疎まれるのは当然だろう。だから魔族から批判されるのはまだ分かる。だが、地元に権力基盤がある訳でも無いのに、どうしてそこまで人間に厚く支持されるのかは不思議だった。今思えば、私もどこか自由主義という時代の潮流がもたらす力を完全に把握していなかったのだろう。民衆の熱狂というものを私は舐めていたのだ。

 アエギュプトゥス総督の仕事とはその土地に住む生者を治めることである。より具体的にはアエギュプトゥス副王スフェラの管轄に無い、生ある者全てを統べることだ。そのため基本的には魔族も人間も区別なく、反発も賛成も飲み込み必要となることを必要なだけ推し進めなければならなかった。とはいえ、期せずして人間たちからの支持を勝ち取ることになってしまったことで、彼らに報いる必要が生じたのである。もちろん、人間から支持を受けたのは不公平の是正や社会の自由化をを推し進めたからだ。そういう意味では既に報いているのだが、ここで指すのはそういうことでは無い。私が開明派の中心であり、人間の守護者であるとみなされたということでもあり、何よりも私自身もその評価には内心悪くない気分であったということだ。

 魔族であっても好意を向けられる存在を嫌うことは難しい。ましてやそれが、己の支持基盤であるとすれば猶更だろう。私は強大な近代軍を手に入れ、人間は生活をより豊かにする。そういった実利を伴った利害関係の存在が、内心の好意を覆い隠した。

 その結果、私は手ひどく失敗することになる。近代という時代の潮流とそれを求める民衆の熱狂の過小評価は、伝統を保持する保守層とどうしようもない軋轢を生み出してしまう。その両者の対立に気が付いた時には時すでに遅く、もはや対立する両者を宥め問題に対して軟着陸を試みることすらできなくなっていた。もちろん、可能な限りの手段を用いて事態の収拾を試みたが、状況を好転させるには至らなかった。

 最終的に、アエギュプトゥス全土を巻き込んだ大規模な動乱に発展させてしまうことになってしまったのだ。


「酷い無能だな。私は」


 自分を指して発した自嘲を聞く者は誰もいない。当たり前だ。こんな泣き言にも等しい言葉、絶対に聞かれる訳にはいかない。ただでさえ、私は一度失敗した身である。魔族というのは舐められることを一番嫌う。名誉だとかそういった体裁を保つことに文字通り命を懸けるのが魔族という存在だ。弱気を悟られることは絶対に避けなければならなかった。自分以外に誰も居ない執務室だからと、少し油断し過ぎたか。

 そうでなくとも組織の上に立つ者が弱気であるなど、その下に付く者にとっては耐えがたいだろう。どうあがいた所で自分は近代化を推進する開明派の派閥の長なのだ。己を信じて付いてきてくれた者のためにも、その思いを卑下することは許されない。もう自分は、己が一人だけの存在では無いのだ。文字通り魂も売り渡してしまったし、それ以前に自分を信じた者らに報いなければならない。なぜなら、何かを求めるのにはまず自分から施さなければ、誰も動かすことはできないからだ。幼いころから叩き込まれてきた我が家の家訓である。


「報いるといえば、私は副王に報いることができているだろうか……?」


 また思考が漏れ出してしまう。誤魔化すように咳を一つするが、やはり他に聞いている者は居ない。ここの所、疲れているのか思ったことをそのまま口に出してしまうことが多い。さっきも言ったが、責任ある者が不用意な発言をしてはならない。指導者とはその態度一つだけであっても大きく士気を左右するからだ。上にある者は常に強くあらねばならぬ。ここ最近で自分が痛感したことだ。

 椅子に体を投げだし、背もたれに重心を深く預ける。指導者たるもの強くあるべしというのは理解しているが、やはりそれを完全にやり遂げるのは中々難しい。そうあるべく努力をしているつもりだが、気が抜けるとこれだ。

 目下、私の悩みの種はアエギュプトゥスの動乱についてであるが、実はもう一つある。副王スフェラの処遇についてである。

 本来であれば、副王に対する総督というのは厳密に順位が定められているから、処遇や待遇で迷うことは無い。いってしまえば総督というのは魔王から遣わされた役人で、副王は現地の土地支配者である。厳密には死者と生者の統括範囲などで形式上同格と扱われる範囲もあるが、基本的には副王の方が上だ。

 しかしそれはあくまでも魔王の臣下としての場合だ。この動乱において、私は副王に対して個人的な契約を結んでいる。死後の安寧と引き換えに、己の敵となり得るものを排除するというこの契約は、実際の所かなり重要なものとなっている。言うまでもないが、副王の操る死者の軍隊はかなり強力なものだ。何せ、既に死んでいるから食料などの物資を消費しない。疲労による消耗も無い。生者と戦えば自動的に死人を補充できるなど、上げればきりが無い。それでなくとも、副王とは良くも悪くも有名な存在である。その名声が与える影響は計り知れない。我々の派閥は副王が同じ陣営に居るというだけで、見かけ上の戦力を増強すると同時に、魔王の直臣でありかつて魔王と争ったこともある大悪霊を味方としているという事実を提供しているのだ。体裁や名誉を重んじる魔族においてこれは非常に大きな意味を持つのは言うまでもない。

 率直に言ってかなり持て余している。いや、彼女が味方しなければ総督派など滅びを待つ弱小集団に過ぎなかったのは認めよう。それを救ったのは客観的に見てもスフェラの死者の軍隊であった。決してその働きに不満がある訳ではない。ただ、その強大な軍隊を動かすのに要する対価が自分一人の死後の従属というのは安すぎないだろうか。自分が知る限り、スフェラはかなり怠惰な性格をしているが、時々突拍子の無いことを突発的に行う人物だ。その内心は推し量ることさえ難しかった。だから、彼女がなぜあの提案を受け入れたのか、正確な所は分からないのだ。

 動乱以前のものも含めれば決して短い付き合いでは無い。ただでさえ出不精な副王とやり取りをしていた貴重な人物であるという自負もある。だが、それで副王のことを全て知ることができるかというのは全く別の問題であった。それに付き合いがあるとはいっても、年に数回程度形式上のやり取りを行う程度でしかない。それだけでその人物を把握するのは無理というものだ。

 そもそも前提からしてあちらは死人で、こちらは生者だ。下に見るつもりは無いが、死人の気持ちなどどのようにして推し量ればよいのか、皆目見当もつかない。あの美しくも気怠げな瞳が何を映しているのか、私には少しも理解することができない。今でも自分のあのような無様な要請を承諾すると言ったあの時のことが信じられないでいるのだから。何を思って私の味方をしたのか、その心理を理解することは未だにできていない。

 しかし、他の誰よりもスフェラに近い点が私にはあった。個人的な契約を結んでいるという点である。彼女が契約を結んだのは、遥か昔にこの地へと侵攻したかの征服帝と自分だけだ。魂までも捧げたのだから、単なる知人友人といった間柄ではあるまい。言うなれば運命共同体である。立場も状況も役職も、何もかもが違う中でそこだけは近いと言えるかもしれない部分であった。

 だからこそ、理解不能といえども報いる必要がある。自分と彼女を繋ぎとめている唯一の契約を疎かにすることだけは絶対にありえない。それだけは、勢力の長としても個人としても必ず守らなければならない一線であった。


「総督閣下、副王より使いが来ております」


 決意を固めていると、不意に声を掛けられた。

 副王は今、ワセトの攻略を行っているはずである。それについて何か進展があったのだろうか。南部における最大の拠点であるワセトの攻略には、都市を無傷で確保することを要求している。あの副王の性格からして完璧に果たされることはあるまいが、配慮はしているはずだ。可能な限りそうすると、あの時にそう言った。あの古い死霊は自分の言葉を違えることは決してしないだろう。最低限の機能は保っている程度には抑えてくれるだろう。


「分かった。ここへ通してくれ」


 何を知らされるのかは分からないが、何をしなければならないのかは分かりきっている。私は総督であって、相手は副王だ。結果に対しては行動をもって報いなければならない。そうすることが、今の自分にできる唯一のことなのだから。

多分イリーナはこの世界ではだいぶ珍しい感性の持ち主。普通の魔族ならイリーナの様に人間に配慮したりしない。ただし、今回の動乱の原因はイリーナなので一般的な魔族が総督ならこんな混乱は起こらん模様。

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[良い点] 連日更新がなされたこと コメント返信でかなり情報が公開されたこと あの歴史イベントがこの世界ではどのように起こったあるいはなぜ起こらなかったかを想像するのはとても楽しい [気になる点] イ…
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