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十一話

今週分です

 めちゃくちゃ簡単に町が手に入った件について。

 正直に言うと、適当に恫喝して最悪の場合でも一部見せしめにするくらいで陥落するだろうくらいに考えていたのだ。要地といえども旧態依然の南部の町だ。国家への忠誠心など高いはずも無い。中央に所属するでもない、あくまで地主や豪族などの支配層の上澄みに過ぎない彼らに、命を賭して国家に尽くす覚悟など欠片も無いだろう。

 町の防衛線を超えた上で、暴力をちらつかせれば尻尾巻いて逃げ出すはず。そう思っていたのだが、ここワセトの頭目は思っていたよりも賢明であったようだ。俺の勧告に対して逆に提案を返し、あまつさえ自分の売り込みをかけてきた。統治に役に立つから自分を配下にしてくれなど、面の皮が分厚すぎる。だが、俺に町を効率的に支配する手段が無いのも事実だ。保身をこちらにも利益がある形で提案できるというのは、ある種の才能だろう。俺はこの男を殺すのは後回しにすることにした。

 一応記しておくが、決して途中で面倒になったからではない。全てはワセトを望ましい形でイリーナに渡すためだ。


「それでは、新たな代表を選出する議案に反対する方はおられますか? 無ければ全会一致で可決されます」


 モザレは俺の要請を受けてすぐにワセトの有力者を集めて、臨時の会議を開催した。名目は新たなワセトの代表の選出、壊滅した守旧派軍に代わって誰がワセトを導くのか、というものだ。

 現状ワセトの実権はモザレが握っているものの、名目上は守旧派の拠点である以上は北部の連合議会の意向を受けることになる。しかし、それを伝えなおかつ実行する者は全て死んでしまっている。総督に反抗するにしろ方針を転換して和睦するにしろ、音頭を取る者は必要だった。


「異議なし」


「同じく」


「こちらも同じく異議は無い」


 並みいるワセトの有力者。これらは地方領主や豪農、豪商などで構成されている。いずれもワセトとその周辺に影響力を有する実力者であり、この会議の頭目となりうる資格を有している。要はモザレと同じくらい偉く、やろうと思えばその地位に成り代わることも不可能では無いということだ。


「では、全会一致で可決されました。本会は新たなワセト代表としてスフェラ殿を選出いたします」


 モザレの言葉をきっかけに会場の全員が立ち上がり、拍手をする。その全てが俺に向かって行われていた。あれよあれよとワセトの代表責任者にされてしまった。モザレの手腕を確認するためとして、静観していた少し前の自分を殴りたい。

 なぜ俺がワセトの代表にされてしまったのか。それにはいくつかの理由があるが、誰も代表をやりたがらなかったというのが大きい。そりゃそうだろう。誰もこのような困難な状況の責任など取りたくはない。むしろ名目を伴わないといえど、全権を握ったモザレのような者は少数派だ。誰も自分が損をするかもしれないことなんてやらないだろう。そういう点ではモザレが他の保身に走るだけの存在とは違うことが良くわかる。

 アエギュプトゥスを二分しての内戦の真っ最中で、舵取りをやらなければならない。ただし、どちらに付いても角は立つ。総督派の軍隊の攻撃が間近だが、迎撃するだけの戦力が無い。とはいえ、町に引きこもって防御に徹するのにも町に被害が出てしまう。さりとて元々が守旧派に属しているから戦わずして降伏することもできない。

 そんな所にちょうどよく俺が来た訳だ。なまじ防衛を突破して内側に入り込んだものだから、これ幸いと貧乏くじを押し付けられたのだろう。まあ俺もそれを後でイリーナに押し付けるんだけどな。


「それではスフェラ殿、新しく代表に就任されたということで何か一言」


 おっと、何か飛んできた。もう言葉なんていらないでしょ。どうせこんなの茶番なんだし。でも周囲の視線が何か喋れって言ってるし、ここで全てをぶん投げると後が面倒だ。暴力に頼らないと決めたのなら、それは最後まで貫き通すのが筋だ。本当に少しまえの自分を殺したい。もう死んでたわ。

 しぶしぶだが席を立つ。この場に居る全員が俺に注目している。完全に自分のせいだが、ホント何でこんなことしてるんだろう。


「あーあー、本日はお日柄も良く……」


「代表?」


「冗談だ。そんなマジに取るな」


「それは良かった。では改めてどうぞお言葉をお願いします」


 こいつ、状況的に俺が死人をけしかけられないのを分かってやがる。終始にこやかに場を進めるが、腹の内は真っ黒に違いない。賢さは認めるけど絶対性格悪いやつだこいつ。

 ああもう、やれば良いんだろ。とりあえず適当にやってやるよ。


「こほん。俺が新たに代表に選出されたスフェラだ。ここに居る全員が理解しているとは思うが、魔王からアエギュプトゥスの副王に任じられている。そして生命を失い、浮かばれぬ魂どもの面倒を見ている者だ」


 ここで一旦言葉を切った。息継ぎなど必要では無いが、誰もが俺を注目しているのに思わず切ってしまった。保有する武力ではこの場の誰よりも圧倒しているはずなのに、空気がひりひりと肌を刺す。皆俺のことを値踏みしているのだ。この町を託すにふさわしいかどうかを。前世での面接を思い出す緊張感だ。吐きそう。

 何も入っていない胃からの吐き気を抑えつつ、再び言葉を紡ぐべく気合を入れる。本当に、年中遺跡に引きこもっている奴がやることじゃない。


「本来であれば俺の領分は死人だけだ。我が一族が治めていた国は既に滅び去り、残っているのは朽ちた遺構と未練に満ちた怨念のみ。それだけだ。王族としての最低限の責任を果たすために、仕方なく面倒を見てやっている」


 ちなみに死人の面倒とは、その怨嗟の声を聞いてやることだ。うんうんとやっているだけなので何も考えていなくてできる。引きこもりの社会不適格合者の俺にはもってこいの仕事だ。年中無休だが、内容自体は非常に楽で良い。言わないけど。


「はっきり言ってしまえば、お前たち生者のことなど知ったことではない。どうしても俺の世話になりたいというのなら、命を捨てて死人になってから出直せというのだ」


 ざわめきが広がる。顔を青くする者や、眉を顰める者など、その反応は様々だ。モザレの方も笑みが引きつってきている。良い表情だな。俺の吐き気をお前も味わえ。

 まともな演説でもすると思ったか。ざまあ見ろ。でもあんまり煽りすぎると収拾がつかなくなるからこの辺にしておこう。


「だが、ここでお前たちを皆殺しにしても何も変わるまい。死体でアエギュプトゥスの混乱は収まらん。そして俺は総督の援助の要請を承諾した。賽は投げられたのだ。全ては交わした約束を果たさんがため。お前たちの都合などどうでも良いが、俺はこの町が欲しいのだ。最低でも無傷なままな。だからお前たちは殺さないことにした」


 俺の言葉はざわめきを完全に取り去るには至らなかったが、並みいる者どもは少し安堵を取り戻したように見える。この手の保身が第一の奴らには利益を保証してやるのが一番良い。求められているのは立場と命の保障だ。少なくとも、俺にはそれをどうこうするつもりは無い。まあ、町使うのは俺じゃないしな。今後イリーナがどうするかは知らないが、そこまで責任は持てない。いざとなったら責任ごと押し付けてやろう。


「心しろよ。俺がお前たちを守ってやるのは役に立つからだ。万が一そうじゃなくなったら、その時は殺す。惨たらしくな。それで死んだ後もこき使ってやる」


 最後に舐められないように適当に絞めて席に戻る。面子というのは前世以上に重要しされるこの世界だ。あらかじめくぎを刺しておくのは悪いことではあるまい。というか、俺がまともに切れるカードが死者の軍隊くらいしかないので、恫喝が一番確実な方法なのだ。カリスマも求心力も無いから恐怖で縛るしかない。まともな演説の経験とか無いから、少しでもびびってくれると嬉しいなぁ。


「……はい、ありがとうございます。それではこれをもって総会を閉会いたします」


 鉄面皮のモザレによって総会は強制終了させられた。だがまあ、一応反対意見は無かったから成功でいいんじゃないかな。あの状況で反対意見など出せるとも思えないが。もしそんな馬鹿が居たらその場で殺している。だが、そうなれば全会一致での代表就任は叶わず、社会的な納得を得ることができなくなってしまうだろう。

 まあ結果として、反対する者は居らず、すんなりとワセトの名目上の実権を握ることができた。あの性格の悪い男もきちんと価値を示したと言える。己の配下が才能あふれる者であると証明された。これで仕事を存分に押し付けられる。


「代表、就任ついでにもう一働きよろしいでしょうか」


 よろしくねーよ。死人を働かせんな。でも働いちゃう。そうせざるを得ないから。




「死人の配下に入るなど、あの男は狂ったのか!?」


 ワセトの一角、商館の一室にて。口から泡を飛ばしながら激高するのは、先ほどの総会に出席していた一人である。豪農である彼は、興奮にまかせて席を立ち喚きたてた。丸いテーブルを囲んで、残りの二人も同意するように頷く。

 この三人は先ほどの総会で、スフェラの代表就任に反対こそしなかったものの、内心は穏やかでいられなかった者らである。


「然り、我らは生ある者としての責任を果たさなければならぬ。死人に政など任せる訳にはいかない」


「音頭を取る者が誤っているのなら、それに付いていく必要は最早あるまい。誤った道を進む前に、我らこそが正しくワセトを導かねばならぬのだ」


 口々に不満を唱え、その勢いは止まらない。タガが一度外れてしまえば、秘していた胸中の思いがとめどなく溢れ出す。批判が野心の吐露へと変わるのに、さして時間はかからなかった。

 はっきりと行ってしまえば彼らはモザレの政敵である。その胸の内に秘めていたのはぎらついた出世欲と支配欲だ。表向きはモザレに従っているので、総会での評決に異議を唱えることは無い。だが、その裏では己の欲望を満たすべく、水面下では策略を巡らせている。この密会はその対モザレ、スフェラへの裏工作への一環として開かれているものであった。


「ワセトの将来のためには、今のままモザレに従い続けることはできん。早急に我らが政権を握り、正しい道へと戻らねばならん。そのためには手段を選んでいる余裕は無い。時間は敵に利するだけだからな」


 モザレには絶大なカリスマも圧倒的な兵力も無い。あるのは時勢を読むことで権力を高めることだけだ。だがそれも、卑劣にもスフェラにワセトを売り渡すことで、強力な後ろ盾を得ようとしている。政治的闘争への生存センスに加え、大悪霊スフェラを上に置くことでその威を借りることになれば、その勢力が強化されることは間違いなかった。三人にとって、それを良しとすることは絶対にできなかったのである。

 従って、彼らは迅速に行動する必要があった。拙攻であったとしても何もしないというのは、ただモザレの力を強めるだけでなく、彼ら三人のような反対勢力の勢いを弱めてしまうことになりかねない。例え準備が完全でなくとも、モザレに反抗する勢力は存在することを知らしめる必要があった。

 もっとも、それを彼らが完全に理解しているかは不明だ。彼らの決起した理由は主にモザレが政敵であるからで、その勢力伸長を許せないという感情による面が強い。綿密な計画など欠片も存在せず、単にモザレの権力が増すことが不満であるからという理由で集まっただけだった。そもそも緻密な計画を組む能力が彼らにあるのなら、モザレが権力を握ることはまず無かっただろう。

 ほどなくして、彼らは自らの無能の責任を取ることになる。


「面白そうな話をしているな。俺も輪の中に入れてくれんか?」


 軽やかだが酷く冷たい、生気の無い声。少女特有の鈴のような高い声に、三人は凍り付いた。


「ふ、副王スフェラ……」


「おいおい、もう俺はお前たちの代表だぞ? もっと敬意を持ってくれなくてはな。所で茶の一杯も出してはくれんのか?」


 もてなし方を知らんなぁ、と軽口を叩くスフェラの顔は笑っているが、目は笑っていない。見た目は美しい若い娘だが、その通りでないことなど誰もが知っている。それはこの三人も例外ではない。そして、スフェラがモザレとある種の協力関係にあること、加えてそのモザレに対して自分たち三人が反旗を翻そうとしていたことも。

 何か弁明をしなくてはならない。そうでなくとも、自分の意にそぐわなければ殺すと宣言した女だ。反抗を企てるなど、申し開きをしなくては即刻死刑になることもあり得た。


「代表閣下、我らは決して逆らおうなどとは……」


「黙れ」


 その必死に抗弁はたったの一言であっさりと止められてしまった。決して浅くは無い政治的暗闘の経験を持つ壮年の有力者が、たった一言で動きを止めた。部屋の気温が下がった気がする。濃密な死の気配に汗が止まらない。


「俺は全て聞いたぞ。単に物理的な障壁を設けただけで密会など、モザレならば絶対にやらんだろう。ましてや、漏れるような反乱の計画など組むのは無能の証左ではないか。それにこの期に及んで逆らう意思は無いだと? あの男なら開き直ったうえで、飲まねば損のある提案をしただろう。貴様ら何の利益も俺にもたらさない、全くの期待外れだ」


 そうだ、肉体を持たぬ霊魂に壁など意味は無いだろう。それ以前に、三人の計画は杜撰すぎて密会を行った段階でモザレに漏れていた。決して強力な指導者などでは無いモザレだが、その張り巡らせた人脈網によって情報を得ていたのである。利益を誘導するという政治家にとって初歩的な能力によって、彼らは追い詰められたのだ。


「俺は言ったはずだ。役に立つ間は生かしておいてやると。お前たちを生かしておく理由が少しでもあるか? まともに計画することもできず、保身すらままならない、無能な貴様らだ。分かったらとっとと死ね」


 断末魔の悲鳴が上がる。その三つの命が途切れる音をもって、ワセトはスフェラの手に落ちた。


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[良い点] 主人公陣営で都市の勢力を一元化して支配を確立し、勢力圏を拡大させたこと 滑り出しが順調でなにより [気になる点] 粛清された地元有力者の支持者の反応 主人公を恐れて口を閉じるのかそれとも……
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