プロローグ
異世界で軍閥を作りたかったのですが、いうほど軍閥かこれ
「お気の毒ですが、あなたは死んでしまいました」
「はぁ。そうみたいっすね」
特に何でもない人間であった俺は、普通に車に轢かれて死んだ。自分の肉体が砕けるという稀有な経験をした直後、何か部屋のような所に居た。俺は簡素なパイプ椅子に座っていて、その向こうには机を挟んでスーツ姿の女が座っているようだった。例えるならそう、面接会場が近いだろうか。俺の服装はシャツとジーパンというラフな格好だが。まあ、死ぬ直前の行動がコンビニに出かけることだったから仕方ないね。
それにしても、死んだ直後に面接会場に送られるとは全く想像してなかった。これが現代風審判だろうか。えらく軽めな審判だなぁ。行き先は地獄だろうか。親より先に死んだ不孝の咎とかで。
「それで、転生の方なんですが。何か転生後の世界に活用できそうな技能を修めていらっしゃいますか?」
「え、特に無いです。強いていうなら、歴史を少し」
「ほう、歴史ですか。それは良いですね。他に何か実務的なことは? 無い? それは結構。あなたの人となりが少し分かった気がします」
思わず応答してしまったが、こいつは一体何なのだろう。
場所は面接会場っぽくて、もしそうならこの女は面接官なのだろうか。それにしては質問が意味不明だし、なんだか感じが悪い。しかもこれは経験がある。忘れもしない、クソみたいに失敗を重ねた就職活動の時に経験した圧迫面接だ。思い出すと死にたくなる忌々しい記憶。死にたい。ああもう死んだんだった。
「転生してから何かやりたいことはありますか?」
「うーん、考えたことも無かったですね」
「……例えば内政などはどうでしょうか。歴史を修めていらっしゃるのなら、過去の事例にも詳しいのでは?」
「どうなんでしょうね。歴史って一言にいってもたくさんありますし、専攻だった分野が役に立つとは限らないですから」
そもそも俺が歴史勉強してたのは内政するためじゃないし、あくまでも俺の趣味嗜好のためだ。道楽といっても良い。そのおかげで碌にアピールポイントを作れず、就活で苦しんだのだ。
「それでは軍事はどうでしょう。人類の歴史とはすなわち戦争の歴史なのですから、何か役に立つこともあるのではないでしょうか」
この頭がどうかしちゃった女はやれやれといった感じで、いかにも仕方なさそうに質問をしてくる。本当に何なんだ。
「それも微妙ですね。戦争に勝つというのは様々な条件の元、何をもってして勝利とするのかということを決めなければなりません。その上でその時の最善を可能な限り選び抜く必要がある訳です。最低限必要なのは戦地の知識と人心掌握術、そして多少の運でしょうか。いずれにせよ、基本的に本から学ぶ歴史家には戦地は耐えられないでしょう」
「……そうですか」
割ときちんと答えたつもりだったのだが、あからさまに嫌そうな顔をされる。そんなに自分の言葉を否定されるのが嫌か。俺はやられまくったからもう慣れたぞ。それとも怒涛のオタク特有の知識津波にうんざりしたとか。まあどちらでもいいさ。
「では、ハーレムなどどうでしょう。あなた、前世では女性に恵まれなかったでしょ? その鬱憤を晴らすのは大変気が晴れて良いのでは?」
彼女居なかったのは放っとけ。後、自分で言いながら嫌そうにするな。本当なんで俺はこんなのに付き合わされてるんだろう。俺、生きてる間そんなに悪いことしたのかな。
別に彼女が居なかったことを恥じるつもりは無い。作らないんじゃなくて作れないタイプの人間だということは重々承知しているとも。卑屈さも振り切れば慣れるものだ。後悔なんぞしてたまるか。
「様々な理由と個人的な観点から述べさせていただくと、ハーレムは後の世代に不幸を作る制度であると断言します。勿論、利点も無いことは無いですが、そういった方面は苦手なのでハーレム願望はありません」
そう答えたらついに机を指でカンカンしだした。そんなにムッとした顔するんだったら、退出させてくれよ。何が悲しくてこんなバカげた茶番に付き合わされなきゃならないんだ。
「あなた、何もできないんですね。生きている間に何をしていたんですか? 答えなくても良いですよ。歴史でしょう? 残念ですがそれでは転生に役立てることはできませんね」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、質問は説教に変わったようだ。
「居るんですよねぇ。あなたみたいな何にもできないくせに、異世界では何でもできると思ってる人。その自信は一体どこから出てくるのか不思議でなりません。そもそも生きてる間何か一つでもやり遂げたことがありますか? 他人に誇れるものがありますか? ね、無いでしょう。つまりあなたはそんな程度の人間なんですよ」
堰を切ったように早口でまくしたてられる。察するに相当溜まっているらしい。異世界転生ってマジであるんだな。この女には全く同上しないけど。
「全く、そんな程度じゃ異世界に転生どころか次の生で人に生まれることすら難しいですよ。やる気あるんですか。本気で転生したいと思ってます?」
「思ってません」
「え?」
「だから、思ってません」
そう長くない人生の中で俺が学んだことは、世の中がクソだということだ。生きるというのは苦しもを積み上げることだし、何かと活動するのは大変だ。未来は暗く、過去は辛い思い出ばかり。唯一の救いは生きがいの歴史に触れることと、眠ることだけ。そんな自分本位な人間だから当然、友人もいない。家族からも腫物のように扱われる。社会に人情など無く、ただただ冷たい風が吹きすさぶだけだ。
「あのね、俺はもう疲れたんだよ。好きでもないことを毎日やらされて、ただ働いて喰うために生きていくことにさ。だって虚しいじゃん? そういうの。でも皆そんなこと言うなって言うし、もううんざりなんだよね」
「しかし、あなたは転生を望んでここに来たのではないのですか」
「それがまずよく分からないんですよ。人間が嫌いな奴がもう一度人間になりたいって思いますか? 加えて言うんなら、次があるんなら、今度は虫にでもなりたいですね。もう人間はごめんだ」
この言葉に偽りは無い。俺という人間はどうしようもなく人間社会に順応できないのだ。それは自分が特別だと思いたいがために、異常者を気取るような若気の至りのようなものではなく、純粋に他人が怖いという単純なものだ。我ながら情けない限りだが、怖いものは怖いし、それが直せないとあればどうしようもないじゃないか。無理なものは無理。それは俺が社会に帰属できないことの証左に他ならない。
途端に女の表情が変わる。しきりに手元の書類を確認しているのから察するに、焦っているようだ。
「もう一度聞きますが、本当に転生を希望していないんですね?」
「そうです」
「それは本心からの発言ですか? この場で嘘を付いてもすぐに分かりますよ」
「俺は転生を望んでいません。これで満足ですか」
「……どうやら本当のようですね」
それは良かった。これでこれ以上瘡蓋をはがさずに済む。実はさっきから死にたくなってきたんだよね。ははは、もう死んでるのにおかしいね。あぁ、吐き気がする。
段々と書類を確認する動きが早くなる。それは最終的に目で追うのも難しいほどの速さになったかと思うと、一瞬停止し、そして思い切り机に叩きつけられた。ぶちまけられた書類が宙を舞う。それをバカみたいにぼーっと見ていたら、女はぽつりと語り始めた。
「……困りました。普通こういった手違いはもっと初期の段階で是正されるものなのに、どうして後戻りできない所にまで来てしまうんですか!?」
「大変そうっすね」
「本当ですよ! ここまで来てしまった以上、魂を返す訳にもいきません。そういうわけで、是が非でも転生していただきます。絶対に!」
「嫌なんですけど」
「そこを何とかお願いします」
「えぇ……」
「お願いします!」
先ほどまでの状況は一辺し、完全に関係が逆転した。いつの間にやら品定めされる側からする側へ変わってしまっている。というか懇願されている。これはあれだ。もう考えるだけ無駄なやつだわ。
「はっきりと言ってしまいますが、ここまで来てしまった以上あなたは転生する以外の道はありません。それが良かろうと嫌だろうと、転生はしてもらいます」
「なんという横暴。こんなことは許されないと思います」
「ですので、可能な限りあなたの要望を叶えようではありませんか。それでいかがでしょう?」
いかかでしょうもくそもあるか。
「あなたもさっき自分で言っていたはずだ。何か特別な技能でもなければ、転生した所で何も出来やしないって。そりゃそうだよな、異世界は俺が生きていた世界と比べて遅れてるとしても、俺自身が優れている訳じゃないもんな。たかだか少し歴史をかじった程度で、世界を動かせる訳が無い」
別に優秀な人間だけが世界を動かしているという訳では無い。だが、無知による失政など探せば嫌という程あるものだ。情報が無ければその時々に合った行動を起こせないのは当たり前である。その情報を収集するのに、知性はとても役に立つ。
問題はその知性が俺には欠けているということだ。
「それをだ。そんな低スペック人間にチート持たせたって猫に小判、豚に真珠! どんなに優れた能力でも、それを生かせなきゃ意味が無い。所で何の技能も無くて、何かを成したことも無い人間がここに居るんですけれど、そんな奴がチートもらったとして何かできると思いますかね?」
忌憚の無い意見を聞かせて欲しい。どうだろうか。
「……それじゃあ、私はどうすれば……このままだと、あなたの魂は永遠に虚を彷徨うことになってしまう。それは私の職責からも許容できない」
人間辞めるのがましか、一生考えるのを止めるのがましか。どっちも地獄なんだろうな。あくまで人間としての意識を保ってる場合の話だけれども。
「こういうのは両方の妥協点を探るしか解決方法はありませんよ。互いに譲り合って、落とし所を作るんです」
「落とし所と言っても、この場に来た魂は転生することでしか出ることはできません。そうでなければ永遠にここに留まることになってしまう」
それはもう知ってるっての。もしそれで俺がいじけてここに留まることを選んだらどうするんだよ。セールス下手くそか。
「そこは条件次第ですよ。俺はもう人間と関わりたくない、そしてあなたは転生をさせたい。この両者の希望の条件をすり合わせなければならない。つかぬ事をお聞きしますが、他の転生者はどうなっているんですか」
俺は冒険をするのは嫌いだ。無用なリスクを踏むなどごめん被る。
「半分は成人する前に死にます」
「もうダメじゃん」
「宇宙全体の魂のバランスを取るために、転生先は現代日本と比べるとかなり技術水準が低い世界となっています。そういった世界で幼児死亡率は高いものですから、必然的に子供の内に半数が死んでしまうのです」
「成人してからは?」
「さらにその半数が死にます。そのほとんどが、己の欲望を遂げんと行動を開始したは良いものの、大体は技術的習熟の未熟や思想的な壁に阻まれて失敗し、最終的に死んでいます」
なんということだ。成人までいった段階で四分の三死んでいる。死亡率高すぎんか? それで良いのか? それくらい生き残る程度で採算がとれる計算なのか? 人間と関わるのも嫌だが、そう何度も死ぬのも嫌なのだが。何にせよお先は真っ暗だな。とりあえずこれを何とかしなければ。
「俺は人間が嫌いだが、無為に死ぬのはごめんです。とりあえず、その幼児の死亡率を何とかしてもらいたいのですが。それは可能ですか?」
「その程度でしたら可能です」
よし、これで出生後の衛生環境ガチャをやらなくて済む。
次は能力の話だ。
「ところで、今までの口振りからすると転生に際して特別な能力を授けてもらえるのですか? 正直な話、それが無いならお話にならないのですが」
「ええ。ほとんどの方が転生に際して何か技能を授かっています。その殆どが、言語の自動翻訳などの言語関係ですね」
よし、可能なのだな。というか、言語の翻訳の自動化って転生では割と言及されずに普通にされてるが、いわゆるチート付与の範疇なんだな。まあ、考えてみれば当たり前か。異世界で初めてやることが言語の勉強とか笑えん。
「もう一つ質問なのですが、転生先の世界はどういった状況なのですか。具体的には、戦乱が身近に起きうるのかということが気にかかります」
「少々お待ちを……、戦乱はありますね。大規模な戦争というよりかは縄張り争いに近いものですが。ああ、武功で立身出世を目指すのですね。それでは武術の才能ですか? それとも軍略の才能? 魔法の才能でも大丈夫ですよ」
「ああいえ、そういう訳では無くて。戦災に巻き込まれて死ぬ確立がどれくらいあるか気になっただけです。徴兵などされたらたまらない。というか、魔法あるんですね」
急にファンタジーじみて来た。
「ええ、といっても技術の一つですので世界に対して激烈な変化を与えている訳ではありません。言い方は変かもしれませんが、この世界の構造とそう変わらない構造をしています。戦乱に関しては、遭遇することは無くはないでしょうね」
ああよかった。これで何だかよく分からない魔法文明でも出てきたらどうしようかと思った。ガチガチの異世界、本当の意味での未知の世界になられるとどうしようも無くなるからな。
けれども、戦乱に遭遇することはありうるのか。それは嫌だな。
「魔法って護身にも使えますか? だったら魔法に関する才能が良いんですけど」
「勿論使えますよ。それでは魔法の才でよろしいですね? せっかくですから非凡の才にしておきますね」
「いえ、普通で結構です」
これで俺も名実ともに魔法使いという訳だ。
まあ、それは置いておくとしてだ。そろそろ骨子が固まりつつある。次も人生を歩まなければならないとは感慨深いね。
「それでは今までの意見を総合しますと、付与する特典は幼児期の死亡の免除と魔法の才能でよろしいですか?」
「はい、よろしいです」
「分かりました。それでは早速転生への手続きを行います。ここから先はこちらで行うものとなりますので、あなたが何かをする必要はありません」
その瞬間、世界がぶれる。ついさっきまで言葉を交わしていた女の輪郭が定まらない。いや、部屋自体が激しく振動しているのか。視点が揺れて定まらない。
「それでは良い人生を」
それを最後に意識は暗転した。人生というクソゲーをもう一度やらされるらしい。
導入なので、物語が動くのには少し時間がかかります。具体的には後二、三話。ストックが切れるまでは毎日投稿します。