~ 木星戦記その2 ~
「ぬぁああああっ?」
人間が咄嗟の状況で出来ることと言えば、自分の顔面を庇うことだけであり……巨大ロボット兵器を操縦していたとしても、そのことに変わりがある筈もなく。
眼前に出て来た敵兵器に銃を撃たれると意識した俺は、ただ両手で自分の顔面を庇うばかりで、自機の操縦をしようという意識すら浮かばなかった。
勿論、自分が乗っている操縦席が全天モニタを採用している所為で乗り物に乗っている……重装甲に護られているという意識が薄いのも原因の一つとは思うものの、そんな言い訳を頭の片隅に浮かべている間であっても時間は無情にも進み続ける。
そうして俺が硬直している間にも、眼前に出て来た女性型の華奢な人型ロボット兵器は俺の進路上を塞ぐように位置したまま、こちらのコクピット目掛けてレーザーライフルを射出した、のだろう。
俺の眼前にあるモニターが真っ白に輝いて何も見えなくなり……
直後、凄まじい衝撃が走る。
「……ぁ」
『うわぁああああああ』
そして、聞こえてきた女性パイロット……恐らく敵兵の悲鳴に俺はようやく我に返ることが出来た。
種明かしをしてみると、別に特別なことが起きた訳でもなんでもなく……俺は初期設定で重装甲、特に光学兵器とビーム兵器への耐性を多めに割り振った覚えがある。
その所為で武装の方がかなり貧弱になってしまった訳だが、まぁ、それは置いておいて……これは推測に過ぎないが、敵のパイロットは俺に対しチキンレースを挑んで来たのだろう。
だけど、敵パイロットには誤算が三つあった。
一つは、初めて木星戦記をプレイした俺は全く余裕がなく……回避動作を取ろうとする考えすらなかったこと、だ。
基本、敵の銃口がコクピットへ……自分へと向けられていると分かった瞬間、慣れているパイロットであってもつい回避動作に移ろうとしてしまうものだ。
だからこそ敵さんはこちらがビビって進路を変える、もしくはレーザーで損傷を受けて仕方なく軌道を変えると踏んで、俺の真正面に立ったのだろう。
そして彼女の二つ目の誤算は……俺の機体がレーザーとビームへの耐性を高めた、所謂ピーキーな機体だということだ。
そのお陰で、コア部を狙いすました彼女のビームライフルの一撃は、ただ装甲を若干焦がしただけという戦果しかもたらさず、彼女の予想を大きく裏切ったに違いない。
そして三つ目の誤算は……俺が全力で加速したこと、だった。
いや、正直な話無意識の内でしかなかったのだが、俺はさっきの硬直時に加速のフットペダルを全力で踏み込んでいたのだ。
そうして三つの誤算が一気に押し寄せたからこそ、彼女の回避動作は遅れ……俺の機体と彼女の機体とは正面衝突を起こしてしまったのだ。
だからこそ……後は装甲と総重量の差が全てだった。
──あちゃー。
俺は正面衝突の結果を、全天モニタの中、振り向かないまま背後へと視線を向け、内心でそんな呟きを零してしまう。
現在の流行なのか、彼女の機体は軽装甲の華奢な機体であり、俺の機体は重装備の大型だったのだ。
技量もくそもなく……ただトラックと軽自動車が正面衝突したようなものであり、当然のように華奢な人型ロボット兵器はただの鉄くずへと化していた。
「……キル1、か」
あまり実感のない戦果に、俺はコクピット内にそんな呟きを零す。
尤も、BQCO経由の情報によると、コア部分の装甲は非常に硬く、生命維持装置もしっかりしているためあの程度の衝突では実際にパイロットが死ぬような人体損傷はめったにあり得ないらしいのだが。
撃墜数の表現を他に知らなかった俺は、その呟きを訂正することなく、そのまま操縦桿を握りしめる。
「しかし、すっげぇな、これは……」
BQCOを経由して伝わって来る先ほどの衝突による損傷部位を頭の片隅で知覚しつつも、俺は小さくそう呟くことしか出来なかった。
元々VRというものは本当にその場にいるような錯覚を覚えるモノではあるが……今の俺は完全に宇宙空間の中を漂っているという『実感』がある。
足元に漂っている空母の更に下には薄茶色の惑星……恐らくガニメデか何かだろう惑星が見え、頭上には数多の輝く星々と地球のそれよりも遥かに小さい太陽と……そして、右側視界のほとんどを占拠している巨大な赤褐色の、あちこちに斑点状の渦を為すガス惑星である木星が否が応でも目に入ってくる。
この眼下の光景だけでも、俺が木星戦記に手を出した価値はあると言えるだろう。
──文字通り、桁違いだな。
他のVRゲームと比べると、背景の作り込み自体はそう大差ないと思えるのだが、そんな画像処理技術以外の部分……「ゲームを現実に思えるかどうか」という、非常に大きなこの実感こそが、木星戦記が未来社会でも大人気になった理由なのだろう。
このゲームに人気がある理由を、今さらながら納得した俺は、今まで食わず嫌いしていた自分が恥ずかしくも感じつつ……直後、頭の片隅に響いた警報音で俺は即座にそんな思考を切り上げる。
──観光客気分かってんだ。
──寝ぼけるなよ、俺。
今自分が立っている場所は、宇宙旅行などではなく銃弾が飛び交い人の命が紙切れよりもあっさりと散る戦場なのだ。
勿論、これはあくまでもVRに過ぎないのだとは分かっているのだが、自分が実際に戦場に立っているように感じられてしまうこのゲームの特性上、そんな些細な脳内の突っ込みなど、ひりつくような緊張感と全身にかかるG、そして周辺宙域の天体の光によって、瞬時にかき消されてしまう。
「……ははっ」
その事実に俺は小さな笑い声をあげると、こちらに向かって来ている三機の敵ロボット兵器を睨みつけ、両手の操縦桿を強く握りしめたのだった。