~ 久々の学校 ~
「あ~、おはよう」
幸いにして、都市の拡大を決めた翌日は学校であり、暇を持て余すこともなかったものの……都市間戦争への準備のためという理由があったとは言え、しばらくサボっていた学校に顔を出すのは少しばかり気まずいモノがあり。
……だからだろう。
俺の挨拶は知らず知らずの内にそんな歯切れの悪いモノになってしまっていた。
「おお、戦争以来だな。
観たぞ、お前強いな」
「へっ、なかなかやるじゃねぇのぉ?
ま、私には敵わないけどなぁ?」
「ですよね、まぁ、僕が相手ならあの場は魚鱗で真っ直ぐ切り込まれて終わってたでしょうね。
まぁ、まだ若いですからその辺りの戦場の機微ってヤツは、分かんないでしょうけれども?」
幸いにして級友たちは俺に隔意は持っておらず、どちらかと言うと面白い見世物を愉しませてくれた程度の感覚で話しかけてくれる。
喧嘩が出来ることで同等の相手と認めてくれたのか、まず俺の健闘を讃えてくれたのが、黒い肌で体格の良い睾丸君であり。
独特の語尾で人様を格下として扱うようなことを言い放ったのは彫が深い茶髪の陰茎君、変に理屈っぽい戦術論を言い始めたのはインド系の男根君である。
ちなみにアラブ系の婚外性行為君は相変わらず控え目らしく、少し離れた席に座っておりこちらの話題に口出ししようとはしてこなかった。
また、都市間戦争の一因でもあった強姦魔君は兄が負けたことで顔を出し難くなったのか今日はお休みであり……中国系っぽい陰茎君はまた義務日が重なったのかそれともそういう性格なのか、教室の片隅で机に突っ伏したまま顔を上げようともしていない。
──って、やっぱり視聴可能だったのか。
先日、リリス嬢が「戦闘中の俺の行動が移住者増加の原因」みたいなことを言っていたのでそうじゃないかとは思っていたが、やはり都市間戦争は第三者でも見ることが可能らしい。
もしかしたら情報規制がほぼいない男性ばかりではなく、女性からも。
──俺、けっこうヤラかしてたような。
──いや、それ以前に、全裸になってたアホ共がいたよな?
俺の虐殺ハイは臨場感のあるゲーム中に起こってしまう仕方のないことと割り切っても、あの女性たちは言ってしまえば「全国ニュースで全裸を披露してしまった」ようなモノである。
思いっきり黒歴史になると思うのだが……男性に全裸を見せつけた女性という存在は、こちらでは女子中学生相手にトレンチコートで挑む春の勇者たちみたいな扱いかもしれない。
女性からは毛虫みたいな扱いを受けているが、男からしてみると強姦魔や痴漢みたいに相手に危害を加えない分、「ただの馬鹿」程度の扱いで終わると言うか。
そういう一種の同性バイアスみたいなものがあるんだろうなぁとは思われる。
ぶっちゃけると全裸は一種の迷惑行為であって、スカートの中の盗撮と同等の犯罪行為なのだが……いや、この未来社会では男性が女性のスカート内部を撮影したところで、「変わった趣味」とすら思われることなく、注目を受けた女性は喜んで自らスカートをまくり上げることだろうし……それどころか、それで性欲を喚起するのであれば、それはむしろ都市を挙げて推奨されるべき行為に昇華されてしまう恐れすらある。
「いや、あの場合は突撃で乱戦に持ち込むべきじゃないでしょうか?」
「しかし練度で負けていると仮定するとだな。
やはり罠で数の優位を……」
「はっ、考えが浅いんだよぉ。
逆に見破られた場合を考えろよぉ」
俺が時代経過と共に変わっただろう犯罪の概念について考えている間にも、級友たちの話は自分なりの戦術論へと進み始めていた。
本日の授業が『お茶会』……我儘が通らない対等の者との意見を擦り合わせることだったのも幸いしたのだろう。
俺は三人の級友と同じテーブルに着き、BQCOで適当な紅茶を現出させ、適当に口に含む。
そうして聞いていると、あの都市間戦争に挑むため正妻と戦術を一週間ほど議論し大規模訓練を繰り返した俺には、彼らが話す内容は「それが実現可能かどうかすら置いてけぼりの、単なる理想論」に過ぎないと分かってしまう。
──知ったかが多いなぁ。
うろ覚えの記憶でしかないが、俺の学生時代にも友人たちがボクシング中継を見て「あそこは右フックでカウンターだろ」とか「あの速さならダッキング可能だよなぁ」とか、その手の知ったかを披露していたような覚えがあるが……コイツらも学生であり、600年の年月が経過したところで男子学生ってのはそう大きく変化していないらしい。
まぁ、ある意味で、そういう議論が出来る対等な相手がいることこそ、このお茶会という授業の目的であり……こんな下らない会話が出来ること自体、人間として健康的で文化的な証拠なのだろう。
「なら、俺と戦争するか?
意外と面白かったんで、もう少し遊びたいなと思ってたんだ」
そして、前の勝利に味を占めた……と言うよりは、これから暇になりそうだと知っている俺がそう誘ってみても。
「い、いや、正妻に反対されるからな」
「けっ、面倒くせぇ」
「走るの、疲れるんですよ。
だから、気が向いたら、そう、気が向いたならやりあいましょう」
予想通り、彼らはあの手この手の言い訳を繰り返すばかりだった。
まぁ、学生なんてこんなものだろうけれども。
いや、学生でなくても野球中継に偉そうに采配やら球種やらを語っていた飲み屋のおっさんたちも同じ反応をするだろうし、ドラマに愚痴を言っていた女性社員たちも似たようなもので……口先だけでイキるという行為は、迂闊に人間が言葉を覚えてしまったことの弊害なのかもしれない。
「そ、それにな。
今は木星戦記にハマっていてな、俺」
「あ、ああ、やっぱ今は宇宙の時代だよなぁ」
「この前のガニメデ戦役では失敗しましたからね。
何とか取り戻したいところですけれども」
それどころか話を逸らそうとそんな風に話題転換をし始める始末である。
尤も、俺としては木星戦記には興味津々だったこともあり、この話題転換は大歓迎だったのだが。
「木星戦記、っての?
やっぱ面白いのか?」
VRのゲームの中ではやはり一番有名どころであり、21世紀男子としては巨大人型ロボットに乗って戦うことにロマンを感じてしまう。
それでも今の今まで俺が手を出さなかったのは、単純に「流行りのゲームに飛びつく」ってのは「マスコミに踊らされた馬鹿の所業」と考えてしまう、変にひねくれたところがある所為だろう。
他にも行列に並ぶのが嫌いだったり、大勢が集まって混沌とした戦場が好きな癖に同時接続数が増えて回線が重くなったりするのが嫌だったりと、偏屈な自分は重々理解している。
だけど、その性格のお陰で某巨大生物を撃退するゲームとか「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」なんてマイナーゲームに手を出し、実際に楽しめている訳だから、この性格なのも一長一短か。
そうしてゲーマー的な意見が欲しくてそう問いかけた俺だったが……
「ああ、実際の戦争だからな。
迫力が違うよ迫力が」
「けけっ、ガニメデ利権が意外と美味しいんだよぁ」
「残念ながら僕が援助していたエースはその戦役で亡くなってしまいましたがね。
また物資援助から始めなければなりません」
級友たちから返ってきたのはそんな……どう見ても機体に乗って戦場で戦っているとは思えない、どころか同じゲームの話をしているとは思えない、頓珍漢な回答だったのである。